確信犯のSOS
「……またあんたなの? 今度は何、庭の蛇口でも根元からへし折ったわけ?」
指定された住所――一ノ宮グループが所有する、港区の一等地に鎮座する広大な『迎賓館・裏庭』。その重厚な鉄柵を潜り抜けるなり、香澄は呆れ果てた声を上げた。
そこには、三日前と寸分違わぬ泥だらけの作業着に身を包んだ誠が、最新鋭のスプリンクラー制御盤の前で情けなくうずくまっていた。
「あ、灰原さん! 奇遇ですね。……困ったな、今度はこの機械が、どうしても僕の言うことを聞いてくれなくて。一ノ宮の会長が明日ここで大事な屋外会議をするらしいんです。もし直せなかったら、僕、今度こそクビかも……」
「奇遇なわけないでしょ! 呪われてるの? 一週間に二度も三度も設備を壊すなんて、あんた死神にでも取り憑かれてるんじゃないの?」
香澄は吐き捨てるように言うと、腰のベルトから愛用の電工ドライバーを抜き放った。手際よく制御盤のカバーを外すと、緻密な基板と配線が露わになる。
「……おかしいな。断線してるわけじゃない。ショートした形跡もないし」
香澄の鋭い瞳が、液晶パネルに表示されたログを追う。不自然に「設定値」が書き換えられている。それも、素人が適当に弄ったというより、システムの急所を知り尽くした者が「絶妙に動かなくなる一歩手前」で止めたような、奇妙な違和感。
(……この庭師、よっぽど不器用なのね。いじくり回しすぎて、偶然システムの核をバグらせたのかしら。ある意味才能だわ)
香澄は、誠が「彼女を呼び出したい一心で、自ら設定を弄った」可能性など微塵も疑わなかった。彼女の目には、目の前の青年が「仕事はできないが、植物を愛するおっとりしたお人好し」として完全に定着していた。
「……いいわよ、直してあげる。あんたのクビが飛んで、この庭の植物が枯れ果てたら寝覚めが悪いもんね。貸しなさい、私が『心肺蘇生』してやるから」
香澄はそう言うと、制御盤の狭いスペースに誠と肩が触れ合う距離まで踏み込んだ。
「あ……ありがとうございます。灰原さんは、本当に僕の救世主だ」
「救世主じゃなくて修理屋! ほら、そこにある絶縁テープ取って!」
至近距離で見つめてくる誠の澄んだ瞳に、香澄は一瞬だけドクンと鼓動が跳ねるのを感じた。慌てて作業に集中するふりをして、基板の再設定を光速で打ち込んでいく。
「……よし、これで再起動。三、二、一……」
電子音が鳴り、庭園の奥でスプリンクラーが優雅に水を噴き上げ始めた。
「完璧だ……。やっぱりあなたの手は、魔法の手ですね」
誠は感嘆の溜息を漏らし、香澄のオイルで汚れた手をそっと覗き込んだ。
「魔法じゃないわよ。握力と執念、それと……あんたがこの間くれた、あのタオルの吸水性のおかげ。あれ、めちゃくちゃ使い勝手いいじゃない。あんなの持ってるなら、もっと自分の腕を磨きなさいよね」
香澄は照れ隠しに乱暴に立ち上がると、工具を片付け始めた。彼女はまだ気づいていない。背後で微笑む誠の目が、獲物を慈しむような深い光を帯びていることに。




