かつて勇者と呼ばれていた者
一方その頃。
ラフィードが使った魔道具の力によって、異空間に閉じ込められたノエルたち。
そこは天地が夕焼けのように赤く、草木の一つも生えていない。見渡す限り岩だらけの荒れた地形で、どれほど広いのか見当もつかないところだった。
ノエルは空間を一通り見回した後で、独り言をつぶやく。
「ここは異空間か。私の力では脱出は無理そうね。カイトとの魂の繋がりも途絶えてる……」
「ならば、術者を斬り捨てるまでです」
レイナはそう呟くと、ラフィードの背後に瞬間移動して、頸めがけて鎌を振るう。
ラフィードはそれを最低限の動作で躱すと、レイナに裏拳で反撃する。レイナは跳びあがって回避し、鎌を二度三度と振り回すがラフィードは軽々躱す。
レイナはラフィードの死角に瞬間移動し、斬りつけようとしたところでラフィードに喉を掴まれた。
「フッ、あなたは死角に瞬間移動してからの一撃が得意なのですね。ですが、それは同じ相手に二度見せてはいけない」
ラフィードは笑みを浮かべながら、レイナの喉を握っている手に力を込める。レイナの手に握られていた鎌は地に落ち、両手はだらりと下がる。
その時、クレアが魔装術を発動させて、エクスカリバーでラフィードに斬りかかった。
「レイナさんを放してください!!」
ラフィードは掴んでいるレイナを投げ捨てると、クレアのエクスカリバーを片手で止める。そして空いている方の手でクレアを殴りつけた。
その場に倒れ込むクレアに向かって、ラフィードは手のひらを向けて魔法を発動しようとする。アイリがそれを止めるために光の矢を撃った。
ラフィードは、瞬時に魔法の矛先をアイリに変えて放つ。魔力の弾はアイリの光の矢をかき消してアイリに命中。彼女は悲鳴を上げてその場に倒れた。直後にフィリスが叫ぶ。
「ネメシスイグナイト!!」
フィリスは、神槍グングニルに魔力を込めて雷鳴のような勢いでラフィードに迫り、稲妻を伴う超速の一突きを繰り出す。だがそれもラフィードは右手だけで止めた。
「神槍グングニルの固有技ですか。なるほど、なかなか強力だ。しかし私には届かないようですね」
ラフィードは余裕の笑みを浮かべながら、左手に魔力を込めてフィリスに向ける。
「稲妻とはこのように撃つのです。ボルトディスチャージ!」
至近距離で放たれた赤い電撃がフィリスを呑み込む直前に、マユが魔法障壁でフィリスを包んで守った。その隙にフィリスはバックステップでラフィードから距離を取ると歯噛みする。
「私たちが束になっても一撃も入れられないなんて……」
ラフィードはレイナ、クレア、アイリ、フィリスの猛攻をものともせず、嘲笑っている。
「どうしました? 私を殺すのでしょう? もっとも、私を殺したところで、ここからすぐに出られるわけではありませんが」
「ならどうすれば出られるの?」とマユが問う。
「何もしなくても、二時間後には全員無事にここから出られます。逆に言うと、私にはどうすることもできません。これは私の能力ではなく、女神様に頂いた魔道具の力なので」
ノエルは魔装術を発動させて、ラフィードに殺気を叩きつけた。
「そう、なら二時間待っているだけっていうのも退屈だから、あなたを斬るわね」
「やれやれ、先ほど彼女たちの攻撃を退けたことで、私の実力は分かって頂けたものと思ったのですが」
「あの子たちは、カイトにとって大切な存在なの。勝手に傷つけてもらっては困るのよね」
ノエルが剣を構えて臨戦態勢に入ると、ラフィードは仕方なしといった雰囲気で、腰に下げていた剣を抜いた。
「私が魔王様の配下に任命された時、私の管理しているダンジョンを作り直しまして」
ノエルは構えたまま、鋭くラフィードを見つめて「興味ないわ」と返す。しかし、ラフィードは話を続ける。
「そのダンジョンはたったの一階層しかありません。ですがすべてのリソースを強いモンスターを生成することに振っているので、レベル350のモンスターを無尽蔵に生成できます。そのダンジョンで、私とリーゼ様は日々レベル上げをしていました。今の私のレベルは384。そう容易くやられはしません」
今のノエルのレベルは 375。しかし彼女は、顔色一つ変えない。
「そう、頑張ったのね。でも強さってのは、レベルだけで決まらないということを教えてあげるわ」
マユが「ノエル、そいつ強いよ! 私も加勢する!」と声をあげるが、ノエルは手を彼女に向けて制止した。
「マユ、あなたは防御結界を張ってみんなを守って。ここから出たとき、カイトが怪我をしているかもしれないでしょう? その時はあなた達に任せるから」
マユは言い返さずに、ノエルから距離を取って防御結界を展開する。クレア、フィリス、アイリ、レイナもマユの展開した防御結界に入って、戦いの行く末を見守ることにした。
それを確認したノエルは、僅かな予備動作で高速移動術を発動し、ラフィードとの間合いを詰めて斬りかかる。素早く繰り出された一撃をラフィードが受け止めると、空間に激しく衝撃が走った。
数合二人の剣が交わった後、ノエルは軽く後ろに跳んで距離を取る。
