第二話 天秤と決断
「………ありえないんだけど……」
後ろで紗香が呟いた。
鳥呀も紗香の落胆ぶりに合わせるようにため息をついた。
ここは国境近くの大草原だ。
ここに拠点を持つという盗賊を追い求めて、鳥呀達は電車でここまで来たのだが…………。
草原は、予想以上に広かった。
既に一時間は彷徨い歩いていくるが、盗賊の姿は見えない。
見渡す限り草、草、草の世界の中、鳥雅達の情けなさを祝福するように太陽が輝いている。
雲一つない青空の下、鳥雅達はとぼとぼと歩く。
「………ていうか政府もさぁ、任務頼むなら正確な情報教えろよぉーーーっ!」
鳥呀は嘆くように叫んだ。
ひょっとして、この声を聞いた盗賊側が接触しにくるかもしれない。
そんな渇望が鳥呀の心に渦巻いた。
そして、丁度その時だった。
遥か遠くに、人の集まりを見つけたのは。
「顔はよく見えねぇが……間違いないな、ラーロンドのギルドだ」
男が微笑を浮かべて仲間達を見た。
果てしなく平らな草原、その地平線のあたりに人影が見えたのだ。
男は持ち前の視力で人影がギルドのパーカーを着用している事を確認したのだ。
「んで、どうする? この草原じゃ、奇襲をするにも隠れる場所が無いぞ」
仲間の一人がナイフを研ぎながらつばを吐く。
近頃、ギルドの連中が男の所属する盗賊を殲滅しにくるという噂が広がっていた。
国境近くの住民はそれを望んでいるらしいが、男達にとっては大事な儲け場所がなくなるのは辛いのだ。
そこで盗賊の頭はスリーマンセル(三人一組)で見張りをするようにと命令を下した。
そうして見張りをしていた男達であったが、偶然にもギルドのメンバーを発見したのが今だ。
「単純だよ、見た所あいつらはまだガキだ。多分戦闘をしに来たんじゃなくて、大方偵察タイプだろ。
捕まえて人質にしよう」
仲間の一人が自信ありげな表情で背中の剣を取り出し、素振りを始めた。
「んじゃあ、行くか」
運動神経のいい男達は、真っすぐに少年達の元へと走り出した。
「紗香、お前はそこで待ってろ」
鳥呀は軽く準備体操をすると、自分たちの元へと迫り来る三人の男を見た。
走り方から見て、戦闘慣れをしているだろう。
「うん、そうする。戦うのは苦手だし」
紗香は構えていた短剣をしまいなおした。
鳥呀は頷き、時を待つ。
男達が近づいてくる。
その距離は70m、60mと着々と縮まる。
そして、鳥呀は走り出した。
人間離れした瞬発力で一気に男達の間合いに入り込む。
男が嬉しそうな顔をする。
戦いが始まった。
一人目の男は剣を横になぎ払って来た。
鳥呀はバク転の要領で後ろに飛び、剣を回避する。
後ろに下がった鳥呀を右から違う男がナイフを片手に斬り掛かる。
鳥呀はナイフを持った男の手首を素早く掴み、思いっきり握った。
握力とは思えない程の力が男の手首を折った。
男はギャッと叫ぶと、ナイフを取り落とす。
が、すぐに後ろから別の男が大剣を振り落とした。
ただの成人の男じゃ、あんな重い剣を持つ事さえ出来ないだろう。
やはり戦闘慣れしている。
鳥呀は右手の甲を思いっきり大剣の側面にぶつける。
タイミングが少しでもずれていれば、鳥呀は今頃重傷を負っていただろう。
トリガーロックの力を思いっきり受けた大剣は、そのまま右へ吹っ飛んだ。
が、大剣を失った男は臆する事無く、そのまま鳥呀の右腕を掴んで倒れ込む。
いくらトリガーロックとはいえ、いきなり成人の体重が右腕にかかるとバランスをくずす。
そしてその隙をつくように、最初に攻撃して来た剣の男が鳥呀に襲いかかる。
鳥呀は右腕を掴む男の胸ぐらを握ると、そのまま思いっきり男ごと持ち上げる。
そして閃光のような速さでその男を投げた。剣を持った男に。まるでボールのように。
二人の男は地面に激突し、もみくちゃになった。
残された手首の折れた男は走って逃げ出そうとする。
鳥呀はナイフを拾うとびゅんと投げた。
ナイフは逃走する男の頬をかすめ、一条の血が頬から垂れた。
男はひぃっと叫ぶと、腰を抜かしてヘナヘナと座り込む。
鳥呀はうんうんと幸せそうに頷くと、もみくちゃになった二人と座ったまま震える男を雑に一カ所に集め、紗香が手渡したロープでくくった。
「やたら強いと思ったら、お前、トリガーロックかよ」
ロープで身動きのとれない男が嘲笑のこもった目で鳥呀を見た。
紗香は心配そうに鳥呀の顔を覗き込む。
「そんな事はどうでもいいから、とっととお前らのアジト、どこにあるか教えろよ」
鳥呀は不機嫌そうな顔で男達を蹴る。
さっきからこいつらは、お互いの顔を笑みを浮かべたままちらちらと見ているのだ。
まるで、本人達にしか分からない事を、本人達だけで楽しむかのように。
「まぁいいぜ、教えてやるよ」
リーダーらしき男がにやにやしながらつばを吐いた。
横に居る紗香が「きもっ」と呟く。
念を押すように、男はさらに口を動かす。
「その代わり、我を失って激昂するなよ?」
「なんなんださっきから。いい加減に殺すぞ」
脅すように紗香が短剣を突き出した。
短剣が白く輝く。
「まぁ聞けよ。アジトはここから北に一時間歩けばある。テントがたくさん張ってある場所だ」
男は我慢出来ずに笑い声を上げた。
鳥呀はイライラして男の髪を掴んだ。
「いい加減にしろよ。もうすぐ、俺がお前らのテントを全部燃やして、必要ならばお前の仲間も殺すし、余裕があればお前の仲間をロープでくくってブタ箱にぶち込んでやる。さぁ言えよ、何がおかしい」
「俺たちの頭は、アマテラスだよ! お前も知ってるだろ!?」
男が突然、叫んだ。
残りの男達が笑い転げる。
鳥呀は目の前が真っ白になった。
頭の中が完全な“無”で満たされる。
遥か遠くに紗香の声がする。
「あ、あんた達嘘をついてんじゃないわよ!」
「嘘じゃねぇよ。この状況で嘘なんかつけるか」
心が痛む。
鋭い、刃物で斬りつけられたかのような痛みが体中に走る。
アマテラス。
鳥呀の生まれ故郷、エイスプラザを破壊した男。
急にはっきりと目の前がよく見えた。
空はいまだに青空で、草原は緑だ。
そして男達が鳥呀の顔を見て来た。
激しい、いままで体験した事の無い怒りが鳥呀を襲った。
それはうねり、捻れ、鳥呀の中で暴れた。
「鳥呀!」
紗香が叫んだ。
気付いたら鳥呀は全速力で走っていた。
北へ。
北へ。
千葉鳥呀という存在を苦しめた、あの男の元へ。
絶対に殺すと誓った、アマテラスの元へ。




