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あとのさき  作者: 川崎 春


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4

 テレサが危篤状態となったのは、それから三日後のことだった。

「よく頑張られたと思います」

 王宮からやってきた御殿医はそう言った。つまり、もう終わりなのだ。シリウスは、ベッドの脇の椅子に座ったまま、テレサの手を握っている。

 御殿医が、もの言いたげな視線を送ってきたので、私は御殿医と共に別室に移動した。


「実は、テレサ様の病気の原因が特定されました」

「!」

「ルヴァの実です」

「え……」

 ルヴァの実は栄養価が高く、かさばらず、携帯食として騎士は乾燥したルヴァの実を普段から持ち歩いている。


「乾燥させたルヴァの実の成分は、人によっては体内で分解できない毒となります」

 騎士であった父も、騎士を目指していたテレサも、よく食べていた。

「御父上の家系で、発症した方々を調べさせていただいたのです。全員が、乾燥したルヴァの実を好んで食される方でした。一方、食さない方々は高齢になるまでご存命です。これ以外、原因は見つかりませんでした」

「そんな、どうして……今なの……」

「……調べるのに手間取ってしまいました。申し訳ありません」

 私は何も考えられず、呆然と御殿医を見つめる。

「ねえ、テレサはどうにかならなかったの?あの子は調子を崩してから、ルヴァの実なんて食べていないわ」

「ルヴァの実の成分が、臓腑を腐らせてしまった後です。元には戻りませんでした」

 御殿医は、痛ましそうな表情を隠すように一礼して部屋を出ていった。


 テレサの元に戻るとシリウスがこちらを見た。

「代わりますわ。少し眠って下さい」

 私の顔をじっと見つめた後、シリウスは立ち上がった。

「……隣の部屋にいます。何かあったら呼んでください」

 シリウスはそう言うと、内扉から隣の部屋に去って行った。

 その後、テレサは短い時間、意識を取り戻した。

「おねえさま、だいすき」

 子供のようにそう言うテレサの顔は、あまり痛みを感じていない様子だった。無理矢理笑顔を作ると、頬を温かい雫がこぼれ落ちた。

「私も、大好きよ」

 その後、母がきてテレサの手を握った。

「おかあさま、ぎゅっして」

 母は、嗚咽しながらテレサを抱きしめた。

 そして夜明け前、テレサは息を引き取った。来月、二十一歳の誕生日だった。


 どうしてまだ若いテレサが、死ななければならなかったのだろう。


 曇り空の中、葬儀が行われた。墓所は父が亡くなった時に作られた。

「次に入るのがテレサだなんて……」

 母はそう言って泣き続けている。新しく夫となったディレンジャーは、母の護衛をしていた男で、母の肩を抱いて俯いている。今は母の夫として公爵家に籍を置いている。

 ディレンジャーは母が元婚約者と婚約していた頃からずっと一緒にいる。母の全てを知っていると言っても過言ではない。だからなのか、父といたときよりも母はずっと自然体だ。

 父の前で、母は王女の自分を作っているときがあった。父の望む自分像を見せていたのだ。

 しかし、ディレンジャーにはそれをする必要がない。……テレサを失う前にディレンジャーが夫になってくれたことは、母にとっての幸いだったと思う。


 テレサの葬式が終わって間もなく、城からの通達で、ルヴァの実は携帯食にすることが禁止された。理由は、他国の携帯食に合わせるためだとされた。騎士の携帯食は他国と同じレシピで作られた瓶詰や焼き菓子になり、テレサの喪が明ける頃には、国内にあったルヴァの木が消えて違う作物へと替わっていた。

