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あとのさき  作者: 川崎 春


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5

「私は、今与えられている情報も疑っています」

「マリア……」

「死病のことだって、陛下は調査で分かっていたのにテレサに最後まで教えなかったのでしょう?」

「それは、残酷で本人に言ってもどうしようもないことだったから……」

「そうだとしても、テレサの命が終わるときに、御殿医経由で私に簡単に教えて終わりにするような話ではなかったはずです」

「それ……は……」

「陛下は、私を城に召喚し、死病の原因を女公爵である私に伝え、そんな危険な木の実を流通させていたことを謝罪すべきでした。そして世間にも公表すべきだったのです。けれど批判の目をさけるために、私を死病持ちのままにして……シリウス様と強引に結婚させ、うやむやにしようとしています」

 実際、私はルヴァの実の何が悪くて死病になっていたのか、聞かされていないのだ。待っていたのに、城から召喚状など届いていない。


 王の不誠実な対応に気付いた母の顔色が、白くなっていく。……母は、王の善意を疑っていなかったのだ。

「確かに、他の家から縁談が来ることになったかもしれません。けれど、陛下とお母様が……せめて王族として、血縁として私に誠意を見せてくれていたなら、私は自分の務めを果たすため、シリウス様との婚姻を受け入れていたと思います」


 一年も時間があったのに、今になって白い顔で私を凝視する母が憎らしくなり、言葉がさらに出た。

「私が話す機会も、陛下が語る機会もなく……明確な契約の文章が残されることもない。それなのに、国に都合よく動くのは、いくら王族の血筋でも……度が過ぎているように思うのです。お母様はそんな風に娘が扱われても平気だったのですか?」

 母は首を振った。

「いいえ!そこまで考えていなかっただけよ」

「陛下は、子が生まれるまでは公表しないとお母様におっしゃったのですよね?」

「え?……ええ」

「私は、それを信じていません。ルヴァ以外に死病の原因がないか確認するまでは……私に子が産まれても、公表されることはないと思っています」

 母が大きく目を見開いた。

「そんな、あなたは健康なはずよ!」


 母はひどく動揺していた。幾度も大きく首を振る。

 父を見送り、テレサも見送った。身を切るような苦しみだっただろう。これ以上家族を見送りたくなかったから、安易な結末に縋りついたであろうことは容易に想像できる。

 けれど、死病になる可能性を抱えたまま、母と同じ経験をしてきた私が、さらに重荷を背負わされそうになっているのに、無頓着でいていい理由にはならないはずだ。

「そうなのでしょうか?何の説明もないまま、私は背負わされようとしていますが」

 私は、掠れた声で言った。

「それほどの重荷を、黙って背負わされるのはごめんです」

 それだけ言うと、私は立ち上がり、部屋を出た。


 数日後、城から召喚状が届いた。


 数日かかった。それだけで苦い気持ちになる。どうしたら若い女を丸め込めるのか、考える時間だったのだろうか。そんな風にしか考えられない自分が、とても嫌だった。

 不服な気持ちを口にすれば、謝罪を繰り返しながら『そう怒らず、国のためにもどうかこちらの言う通りにしてくれないだろうか?』と、優しげな口調と雰囲気で、王が頼んでくるのかも知れない。

 そうなれば……私は家臣でしかない。黙るしかないのだろう。


 そんな気持ちで身なりを整え、馬車に向かう。車窓から外を眺めながら、これからのことを思う。

 シリウスはテレサの葬式の後、幾度か屋敷にやってきたが、だんだん来なくなった。

 理由は、彼の祖父である現ローゼンバーグ公爵の体調が悪かったからだ。この一年、彼は爵位を引き継ぎ、仕事に追われていたのだ。


 たまにテレサの墓に、見慣れない花が添えられていた。時間が空いているときに墓参りをしているようだった。

 私に対しては、定期的に手紙と花束が届いているが、手紙の内容は近況を淡々と書いたものばかりだった。それなのに、最後にだけ取ってつけたように『あなたの憂いが晴れますように』という文言がいつも添えられている。

