底辺同士の頂上決戦
カイトとリーゼロッテは死力を尽くして戦っている。幾度となく二人の剣が激突し、その度に超越者同士の魔力が爆ぜ、凄まじい剣圧となって二人の肉体と霊体を傷つける。
両者とも傷だらけになって、いたるところから血を滲ませている。魔力を消耗して、治癒魔法に回せる魔力も少なくなっていた。
* * *
カイトの視点。
もはや何度目かは分からないが、リーゼロッテの打ち込む剣を神剣ベイルスティングで受け止める。
そのまま鍔迫り合いになってお互いの剣を押し合う。息を荒げながらも、必死の形相で剣を押し付けるリーゼロッテに、俺は話しかけた。
「なんで俺たちはこんなところで、命を懸けて戦ってるんだろうな……」
「腐敗した人類を滅ぼして、世界を救済するためよ!」
「それって、女神に言われたことを、何も考えずに従っているだけだよな? お前、そもそもこの世界の人たちと接点あるのか?」
「は? この世界の神様がそう言ってるんだから、それが正しいに決まっているでしょ!? 私のイケメン部下達もそう言っていた! この世界の人間なんかと接点なんて必要ないし!」
「この世界の人々だって、必死に生きている。俺は今までそれを見てきた。そこは地球と変わらないと思う。でもあの女神は駄女神だぞ。人間をおもちゃにして楽しんでるよ。実際に本人から聞いたから間違いない」
「そんなデタラメに耳を貸すとでも思っているの!?」
「俺は女神に、頑張って魔王討伐してねー、とか言われたぞ」
「嘘だ! 女神様は私に力と神器をくれた!」
「だから、それも女神の趣味の一環だよ。転生者を使って世界をかき回したり、転生者同士を戦わせたりして喜んでる」
「女神様は素敵なイケメン部下を四人もつけてくれた。そのうちの三人はあんたたちに殺された。敵討ちなんてガラじゃないけど、借りは返させてもらうわ!」
「それも全部女神のお遊びに過ぎないんだぞ! 俺の仲間には、そういうことが全部分かるスキルを持っている子がいるんだ!」
「黙れ!! 私は、私を可愛がってくれるイケメン達と、ずっと楽しく暮らしたかったんだ! もう前の世界みたいに惨めな気持ち、味わいたくないの!!」
声を張るリーゼロッテの目には涙が滲んでいる。
「あんたみたいなハーレム野郎には分からないでしょうけど、誰からも見向きもされないなんて、もう嫌なの!!」
俺はリーゼロッテの剣を弾いて、バックステップで距離を取った。
「お前も前世では、俺と似たようなものだったんだな?」
「何それ!? 分かったような口きかないで!!」
「俺もさ、前世ではカースト底辺で誰からも相手にされなかった。それどころかゴミ呼ばわりされる酷い人生だったんだ」
「ゴミですって? そんなのまだましじゃない! 私なんてウジ虫呼ばわりだった! カースト上位の連中に、毎日毎日ひどい目に遭わされたんだから!!」
「ウジ虫か……。それもきっついなぁ。なら、靴の味とか知ってる?」
「はっ、そんなのカースト底辺業界なら知ってて当然よ! 私なんて便器の味だって……」
「ちょっと待てよ。不幸自慢なんてするだけ虚しい」
「あんたが言い始めたんでしょうが!!」
「まあ、とにかく、俺はこの世界に来て大切な人ができた。前の世界には死んでも戻りたくない。お前は違うのか?」
「私だって死んでも戻りたくないわよ! だからこうして、女神様に与えられた使命をまっとうしようとしてるんじゃない!」
「何度も言ってるけどな、あの女神、邪神だぞ。今はいいかもしれないけど、そのうち奴隷扱いされるからな」
「たとえそうだとしても、今ここであんたを殺す! それは変わらない!!」
俺はリーゼロッテの右手の薬指で、光っている指輪が目に留まった。
これだけ話していても、俺に惚れる気配はない。やはり、ノエルが教えてくれたように、あの指輪が俺のモテモテスキル……と言うか体質を無効化しているんだろうな。
ノエル曰く、それを外したり破壊すれば、モテモテスキルが効くようになるとのことだが、女神はノエルがラプラスの記録で調べて、俺に教えることを想定していないんだろうか?
「なによ、この指輪が気になるの? 女神様にもらった神器の一つよ。綺麗でしょ? 私を状態異常から守ってくれるのよ」
得意げに右手の指輪を見せつけ笑うリーゼロッテ。別にこいつに無理に惚れてもらわなくてもいい。でも、俺と本質的に変わらないこいつと戦って、殺すのはどうにか避けられないものか……?
俺に惚れさせることができれば、戦わなくて済む。肉体の傷は治癒魔法で元に戻せるし、右手を切り落としてでも指輪を外すか? でも何かが引っかかる。そんな簡単なことをあの女神が見落とすだろうか?
「あんた、さっきからガン見してるけど、この指輪が欲しいの?」
「そんな指輪どうでもいいよ。お前と話しても無駄なのが、よく分かった。俺も覚悟を決めないとな」
「上等じゃない! 決着をつけるわよ!!」
リーゼロッテは、神剣エターナルシャインを両手で高く掲げる。
「この技の前に、立っていられるかしら? 私の神剣エターナルシャインの固有技『インフィニティフレア』!!」
リーゼロッテの剣に途方もない魔力が一気に圧縮される。あれを喰らえば無事では済まないだろう。もう覚悟を決めるしかない。俺だってこんなところで死ぬわけにはいかないんだ!!