「なるほど、確かにあなたは他の三人よりは、ましのようね。……三個ってところかな?」
ノエルはそう呟くと、魔力を圧縮した光の粒を三つ出現させた。それを見たラフィードはフッと笑みを浮かべる。
「ライトボールですか? しかもかなり小さい。まさか、この私にそのような初級魔法が通じるとでも?」
ノエルは無言で指先をラフィードに向けると、光の粒の一つが飛んでラフィードの頬をかすめた。彼の頬に薄く切り傷が付き血がにじむ。
「なっ、速い!? ライトボールごときが私の障壁を突き抜けた!?」
「その程度でいちいち驚かない。対応が遅れるよ」
ノエルは低く剣を構えて地面を蹴ると、ラフィードは慌てて剣を構える。
ノエルが剣を振るうのに合わせて、三つの光の粒がラフィードに時間差で飛び掛かる。高速で動き回る光の粒は尾を残して飛び交い、まるで三本の光の糸がラフィードに絡みつこうとしているようだ。
ラフィードはノエルの剣を凌ぎながら、光の粒を魔法障壁で防ごうとするも、障壁ごと身体を斬り裂かれる。
致命的な一撃は辛うじて避けているものの、連続でダメージが蓄積していく。ラフィードの表情から余裕は消えていた。
「私とて、剣と魔法を同時に使うことくらい! 吹き飛べ! ウインドショット!!」
刹那、ラフィードの眼前で爆発が起こり、ノエルにそれが直撃したかに見えた。しかし、ノエルは無傷で立っており、逆にラフィードは全身に切り傷を負っていた。
ノエルは間近で発動したウインドショットを、神剣ラングザードで斬り裂き、同時に光の粒を操ってラフィードを攻撃していたのだ。
「拙い剣技と同時に放たれた拙い魔法なんて、ただ隙を晒しただけにしか見えないわ」
「ばかな!?」
すぐさまラフィードは傷を魔法で治癒し立て直そうとするも、ノエルは「悪手ね。終わりよ」とラフィードの頸に斬りかかった。
ノエルの振るう聖剣ラングザードは、ラフィードの頸部に叩きつけられて、勝負が決したかに思えた。しかし頸は切れずに、ラフィードは吹っ飛ばされて岩に激突した。
予想外な出来事に、ノエルは訝しげな視線をラフィードが飛んでいった先に向ける。
「……これはカイトのアイギスの盾と同種のスキル? レベル差の制限が無いなんて、随分なチートスキルね」
砕けて崩れ落ちる岩を押しのけて、ラフィードが起き上がる。
「絶対防御のチートスキル『アキレウスの鎧』だ。一日に三度だけ、私の意志でいかなる攻撃も防ぐ。まさか、これを使うことになろうとは……」
「ふーん。私が相手では、三回なんてまるで足りないんじゃない?」
ノエルは言い終わるや否や、高速移動術でラフィードの後ろに立つと、切り上げて空中に跳ね飛ばした。さらに瞬時にラフィードの飛ばされた先に移動し、剣で叩き落とす。
ラフィードは地面に激突し、クレーター状に抉れた穴の中心にめり込んで倒れる。ノエルはふわりと穴の淵に降り立ち、ラフィードを見下ろした。
「これで三回。次で終わりね」
体を起こして膝立ちし、苦しそうな表情のラフィード。
「これが、二十年前の剣の勇者……。まさかこれほどとは。女神様に賜った『冥剣グレイスブレイザー』の固有技を使わねば勝てぬか」
呟くラフィードにノエルは冷たく言い放つ。
「使っても、あなたの負けは確定しているわ」
ラフィードは歯を食いしばると、持ちうる魔力を全開放して剣に集中させた。
「冥界の霊柩に飲まれて朽ちよ。『刻冥錚葬』
ラフィードの握る冥剣グレイスブレイザーの先端に、真っ黒な球体が出現した。極めて高い魔力密度のそれは、少しづつ拡大しているのが分かる。
「この球体に触れたら最後、飲み込まれて魂を砕かれるまで出られません」
ラフィードが剣を振るうと、黒く染まった球体が放たれた。
ノエルは咄嗟に飛び退くが、黒の球体が一気に拡大して飲み込まれる。しかし次の瞬間には、その球体は内側から斬り裂かれて消滅した。
ノエルは涼しい顔で、剣にまとわりついた黒い魔力の残滓を振り払う。
「少し驚いたけど、それだけね。あなたは魔力を制御する技術が拙いのよ」
ラフィードは膝から崩れ落ちて、両手を地に着き、ノエルを見上げる。
「そんな……。この技を受けて生き延びた者など、これまで一人としていなかったというのに!」
ラフィードは苦悶の表情を浮かべて、地面についた手を強く握り締めていた。ノエルがとどめを刺さんと剣を振り上げた時、ラフィードは立ち上がって声をあげる。
「……だが私は負けるわけにはいかない。この命に代えても、リーゼ様をお守りすると誓ったのだから!!」
ラフィードは剣を両手で掲げて叫んだ。
「この命、すべてを掛けて!!」
その言葉通りに自身の魂の力を燃やして、冥剣グレイスブレイザーに注ぎ込む。
「それをされると困るわね」
ノエルは、ラフィードの捨て身の技が発動する前に、高速移動術で背後に回り、聖剣ラングザードでラフィードの体を貫いた。
「自爆されると私のレベルが上がらないの。悪いけど、私たちが女神を殺すための糧になってもらうわ」
「リーゼ、様……、私は……」
ラフィードは何かを言い終わる前に、塵になって消えた。