 脈絡のないその文言に最初は眉をひそめたが、一年も続くと慣れて、不思議とその文言を読むと口角があがってしまうようになった。


 別にシリウスが憂いを晴らしてくれる訳ではないのだ。ただの願い。役に立つ立たないで言えば、立たないだろう。けれど、それは心の柔らかい部分にふんわりと積もっていた。

 私は、シリウスの心を知らない。シリウスも私の心を知らない。……だから、相手のためにできることなど限られている。

 これが無関係で立場も全く違う人間から投げかけられた言葉であったなら、無視しただろう。

 しかし、シリウスも同じように公爵を継いだばかりで、立場は似ている。だから無責任な言葉に感じないのだ。


 シリウスを嫌いになんてなれなかった。


 もしあの顔合わせにテレサが来ていなかったら、私たちはもっと違う関係になれていたのだろうか。

 王が重責を打ち明けた上で、背負ってほしいと頼んでくれていたのなら、私はもっと素直になれたのだろうか。


 城に到着すると、謁見の間に通された。

 一瞬、玉座に座る人が違うので驚いたが、黙って頭を下げた。

「やあ、よく来たね。従妹殿、顔を上げて」

 顔を上げると、玉座に座っているのはやはり王太子だった。

「驚いたよね。父上には退位してもらう予定なんだ」

 そんなにあっさりと、できるものなのだろうか。周囲に目を走らせると、宰相も副宰相に代わっていた。

「何が、あったのでしょうか……」

「君のお陰だよ」

「私の……ですか?」

「父上は、情に訴えて、人に面倒を押し付けすぎたのだよ」 

 確か、シリウスとの縁談を頼まれたときも、目の前で膝を突いて手を握られた。国王にそこまでされてしまえば、否とは言えないと思った。

「一番、それに苦しめられていたのが宰相だった。彼は、長年耐えていた。それが、君の御母上からの相談を父上と一緒に聞くうちに、自分にも同じ問題が起こっていたと気付いてしまったのだ」


「宰相様も一緒だったのですか?」

「うん。父上は面倒ごとを嫌うからね。問題があったら対処させようとしたんだろう。身内の話にまで付き合わされて、前の宰相は本当に大変だったと思うよ」

「それで……母は、何を言ったのですか?」

「あなたが、対話も、契約もなく、国のためにこうしろと頼まれるばかりだったせいで、ひどく疑り深くなってしまった。もう親である自分も、この国の王も、信じていないと」

 母は私の気持ちをちゃんと理解していた。それに安堵すると同時に、この言葉が刺さったのだとすれば、宰相も同じ目に遭っていたことになる。

「宰相は、『私もコールライヒ公爵のお言葉に賛同いたします。故に、もう国に尽くすことはできません』と言って、その後、辞職してしまったんだ」

「辞職されたのですか?」

「そう。……父は、頼れる人を選ぶんだ。情に厚くて、困る人がいると思えば、自分の願いを引っ込めてしまえるような人を」

 そう言って私を見た後、続けた。

「だが、そんな人間は多くない。そこにいる今の宰相は、そういうことを一切しない」

 小さく会釈する宰相は、前の宰相と違い、柔らかい雰囲気を一切持っていない。頼りになるし、仕事はできるが、困りごとか愚痴か分からないような物言いを許さない雰囲気がある。

 付き合いがあるので、当然私も知っている。


「父は困って、将来王になるのに役立つからって……政務の嫌な部分だけを、私に押し付けようとしたのだよ」

 息子を思うふりをしたのか。……王太子は、今の宰相と相性がぴったりな合理主義者だ。人当たりは柔らかいが、笑顔で人をバッサリ切る。王もそれは知っていただろうに、親子の情に訴えれば何とかなると思ったのだろうか。

「だから、そんなに政務が嫌なら、全部やってあげますよって言ったんだ」

 どうにもならなかったようだ。

「陛下は今どこに?」

「城の奥の一室で過ごしてもらっている。ルヴァのこともあって、騎士団が喜んで父上の身辺を警護してくれている。危険な城の中枢へ戻ってくることはないよ」

 どうやら、王宮のどこかに軟禁されているらしい。逃げ出さないように騎士団が警備しているようだ。

「今、私が状況を詳しく話すのと、後日まとめて書面で送るのと、どっちがいい?」

「……書面で、お願いします」

 王太子は隠す気がないようなので、王のことは後回しにすることにした。


「とにかく、父上は病が見つかって静養に入ったことになっている。城での根回しは済んでいて、発表は明後日。戴冠式は、私の結婚式が半年後にあるから、そのときに一緒に行うことで調整している。君を城に呼ぶのが遅れたのは、このせいだ。君に何かを求めるものではないよ」

 そこまでを数日でやったことの方が驚きだ。不信感は湧いてこなかった。実際、伯父は玉座にいないからだ。

「分かりました」

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― 新着の感想 ―
王政で国策ともなれば距離が遠い人ほど 『なにか事情があるのかもな』と思えるけど、 距離が近い人ほど底の浅さがみえてしまうのだろうな。 私もニュース見てたまに『裏になにか事情があるのかもな』と思うもの…
他にも面倒を押し付けられていた人がこんなにいたとはなぁ…王太子が合理的な人で良かったよ。この一連の動きも見ていて、後始末のつけ方が良くないなぁ…と思っていたのかもしれないね…。
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