 国は、ルヴァの実を国の食材から外す準備を密かに進めていたのだろう。喪に服していた一年で、乾燥させたルヴァの実が市場からも消えてしまっている。


 それなのに、いつ死病になるか分からないという私の評判は、そのままにされていた。

 母は異議を唱えない。伯父である国王も、そのままにしている。親族でありながら違うものを見る様な態度に、内心おののき、今までの優しさが偽りであったのだと考え始めた。

 彼らは……私で試すつもりなのだ。本当にルヴァが原因だったのかを。私はそこまで考えるようになっていった。


 喪は明けている。いつシリウスとの婚約が進められてもおかしくなかった。私は、自分の考えが当たっているのかを確かめたくて、母の別邸を訪ねた。

「丁度良かったわ。私からも話があったの」

「……何でしょうか?」

「そろそろシリウスとの婚約を結んでほしいそうよ。陛下から相談を受けていたの」

 相談。聞こえのいい言葉だ。

「相談しても、しなくても……結果は同じではありませんか」

「そうね。それは私も不快だったから、嫌味を言っておいたわ」

 母は、ただじっと私を見つめている。

「覆らないのですね……」

「覆らないわ。ローゼンバーグ公爵領の問題を解決できるのは、あなたとシリウスだけなのですもの」

「ルヴァの実の真実は」

「……あなたが子供を生むまでは、語られないでしょうね」

「!」

「今話せば、あなたの婿になりたい者が現れる。それを陛下は望んでいない」

 死病持ちの女公爵。その死病がないとすれば……縁を結びたい者が出てくる。だから、ルヴァの真実は語られないのだ。身内の優しさなど欠片も感じられなかった。

「後で、死病はないと分かったところで、子までいる公爵同士の婚姻に口を挟める者はいないでしょう。そもそも、あなたはそういう相手の手を取る娘ではないわ」

 母は信頼して言ったのではない。そういうリスクを恐れる臆病な性質を理解しているのだ。


「政略結婚をする覚悟はあったのでしょう?」

 あった。シリウスとの顔合わせの日、テレサが現れなければ。

「テレサは、シリウス様に恋をしていました」

「幸せだったのだと思うわ。だから、あの子は安らかに逝けた」

 母は一瞬目を閉じてから開くと言った。

「あの子の恋は、終わったの」

 私は納得できなかった。けれど、母は続けた。

「私は今ディレンジャーと結婚しているわ。あなたのお父様が亡くなったからよ。……結婚ですら、死が二人を分かつなら終わる。あの子は恋を抱いて死後の世界に旅立った。もうここにはいないの」


「私は、たまにあの子が家に戻ってくるような気がしています」

 元気だった頃の明るい笑顔と、陽気な声で。

 母は、はっとして言った。

「……別邸と違って、思い出が多いものね。ごめんなさい。気付かなかったわ」

 私はゆるゆると首を振る。

「いいのです。それよりも、教えてください」

 私は、カラカラになった喉に力を入れて言った。

「私も、私の子も……本当に長生きできるのですか?」

 母は、一瞬何を言われているのか分からないという顔をした。

「本当に、ルヴァが原因なのですか?」

「陛下がルヴァを国から排除したのに、あなたは……何を疑っているの?」

 母は、兄である国王を信頼しているのだ。けれど、私はそんな風に信頼できない。


「ねえ、お母様……気づいていますか?私とシリウス様の顔合わせが潰れたのに、誰もそのことを謝ってくれませんでした。我が家の庭での顔合わせを決めたのは、陛下とお母様なのでしょう?」

「あ、あちらの家は、家宰になった元婚約者がいたから……」

「城でも良かったのに、陛下は他の貴族に動きを悟られたくなくて、うちを指定したのです。それなのに、誰も私やシリウス様のことを気にしませんでした。……それを求めるのは我儘ですか?」

 ただ、婚約予定の人に会うだけのことが大事になってしまったのに、私もシリウスもその流れにのまれ、気づけば協力だけさせられていたのだ。

「せめて『こんなことになってすまなかった』という言葉が欲しかったのに、誰も言ってくれませんでした。私は、テレサの結婚ごっこの相手をしてくれているシリウス様と、どう付き合えばいいのか悩みましたが、誰にも相談できませんでした」

 テレサは、自分の願いでこうなったと理解していたから、しきりに私の気持ちを知りたがった。シリウスは、自分の感情に名前を付けて、先への準備をしようとした。

 だから私は、テレサに事実を話し、シリウスを拒絶した。そして……周囲を信用できなくなった。

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