嗤う女神
光を感じ、瞼を開ける。ここは……、俺のベッドか。
昨日は屋敷に戻るなり、すぐに眠ってしまったんだっけ。
みんなは既に起きていて、俺の顔を覗いていた。
アイリが俺の頬を指先でつつく。
「せっかく魔王を倒したのに、なんか凹んでるみたいだったけど、大丈夫?」
「ああ、厳しい戦いだったからな。でも、もう大丈夫だ」
フィリスは心配そうに、俺の目を見つめている。
「魔王は可愛い女の子だから、やっぱり殺したくなかった?」
図星を突かれて、俺はつい視線を落とす。
「魔王だけじゃないよ。ディアージェスたちも、元は俺やノエルと同じ転生者だったんだ。殺し合いなんてしたいわけない」
俺の言葉に、少しの間沈黙が訪れて、それからノエルが口を開く。
「あの女神がいる限り、同じことは続くよ」
「そうだな! 女神、倒すぞ!」
「うん、でも昨日の疲労がまだ残っているでしょう? 今日は一日しっかり休息しましょう」
最近は色々と慌ただしかったが、久しぶりにまったりと過ごし、心身を癒した。
* * *
――翌日。
上級ギルドのポータルで、ティバンの森のダンジョンの四十階層に行き、最深部を目指した。
特に問題なく、ティバンの森のダンジョン五十一階層に到達。最初は苦労したエイビスドラゴンも、今では神剣ベイルスティングの一振りで倒すことができる。
この程度の強さがどれだけ女神に通用するのかは分からないけど、以前とは比べ物にならないほど強くなってはいる。
エイビスドラゴンを倒したことで、ダンジョンを揺らしながらヘブンズゲートが出現した。天界に行けるという白く巨大な扉の前でノエルは俺をじっと見る。
「神器を揃え、レベルを上げ、技を磨いた。できる限りの準備はしたけど、これから戦う相手はこの世界の神。簡単には勝てないわ。でも、どんな状況になっても絶望しないで。今は 詳しく言えないけど、私を信じてくれたなら必ず勝てるから」
そんなことは今さらだ。俺は躊躇うことなく「ああ」と返す。
本来なら、カースト底辺で虐げられた挙句、不慮の事故で死んで、俺の人生は終わりのはずだった。だけど幸運なことに、この世界に転生することができた。
この世界に来てからは、いつもノエルが傍で俺を助けてくれた。俺はノエルのことを信じている。
もちろんノエルだけじゃない、アイリ、マユ、クレア、フィリス、レイナ。みんなのおかげで、俺はこの世界で最高に幸せな時を過ごせた。
だからこれで満足、もう思い残すことは無い。――なんてことはありえない。これから先もみんなと笑って過ごすんだ! 俺の全てを懸けて、必ず女神を倒してみせる!!
俺は覚悟を決めて、天界への門に踏み込んだ。
天界の門を抜けると、いつか見た綺麗な庭園があった。女神フォルトゥナは余裕に満ちた微笑みで俺たちを迎える。
「ようこそ天界へ。歓迎しますよ」
俺は神剣ベイルスティングを抜いて魔装術を発動し、切っ先を女神フォルトゥナに向ける。
「早速だけど、俺たちがこの世界で幸せに暮らすために消えてもらうよ」
フォルトゥナは嬉しそうに口角をあげる。
「この世界の神に向かってなんて不遜な。でも良いです。とてもとても。あなたがこの世界で得たすべてを出し尽くして、私を楽しませてください」
「ずっと天界から俺たちのことを見ていて、こっちの手の内は知り尽くしているんだろ?」
「いえいえ、リーゼロッテちゃんとあなたの死闘は楽しく観戦させてもらいましたが、それ以外は見ていませんよ。人間が私に挑むなんて、二十年ぶりのイベントです。どんなサプライズを用意して頂けるのか楽しみに待っていました」
フォルトゥナは、目を輝かせて嬉しそうに語っている。
「そうかよ。だったらしっかりと楽しんでくれ」
俺が言い終わると同時に、マユが全力で聖光を発動させ、全員にバフを掛ける。フォルトゥナに対してデバフは効果があるのかは分からないが、効いてくれると助かるな。
俺がアイリに視線を送ると、アイリは神弓タスラムを引き絞り、無数の光弾をフォルトゥナに向かって放つ。それと同時に俺、ノエル、レイナが武器に魔力を最大限込めて波状攻撃を仕掛けた。
フォルトゥナは余裕の表情のまま右手に剣を出現させて、すべての光弾を叩き落とし、俺たちの攻撃をことごとくいなす。
この程度は余裕ってか。でもそんなこと想定内だ! 俺の背後ではクレアとフィリスが大技のために魔力を練っている。それが上手く当てられるよう動きを止められればいい。
クレアとフィリスが、魂のハーネス経由で俺にタイミングを知らせる。俺とノエルとレイナがフォルトゥナから距離を取ると、二人が渾身の技を放った。
「私の最高の技、くらえ! セレスティアルスカージ!」
「稲妻に裂かれろ! ライトニングストライク!」
二つの巨大な魔力の塊がフォルトゥナに衝突し、爆炎が巻き起こる。
二人の神器の固有技がマユの聖光のバフを受け、数倍の威力に強化されている。これなら少しくらいはダメージが入っているだろうか……。煙が晴れてフォルトゥナの姿が見えてきた。
フォルトゥナは傷だらけになって、肩で息をしていた。
「まさかこれほどに力を付けたなんて。私も、もうここまでのようです……」
