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ちょっと、長めです。
「マリアには、感謝しているんだ。不満をためていたのは、宰相だけではなかったんだ。このまま放置していたら、ローゼンバーグ領で内乱が起こるよりも先に、城でクーデターになるところだった」
「そこまで……ひどかったのですか?」
「ルヴァの実が騎士団の携帯食料であることは、以前から問題視されていたのだ。他国では、味のいい携帯食が作られて、一般でも行商人が持ち歩いて食べているくらいだというのに、我が国だけ、干した木の実だったのだからね」
「それは……そうかもしれません」
「うん。軍関係の貴族家は、何度もこのことを訴えていた。しかし父上は面倒だったのだろうね。戦争もないのに携帯食の検討をすることそのものが、他国に侵略を計画しているように見えるとか……それらしいことを言って、ずっと放置していたんだ」
戦争がなかったとしても、治安の維持も軍……騎士や衛兵が行っている。そこの訴えを面倒だとつっぱね続けていたのだとすれば、恨みも大きかっただろう。
「君の御父上もテレサも、死病ではなくルヴァを多く食べたことが原因で、病を発症したという調査結果を受けて、父上はようやくルヴァの問題に取り組んだ。けれどルヴァの成分が、体質によっては毒になることを隠したんだ。大勢の人間に動揺を与えるからという理由を付けてね」
間違ってはいない。ルヴァを長年栽培してきた農家にどう伝えるか、代わりの補償はどうするのかなど、計画はそう簡単なものではなかっただろう。……宰相が全部それをやったのだとすれば、辞職も納得できた。
「君は家族を失ったのだから、この経緯は、城で説明を受けるべきだった。御殿医からそれを提案されたとき、父は止めた。テレサが死ぬまで黙っているようにとまで言っていたそうだ。御殿医は、テレサが危篤に陥ったとき、我慢できずに話してしまったことを後悔していたよ。あんなときにする話ではなかったと」
……やはり、以前から知っていて、都合がいいから隠されていたのだ。
「ローゼンバーグ領をどうするかという問題は、シリウスに複数の子供が生まれるなら、君が妻でなくてもいいと私は考えている」
「王家の血筋による介入をしないということですか?」
「君が協力してくれるなら、それが最善だ。けれど、父が君の信用を失ってしまった。……このままシリウスと結婚しても、子が産まれないかもしれないだろう?そうなれば、事態は悪化するだけだ。だから強要はしない」
実際、そうなっていたと思うから、反論することなく黙っていると、王太子は続けた。
「シリウスはここ最近領地を巡り、寄親をもっと身近な者にするように領地を分割したいという話を寄子の貴族たちにしているところだ」
今、領地を視察しているという手紙が来ていたが、そんなことは書かれていなかった。
「賛成意見が多いようだ。要望を出しても時間がかかる現状が変わるなら、その方がいいと思われているようだ。どうやら、野心を持つ家のあぶり出しにもなっている。問題のある寄子の貴族家がだいぶ絞れてきているよ」
「野心を持つ家……ですか?」
「分割に口出しをして、利権を得ようとする不心得者だよ」
王太子は続けた。
「ローゼンバーグ領の分割を実現するときに、欲を出してもめごとを起こす家だ。そういう家は、経理を調べれば何か出てくるものだ。広い領地でしらみつぶしに調べるのは大変だから、シリウスの視察はとても助かっている」
既に、幾つかの家が脱税で罪に問われているという。分割前に、摘発してしまうつもりなのだ。
「シリウスは生まれのせいで舐められている。それを彼は分かった上で利用したのだよ。……敵に回したくはないものだ」
王太子がため息を漏らす。
「それもこれも……君の御母上の婚約が破棄された後、対策を先送りにした父上が悪いのだけれどね」
そうか。母がダメになった後、別の方法を全く考えなかったのか。そう思うと、伯父が憎らしくなった。
「今日は、この事情を話すためにここに呼んだ。……後日、ルヴァの成分や毒性なんかについては城に来て説明を受けてほしい。父上の退位の経緯については、書類で報告させよう」
「お気遣い感謝します」
そこで、ずっと黙っていた宰相が口を開いた。
「ルヴァの毒性などについて、殿下の戴冠式まで内密にして下さい。……殿下が即位した経緯を話すとき、ルヴァの排除の功績は王太子殿下とあなたのものにしたいのです」
