第一話 悪夢と現実
古ぼけた孤児院の窓から、二人の子供が顔をのぞかせていた。
彼らの表情は興奮を隠しきれておらず、目の前に広がる祭りの騒ぎを食い入るように見つめていた。
孤児院の前には広い、円の形をした池がある。
その池の縁をなぞるように道が造られ、そこから街の面積がどんどんと拡大していったのがここ、エイスプラザの街である。
いわば、この池こそがエイスプラザの核なのだ。
毎年、エイスプラザではこの池を祝福してお祭りが開催される。
人々は舞踏会の仮面をつけて踊ったり、屋台でお菓子を買ったりと本当に楽しそうだ。
夜空には花火が舞い、エイスプラザには子供達の歓声や楽しそうな声が響いていた。
「先生がね、後で私たちも一時間だけ参加していいってさ」
窓から顔をのぞかせていた少女が、隣の少年の顔を見ながら興奮を抑えるようにつぶやく。
その姿に少年は微笑を浮かべると、ふいに悲しそうな顔をした。
「……俺は、今日はいいや……。体調優れないし」
「……鳥呀! もしかしてまた逃げる気!?」
鳥呀と呼ばれた少年は、少女の突然の大声に驚く。
少女は口をきつく結び、両手を腰に当て、鳥呀を睨んだ。
「だ、だって俺が行っちゃうとみんな怖がって、その……、祭りの雰囲気を壊すというか……」
鳥呀はおどおどとした表情で少女を見上げた。少女は「ふん」と鼻で笑い、鳥呀に説教する。
「あんたがね、そうやって逃げ腰にいるから誰も近寄ろうとしないし、あんたの事を誤解したままでいるのよ。それにこの喧噪の中、誰もあんたがトリガーロックだって気付かないわよ」
ずしん、と鳥呀の心に何かが重く響いた。
……トリガーロック………化け物………。
胸に鋭い痛みが走る。閃光のように頭に浮かぶ人々の恐怖に満ちた表情。
はたして自分は存在すべきなのだろうかという疑問が、頭を渦巻いた。
けど、この少女--ユリがいるなら、ユリが俺を支えてくれるなら、と鳥呀は顔をあげた。
ユリが手を差し伸べてきた。
鳥呀はしっかりと、その手を握り返す。
そしてその時だった。
空から大量の炎の塊が降ってきたのは--。
「----っ!」
声にならぬ悲鳴をあげて鳥呀は跳ね起きた。
素早くあたりを見回す。
壁。見慣れた、自室の壁。
「………」
鳥呀は深いため息をつくと、ベッドから降りた。
まただ。またあの夢だ。11歳の頃の、つまり5年前の、最悪な思い出。
いつからだろう、それが夢となって鳥呀を苦しめ始めたのは。
まだ完全に頭の覚めないまま、鳥呀は朝の支度を始めた。
「あんたは、まぁぁたSランクぅぅぅうう!?」
ギルド内に紗香の怒鳴り声が響き渡る。
「なんであんたは毎回、危険な任務ばっか選ぶの!? 特に今日なんて、盗賊退治だよ盗賊退治! しかも国境近くの巨大勢力組織! こんなん私たち二人じゃ無理じゃないのよぉぉおお!」
紗香は拳を二つ作ると、鳥呀の頭にぐりぐりと押し付けた。
鳥呀はその拳を少し強めに払いのけ、任務の詳細な説明の書かれた書類をバンバンと叩く。
「大丈夫だって! お前はただサポートをするだけでいいから。なっ?」
「なっ? じゃないわよ! あんたとペアを組んで5年経つけど、いーちーどーも安全の保証された任務、こなしてないのよ!」
さすがに16歳の少女的にも、殺すか殺されるかの任務はこりごりらしい。
ていうか、年齢性別関係ないか。
けど、Dランク程度の農業の手伝いとか工事現場の助っ人とに関しては、やる気は全くない。
Fランクなんて論外だ。
そもそも自分はあのトリガーロックなのだ。
紗香は少しばかりのサポートをすればいいだけなのに、一体何がそんなに嫌なのか。
「ほう、また君たちは揉めているのかね」
二人の揉めていたギルドのカウンターの奥から、マスターが現れた。
白いひげを足下まで垂らした老人は、まるで仙人のようなオーラを放っている。
「マスター、こいつが危険な任務しか選ばないんです!」
紗香はすがりつくようにマスターを見つめた。
だが肝心のマスターはうむうむとうなずくと、優しい声で言った。
「頼城さん、千葉くんはあなたの上司じゃよ? 反抗的な態度はいかんぞ。それに君はまだ兵士ランクじゃろ? 千葉くんのように騎士ランクに上がるには、経験がいるぞ」
頼城、つまり紗香は悔しそうに唇を噛むと、小さな声で「……わかりました」と呟く。
マスターの言葉は絶対だ。
「盗賊は国境近くに拠点を持つ。どうやら盗賊の頭はかなりの戦闘経験をつんでいるようじゃ。出発は明日にし、電車で国境近くまで向かいなさい」
鳥呀と紗香は同時にうなずいた。
鳥呀は紗香とギルドの前で解散すると、自宅へと歩いた。
明日はSランクの任務があるので、マスターがはやめに帰宅してもいいと配慮してくれたのだ。
鳥呀は自分の住む町を歩きながら見回した。夜空には巨大な野生の大カラスが飛行していた。
ここ、ラーロンドは首都である。そのため、近代的な建物が多く並んでいるのだ。
道は石畳で出来、街灯はくねくねと変わった形をしている。
多くの人が移動する大通りに、ところどころ大トカゲや小さなドラゴンを引っぱる商人の姿も見えた。
