残された青年
数分後。華やかな喧騒が渦巻くメイン会場へと戻った誠のもとへ、黒塗りのスーツに身を固めた男たちが、血相を変えて駆け寄ってきた。
「若様! こんなところで何を……! 一ノ宮会長がお探しです。もうすぐ主賓の挨拶が始まります、早く着替えていただかないと!」
「ああ、ごめん。でも、面白い子に会ったんだ。僕たちの『楽園』を救ってくれた、とびきり強くて優しい子にね」
誠は泥のついた麦わら帽子をゆっくりと脱ぎ、執事が差し出した最高級のタオルで汚れを拭った。その下から現れたのは、誰もが羨む端正な顔立ちと、知性を湛えたまなざし。彼こそがこのパーティの主役であり、若くして一ノ宮財閥の舵取りを担う天才、一ノ宮誠その人であった。
「……彼女、僕のことをただの不器用な使用人だと思ったみたいだ。あんなに真っ直ぐ叱られたのは、生まれて初めてかもしれない」
誠の掌には、先ほど香澄から手渡された小さな塩飴がひとつ。安っぽいビニールの包み紙が、午後の陽光を浴びて宝石のようにキラキラと反射している。
「一ノ宮のメンテナンスは甘い、か。……手厳しいな。でも、その通りだ。僕たちは一番大切な『根元』を見落としていたのかもしれない」
彼はクスクスと、年相応の青年らしい無邪気な笑みを漏らしながら、香澄が消えていった薄暗い裏口の方を、愛おしそうにいつまでも眺めていた。
一方、その頃の香澄は。
「ああ、もう! 何なのよあいつ! 泥だらけのくせに、あんな綺麗な顔して……。おかげで心拍数が狂って、作業効率が落ちるじゃないの!」
裏方のベンチに戻った香澄は、火照った頬を両手で挟み込み、必死に自分の胸の高鳴りをかき消そうとしていた。ジャージのポケットを探り、空っぽになった指先を呪う。
「……あーあ、貴重な塩飴を一個損したわ! 特売で198円もしたのに! 誠だか何だか知らないけど、あんなおっとりした奴、きっと現場じゃ三日も持たないわよ!」
自分のペースを乱されたことへの苛立ち。それなのに、ハンカチで泥を払おうとしてくれた彼の、柔らかい指先の感触が消えない。
「……ま、あいつが熱中症で倒れて、一ノ宮家の薔薇が枯れたら寝覚めが悪いし。……そう、ただの先行投資よ。そうに決まってる」
自分に言い聞かせるように毒づきながら、香澄は再びスパナを握り直した。




