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偽りのシンデレラ

 会場は、あの日スプリンクラーと格闘した思い出の地『一ノ宮迎賓館』。

 だが今日の香澄は、自由な作業着姿ではない。サイズ違いのヒールに慣れない足を引きずり、姉たちの重いブランドバッグを両手に抱えた「荷物持ち」として、華やかな輪の外側に追いやられていた。


 厚化粧のせいで肌はひりつき、無理やり締め上げられたコルセットのせいで呼吸すらままならない。機嫌は最悪、不快指数は限界突破。そんな時だった。

 カクテルグラスの触れ合う音や優雅なワルツを突き抜けて、香澄の「職人の耳」にある不穏な振動が届いた。


(……まただ。この低周波、加圧ポンプの軸ブレじゃない。あのアホ庭師、またシステムを過負荷オーバーロードさせたの!?)


 香澄の身体が、ドレスの窮屈さを忘れて反応した。

「ちょっと行ってくるわ! 緊急事態よ!」

「香澄、どこ行くの!?」という静江の制止を背後で振り切り、彼女は裏庭の噴水広場へと脱兎のごとく疾走した。


 走るたびに、無理やり塗り固められたファンデーションが汗とともに剥げ落ち、不釣り合いな巨大リボンが解けて地面を引きずる。だが、今の彼女にとってドレスの無事など、錆びたボルト一本の価値もなかった。


 泥の中の再会

 噴水の影にいたのは、予想通り、あの「誠」だった。

 今日はなぜか、いつもより上質なシルクのシャツを着ていたが、その手元には相変わらず、今にも滑りそうな頼りない持ち方のスパナ。


「あ、香澄さん!? その……格好……」


 誠が驚きで目を見開く。香澄は真っ赤になりながら叫んだ。


「見ないで! 猛獣たちに無理やり着せられたのよ、このチンドン屋みたいな格好! それよりあんた、また詰まらせたの!? 貸しなさい、見てられないわ!」


 香澄は、高価な(といっても姉のお下がりの)ドレスの裾を躊躇なく掴むと、膝上まで豪快に捲り上げた。そのまま、泥濘ぬかるみの地面にドスンと膝をつく。


「よいしょ……っ。ほら、やっぱり! ここが緩んで逆流しかけてるじゃない。あんた、締める方向も怪しいんじゃないの?」


「香澄さん、ドレスが……泥だらけに……」


「いいのよ、こんなのただの布切れなんだから! それより、あんたの仕事の方が大事でしょ! 今日しくじったら、今度こそクビでしょ! 私がなんとかしてやるから、そこにあるプライヤー取って!」


 香澄は、解けたリボンを口に咥えて邪魔な髪をまとめ上げると、泥水の中にその剛腕を突っ込んだ。

 顔には泥が跳ね、汗で化粧はドロドロに崩れ、もはや「令嬢」の影も形もない。


 だが、噴水から漏れる街灯の光を浴びて、一心不乱にボルトを締め上げる香澄の瞳は、会場で偽りの微笑みを浮かべるどの令嬢よりも、力強く、美しく輝いていた。

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