ただいま、おかえり
深夜、時刻は日付が変わって日曜日の二時頃。
世間が日曜日というのも関係なく、サン・ミゲルの街は静まることを知らなかった。
クルマが行き交う音、慎ましく暮らす住民たちの会話や諍い、ときに銃声。
そんな変わらぬ日常の喧騒を見せるこの街に、一件の寂れた事務所が存在する。
名前のない事務所……すっかり長い時間の経過に侵され、看板は傾き、汚れ、傷がついて消えた、忘れ去られた事務所。
「……」
「……」
その事務所の中、睨み合う少女と老人。
少女の方は正座をさせられ、老人の方はソファーにもたれかかり、頬杖をついている。
どうやら見たところ、少女は老人に叱られ、説教されている、というところだった。
少女は苦々しい顔をしながら、時折足を小さく動かし、体を揺らすようにしながらもその辛い体勢を堪えている。
一生懸命我慢してはいるが、どんどん顔にシワがより、唸り声が上がり始めていく。
「むー……うぅー……くぅ……」
「……」
「……ねぇ、トニー」
「んあ? なんだベル」
老人……トニーは大きくあくびをしながら、落ち着かない様子で身動ぎするベルをギロリと睨んだ。
「いつまでこれやればいいの? すっごくキツいんだけどー……うぅ、もう寝たい……」
うわーん、と悲鳴をあげるベルに対し、トニーはダルそうな顔で大きなため息をつく。
「まだしばらくやってもらうぞ。ちなみにその罰はな、ニホンって国で生まれた罰なんだそうだ。足の力を奪い、痺れさせ、立てなくさせるっちゅー恐ろしい罰だ」
「なにそれ拷問じゃん……」
カグヤの国こわー……と、元々足の苦痛に震えていたベルはさらにゾワゾワと震え上がる。
ときに、なぜベルがこんな罰を夜遅い時間にトニーから受けているかと言うと。
まずひとつ──門限を過ぎた時間に無断で外出したこと。
ふたつ──危険だとわかっていながらも、途中までカグヤの逃避行についていったこと。
三つ──無断で銃と実弾を持ち出したこと。
それらの勝手極まりない命知らずな行動に加えて、この前トニーが酩酊により叱れなかった分……危機感もなく危ない連中に誘拐されたこと。
それらを今夜一纏めにして叱るトニーは、ひどくおかんむりになっており、それによりベルは長時間にわたる長々しくくどい説教と、厳しい罰を受けることになったのだ。
「だいたいだな、おまえさんはもっと自分を大切にできんのか。誰を見てそうなっちまったのかは悔しいぐらいに……ムカつくぐらいによくわかるが、どうしてそれを真似しようなんて思っちまうんだ? 普通はだな、それを見て、あんな風にはならないようにしようって思わないもんかね」
「……その話、さっきも聞いたよぉー……」
「この前だって、見知らぬ人、どう考えたって危ない人になんでついてった? もうハイスクールに通うぐらいには大人だろ。いったいいつになったら無邪気な子供から卒業できる? オレの教育は無駄だったのか? まったく……」
「ねぇその話さっきもしたって……」
くどくどくどくどと、トニーの、というよりは老人特有の説教ループはベルをゲンナリさせる。
足の苦痛も相まって、普段は温厚で元気いっぱいなベルの気力をみるみる削り取り、ストレスを蓄積させていく。
「それに、銃も……。いつも口酸っぱく言ってるだろうに。銃はオモチャでもアクセサリーでもないって。必要なとき、正当な理由がなきゃ持ち出しちゃならん。たとえ護身用と言えども、だ。まだおまえは未熟なんだから、銃を適切に扱わなきゃあ、その銃が牙を向くのはおまえさんなんだからな。しかも、弾……」
「もーっ! その話もうしたってば!」
わかったよ、わかったから! とついに我慢の限界を迎えて叫ぶベル。
ちょうどそのとき、
「なにぎゃーぎゃー騒いでんだこんな夜中に」
いきなりベルの悲鳴に近い叫び声を聞いたジャンゴが、困惑した顔をしながら事務所に帰ってきた。
