触れられそうなほどに遠く、眺めるしかないほどに近く
「カグヤー」
「あぁ、はい。なんですか?」
乾いた洗濯物を一着一着きっちり丁寧に畳んでいたカグヤが、ベルに呼びかけられその手を止める。
手を止める、といっても、ちょうど作業を終えたところで、あとはこの畳んだ洗濯物をしまうだけなのだが。おそらく、ベルは声をかけるタイミングを見計らっていたのだろう。
「べんきょー教えて教えて」
「あら、もしかして宿題ですか? ええ、わたしでよければお付き合いしますね」
「わあい、やった」
気の抜けるような声で喜び、ぐっと小さくガッツポーズを作るベルの逆の手には、ノートと筆記具。
ベルは勉強のできる子だとトニーから聞いているが、今回はなかなか手強いようだ。
「ふふ。ちゃんと教えられるよう、わたしも頑張りますね」
「おねがーい。で、ここなんだけど……」
「ええと……」
机にノートを広げ、カグヤとベルは隣合って座り、さっそく勉強を始める。
カグヤはベルにわかりやすく教えられるように心がけながら、親身になって共に問題を考え、答えを出す。
そんな風に、ふたりで宿題に取りかかりながら、カグヤはふと物思いに耽る。
──カグヤがこの事務所に居候……というよりも、正式にこの擬似家族の一員になってから、はや一週間が経つ。
あれから、今まで恐怖に怯える生活をしていたのが一変して、本当に穏やかな暮らしを続けられている。
追っ手の姿はまるで見えず、気配もない。
見つけられてないのか、それとも捜索を打ち切ったか。いや、後者はないだろうとカグヤは考えており、外出はなるべく避けてはいるが……兎にも角にも、すっかり不安感に苛まれるようなことはなくなり、息苦しさも感じなくなった。
この事務所……まだなんの事務所なのかは知らないが……では、家事を担当するようになり、家政婦のような日々を送っているカグヤだが、その扱いに不満はなく、むしろありがたいことだった。
元々他人に尽くすのは嫌いでなかったし、どちらかと言えば好きと言えるようなものだったので、文句のひとつもなく与えられた仕事をテキパキとこなしている。
それに、ジャンゴにあの地獄から連れ出してもらった際のお礼に家事をするという契約……約束という方がらしいか……をしたので、その恩義に報いるためにも、不満は言えるものではないのだ。
そう、ジャンゴと言えば……。
「ねぇ、ここはどう解くの?」
前言撤回しよう。
不安事はひとつある。それは、最近のジャンゴのカグヤに対する接し方、態度だ。
彼とともに〈ヨミ〉からこの事務所へ帰ってきたその次の日から、彼のカグヤに対する当たりが急に変わったのだ。
具体的に言うと、冷たくなった。カグヤのことを、なにか腫れ物でも見るかのように厳しい目で見るようになった。まるで、カグヤに対してひどく苛立ち、怒っているかのようにも感じられた。
……と言っても、最初から彼はかなりツンツンしているというか、無愛想だったのだが。
ただ、それにしたって今までとは明らかに様子が変だと思うのだ。……まだ会って間もないのにそんなことを思うのはおかしいかもしれないが。
なにか、彼の気に触るようなことをしたのだろうか?
思い当たる節は……ない。
いや、ないわけでもない……最初から自分の控えめな性格のために彼をかなり苛立たせてしまっていたようだし……。だが、そんなことで(そんなことと言っていいのかわからないが)彼はああまで気を悪くするだろうか?
