㉛ 彼女の言い訳
「アナタ、私の大切な弟を殺そうとしたわね?万死に値する行為だわ。」
怒気を含んだ声色で、静かに囁く雪子。
「ま、待ってくれ。私は非戦闘員なんだ。殺さないでくれ!」
河合曾良は、急に弱気になって、そんな泣き事を言い出した。
「非戦闘員のアラハバキですってえ?そんな話、信じられると思うの?」
「本当なんだ。私はただの諜報員。そもそも我が一族のフィメールは、戦闘に参加する事さえ、許されていないのだ。だから、せめて刺し違えてでもと……。」
曾良の声が、段々小さくなる。
「ふ〜ん。じゃあ、信じてあげてもイイわ。その代わり、洗いざらい、知っている事を喋りなさい。まずアナタ、本名は?」
「ソラ。」
「それは、ニンゲン界での偽名でしょ?本当の名を言いなさい!」
「違うんだ。本名なんだよ。フルネームはソラ・ゲーター。」
「へえ、そうなの。」
「ああ、ある時期に、ホンモノの河合惣五郎と、入れ替わったんだ。それから河合曾良と名乗っている。」
「惣五郎は?殺したのね?」
「違う。元々病気だったんだ。でも、いつまでも芭蕉様のお側に居たいという、本人の遺志も汲んで……。」
「……コレ幸いに、入れ替わったのね?」
「ああ、確かに、日本各地を旅する、松尾芭蕉に随行すれば、ニンゲンたちからは怪しまれない。それが地域の調査をするのに好都合だった事は、認めるよ。」
「……で、その調査報告のために、明日から芭蕉センセイと、別行動をとるのね?」
「そうだ。そのために、一足先に伊勢神宮に行くんだ。」
「あら?確かそこは、鳥族のゲートじゃなくて?」
「ああ、メインゲートはそうだよ。よく知ってるな?でもあそこは敷地が広いんだ。他にも色々あるのさ。」
「……大体分かったわ。アナタを解放してあげる。」
「本当か!?」
「でも、今から私が言う事を守れたら、という条件付きよ。」
「なんだ?言ってくれ。」
「まず、今後一切、この成雪とその随行者に、手出ししない事。」
「ああ、分かった。」
「次に、明日からの伊勢行きは、予定通りにする事。」
「うん、うん。」
「その際には、私たち異世界のニンゲンに出会った事は、全て無かった事にして、アナタの上司には報告しない事。」
「分かった。約束する。」
「私には、離れていても、アナタを監視し続けられる手段があるの。もしもアナタがおかしな真似をしたら……。」
「……どうなるんだ?」
「……生きている事を後悔する程の激痛を、アナタに与えてから、ユックリ殺してあげるわ。」
「分かった。良く覚えておこう。」
ソラ・ゲーターのその一言を聞いた雪子は、彼女を掴んでいたチカラを解いた。
ジャボン!と、派手に水しぶきをあげて、彼女は湯舟に落ちた。
そして、水面から再び上がった時には、もう元の河合曾良の姿に戻っていたのだった。