「ジャンゴ! おかえりー!」パァァっとベルの顔が明るくなる。もしこれが犬ならしっぽまで振っていたことだろう。「あ、ジャンゴが帰ってきたってことは……」
ジャンゴの後に続いて、恥ずかしがっているのか、申し訳なさに引け目を感じているのか、恐る恐るとカグヤが姿を見せる。彼女の手には、膨れた買い物袋が提げてあった。
彼女の姿を捉えたベルは、さらに顔を明るくさせ、飛び上がるように立ち上がる。
「カグヤ……! カグヤー!」
……だが、バネめいて勢いよく立ち上がったその瞬間。
「あいたっ」
足の痺れにベルはバランスを崩し、前方につんのめるようにそのまま倒れ込んだ。
その滑稽な様子はまるでギャグ漫画やコントのようにある意味鮮やかで芸術的な倒れっぷりだった。
「おいおい」
ジャンゴはなにやってんだか、といった具合に呆れ顔で肩を竦める。
カグヤの方は、そんなベルのことを心配して、ぱたぱたと駆け寄り、しゃがみこんでベルの様子を窺う。
「だ、大丈夫ですかベルさん……」
すると、ベルは床に突っ伏した状態でにこーっとした天真爛漫の笑みを浮かべて顔を上げる。
「えへへ、へいきへーき」
「よかった。……ふふっ、元気いっぱいですね」
「うん。私は元気!」
ふんす。と鼻を鳴らすベルの無邪気さに、カグヤは思わず顔が綻ぶ。
カグヤはそんな彼女に手を差し出した。ベルはその手を取ってぷるぷると足の痺れを堪えながら立ち上がると、ガバッとカグヤに飛びついた。
ベルはカグヤの着ているダスターコートの返り血がつくのも構わず、ギューッとカグヤに抱きつき、彼女もまた甘えてくるベルを優しく抱き返してやる。
「ふふっ、カグヤ〜。本物のカグヤだ」
「はい、正真正銘本物ですよ。うふふ、また会えて嬉しいです」
「私もー」
「こりゃまた、想像以上にずいぶんと好かれちまってんな」
「あはは……」
ジャンゴはそんなふたりの様子を微笑ましく思ったのか、珍しく悪戯っぽいニヤリとした笑みを零した。
カグヤは照れくさそうな笑顔で返す。そんな彼女は、ぐいぐいと無邪気にくっついてくるベルのスキンシップに満更でもなさそうにしている。
「ね、ジャンゴ」
「あん?」
「ありがとね」
ベルはカグヤにしがみつきながら、ジャンゴの方に顔を向けてお礼を告げる。
ジャンゴはかぶりを振り、すたすたと歩く。
「さぁて、おれがなにをしたのやら」
「カグヤのこと、ちゃんと助けてくれたじゃん」
「何度も言わすな。おれのことをあんまり買いかぶるなよ。おれは助けた覚えはない。そいつがここにいるのは、自分自身の意志で生きる、って言ったからだ。おれは知らん」
「あはは、またまたー。素直じゃないんんだから」
「はいはい、おれはツングースですよ」
「それを言うならツンデレだよ」
くすくす笑うベルを背に、ジャンゴはどかっとトニーも座っているソファーに身を投げ、彼の隣に座ると、埋もるように体を預けた。
スラリとした長い脚を投げ出し、テーブルの上に行儀悪くも置くと、「トニー、バーボン」ジャンゴはそう言い、すっかりいつもの気だるげな調子になってマールボロを吸い始めた。
トニーはジャンゴの態度に呆れ顔で大きなため息をつき、「わしゃおまえさんの召使いじゃないぞ」と苦言を漏らすが、彼はソファーから立ち上がってバーボンを取りに行く。
……そんな彼の口許は僅かに歪んでおり、ニヤリとした笑みが零れていた。
「あーっ、お酒はダメだってば」
「今日はいいんだよ。特別だ。な?」
「んー……まぁ、カグヤのこと助けてくれたから特別ね!」
「別に助けてない」
「じゃあお酒ダメー」
「あー、おれはカグヤを助けたぞー」
「ならよし!」
ジャンゴとベルの緩いやり取りを見たカグヤは、思わず笑顔を零す。
「ふふふっ、本当に仲良いんですね」
「そーだよ。だってわたしたち恋人だもーん」
「えっ」
「なーんてね。今のはジョーク」
「あ、あぁ……そ、そうなんですね。びっくりしました」
わかりづらかったかな? ベルは悪戯っぽく笑いながら言い、カグヤからようやく離れた。