「おーい、カグヤー。おーいおーい」
それに……。
彼のあの優しくも寂しげな綺麗な瞳から、ごっそりと感情が抜け落ちたように見えるのだ。
今の彼の瞳は、虚ろで、凍ったように冷えきっていて……常にどこか遠くを見るようで、かといってすぐ近くになにかが映り込んでいるようで。
ハッキリ言って、異常な様子だった。
それを根拠にカグヤは、明らかに彼になにかがあったのだ……と思わざるを得ない。
心配が募り、胸が締め付けられる。
彼のために、なにかしてあげればいいのだが。自分を救ってくれたように、こんどは自分が彼を……。そう思うのは、出過ぎた考えだろうか。
(例えそうだとしても……わたしは)
「もう、カグヤってばー」
「ひゃあっ」
周りのものがなにも見えずまた聞こえなくなるほどに思い詰め、自分の世界にすっかり没入していたカグヤは、痺れを切らしたベルに額をぺしりとデコピンで叩かれる。
「わあ、かわいい悲鳴」
「ご、ごめんなさいベルさん。ついぼーっとしてました……」
「うん。そうみたいだね。そんなにこの問題難しかった?」
「あ、あぁ……ええと」
カグヤは慌てて問題に目を落とす。
それから、すぐに考えをめぐらせ解き方を導き出していく。
「ここは、ですね……」
手を動かし、問題の横にヒントを書き記していく。
ベルはそれを見て、「おおー」と感嘆の声を上げる。そして、こんどはベルが手を動かし、カグヤの出したヒントを参考に答えを出す。
「どう?」
「ふふっ、合ってますよ。よくできました」
「やった。いぇーい」ベルは開いた両手をカグヤに見せる。「ほら、カグヤ」
「い、いぇーい」
「うんうん。それにしても、カグヤ、勉強教えるのうまいね」
「まぁ、これでも弟や子供たちによく勉強を教えていましたから」
「へー……あれ。カグヤって結婚とかしてたの?」
「あ、ええと、今のはそういう意味ではなく……身寄りのない子の世話をしていたというか」
「ふーん、そっか。カグヤ、優しいもんね。そーなんだ」
ベルはペンを左手で(彼女は左利きだ)くるくると回し、「うーん」と唸っていたが、やがてカグヤに思い切って尋ねた。
「さっき、ジャンゴのこと考えてたでしょ」
「えっ……それは」
「わかりやすいよね、カグヤって」
「……」
図星のカグヤは反応に困り、恥ずかしそうに目を泳がせる。対するベルは、悪戯っぽくニヤニヤと笑う。
カグヤはこほんと咳払いして、誤解を解こうとする。
「あの、いちおう言っておきますけど……そういうのじゃ、ありませんよ」
「そういうのって?」
「それはその……ですから……」
「おいおい、あんまり虐めなさんな」
ベルの意地悪に、トニーがすかさず助け舟を出す。
彼は今、ソファにだらりと弛緩して座り、新聞を広げながらテレビスクリーンに映るバーチャル野球を観戦中だった。
試合は今、七回の裏。得点は3対2と、トニーの応援する球団が一点差をつけているところだ。
カグヤは野球には詳しくはなく、あまり興味もないが、いい試合をしていることはなんとなく見て取れた。
「虐めてないよー。反応が可愛かったからちょっとからかってみただけ」
「それが虐めてるって言うんだ。まったく……ってあ、おい! あの野郎ラグってんぞ! クソッ、まさか違法ポケットルーターか? ちゃちなマネを……」
トニーは飛び上がり、新聞をくしゃくしゃに握り潰してスクリーンに映る映像に食ってかかる。
どうやら、野球試合の選手が妙な挙動を見せたようで、プレーに不正もしくは不具合が起きているようだった。
その疑惑のプレーにトニーのみならず審判botやネットライバー解説者も混乱を見せていた。
これにより、今のプレーについての判定と解析をするために一時試合を中断することになり、配信が途切れる。
トニーは「ああもう、これだからバーチャルは」とぼやき、机に置いていた冷めきったコーヒーを喉に流し込むように一気に呷る。
そして、ふぅ、とため息をつくと、