ルヴァがおかしいから調べてほしいと、私が訴えたことにするというのだ。
「私は、何もしていませんが」
宰相は表情を変えないまま言った。
「ただ毒性だけを公表すれば、今まで携帯食として食べていた騎士たちが納得しないでしょう。ルヴァが死因ではないかとおぼしき騎士が複数人、分かっています」
「!」
「だからこそ、あなたと王太子殿下が、ルヴァを排除したことにしたいのです」
私は、父と妹を亡くしている。そして王太子は私の従兄だ。戴冠した暁に、二人で長く続いていたルヴァの実による害を止めたという美談にし、補償をするという方向に持っていけば、負の感情は王に集中し、王太子には向かない。
「前の宰相様は、納得なされているのですか?」
「……あちらから、そうすべきだと提案された。今後は、保養地で奥方とのんびり過ごしたいそうだ。だから、国が乱れることを望んでいない」
穏やかで優しいが、いつも目の下が黒ずんでいた元宰相の顔を思い出し、あの方のためにもこの嘘は墓場まで持って行こうと思った。
王太子が渋い表情で言う。
「軍の上層部は理解を示してくれているが……まだ安心できる状況ではない。上手く行くように祈っていてくれ」
この人が交渉に失敗したらクーデターが起こり、私も血縁者として道連れになるということだ。
「君の結婚は、これらが全て終わった後だ。だから、何も考えなくていい。顔を見られて良かったよ」
こうして、謁見は終了した。
この後、王太子と宰相は難局を乗り越え、王となった。
私の存在は、王家全体へと膨れ上がりそうな不満を、軽減するのに用いられた。……伯父である先王と違い、こちらに事情を話した上で協力を要請してきているだけまだマシだったと思う。
伯父は、王族の居住区にある一室に軟禁状態のままだ。……本当に生きているかどうかは、軍関係者の思惑次第だ。王となった王太子は、彼らに判断を委ねたらしい。
膝を突き、真摯な表情で手を握ってきた伯父を思い出す。あのときは、国のためになるならと思っていた。だが、真相を知れば……テレサが助からない原因がルヴァの実だと分かっていて、隠したまま私を都合よく使おうとした悪党だったと分かる。
伯父と言う立場、人当たりの良さに気を取られ、おかしいと思ってもそれに気づかなかった。もしテレサがシリウスを欲しいと言っていなかったら、私たちは結婚し、伯父は王のままだっただろう。
そして……ルヴァの害は非公表のままになり、私は子供を産む恐怖に心身を削られていたに違いない。
伯父への恨みよりも、意図せずとも私を守ってくれたテレサがいないことが、ただ悲しかった。
そんな風に感じていたテレサの思い出は、ゆっくりと家から消えて、思い出しても辛くなる日が減っていた。日にち薬という言葉があるが、その通りなのだろう。
『お姉様!』
今では、元気に笑っている顔を思い出す方が多い。病にさえなっていなければ、元気で明るい妹だった。忘れはしない。ただ、辛い頃の姿を思い出さなくなっていた。
『マリア様のお気持ちが落ち着いているからでしょうな』
かつて、テレサが危篤のときに診察してくれた医師は、定期的に私の状態を診にやってくる。思い切って相談したらそう言われた。
『薄情だと、思ってしまうの』
『それでいいのですよ。長く悲しむことこそが、愛情の証のように語る者もいますが、死を受け入れ、心に故人を住まわせている者は大勢います。私は、あなたもそうなのだと思っています』
『ありがとう』
御殿医を引退した老医師は、目を細めて笑った。
この人を許せない気持ちは長続きしなかった。テレサと私たち家族の苦しみを知っていながら黙っていることに耐えられなかった、善良な人だと分かってしまったからだ。
老医師は、私を見守るようにここを訪れている。あちらは贖罪の気持ちが強い。
けれど、私は祖父と親しく付き合った経験がないから、そういう目線で見て、少し頼っている。
この会話をきっかけに、思い切って母の住む別邸に手紙を出した。ひどい言葉を投げつけたあの日の謝罪だ。遅かったかも知れないが、気持ちが落ち着かない内は、仲直りをする気になれず、別邸にも出向かなかった。手紙も執事任せで、自分で手紙を出していなかった。
すぐに手紙の返事がきた。同じく謝罪がつづられていた。母とはこれをきっかけに和解した。
その後、母が信じたことを押し付けてくることもなく、私もディレンジャーと再婚した母の私生活には踏み込まなかった。対等の大人として接する関係は、少し寂しくて居心地が良かった。
