勝負の行方
視界がまばゆい光に覆われた直後、魂のハーネスを通じて膨大な魔力が流れ込んできた。
そのおかげで、底をついたはずの俺の魔力が瞬く間に満たされた。
何が起きた? ……いや、考えるのは後だ!
先ほどまでの意識の混濁は消えた。俺はすぐにフォルトゥナから距離を取って、漲るエネルギーを使って、魂と霊体の治癒を始めた。
魂のハーネス越しに、ノエルの声が聞こえる。
「神薬ミラゼリア。使えば一時的に神に等しい力を得られるわ。ここからが本当の戦いだよ」
フォルトゥナは、ノエルの方を向いて目を見開いている。
「この波動はミラゼリア!? なぜノエルちゃんが? 人間が手に入れられるような代物ではないはずです。いえ、それよりも、宇宙のエネルギーを凝縮した神の薬を、人の身で使うとは……。膨大なエネルギーに耐えきれず、魂が崩壊しますよ」
ノエルの傷は消えており、力強い魔力の波動を感じる。ボロボロになっていたはずの、魔装術で顕現した服も元通りになっていた。
「それはどうかしら?」
ノエルの瞳は自信と気迫に満ちている。
俺も治癒にかなりの量の魔力を消費したはずだが、魂のハーネスを通じて膨大な魔力が流入し続けている。
砕けかけた魂も完治させ、それでもなお全員分の魔力を俺に集中しているときと同じ……いや、それ以上の力が漲っている。
地に伏していたみんなも、力強く立ち上がった。
フォルトゥナは俺たちに起こった異変を観察し、冷静に分析しているみたいだ。
「七人の超越者を魂のハーネスで繋ぎ、さらに限界まで消耗させてから使用することで、ミラゼリアの膨大なエネルギーを分散して受けきったというのですか」
「……それだけではありませんね。ソウルイーター付きの神器も、キャパシタの役割をして、負荷の分散になっている」
女神は意味の分からないことを呟いている。というか、さっきから分からないことばかりだ。
「ノエル! これどうなってるの!?」
「後で詳しく説明するわ。今はフォルトゥナを倒しましょう!」
「だけど、フォルトゥナもその神薬とやらを持っているんじゃないのか?」
「フォルトゥナは、自身に制約を課して私たちと戦っている。その一環で、ミラゼリアを使えないようにしているのよ」
「いくら楽しむためとはいえ、なんでそこまで?」
「神としてさらに高みを目指すためらしいけど、詳しくは分からないわ。それよりも、今なら私とカイトが二人同時に全力以上の力で戦える! いくわよ!」
元々、自分の魔力以上の力を使って戦う練習は散々している。溢れんばかりの魔力を魔装術として身に纏い、フォルトゥナに攻撃を仕掛ける。
フォルトゥナの動きが見える。自分の動きが冴えている。天才スキルのおかげで、フォルトゥナと戦いながら成長していたのか?
それに魔力が無尽蔵に湧いてくるような感覚。どんどん使わないと、もったいないような気がしてきた。
俺は神剣ベイルスティングに思いっきり魔力を収束させた。
「ディバインバースト!!」
今までにない威力で放たれた俺の斬撃は、フォルトゥナに命中すると激しく爆発した。その爆炎を切り裂くように、ノエルの声が響き渡った。
「天譴裂光衝!!」
聖剣ラングザードの刃に魔力が凝縮され、溢れ出した光が伸びて刃を形成し、まるで剣そのものが巨大化したかのようだ。
ノエルはビルのような剣を振りがぶって、フォルトゥナに叩きつけた。
フォルトゥナが展開する障壁にひびが入り、崩れ落ちていく。貫通した巨大な刃はフォルトゥナの体を完全に捉え、彼女を地面へと叩きつける。
轟音と共に大地が裂け、土煙が上がった。
「おのれ、人間風情が!」
フォルトゥナは、これまでの余裕綽々な態度から一転して、厳しい表情で声を上げた。ノエルは攻撃の手を緩めない。
「攻撃が効いてる! 一気に畳み込むよ!」
「おうっ!」
さっきから、魔力がいくらでも溢れてくる。ディバインバーストを普通の斬撃のように連続で繰り出し、爆ぜる斬撃を何度も浴びせた。
ノエルも同様に、天譴裂光衝を使いまくっている。
フォルトゥナは二本の剣を顕現させて、俺たちの攻撃を捌いてはいるが、こちらがパワーで押している。さすがのフォルトゥナにも、焦りの色が見え始めた。
「人間ごときの攻撃を私の力で止められないとは!? それに、この力はまさか!?」
ノエルの振るう鋭い斬撃が、女神フォルトゥナを何度も捉える。さすがに両断とまではいかないが、確実に女神の力を削いでいる。
俺もノエルに合わせて、繰り返しディバインバーストを喰らわせる。
「調子に……乗るな! 人間風情がー!!」
女神フォルトゥナが叫ぶと、俺たちは吹っ飛ばされてしまった。
強烈な衝撃を受け、魂にダメージを受けた。叫んだだけでこの威力とは、やはり女神は伊達じゃない。すかさずマユが魔法で治癒してくれた。
痛みが消えると、すぐさまフォルトゥナに跳びかかる。
ノエルはフォルトゥナと切り結びながら、笑みを浮かべていた。
「神薬を使うなんて、女神であるあなたでも予想できなかったようね?」
「ええ、確かに予想外です。ノエルちゃん、ミラゼリアをどうやって入手したのですか?」
ノエルは「ふっ」と薄く笑って返した。答える気なんてないんだろうな。
一気に畳みかけるべく全力で攻撃を繰り返すが、フォルトゥナはなかなか倒れない。
何度もディバインバーストを撃ち、フォルトゥナから受けたダメージを治癒していたが、ついに魔力が湧き上がる感覚が無くなった。
ミラゼリアのエネルギーを使い果たしたのか?