「まぁなんだ、カグヤさん。あいつのことはあんまり、気にしないこった」
トニーはだらけた姿勢のまま、カグヤに話を振った。
「たまにあるんだよ、あいつは……ジョンは。ああやってひどくナイーブになるときが」
「……そう、なんですか?」
「そうそう。別に、あんたのことが嫌いだとか、やっぱり助けるんじゃなかったとか……そういうことは思ってないさ。これでもそれなりに長くつるんでるんでね、それぐらいはわかるよ」
「それならいいんですけど……。でも、なんだか、すごく視線が恐くて。まるで、そのまま首を絞められそうに感じてしまって」
カグヤは不安を漏らし、危機感に身を抱く。
その様子にトニーは「うぅん」と難しそうに唸り、それから付け加えた。
「……さっきはああ言ったが、わしだってあいつの全部を知ってるわけじゃない。普段なに考えてるのか、未だによくわからん」
「私もー」
「今大事な話してるから、口挟むな」
「ぶー」
「で、だ……。わしにわかんのは、あいつが元気ないときは決まって口数が少なくなるってこったな。あと、目つきも悪くなる。寝不足のときみたいにな」
トニーは薄く笑いながら、カグヤの不安を拭おうと今のブルーになっている状態のジャンゴについて説明する。
「あとは、ロックを聴かなくなってジャズばかり聴くようになる」
「じ、ジャズですか」
「わかりやすいだろ。あとはまぁ、事務所に帰らなくなるってところか」
実際に、今のジャンゴは朝から外出中で、事務所には不在だった。ここ最近、彼はほとんど事務所にはおらず、戻ってくる時は大抵寝るときと食事時ぐらいのものだった。
「ま、なんだかんだ言っておまえさんの飯を食べに戻ってきてる時点でカグヤさんは嫌われちゃおらんよ。むしろ気に入られてる……もとい、気にかけてるんだ、多分な。あいつは素っ気ないが、いちど面倒を見ると決めれば最後まで見捨てたりはしないからな」
それはなんとなくわかる。
まだ会って間もない……というか、マトモに接したのは実質二日ほどしかないが、時間の多寡は関係なしにその濃密な時間の中で彼という人となりはほんの僅かながら知ることが出来た。
念を押すが、彼が優しいひとなのは間違いないのだ。口や態度はぶっきらぼうで不器用さが滲み出ているが、その根底には他者への思いやりがあるのは感じ取れていた。
だが……だからこそ。
今、彼があんな風になにかに苛立っている様子が、心配であり……同時に、自分のことをどうしようとしているのか、気になって仕方がないのだ。
「あの……ちなみに今、ジャンゴさんはどちらへ?」
「ん? 今日は確か……最上層、サン・ミゲルの官邸だったかな」
「あぁ、官邸……」
と、何気なくトニーがさらりと言うもので、カグヤは一瞬流しそうになったが、
「か、官邸!? どうして……」
思いもしない単語に思わず声を大きくして聞き返す。
トニーは急にカグヤの声が大きくなったので思わずびくりとしたが、すぐにまた脱力した。
「なんでって……このボロ事務所は当局の管理だからな」
「え、そうなの」
「いやなんでおまえまで知らんのだ。……ジャンゴは当局にはコネが……デカい貸しがあるから、ちょいと養……いや、金はあいつの貯金だから違うな……んんっ。匿ってもらってんだよ」
「あの……前々から思ってたんですけど、あのひと、何者なんですか」
今の時代、政府というものはすっかりその力を失って久しい。あの〈リフレイン〉以来、国家というものがすべて崩壊し、残ったものがわずかな文化や歴史という目に見えないものばかりの現状だ。
それらが多様に入り混じった無国籍社会が当たり前となった当世において、最も力を得ている存在は企業だ。
その象徴たるものが、アップルシードというコングロマリットだろう。
この巨大企業が全世界の実質的な指導社として台頭するようになってから、政府はお飾りのような小さな存在となっている。