その奇抜な光景は観光客にも浮け、もはや一種のパフォーマンスとなっていた。
まだ魔法と近代技術の渦巻くこの時代、魔法やドラゴンは大して珍しくないが、それが町中で堂々と公開されている事に観光客は一種の滑稽を感じるのだ。
鳥呀が歩いていると、一人の酔っぱらいがぶつかってきた。
向こうから接触したくせに、やたら挑発するような態度で鳥呀を睨む。
「おいごら、ちゃんと前を向いて歩けや。どういう教育受けてんだ? あん?」
鳥呀はぺこっと頭を下げると「すいません」と謝罪した。
こういう輩は張り合うより、素直に謝罪した方がうまくいくのだ。
が、どうやら酔っぱらいは怒りが収まらないようで、鳥呀を突き飛ばした。
「その程度の謝罪で、俺が許してやるとでも思うか!?」
拳を振り上げ、にやにやしながら鳥呀を殴ろうとする。
が、鳥呀にとってはその挑発は恐ろしくも何ともなかった。
平然と拳が振り下ろされるのを待つ。
しかし突然、そばを離れていた男の友人が男の名前を叫んだ。慌てた様子で友人は酔っぱらいを押さえ、怒鳴る。
「お、おまえ! 誰を相手にしてんだ!」
「なんだよおめぇまで。ぶつかってきたのはこいつだろうが」
「違う! こいつは……」
酔っぱらいが濁った目で鳥呀を見た。そしてその目が大きく見開く。
鳥呀を差した指がプルプルと震えていた。男の額に汗が垂れる。
鳥呀の胸にずきんと鋭い痛みが走る。その痛みは、いままで何度も経験したはずだが、慣れたことはなかった。
またか、と胸に絶望が響いた。一体、幾度この冷たい感触を経験すればいいのだ?
「……トリガーロック………化け物…………」
さっきまでの怒りはどこへやら、酔っぱらいが震えながら頭を下げる。
「すいませんでしたぁ! さ、酒を飲み過ぎて、どなたか気付きませんでした!」
男の大声で、周囲の人も異変に気付いた。そして鳥呀の顔を見てはっとした表情をし、ひそひそと会話する。中には子供を連れて人垣から抜け出す母親もいた。
「……何もしませんから、放っておいてください」
鳥呀は冷たく言い放つと、人の密集する大通りからするりと出て、裏通りを歩き始めた。
後ろの人垣からはざわざわと声が聞こえる。おそらく鳥呀の話をしているのであろう。
鳥呀はため息をつくと、荒々しく裏通りを歩く。
6千年前から数百年おきに誕生する化け物・トリガーロック。
その身体能力は一般人をはるかにこえ、一人で軍隊相手に三日三晩戦えるとも言われている。
生まれる原因も不明。その圧倒的な戦闘力の根源も不明。
すべてが謎に包まれたトリガーロックだが、その力の前で人々は従うしか無かったという。
そうしてどういうわけか、何千万分の一という確率でトリガーロックとして育った鳥呀は、人々に化け物として恐れられ、腫れ物のように扱われてきた。
頭に浮かぶのは、あの孤児院から見た祭りの様子と、隣の少女。
鳥呀は目をつむると、拳をきつく握った。
「……………いつか、必ず殺してみせる……………」
鳥呀のつぶやきは、夜空に吸い込まれるようにして消えた。
急にあらゆる音が消え去ったのは、お祭りのピークの時であった。
池のまわりで踊り、歌い、騒いでいたエイスプラザの住民達はそのあまりにも不思議な光景に動きを止めていた。
演奏をしていたオーケストラやバンドさえも、演奏を止め、呆然と空を見上げる。
きらめくような夜空から、炎の塊がまっすぐに池に落ち、池に浮かんでいた大きな木の破片にあたったのだ。
その塊は一見火の玉にも見えたが、重力に逆らうようにゆったりと落ちた事から、ただの火ではない事は一目瞭然だった。
木の破片はあっという間に燃え、周囲の暗い池の水面が赤く染まる。
そして、木の破片は燃え尽きた。
住民達は空を見上げるが、炎の塊を落とすようなものはどこにもない。
首を傾げる住民達の前で、さらなる衝撃が起こった。
空からいくつもの炎の塊が降り注いできたのだ。
住民達は呆気にとらえて動かない。
そして、一人の青年が叫んだ。
「逃げろ!」
その瞬間、無数の炎の魂が激突し、建物の屋根を燃やした。
住民達は眠りから覚めたかのように困惑した。
原因不明の炎の魂は降り続け、家を燃やし、人にあたり、道に激突した。
至るとこで聞こえる住民達の悲鳴--悲鳴--悲鳴。
他の住民達と同じように、鳥呀もようやく目を覚ます。
「な、何だよこれ!」
窓から見える景色は地獄絵図だった。
炎の塊はいっこうにやむ気配を見せず、次々と降り注ぐ。
小さなエイスプラザの街に密集していた建物を燃やし続ける。
煙が昇り龍のように夜空に舞い上がる。
そして鳥呀は聞いた。
街全体に聞こえるような大声を。
それは、外から聞こえてきた。
『姿を見せろ! トリガーロック! この街を守りたいなら、外へでて私を止めてみよ!』
恐怖が、鳥呀の心を染めていく。
三月生まれ。愛する三月を名前に使いました。名字、下の名前とも三月関連です。
これからもがんばり、必要ならば自分に鞭打ってなんとかやっていきたいと思います。
作者は違う意味で中二ですが、邪気眼は出ません!