魂のハーネスから流れてくる魔力量も減ってきた。俺もノエルも息を上げている。他のみんなも辛そうだ。
俺の斬撃を止めたフォルトゥナの口元が緩んだ。
「おやおや、二人とも。勢いがなくなってきましたね? 神の薬でドーピングまでしたのに、もうおしまいですか?」
フォルトゥナの攻撃も最初よりはかなり弱くなってはいる。それでも俺たち人間からしてみれば強烈だ。躱しきれなければ一気にダメージを受け、修復するのに大きく力を消耗する。
いつもの調子を取り戻し、嫌らしくほくそ笑むフォルトゥナ。
「それにしても、さすがですねー。この私をここまで追い詰めるとは。嬉しいです! さぁもう少しで私を倒せるかもしれませんよ? 頑張ってください」
確かに奴がかなり弱体化しているのは分かる。だがこっちの疲弊も大きいし、倒せるのか?
……弱気になるな、絶対に倒すんだ!
俺は力を振り絞って立ち上がり、神剣ベイルスティングを強く握って魔力を乗せる。
フォルトゥナを見据え、踏み込もうとしたその時、俺の目の前の空間が裂け、緑色のオーラを纏う女性が現れた。
その人物からは、到底人間とは思えないような、強大な魔力の波動が放たれていた。
今度はなんだ? 俺が戸惑っていると、その女性は俺に優しく微笑んだ。
「カイト、よくやってくれました。後は私に任せてください」
そしてフォルトゥナに向き、優雅な雰囲気で声を掛ける。
「フォルトゥナ様。ご機嫌いかがですか? 長きにわたってパワハラを受けていた恨みを、今こそ晴らさせていただきます」
フォルトゥナは、その女性に冷たい視線を送った。
「地球の神……。やはり、あなたがノエルちゃんにミラゼリアを渡したのですね」
地球の神は、口元を手で隠しクスリと笑う。フォルトゥナは忌々し気に地球の神を睨んだ。
「恨みを晴らす? 上位の神である私を殺すというのですか?」
地球の神は何も答えず、微笑みを湛えている。フォルトゥナは続けた。
「今回の試みが成功すれば、私はさらなる高みに到達できたはずですが、まさか、あなたが私の邪魔をするとは。……まぁ、いいでしょう。人間を弄んで暇つぶしするのも、もう飽きていたところです」
フォルトゥナが表情を緩めると、地球の神は口を開いた。
「ふふっ、何か勘違いされていますね? 殺したりはしませんよ。フォルトゥナ様の神の力を封印したうえで、人間の肉体に縛り付けます」
フォルトゥナの顔に焦燥が滲む。
「私を人間にする気ですか!?」
「はい。フォルトゥナ様には長きにわたって、煮え湯を飲まされ続けていました。殺して終わりでは私の気が済みませんからね。この世界は私が面倒を見るので安心してください」
地球の神がフォルトゥナに向かって手のひらを向けると、フォルトゥナはその場から消えてしまった。
「消えた? 女神フォルトゥナはどうなったんですか?」
「フォルトゥナ様には非力な人間となって、この世界で暮らしてもらいます。地球からの転生者カイト、ノエル。そしてこの世界の住人マユ、クレア、フィリス、アイリ、レイナ。あなた達のおかげでフォルトゥナ様を討伐する計画が成功しました。ありがとうございます」
「いえ、そんな……。あの神の薬ってのが無ければ、全く歯が立ちませんでした」
正直、フォルトゥナの圧倒的な力の前に俺は絶望しかけた。地球の神が助けてくれなければ確実に負けていた。
ところが、地球の神は「そんなことはありません」と首を横に振り、優しい笑みを湛えたまま語る。
「フォルトゥナ様があなたを使って暇つぶしをしたおかげて、大きく力を消耗させることができました。先ほどの戦ぶりも見事でしたよ。よく力を削いでくれました。あの忌々しい駄女神を、私の力でも倒せるほどに」
「そう、ですか」
俺の背筋にゾクリと冷たい物が走ったので、愛想笑いをしておいた。
「あなた達は超越者となり、この世界の人間の誰よりも圧倒的な力を持っています。ですが、私はあなた達の行動をなにも制限しませんし、そもそも干渉しません。好きに生きると良いでしょう」
「あなたが例えこの世界を壊しつくしたとしても、欲にまみれて堕落しようとも、神の視点から見れば些細なこと。私の悲願に協力してくれたご褒美です。自由にしてください」
「それでは、あなた達を人間界に送りましょう」
地球の神が放った優しい光に俺は目を閉じる。
目を開けたときには俺たちの屋敷に戻っていた。さっきまで全身にあった痛みも疲労感もなくなっており、みんなの顔色も良くなっていた。
「終わったんだよな……?」
フォルトゥナとの戦いは、俺たちが勝ったとは言い難いけど、みんな無事に生き残れた。今はそれだけで十分なのかもしれない。俺たちは抱き合って喜びを分かち合うのだった。