退廃し縮小し、そして弱りきった政府はただそこに存在するだけで、表向きには政治やら施策やらを執り行っているように持ち上げられているが、それはアップルシードの掌の上であり、すべて彼らの指示のもとで行っていることなのだ。
「まぁ、そのうちわかるだろうさ」
トニーはカグヤの疑問に対しはぐらかす。彼は未だ再開しないバーチャル野球ライブ配信を眺める。今映っているのは、ここまでの試合の振り返りだ。
「あんた、多分もうそれを知る立場になっちまってんだ。遅かれ早かれ、な。今に嫌でも知ることになるさ。あいつがいったいなんなのかを」
トニーは装いだけは相変わらずだらけたままだったが、器用にも顔だけを真剣なものにして静かに言った。
どういう意味ですか。
カグヤはそう言おうとした。ちょうどそのとき、
「……おれの陰口でも話してるのか」
暗い顔をしたジャンゴが、事務所に帰ってきた。
「おいおい、帰ってきてそうそうなんだね。ったく。なんでそう思う」
「さぁな……なんとなくそんな気がしたってだけだ」
「そりゃ言いがかりってもんだ。被害妄想なんてらしくないぞ」
ジャンゴはからからと笑うトニーを淀んだ目で睨み、キッチンへ直進して、コップに水を汲む。
そしてそれを、一気に飲み干し、またもう一杯の水を汲む。
ひどく喉が乾いている……というよりも、なにやら疲弊してなにか飲まずにはいられない、という風だった。
「ジャンゴ、おかえり」
「あの……お、おかえりなさい、ジャンゴさん」
「……ああ」
ジャンゴと妙な隔たりができているカグヤは恐る恐る彼へ声をかけた。
一方で、物怖じしない性格のベルは、普段とは打って変わった雰囲気のジャンゴにいつもと変わらない朗らかな態度で声をかける。
が、当のジャンゴの反応は上の空といった様子で、非常に覇気がなかった。
その素っ気ない雑な反応に、ベルはむーっとむくれる。
ジャンゴは再び味の悪い水道水を喉に流し込んでから、つかつかと迫るようにカグヤのもとへずいと遠慮なしに歩み寄った。
「……おい」
「な、なんでしょう……」
その威圧感と、顔の近さにカグヤは身を硬くする。
彼にそんな気がないのはわかってはいるが、顔の整ったジャンゴにこうも顔を近づけられると、恥ずかしながらドキドキしてしまう。
ひとりの女性としての緊張感と、目でそのまま射殺すような鋭い目付きによる危機感のために。
そんなカグヤの想いも知らず、ジャンゴはしばらくカグヤのことを覗き込むように睨み続け、やがてため息混じりに言った。
「……出かけるぞ」
「えっ……?」
思いもよらないその言葉に、思わず目をぱちぱちと瞬かせる。ジャンゴはそんなカグヤの間の抜けた様子に舌打ちをして、繰り返す。
「だから、出かけるって言ってるんだよ。おれと、おまえとで」
「え、ええっ?」
なんでそんな急に……そう問おうとしたが、有無を言わずジャンゴはカグヤの手首を掴み、あまり力は込めずに引っ張る。
……そこで力任せに無理に引かないあたりに、彼なりの気遣いと優しさをカグヤは感じてしまう。我ながら呑気なものだが……。
それはともかく、カグヤは困惑を露わに彼に尋ねる。
「あの、どちらへ……」
「イストラカンだ。すぐに行く」
「でもわたし、出かけても大丈夫なんでしょうか……まだ追っ手が探しているかもしれませんし」
「……いちいち質問するな。いらいらする」
「うっ……ごめんなさい」
感情を露骨に表に出した棘のある物言いに、ジャンゴは自分自身でも失敗だったと思ったのか、自分の頭に手を添え、前髪を抑えるようにしながら「……今のは、悪かった」と素直に謝る。
「おれがいる分には大丈夫だ。保障する。……それともおれじゃあ頼りないか」
「い、いえ、決してそんなことは」
「とにかく、すぐに出るぞ……いや、その前に支度か。さっさと着替えるなりなんなりして、イストラカンへ行く。いいな」
「はっ、はいっ」
それから数分後──。
少し慌ただしくジャンゴとカグヤのふたりは事務所を出、イストラカンへと出発した。
