崩壊
貪食の蛇を倒すための特訓を始めて、二週間が経った。
レベル2000なんていうとんでもないモンスターと戦うんだから、必死になって鍛えないといけないとは思っているのだが、慣れてきたというか、飽きてきたというか。
なんとなく気が進まないなぁ、と思いながら朝食をとっていると、マユ、クレア、アイリ、フィリスの四人がそろって立ち上がった。これからダンジョンの入口がある地下室に向かうのだろう。
彼女たちが部屋から出る前に声を掛けた。
「毎日同じことの繰り返しで飽きるよね?」
マユが肩をすくめて笑った。
「んー、ソロだと誰が一番早く倒せるかとか、ペア分けして挑戦してどっちが早く倒せるか勝負とかしてるから、結構楽めてるよ」
その気楽な口調に、俺も少し肩の力が抜けた。マユにつられて俺も笑っていると、クレアが目を輝かせて飛びついてきた。
「私はもう飽きました! カイト様と模擬戦したいですー!!」
その勢いに俺が苦笑いしていると、アイリは俺に抱き着くクレアを押しのけて割り込む。
「クレアのレベルじゃ、カイトの鍛錬にならないでしょ!」
アイリの辛辣な一言に、クレアはむっと頬を膨らませた。フィリスは、クレアとアイリが牽制し合っているのを見て、半笑いを浮かべている。
「こっちはこっちで、気づきや得られる物があるから、今のところ飽きていないわ。少しでも強くなってカイトの役に立って見せるから!」
おお、なんて頼もしい。ひたすらモンスターを倒し続けるのはダルいだろうけど、工夫して楽しんでいるようで何よりだ。
ダンジョンに向かうマユ達に、手を振って見送ろうとすると、フォルが横から口を挟んできた。
「今日はカイトもダンジョンに入ってください」
「俺が入っても、レベル上がらないから意味ないだろ?」
「まーまー、そう言わずに。だまされたと思って。さ、行きましょう」
一体何のつもりだ?
ノエル、レイナ、リーゼも一緒にダンジョン入り口まで来た。
フォルがいつもの笑顔で、仕切っている。
「じゃあ、まずはカイトとクレアちゃんがダンジョンに入ってください。蛇を一回倒したらすぐに出てきてくださいね!」
クレアは大喜びで俺の手を引っ張ってダンジョンに入ると、劣化版貪食の蛇がいた。特に変わったところはないようだが……。
「カイト様は見ていてください!」
クレアはそう宣言すると、聖剣エクスカリバーを構え、流れるような動きで蛇に迫り、光を伴った斬撃で一刀両断した。
「おおー、お見事!」
「カイト様、ご褒美をください!」
俺が拍手をすると、クレアは満面の笑みで飛びついてきた。俺は彼女をしっかりと抱きとめる。そのまま唇を重ねると、クレアの顔はだらしなく緩みきっていた。
「何ならここで一発……」
なかなか二人きりになる機会はないので、クレアの気持ちは分かるが、じきに蛇がリポップするだろう。
「一回倒したら、すぐに出てこいって言ってたろ」
少々不服そうなクレアの手を引いてダンジョンから出ると、続いて、マユ、アイリ、フィリスともダンジョンに入り蛇を一回倒して外に出た。
いずれも、俺は見ているだけだった。みんなの成長が見られたのはいいが、彼女達ならこれくらいはできると思っていた。
フォルはダンジョン入り口を眺めながら、一人で納得するように頷くようなそぶりを見せた。
「ふむ、そろそろですね。では次はノエルちゃんと入ってください」
俺とノエルで入ったところで、レベルは全く上がらないだろうし、剣も使わずに秒殺できるはずなので、技も鍛えられないだろう。
「なぁ、こんなことして何の意味があるんだ?」
「入れば分かります」
そこまで言うなら入るが……。ノエルを見ると、彼女も首を傾げていた。
俺とノエルがダンジョンに入ると、ダンジョン全体が激しく揺れた。
ダンジョン内が濃密な魔力で満たされ、地響きがしている。足元から突き上げるような震動に、思わず体勢を崩しそうになる。振り返ると、先ほどまで開いていたはずの入口は消滅していた。
