どこへ?
宿屋の食堂にてマユ、クレアと共に朝食をとっている。
フィリスはまだ起きてこない。昨夜は声を抑えたつもりだったけど、あれでもうるさかったのだろうか。
そんなことを考えながらゆっくり食べていたが、フィリスが来る前に食べ終わってしまった。
体調でも悪いのだろうか? 心配だから様子を見に行くか。
俺たちは食堂を後にして、フィリスの部屋の前まで来た。扉をノックするが返事はない。ドア越しに大きめの声で呼びかける。
「フィリスー、まだ寝てるのかー?」
その様子を見ていたのか、宿屋の主人が俺に近づいてきた。
「その部屋の方なら早朝一人で出ていかれましたよ。あなたにこの槍を渡してほしいと頼まれました」
美しく光る槍を宿屋の主人が差し出すので、俺はそれを受け取った。
フィリス、なんで一人で出ていった? それも、グングニルを置いて……。ノエル、フィリスはどこに行ったんだ?
ノエルの、からかうような声が聞こえてきた。
「女の子の秘密は、勝手に詮索しないんじゃなかった?」
やっぱそれなし! 好きな女の子のことは何でも知りたいよ!
「フィリスは、馬車でカークヨムルド王国の王都へ向かっているよ」
カークヨムルド王国って、たしかナロッパニア王国の隣国だったっけ。なんでフィリスが隣国の王都に向かっているんだ?
「父である、エラッソス公爵の使いの者に連れていかれたんだよ」
公爵? あれか、上位貴族的なヤツか?
「そ、フィリスはカークヨムルド王国の上位貴族、エラッソス公爵家の令嬢なんだよ。それで、許婚と結婚するために連れ戻されたんだ」
ノエル、フィリスを取り返しに行くぞ!
「了解。今から追いかけよう」
せっかく仲良くなってきたのに、どこぞの貴族なんかにフィリスを渡すわけにはいかない。絶対に取り返してみせる!
マユとクレアにフィリスの事情を話し、アーリキタの街を飛び出した。
「今から走って追いかけよう。今の俺たちなら追いつけるはずだ」
するとマユが「待って、私に任せて」と俺を制止した。
マユが聖光を出して魔力を放つ。光の球体が俺たちを包み込んで浮き上がり、地表を滑るように高速で動きだした。
「いつの間にこんな魔法覚えたの?」
「神聖魔法を使えば、できそうな気がして……」
ノエルがマユの使った魔法を解説する。
「『ヴェロキタス』。魔力で空間に干渉して、重力や空気抵抗などの物理的な影響を軽減、または無視して高速移動する技術だよ。これを使いこなせないと、上位の者とは勝負にならないから早くカイトも覚えてね」
……一応マユが操る魔力をしっかりと観察しておくか。見ただけで覚えられるだろうか? チートスキル『天才』、頑張ってくれ。
マユの魔法で、街道を高速移動しフィリスの乗る馬車を追いかけた。しばらく行くと、三両の馬車が走っているのが見えてきた。ノエルの声が聞こえる。
「あの真ん中の馬車にフィリスが乗っているよ」
俺たちは馬車を追い越して、馬車の進路に立ちふさがった。
すると馬車が止まり、武器を手にした護衛たちが数人出てきたので、サクッと行動不能にした。
「フィリス! いるんだろ? 迎えに来たよ」
俺が叫ぶと、馬車の中からフィリスが出てきた。彼女は、まるで幻でも見たかのように息を呑み、俺の姿を凝視した。
「カイトが何でここに?」
「忘れものだよ」
俺は神槍グングニルをマジックバッグから取り出し、フィリスに手渡そうとした。
「それはカイトにあげたんだよ」
フィリスは眉根を寄せて、槍を手のひらで押し返すが、それでも俺はフィリスに槍を握らせる。彼女の手は冷たく、微かに震えていた。
「何も言わずにいなくなるなんて酷いなぁ」
「カイトたちに迷惑が掛かるから。だって私は……」
フィリスは顔を伏せて言い淀むので、俺がかわりに続けた。
「公爵令嬢で、親に決められた許婚と結婚させられるから、だろ?」
「知っていたの?」
「俺はなんでも知ってるんだよ」
俺が笑うと、フィリスもつられて表情がふっと緩んだ。でもすぐに険しい顔に戻ってしまった。
「なら分かるでしょ? 父に……エラッソス公爵に歯向かえばカイトたちも、何をされるか分からない」
うーむ、お父さんが怖いのかな? だったら、俺が全力で守るのに。
「大丈夫、俺、最強だって言ったでしょ」
俺に任せろ! とばかりに自分の胸を叩くと、男の声が割り込んできた。
「何が最強だクソガキ。痛い目見ないうちにさっさと消えろ」
フィリスの乗っていた馬車とは別の馬車から、鋭い眼光の男が出てきた。
その男は怒鳴ったわけでもないのに、空気が重く響いた。
このプレッシャー、今まで戦ってきた連中とは、明らかに質が違う。
俺は肌でそう感じて、身震いしてしまった。




