公爵令嬢フィリス・エラッソス
フィリスの視点。回想です。
エラッソス公爵家長女フィリス。
私を表す文字列だ。私の人格や能力などは誰も見ないし意味もない。兄様も、両親さえ私には興味がなかった。私に価値があるのはこの文字列だけで、これがなければ私には何一つ価値は無かった。
カークヨムルド王国の上位貴族である、エラッソス公爵家に生を受けた兄様と私には、最初から役割が決まっていた。
家は長男である兄様が継ぐことと、私は顔も見たことも無いどこぞの良家の婚約者と結婚することだ。物心ついた時からそのように教育され、そう生きることを強要された。
両親は何を聞いても、何を言っても「親の言うことを聞いていればいい」と繰り返すだけだった。
14才の頃に私の婚約者とやらが家に来た。丸々と太った体を重たそうにしながら鈍く動き、自分の家の素晴らしさを延々と自慢し続けることができる、つまらない男だった。
こんなやつと一生を添い遂げるくらいなら、死んだ方がましだな。
私は家を出ることを決意した。
* * *
それから半年間あれこれと準備した。そしてついに計画を実行に移す時がきた。
その日は、両親と兄様は腕の立つ護衛たちを連れて出かけていた。城で重要な会議があるらしい。
父の従者の中には、執事兼護衛の腕の立つ者が数名いるが、私が屋敷を抜け出そうとしても、彼らにはなぜか必ず発見され捕まってしまう。
彼らの出払っている今夜はチャンスだ。物音をたてないように、窓から部屋を抜け出した。
家を抜けだす際に、幼いころから両親に家宝だと言い聞かせられた、錆びて汚れた槍を持ち去った。なんでも神様が作った槍なんだとか。
敷地内にある、槍の祀られている社は無駄に豪華で立派な造りで、両親の見栄っ張りで空虚なさまを表しているようで滑稽だった。
何が神様だ、ばかばかしい。
これを持ち出したら父も母もどんな顔をするだろうか。そう考えると、少しだけ愉快になり口元が緩んでしまうのを感じた。
馬を出し背にまたがって屋敷を一瞥すると、警備のいない門から敷地を抜け出して駆けた。
王都を囲っている外壁のゲートは基本的に夜間は閉まっているが、開いている場所が一か所だけあるのは確認済みだ。そこから外へ飛び出し、隣街トリエンを目指して馬を走らせた。
道に沿って川が隣に流れている林を進んでいる。月明かりが木々に遮られるが、家から持ち出した魔道具のランタンで道を照らしているので十分に明るい。
馬がつぶれてしまわないように休ませていると、異様な気配に気が付いた。
複数の獣の唸り声がする。茂みに目を凝らすと、ダイアウルフが次々と姿を現し私を取り囲みだした。
こんなところで獣に殺されるわけにはいかない。急いで馬に飛び乗ると、手綱を引き駆け出した。
すると、別のダイアウルフが前方の木の上から襲い掛かってきて、私は避けきれずに馬から転げ落ちてしまった。
地べたに転がり血を流している私を、ダイアウルフたちが取り囲む。
こんなところで終わりかと諦めかけた時、数人の人影が見えた。その直後、ダイアウルフが血を吹き出して次々と倒れた。
何が起こったのか分からず、へたり込む私の前に四人の人影が近寄る。
「大丈夫か?」
「怪我をしていますね。私の魔法で治癒します」
「そこで座って大人しくしていな」
「狼ごとき私がすぐに焼き払ってあげるから!」
口々に声を掛けられるも、私は声も出せずにうなずくしかできなかった。
四人は私に笑顔を向けると、残りのダイアウルフをあっという間に倒した。一人の男性が私に手を差し伸べる。
「立てるか?」
「はい……ありがとうございます」
「子供が一人か? こんな時間にこんなところで何してるんだ?」
「えっと……」
どう説明したものかと言葉に詰まらせていると、槍を持った男性が笑った。
「まあ、言いたくないなら無理には聞かないさ。俺はランドル。君は?」
「フィリスです。あの……冒険者の方なんですよね?」
「そうだが?」
「私を弟子にしてください!」
「……弟子って言われてもなぁ」
ランドルと名乗った男性は困り顔で頭を掻いた。
「私も冒険者になって自分の力で生きていけるようになりたいんです!」
私の必死の訴えにランドルさんは困惑していたが、仲間の快活な雰囲気の女性がからかうように口を開いた。
「可愛い弟子ができて良かったじゃない?」
「しかしなぁ……」
ランドルさんがなおも困った表情で渋っていると、たおやかな雰囲気の女性が言葉を続けた。
「弟子にするかはともかく、こんなところに女の子一人を放っておくわけにもいかないわ。街まで連れていきましょう」
「そうだな。こんなところにいたらまた獣に襲われる」
トリエンへと移動しながら、私とランドルさん達のお互いの事情を話した。
私が王国の上位貴族の令嬢などとは言えるはずもなかったが、とある貴族の娘で望まない結婚が嫌で家出したことを伝えた。
ランドルさんのパーティーは、サハン山の中腹の街ハームジを拠点に活動しており、サハン山のダンジョンで稼いでいる。
王都へは息抜きで買い物に来ていて、その帰りにダイアウルフに襲われている私に遭遇したとの事だった。
「俺達の拠点はあの山の向こうだ。王都へはほとんど来ないがそれでもいいのか?」
「王都になんの執着もありません。むしろその方が好都合です」
「そうか、分かった」
こうして私はランドルさんと共に冒険者として生きていくことになった。
* * *
ランドルさんは槍使い。鍛え上げた槍術によってモンスターを貫く。メンバーからの人望も厚く、リーダーとして皆を引っ張っている。
たおやか美人のセリカさんは希少な神聖魔法の使い手で、攻撃、補助、治癒と万能タイプ。常に周りに気を配り、優しく微笑んでいる。
大柄でがっちり体型のカロンさんは大盾と土属性魔法が得意で前衛に立って敵の攻撃を止める。寡黙だが仲間思いで、私のこともよく気にかけてくれる。
快活美人のフレーナさんは後衛から攻撃魔法を放つ。火、風、水の三属性が得意。いつも元気一杯で、パーティのムードメーカー的存在だ。
四人ともBランク冒険者のパーティーで、サハン山のダンジョン三十二階層まで到達できるほどの手練れの冒険者だった。
私はランドルさんに槍術を教わり、槍で戦えるようになった。また、四人に付いてダンジョンに潜り、多くのモンスターを倒してレベルも上がった。そこらの冒険者よりも強いと自負できるまでになった。
彼等との毎日は、屋敷で暮らしていたらできないような経験ばかりで、毎日が楽しく充実していた。
この時の私は、自分の人生を勝ち取った気でいた。