重苦しい空気が肌をぴりぴり刺す。今までのリポップとは様子が全く違う。バチバチと稲光が走り、蛇が姿を現した。これまでの蛇より一回りは大きい。その全身から放たれる波動は、これまで感じたことがないほど強力だ。
ノエルは目を見開き、その巨大な蛇を凝視する。
「レベル……847!?」
「800越え? 400の奴しか湧かないんじゃなかったのか?」
「考えるのは後にしましょう! あれを倒さなければ、本物の貪食の蛇と戦うことすらできなくなるわ!!」
俺たちが言葉を交わしている間に、蛇は獲物を見定めたかのように、とんでもない速さで突進してきた。その巨大な顎が俺たちを飲み込もうと迫る。
俺とノエルは間一髪で左右に散開して回避した。
すぐさま剣を出して構え、全身に魔力を巡らせて魔装術を発動させる。
ヤツの体当たりを躱しつつ渾身の一撃を叩き込むが、レベル400の蛇より遥かに硬くて、刃はどうにか通るものの浅い。まるで硬質な岩盤を削るような手応えだ。
そのうえ、巨体のくせに信じられないほどの速さで動き回る。高速で蛇行する胴体に触れたら、硬い鱗に肉体を削り取られてしまいそうだ。
ノエルは、蛇を上回る素早さで動き回り、聖剣ラングザードで斬りつけている。俺の攻撃も、全く効かないわけじゃないので何度も斬りつけた。
しかし、いずれも決定打にはならないし、付けた傷はすぐに再生してしまう。
このままではジリ貧だ。俺はノエルに視線を送る。ノエルも俺の意図を察したように、こくりと頷いた。
俺の体に、ノエルの膨大な魔力が魂のハーネスを通じて流れ込んできた。体が内側から燃え上がるような熱を感じる。
全身の魔力、そしてノエルから送られた魔力を剣に集中させる。剣身がまばゆい光を放ち、膨大なエネルギーが凝縮されていく。これならどうだ!
「ディヴァインバーストッ!!」
渾身の一撃が、光の奔流となって蛇の巨体を飲み込んだ。凄まじい爆音がダンジョン内に響き渡り、蛇の鱗が砕け散る。蛇は激しくのたうち回り、その巨体が大きく仰け反った。だが、まだ倒しきれていない。
俺は全力で技を発動させたため、体が硬直して動けない。でもそれでいい。
魂のハーネスを通じて、今度はノエルへと魔力を送る。ノエルは聖剣ラングザードを掲げ、二人分の魔力を使って無数の光球を発生させた。
「天光千粒錬舞!!」
ノエルが剣を振り下ろすと、無数の光球が津波のように蛇へと押し寄せた。光の粒一つ一つが、蛇の体を容赦なく切り裂いていく。蛇の叫びが響き渡り、その巨体は黒い霧となって散っていった。
蛇が完全に消滅すると、空間が歪んで俺たちはそこに吸い込まれた。視界が戻ると元の地下室に戻っていて、ダンジョンの入口は消滅していた。
俺は肩で息をしながら「酷い目に遭ったな……」と、ノエルを見ると彼女も息を上げていた。
「まったくね。レベルが上がったのは良かったけれど、突然レベル800超えのモンスターと戦う羽目になるなんて」
みんなが心配そうに俺とノエルを見ているが、フォルだけは満足げな表情で、説明を始めた。
「連続して強力なモンスターをリポップし続けたので、モンスターを生み出す術式が劣化して暴走したのですね」
「その結果、本来の限界を超えてモンスターの素が濃縮され、強力な蛇が生成されたのでしょう。そして、その蛇を倒したことで、ダンジョンのリソースが枯渇して崩壊してしまった、といったところですね」
俺はフォルをじっと見つめる。
「フォル、こうなることが予測できていたのか?」
フォルは微笑んだままで「いえいえ、偶然ですよ」と返した。
今のフォルは魔力も弱く、身体能力も低い。神の力は使えないと口では言っているが……、偶然じゃないよな?
人間にされても、元は上位の神。そんな彼女の底知れなさを、垣間見たような気がしたのだった。