ノエルは厳しい表情のまま、剣をフォルトゥナに向けて声をあげる。
「女神フォルトゥナ、白々しいわよ。その程度で、あなたを殺せるはずないわ」
フォルトゥナがフッと笑うと、全身の傷が一瞬で消える。
「さすがノエルちゃん、よく分かっていますねー」
ノエルは忌々し気に女神を見る。
「あの程度では倒せないしろ、少しは力を削れると思っていたのに」
フォルトゥナは楽しそうに微笑み、両手を広げる。
「はい。ハッキリ言いましょう。先ほどのクレアちゃんとフィリスちゃんの攻撃なんて、髪の毛一本抜かれた程度の痛みもありませんでした」
「やはり個別の攻撃では、わずかに力を削ぐことさえできないようね」
ノエルは厳しい表情だが、これは想定の範囲内だ。「なら予定通りいくか」と俺が言うと、魂のハーネスを経由して俺に魔力が集まってくる。
フォルトゥナに攻撃するのは俺とノエルだけだ。他のみんなは魔力の供給に集中してもらう。
ノエルと魂のハーネス経由で、ダイレクトに意思疎通しながら、連携攻撃をフォルトゥナに仕掛ける。
マユは俺とノエルが避けきれない女神の攻撃を、ピンポイントでシールドを作ってガードしてくれた。防ぎきるのは無理でも、攻撃の軌道を逸らせればそれで十分だ。
ノエルがフォルトゥナの剣を受け止め、俺が神剣ベイルスティングで斬りつける。硬い障壁で防がれるが、力を削いだ手ごたえはあるので、これを繰り返せばいつかは倒せるはず。
遠近どちらも隙は無く、激しい攻撃を繰り出してくるフォルトゥナ。だが、俺とノエルのコンビネーションだって負けていない。
フォルトゥナが右手で剣を振るえば、俺が神剣ベイルスティングで受け流し、ノエルが攻撃するチャンスを作る。フォルトゥナが左手から魔法攻撃を放てば、ノエルが相殺して俺が突っ込んで斬りつける。
拮抗しているかのように見えるが、こちらの消耗は激しい。でも焦ったら負けだ。
どれほど時間が経ったのだろうか? 粘り強く攻撃を続けていると、突然魔力の供給がガクンと減った。みんなを見ると、マユは膝立ちになり、レイナも苦しそうな顔をしている。クレア、アイリ、フィリスは倒れていた。
クソ、魔力を消耗しすぎたか。みんなからの魔力の供給が無ければ、フォルトゥナの力を削ることはできない。
だがノエルの目はまだ諦めていない。剣を構え果敢にフォルトゥナに挑んでいる。しかし、みんなから魔力を供給されていない状態では、フォルトゥナの猛攻に太刀打ちできないのは明白だった。
そこにフォルトゥナの広範囲の魔法攻撃が来た。俺とノエルは二人まとめて吹き飛ばされてしまった。
クッ、痛てぇ……。どうにか生きてはいるが、痛みで動けない。
「皆さん、もうダウンしてしまいましたか。楽しかったのですがここまでのようですね」
「あなた達は私の力を二割は削れたと思います。上出来ですよ。ここ数百年でここまで戦えた人間はいません。カイト、あなたはいい暇つぶしになりました。予想以上です。褒めて差し上げますね」
フォルトゥナが満足そうに言うと、ノエルは痛んだ体を震わせながら起こし、口元を緩める。
「そう……。あなたの力を二割削れたのね?」
「ノエルちゃん、何か嬉しそうですね? そうです。あなた達が七人がかりで死力を尽くして戦って、削いだ私の力はたった二割です。いえ二割も削ったと言いましょうか?」
俺たちを見下しながら語るフォルトゥナに、ノエルは「フッ、なら十分よ」と薄く笑った。
「あらあら、ノエルちゃんが一番先に諦めてしまったのですか? でも私を楽しませてくれたご褒美に、ノエルちゃんとカイトは殺した後で作り直して、私の配下にして差し上げます」
フォルトゥナはそう言うとパチンと指を弾くと、衝撃波が起きてノエルを弾き飛ばした。そして両手のひらを胸の前で合わせて楽しそうに続ける。
「でも、他の子たちはいりません。ですからカイト、そこに転がっている子たちを、あなたの剣で皆殺しにしちゃってください」
何をふざけたことを。そんなことできるわけないだろ! 俺はこの中の誰か一人でも欠けるのは絶対に嫌だ!!
俺が「断る」と言おうとした瞬間、フォルトゥナは俺の目の前に高速移動してきて腹パン。俺は跳ねあげられて地面に激突した。信じられないほどの激痛が全身を襲う。
フォルトゥナは俺を踏みつけ、ニコニコと微笑む。
「神の命令ですよ? 断ったらダメです。あなたも超越者なのですから、肉体に与えるダメージはほとんど無意味ですよねぇ。そのあたりはぬかりなく折檻させていただきますね」
フォルトゥナが俺を何度も踏みつける。そのたびに、魂が砕けるかと思う程の苦痛があった。
「おやおや、我慢しますねぇ? あまり我慢し過ぎると、精神が壊れてしまいますよ」
フォルトゥナは楽し気に笑いながら、地べたに這いつくばる俺を蹴り飛ばした。俺の体が放物線を描いて、地面に落ちる。
薄れゆく意識の外から、フォルトゥナの嘲笑う声が聞こえる。
俺たちに勝ち目はないのか……?
もう何をしても無駄かもしれない。神剣ベイルスティングを握っている手が緩むのを感じる。
フォルトゥナの足音が近づいてくる。
早く立ち上がれ、諦めちゃだめだ……。
だけど俺は、腕に力を込めることが、どうしてもできなかった。