その途端「おっとと」ベルはふらついて少しバランスを崩す。
カグヤはそれを見て慌てて支えに入る。
「ベルさん、足は大丈夫ですか?」
「まだちょっとぴりぴりするー……正座ってキツいね」
「まぁ……正座をなさってたんですか?」
「そうそう。トニーから罰だーって。これ、カグヤの国の拷問なんでしょ?」
「え、えぇ? 違いますよ。そもそも罰でもなんでもありませんし」
「あれ?」
カグヤの否定にベルは小首をちょこんと傾げた。
「……まぁ、確かに足の痺れる座り方で大変なのは間違いないんですが……」
「だよね、すっごく辛かった」
「ちなみに、正座をするときはですね」カグヤはトニーに聞かれないよう声を潜める。「両親指を重ねて、おしりを親指の上に乗せて座ると痺れにくくなりますよ」
「そうなの?」
「ええ。もしまたトニーさんにお叱りを受けたときは試してみてください」
「うん、そーする」
くすっと、笑ってカグヤはベルにアドバイスをし、ベルも彼女に釣られてくすりと笑う。
「ところで、その手に提げてるのなに?」
「あぁこれですか? これは今日の朝ごはんですよ」
「え? それってつまり、カグヤが作ってくれるってこと?」
「はい。ジャンゴさんに頼まれまして」
「おい、そうなのか?」
ちょうどそのときバーボンの瓶と氷入りのグラスを取って戻ってきたトニーが、ジャンゴに尋ねる。
ジャンゴはタバコを灰皿にぐりぐり押し付けてもみ消しながらうなずく。
「リストラだトニー。今まで世話になったな」
「おいおいおいちょっと待って待て待て」トニーは慌てふためく。「すると……つまり……おれはいらない子? お払い箱か?」
「寂しくなるなぁ。今から別居中のカミさんと娘っ子に挨拶を考えねぇとな」
「……いやだ」
「ん?」
トニーはわなわなと震え、
「いやだーーーーーーーーー!!! 出ていきたくないーーーーーーー!!!!」
途端に目に涙をぶわっと一気に溜めてダムが決壊したかのように豪快に泣き始める。
バーボンを手から落とし、慌ててジャンゴが体をソファーから伸ばしてキャッチする。
「うわ出たよ。泣き虫トニーだ」
「冗談だよな? な? そんなのウソだよな?」
「カグヤのメシは美味いらしいぞ。どっかの味付け下手くそ爺と違って。いやぁ、これからは豪勢になるなぁ。出てく前に一食だけ食べてくか?」
「やめろーーーーーーー!! なんでもするから追い出さないでくれーーーーーーー!」
「あ、あの……泣かないでくださいトニーさん。意地悪しちゃダメですよジャンゴさん」
「あはは、トニーってばすっごい泣いてる。いいぞいいぞー」
「さっきまで散々叱られてたからってベルさんも煽らないで……」
……その後、おんおんと情けなく泣くトニーに事情を説明しその誤解を解き、泣き止むのにはなかなかの時間を要した。
「さて、さっそくメシ作ってくれるか?」氷入りのグラスにバーボンを注ぎながら、ジャンゴは言った。「腹が減った。今日は疲れたし、とっとと休みたいんでな」
「ええと……はい、ちょっと待っててくださいね」
「ぐす。なんだ、こんな時間に朝食か? ずびー……」
まだ目が真っ赤で鼻水も止まっておらずひどい顔のトニーがジャンゴに聞く。
「おまえはとっととその汚い顔をなんとかしろよ。で、朝食が今でなんか文句あんのか?」
「別に構わんが……今午前の、えーっと……三時だぞ」
「朝はいつ来たっていいんだよ。おれが朝だと思えば朝。気の持ちようだって」
「なんだ、そりゃあ」
昼夜逆転どころじゃないぞ。とトニーはボヤくが、内心彼もカグヤの手料理を楽しみにしていた。
カグヤは手に提げていた買い物袋とともにキッチンへと向かう。なぜかベルもそれに続く。
「カグヤ、手伝うよ」
「まあ、ありがとうございます。ベルさんお料理できるんですか?」
「できない!」
「……」
自信満々、天真爛漫、笑顔いっぱいに力強く答える。
