㉙ 河合曾良
松尾芭蕉の出身地が、三重県の伊賀上野である事は、良く知られている。
だから、一日に50km歩いた事もあるという、"奥の細道"での彼の健脚ぶりは、例え当時45歳だったとしても、なんら不思議な事は無いのだ。
だって彼は忍者の里の出身なのだから。
しかし、河合曾良。
コイツは怪しい。
出身地は長野県諏訪市。
幼くして両親を亡くし、養父母に引き取られる。
しかし、その養父母も、彼が12歳の時に、両方他界しているのである。
……ほら、もう、怪しい。
その後は、三重県伊勢市の寺に引き取られて、やがて、長島藩主松平康尚に仕えるようになる。
その頃の名は河合惣五郎。
1676年に「袂から春は出たり松葉銭」の句を詠んでおり、この時点で既に俳諧を嗜んでいたようだ…出来過ぎた既成事実に思える。
そして、その後少し経ってから江戸に行き、松尾芭蕉に入門している……この経緯も良く分からない、アヤシイ。
……以上が、以前、真田雪子からカグヤが聞かされた、河合曾良のウワサだ。
多分、私は、この先入観を持ったまま、成雪に歴史データを入力したのだろう…良くない事だ。
そんな反省をしながら、彼女は、とある温泉郷の、女湯の湯舟に浸かっていた。
「やっぱり温泉は、日本文化の醍醐味よねえ。」
彼女はつい、そんな独り言を口にしてしまう。
実を言うとカグヤは、これが温泉初体験ではない。
かつて輝夜姫時代と、宮本武蔵の追っかけをしていた頃に、何度か入った経験があったのだ。
隣の男湯では、今ごろ成雪も、温泉を堪能しているハズである。
果たして彼は、生まれて始めての温泉に、どんな感想を持つのだろう。とても興味深いわ。あとで必ず訊いてみなっくっちゃ。
カグヤは、そんな事を考えながら、独りで「ふふっ」と笑った。
一方、そんな上機嫌のカグヤとは裏腹に、成雪は先程から、要注意な事態に遭遇していた。
なんと同じ露天風呂の湯舟に、あの松尾芭蕉と河合曾良が入って来たのだ。
何もワルイ事はしていないのに、何となく、彼は岩陰に隠れる。
耳を澄ますと、二人の会話が聞こえて来た。
「それにしても曾良よ……。」
「はい、何でしょう。芭蕉様?」
「お前さんは、余程その数珠が、気に入っておるのだのう。何時も肌見放さず首から下げて……風呂の中でも外さぬとは。」
「ああ、コレですか。コレは諏訪の我が家に代々伝わる、有り難いモノ故に……。」
「おお、そうか、そうか。信心深い事は良い事だな。」
などといった、当たり障りの無い世間話をした後、先に芭蕉が風呂場を出て行った。
しかし、事件は、その後に起きたのである。