新たな王が定着し、ルヴァによる害の公表や補償が落ち着いたころ、私への釣書きが届くようになった。……ルヴァによる毒で、父とテレサが死んだと周知されたからだ。しかし、全て断っている。
王は私の気持ちを尊重し、王族の縁戚にコールライヒ家は継がせてもいいと言ってくれていた。
それでも、シリウスから手紙と花が届き続けていた。
彼には、ローゼンバーグ領を分割するための子が複数人必要で、結婚が望まれている。しかし、彼は縁談に応じないと聞いた。
手紙の内容は、いつもの近況報告。そして『あなたの憂いが晴れますように』の言葉で締めくくられている。その手紙の意味が分からないほど、私は鈍くない。
彼は、私に自分を忘れて欲しくないのだ。
初顔合わせで婚約者になり損ね、テレサの死を見送り王政の交代も経験した。
気づけば長い時間、手紙のやりとりをしている。返事を書かないのも気持ち悪いので、私も同じような内容の手紙を返してきた。
愛の言葉も、気遣う言葉もない。けれど、互いにどういう風に日々を過ごしているのか、会わなくても分かる程度には日常を知っている。知り過ぎていると言っても過言ではない。
ある日、シリウスが私に会いたいと伝えて来た。断る理由もないので、了承した。
テレサの死の前後に抱えていた私の問題は、ほぼなくなっていた。
そんなときに、シリウスが来るのだ。私は妙にそわそわしていた。
見ないようにしていた感情が、心の中で大きくなり、手を伸ばせばすぐの場所にあった。見ないのも触れないのも難しいほどに。
必要以上に身だしなみに気を使い、とっておきのネックレスを身に着けた。
「派手ではないかしら?」
「とてもお似合いです」
侍女の言葉に安堵しながら、自分の行動に呆れもしていた。
やがて、彼がやってきた。
その手には大きな花束が抱えられていて、彼の表情は見えなかった。けれど、赤い耳が見えていた。
執事が出てきてその花束を受け取ると、彼は私を見た。
「今日は訪問をお許し頂き、ありがとうございます」
「いいえ、ようこそおいでくださいました」
しばらくお互いを見た後、シリウスはぽつりと言った。
「あなたの憂いは晴れましたか?」
手紙ではない言葉。それを初めて聞いて、私はただ彼を見つめた。
相変わらず見目も声も美しかった。
「まだ憂いがあるなら、お力にならせてください。もしなくなったのであれば、先の話をしませんか?」
「……どうして、私なのですか?」
思わずこぼれ出た言葉に、シリウスは真面目な表情で言った。
「初めての顔合わせから、あなたが好きでした。……諦めようと思ったこともありましたが、どうしても諦めきれませんでした」
まだ玄関先だ。立ったままする話ではないと分かっているのに、足が一歩も動かない。
「それに、あなたは俺の手紙に必ず返事を書いてくださったし、他の縁談を全て断ってしまったと聞きましたので」
おせっかいな誰かが、シリウスに手紙以外でも私の動向を伝えていたらしい。
シリウスの言葉に、私は笑ってしまった。
「あなただって、誰の縁談も受けなかったではないですか」
「あなたが釣書きを送ってくれませんでしたので」
「……毎週のお手紙は、釣書きの催促だったのですか?」
シリウスは、頷く。
「憂いがあるから、私の気持ちに応じてもらえないのだと、ずっと思っていました。だから憂いがなくなるまで待ちました」
「あなたが釣書きを送ってくれても良かったのですよ?」
「俺は……一度踏み込んで失敗しました」
まだテレサが生きていて母の再婚の話をしたとき、私は彼の気持ちを切り捨てた。
「そうでしたわね。……あのときは余裕がありませんでした。自分の気持ちなんて見ている暇もありませんでした」
「だから、あなたの憂いが晴れたかを……知りたくて手紙を書いていました。好きや嫌いよりも前に、あなたが苦しくないか。それがとても気になっていました」
「……苦しかったです」
素直に言葉が出ていた。
「俺も幼い頃にそういう時期がありました。周囲が敵で、優しい言葉も信じられませんでした。だから、あなたが苦しんでいる間は、俺の言葉は届かないと分かりました」
遠いあの日、受け入れられないと思っていたシリウスの目に宿る熱を、今は待ち望んでいる。もう見ないで避けるような真似はしない。したくない。
少しと言うには長い時間が経ってしまったけれど……。
「お茶の用意をさせています。あの庭で、顔合わせからやり直しませんか?」
シリウスの顔に初めて笑みが浮かんだ。
「喜んで」