俺も残された魔力を全て神剣ベイルスティングに込めて、固有技を発動させる。
「ディヴァインバースト!!」
俺とリーゼロッテの神器の固有技が衝突し、激しい閃光と爆風を周囲にまき散らした。
リーゼロッテの放った、魂さえ焦がすような灼熱は、俺の爆ぜる斬撃と正面からぶつかってせめぎ合っている。
飛び散った余波が俺の魔装術を貫通して、肉体と霊体を傷つけていく。
無茶苦茶痛いが、向こうも同じはずだ。歯を食いしばって、命懸けの根競べとばかりに剣に魔力を込め続けていると、二人同時に弾き飛ばされた。
どうにか着地し姿勢を低くしていると、荒ぶる魔力の渦は徐々に収まっていった。
俺は、どうにかこらえた……みたいだな。リーゼロッテはどうなった?
リーゼロッテは地面に倒れている。俺と彼女の魔力量は同等だったが、魔力の集束は俺の方が僅かに上だった。ノエルが厳しく指導してくれたおかげだな。
俺は傷だらけになって倒れているリーゼロッテに近寄り、神剣ベイルスティングを振り上げた。
「かなりギリギリだったけど、俺の勝ちだ」
「やっぱり……この世界も、私を拒絶、するのね……。この世界なら、幸せに、なれるかも、しれないって、思ったのに……」
涙を溢しながら、息も絶え絶えに呟くリーゼロッテに、俺は剣を振り下ろせなかった。
「やっぱり、俺はお前を殺せない」
すると、仰向けで倒れているリーゼロッテは俺を睨みつけて叫んだ。
「あんたも、私を見下しているんでしょ!?」
俺は静かにリーゼロッテを見つめる。何かうまい言葉を掛けられないものか……? そう考えていると、リーゼロッテは震える左手で右手にはめられている指輪に触れた。
「そうだ、この指輪を外せば私の力が全て解放される。どうしても勝てそうになかったら、外しなさいって女神様が言ってた……」
「バカ、やめろ!」
俺の制止も聞かずリーゼロッテは指輪を外した。すると指輪に宿っていた魔力が爆発的に増大し、指輪は砕け散る。解放された途方もなく大きな魔力は、リーゼロッテの肉体に一気に吸収されていった。
リーゼロッテの肉体は崩壊し、再構成されて巨大化していく。そして真っ赤なドラゴンになってしまった。感じる波動は完全にモンスターだ。
クソ、女神め……。やっぱり罠か! そりゃ、女の子じゃなくなれば、俺のモテモテスキルも効かなくなるわな!
俺がどうにかしてリーゼロッテの指輪を外したら、こうなるように仕組んでたのか。悪趣味すぎるっ!
巨大なレッドドラゴンは咆哮をあげ、神聖魔法の力が宿っている火炎のブレスを吐き出す。
俺はそれを神剣ベイルスティングで切り裂き、辛うじて凌いだ。そのブレスが通った場所は広範囲が一気に焼失していた。
なんつー威力だ。あんなもの喰らったらひとたまりも無い。やられる前にやらなければ! 俺はドラゴンに斬りかかるが、硬い鱗に阻まれて傷一つつけられない。
「硬すぎるだろ!!」とぼやく俺に、ドラゴンは前足の鋭い爪による攻撃が迫る。
間一髪それを受け止めるも、衝撃までは殺せずに大きく吹き飛ばされた。俺はそのまま地面に叩きつけられる。
リーゼロッテとの戦いで、力を使い果たした今の俺にはかなりキツい状況だ。だが泣き言は言っていられない、軋む体を起こし剣を構え直した。
その時、みんなとの魂の繋がり戻ったのを感じた。異空間から出てきたのか!?
マユの心配そうな声が聞こえる。
「カイト、無事?」
「無事ではないけど、まだ生きてる」
「魂のハーネス経由で私たちの魔力を送るから、それを使って戦って」
俺の疲弊した体に、みんなの力強い魔力が流れ込んでくる。肉体と霊体を完治させても、まだ余力がたっぷりとある。
「みんな、ありがとう!」
俺は念話で礼を言うと、ドラゴンに向き直った。
「これで終わらせる! ディヴァインバースト!!」
俺の放った斬撃は巨大な弧線となって飛んでいく。みんなの魔力が込められて七色に輝くそれは、ドラゴンに直撃し、胴体を斬り裂いた。ドラゴンの肉体が崩壊していき、虚空に消えていく。
「はぁ、はぁ、どうにかなったな……」
その時、神剣ベイルスティングを介して、膨大な量の魂のエネルギーが俺に流れ込んでくる。
「待て! リーゼロッテの魂は喰うな!!」
神剣ベイルスティングに向けた俺の叫びは空しく響き、俺のレベルが大きく上昇した実感があった。
俺は脱力し、その場に座り込んでいると、飛んできたみんなの姿が見えてきた。
みんなは遠くから大きな声で「おめでとう」「やったね」と口々に称えてくれたが、俺の心は晴れない。
「リーゼロッテ……、こうするしかなかったのかよ……?」
俺の呟きは、誰の耳にも届くことはなかった。




