穴があったら入りたい
「あああああ! 死にたい! 自分で穴掘って、そのままコンクリートで固められたいわよ!」
あの日、泥だらけのドレスで一ノ宮誠に毒づき、あろうことか会長の前で「詐欺師!」と叫んだ香澄は、自宅の自室で布団を被り、のた打ち回っていた。
『あんた、そんなに搾取されてるの?』
『給料もらってる? 嫌ならうちに来る?』
脳内でリピート再生される、自分が日本トップの御曹司に放った数々の「上から目線」な暴言。思い出すたびに足がバタバタと布団を蹴り上げ、シーツが悲鳴を上げる。
「……何が庭師の手伝いよ。あの天然詐欺師、あのタヌキ王子め……っ!」
羞恥心で爆発しそうな香澄の絶望を切り裂くように、階下から静江たちの、鼓膜を突き破らんばかりの歓喜の叫びが響いてきた。
「香澄! 朗報よ、大朗報! この湿気臭い古家、一ノ宮グループが法外な値段で買い取ってくれるんですって! 手付金だけでルミのエルメスが何個買えるか分からないわ!」
「私たちは来週から代官山のタワマンにお引越しよ! あんたも感謝しなさい、あの若様に一晩だけ気に入られてラッキーだったわね。これでこのボロ家ともおさらばよ!」
「……え?」
香澄は心臓が凍りつくのを感じ、勢いよく布団を跳ね飛ばした。
階段を駆け下りると、リビングでは静江たちがすでにブランド品をスーツケースに詰め込み、浮足立っている。
「ちょっと、待ってよ……買い取るって、どういうこと? この家は父さんの……」
「父さん父さんってうるさいわね! もう契約書にサインはしたわ。一ノ宮側の弁護士が明日、最終確認に来るそうよ。あんた、せいぜい若様に『高く買ってくれてありがとう』って色目でも使いなさいな」
静江の冷たい嘲笑が、香澄の胸に深く突き刺さった。
この家は、父が額に汗して働き、自分の背よりも高いローンを背負って守り抜いた場所だ。香澄が一本一本、柱の傷を愛おしみ、自分の剛腕でボルトを締め直して維持してきた、彼女の人生そのものだ。
それを、あいつは……あの誠は、結局「金」で片付けようというのか。
「……やっぱり、あいつ……最低ね……」
香澄の胸に、鋭く冷たい風が吹き抜けた。
自分が磨いた靴。自分が直したスプリンクラー。あの立ち食いそばの温かさ。すべては、大富豪の退屈しのぎに過ぎなかったのか。
香澄は、油染みのついた愛用の工具箱を強く抱きしめた。
指先に残る誠の体温が、今はひどく疎ましく、そして哀しかった。