「なんか、焦ってる感じだったねジャンゴ」
「そうだなぁ。しっかしまぁ、女性を誘うんなら、もう少しやり方ってもんがあるだろうに。伊達男のあいつらしくもない」
「ねー、トニー」
「あん?」
残されたトニーとベルのふたりは、それぞれの作業に勤しみながら、ジャンゴについての話し始める。
「トニーってさ。ジャンゴとどれぐらいの付き合いなの」
「なんだ急に。……ま、かれこれ五十年ぐらいかね」
「ふーん……」
じゃああの〈リフレイン〉が起きたときからの付き合いなんだ。
とは口に出さないでおいた。軽く触れるのも、よくはない話題だとすぐに悟ったからだ。
なんにせよ、その一件となんらかの繋がりはあるんだろうな、というのはなんとなく感じ取れた。
ただそこで話を切り上げるのもどうかと思い、ベルはふと気になったことを新しく話題に振ってみた。
「そういえばさ、さっきジャンゴが機嫌悪くなるとうんぬんって話」
「ん、その話か? まぁいいが」
「トニーが挙げてたほかに、もうひとつあるよね」
ベルはペンを動かす手を止め、珍しく真顔になってつぶやくように言った。
「ジャンゴ、笑わなくなるじゃん」
「……」
トニーは彼女の指摘を受けた途端、顔から感情を消し、ベルを正面から見据えて答えた。
「あいつが笑ってたことなんて、これまでに一度もないよ」
と。
悲しそうに、はたまた悔しそうに……静かに彼は言う。
「……どういうこと?」
「あれはな、無理して笑ってるだけだ。ずっと、笑ってるフリをしてる。人間だから、笑うのは当たり前だから……ってな。そう思って、それを装ってる」
「……」
ベルは、トニーの語る話の意味がわからず、返す言葉もなく、じっとトニーを見つめる。
彼はそこで付け加える。
「こんど、よく見てみな。あいつが笑ってる顔を。あいつの目はいつだって……一欠片の感情もありゃせんよ」
脳裏に、今まで見せてきたジャンゴの笑顔が過ぎる。
あれがすべて、作り物。
紛い物。
彼を心から慕い、まだ無垢なベルにとってそれはとても信じられなかった。
「……ねぇ」
ベルは抑揚のない平坦な声をあげる。
「なんだ? これ以上あいつのことを……」
「野球、始まってるよ」
「あ? え、あぁくそ! いつの間に……! しかも逆転されとるじゃないか! なにがあった!?」
すっかりトニーはいつもの調子に戻り、先程までの神妙な雰囲気は消え去っていた。
彼は再びテレビにかじりつき、試合の様相を熱を上げて観戦する。
ベルはふーっと鼻でため息をつき、再びペンを手に取ってノートと対峙する。
しかし、彼女の頭に浮かぶのは問題の解法についてではなく、ジャンゴのことばかりだった。
……今までは、彼が何者であるかどうかなど、気にかけなかった。
彼は優しくて、いつも自分を安心させてくれていた。からかったりイタズラをすれば冗談半分に怒ったりして、よく構ってくれたし遊んでくれた。
そんな彼のことが好きだから……ジャンゴが過去になにをしていようと、どうでもよかった。
少し前にカグヤに聞かれて答えたように、彼のことを全部知る必要はないというのがベルの本心だ。
(けど……なんでだろ。今はすっごく、気になっちゃう)
明らかに、今の彼はこれまで見せてきたジャンゴではない。確かに以前も時折陰を見せるときもあったが、今回のそれとはかけ離れているように見えるのだ。
どうして、そうなったのか。
どうして、彼をもっと知りたくなってしまうのか。
その理由は……。
(カグヤが……来たから? カグヤが、ジャンゴを変えた……)
ベルはその発想に至り、つい今しがた出ていったジャンゴとカグヤのふたりに想いを馳せる。
イストラカンへ行くと言っていた。
そこでなにをするのか。
どうして、そこへ行こうとするのか。
考えても考えても、答えは無論出てこない。
ベルは、今まで身近にいたジャンゴが急に遠くなったように感じて、少し寂しくなってしまった。