「でも、野菜切ったりとかはできるよ。たぶん」
「……ふふふっ、わかりました。じゃあ、わたしが指示して教えますので、一緒に作りましょうか」
「おーっ。ほら、カグヤも」
「お、おーっ……」
カグヤはベルに促され、控えめながらも握りこぶしを挙げる。ベルはそれに満足した様子で、うんうんうなずく。
「あっ、そういえば」それから、急になにか思い出したようにハッとする。
「どうしました?」
「大事なこと言い忘れてた」
「大事なこと……ですか?」
「うん」
ベルはにかっと人懐っこい笑顔を浮かべて、カグヤに言う。
「おかえり、カグヤ」
「おかえり」。そのなんてことない、普通の言葉が、カグヤの胸に染み渡る。
「……はい」
カグヤはその笑顔に答えるように彼女もまた華のように明るい笑顔を返して答える。
涙を浮かべながら。
「ただいま、ベルさん」
「うん。おかえりおかえり!」
「はい。ただいまただいまです」
「ふふふー」
「うふふっ」
……そんな、カグヤとベルがキッチンで笑い合う穏やかな光景を、ジャンゴはソファーでくつろぎながらバーボンを片手にぼんやりと眺める。
「どうしたジョン、ボケっとして」
ジャンゴの隣に座って、自分のグラスにバーボンを注ぐトニー(ようやく涙も鼻水も落ち着いた)がからかうようにニヤニヤとしながら言う。
「別に。泣くなって言ったばかりでまた泣いてやがんなと思っただけだよ」
「ふーん……」
トニーはジャンゴのぶっきらぼうなその物言いに、より一層意地悪くニヤニヤとする。
「おまえさん、もしかしなくてもカグヤさんに入れ込んでないか?」
「……」ジャンゴはトニーの指摘にギロリと睨みつける。「また泣かせるぞ」
「すまんすまん。ただ、まぁ、なんだ。おまえがそんなふうに他人を思いやるなんざ珍しいからついな」
「別に、そんなんじゃない……おまえもなんでそうおれを買いかぶる」
「ったく、天邪鬼だなぁホント。本当に心底どうでもいいってときはおまえさん、一言も口聞かないだろ」
「……まぁ、そうだな」
ジャンゴはぐいとグラスに残っていたバーボンを一気に喉に流し込み、ため息を吐くように答える。
「なんにせよ、あいつをどうしてもほっとけなかったのは、確かかもな」
「ははは、やっぱりな」
「それにな」
「ん?」
「あいつは……おれが失ったものをまだ持ってる気がするんだ」
ジャンゴはバーボンの瓶を傾け、グラスに新しい酒を注ぎながら、横目でキッチンに立つカグヤを見る。
ベルと楽しそうに料理をする様子は、最初にあった時の彼女とはまるで別人のようだった。
「あいつを手近に置いておけば……おれは、なにかを取り戻せる。そう、思ってる」
「……」
「それに、あいつを手近に置いておいときゃ、いつでも手をかけられるからな。……もしおれの思い違いで、不必要だと、害悪な存在だとわかれば、いつでも捨てられる。始末できる。……そういうことだ。結局は身勝手な自分のためだ」
ジャンゴはどこか思い詰めた表情で、はたまたうんざりした様子でタバコを口にくわえた。
その発言に対して、トニーはふっと風を吹かせるように笑った。
「おまえに、そんなことできんさ」
彼はマッチを発火させ、ジャンゴの口元のタバコに火をつけてやる。
ジャンゴはタバコをぐっと吸い込み、溜め込んだ煙を一気に吐き出した。
「美味いだろ? タバコ」
「……ああ、格別な味だ」
「そんなら、大丈夫だ。それがおまえのやったことが失敗じゃない、間違ってないってことの証明さ」
「そいつは……最高だな」
「だろ?」
ふたりはくつくつと笑い合い、お互いにバーボンの入ったグラスを手に持ち、それを触れさせる。
ちんっ、と小気味よい音が鳴り、ふたりは同時にバーボンをぐっと飲み干した。
それから、トニーは笑い声混じりに言った。
「格別な味だな」
「ああ、いい酒だ」
ふたりはしばらく雑談をするでもなくただただ酒を飲み交わし、落ち着いた時間を過ごす。
トニーはこうしてジャンゴとなんの憂いも気兼ねもなく酒を飲み合うのは本当に久しぶりだった。いや、今思うと、初めてかもしれない。
今までは見ていられなかったほどくたびれ、破綻してしまっていたジャンゴだったが、今は少しずつ変わり始めて……いや、戻りつつある。
カグヤとの出会いが、ジャンゴのすり減っていた心を癒し、彼を苛み続けていた虚無感をぬぐい去るキッカケになる。トニーはそう確信していた。
たとえそれが……いかなる結末を招こうとも。
今この彼の様子を見れば、少なくとも、ジャンゴにとってはそう悪いことにはならないかもしれない。
そう思うと、トニーは安心せずにはいられなかった。
「──お待たせしました、ご飯、できましたよ」
「えっへへー、私も一緒に作ったよ!」
そのとき、少し早い朝食をカグヤとベルが運んできた。
出来上がった和食から漂う香りは、ジャンゴにもトニーにも未知であり新鮮なものに感じられ、非常に興味と食欲を唆られた。
ジャンゴとトニーはソファーから離れ、テーブルにつく。
今までは三人だったため気にならなかったが、そのテーブルは四人で囲むには少し小さかった。
新しく買わないといけないな、トニーはそう思った。それに、これからはもっと賑やかになりそうだ。
四人は詰めるようにして食器を並べて席に着き、カグヤに教えられた食前の挨拶を口にする。
「「いただきます」」
手を合わせて、四人揃ってその言葉を口にする。
まるで本当の家族が団欒するかのように温かく、穏やかな時間。たとえこれが擬似的なものであっても、彼らの間にある関係と結びつきは強固で揺るがないものだ。
この三人の和に新しく加わって間もないカグヤでさえ、あっという間に溶け込んでいる。
トニーはただ美味しいだけでなく口に優しく安心する味を噛み締めながら、テーブルにつくみんなの顔を見渡し、この関係と時間が、これからもずっと続いていくことを願わずにはいられなかった。
いつまでも、いつまでも、この平穏な日々が──
「あ゛っ゛つ゛っ゛!」
……唐突に悲鳴が上がる。
「だ、大丈夫ですかジャンゴさん」
トニーの心のモノローグをぶち壊したのは、ジャンゴの悲鳴だった。
「いや、大丈夫、大丈夫だ……くそ、このオミソシルっての想像以上にアツ……ふーっ……ふーっ」
「あはは、ジャンゴ猫舌だもんね」
「そ、そうなんですか? ごめんなさい、そうとは知らずに……すぐ冷ましますね、貸してください」
「やめろ、それぐらい自分でやる……ふーっ、ふー……」
見栄を張ったのがよくなかった。
ジャンゴは猫舌にも関わらず、お出しされたみそ汁をそのまま口に運んでしまい、盛大に失態を晒してしまう。
事前に猫舌であることを伝えればこんなことにはならなかったろうが……。とはいえ、ジャンゴ本人は猫舌であることをかなり恥ずかしく思っており、なおかつせっかく出されたものに苦言を呈するのも気が引けたので、そのまま飲もうとしたのだが……。
無理なもの無理であった。
そもそも、このみそ汁を作るときにベルがこっそりと教えるか気を利かせて冷ましてくれればよかったものを。
イタズラ好きのベルのことだ。
わかっててやったのだろう。
「くそ……おれは飲むぞ、この、クソ熱いオミソシルを……ふーっ、ふーっ、ふーっ……んぐ、ぐ、ぐぅ……う、うまい……ぐ、ふーっ」
「あの、やっぱり無理はなさらない方が……わたしが責任をもってふーふーしますから」
「やめろ、子供みたいな扱いするな! やめろ、そんな目で見るな……くそ……」
一生懸命息を吹きかけ、健気に飲もうと努めるジャンゴの姿に、カグヤは思わずかわいいと思ってしまい、ついつい表情が穏やかになってしまう。
ジャンゴはそれを悟り、お椀を持つ手で恥ずかしげに顔を隠しながら、熱々のみそ汁と格闘する。
「……締まらんなぁ」
そんな滑稽な様子を眺めながら、トニーは苦笑ではなく気持ちのよい、本当に愉快で堪らないといった満点の笑顔を見せるのだった。




