後悔
「……すごい」
カグヤはジャンゴの凄まじい戦いぶりを見て、ただただ圧巻され、魅了され……稚拙ながらもひとこと言葉を漏らした。
あれだけの敵を、たったひとりで。
十八人もいた兵士たちを……いや、ここに来るまでも含めれば、四十人もだ。それらすべてを、苦もなく全員殺してみせた。
カグヤは、不思議なことにジャンゴに対して畏怖を感じるよりも、美しい、と。なぜだかそういった感想を抱いていた。
きっと、血と硝煙の中に佇むその姿があまりにも彼に似合っていたから……そう思ってしまったのだろう。
彼女の熱い視線に晒されている当のジャンゴは積み上げられた死体の山の中、先程の苛烈な戦闘などまるで最初から無かったかのように飄々としていた。
彼は撃ち切ったニューフロンティアのハンマーをハーフコックに起こして、シリンダーを回転させながら一発ずつ丁寧にゆったりとした動作で再装填する。
「ジャンゴさん」
そんな自然体の姿もまた、どこか神秘的に見えて、カグヤは声をかけるのを少しばかり躊躇ったが、意を決して声をかけた。
ジャンゴは振り向くことなく手元のニューフロンティアに目を落としながら、「あん?」とややぶっきらぼうに反応を返した。
「あの、ええと、ですね」
「いちいちうじうじするな。はっきり言え」
急に態度が冷たくなり(これが普段の彼だというのはすでにわかってはいるのだが)、カグヤはビクリとしてしまうが、あまり彼の気に触れないようできるだけ物怖じしないように努める。
「お疲れ様、でした」
精一杯の微笑みと、穏やかな声色で彼を労う。
彼女のその仕草と佇まいは本当に温かく、ふわりと羽の舞うような柔らかさがあった。
本人はまるで意識していないが、それは人を、特に男性を堕とすには抜群の破壊力を持っているものだった。
「……」
しかし、ジャンゴはそれを目の当たりにして神妙な顔……とはいえ、無表情で感情は読み取れはしない……をして、硬直した。
「あ、あの……」
「……いや」ジャンゴは鬱陶しそうにかぶりを振る。「なんでもない、気にするな」
彼は軽く舌打ちをすると、カグヤに聞こえないぐらいの小さな声で「……どうしてそう、似てるんだ」と苦々しく、憎たらしそうにつぶやいた。
それから彼はため息をつき、
「言っておくが、お疲れを言うにはまだ早いぞ」
「え?」
「まだひとり残ってるだろ。忘れたのか?」
「……あ」
そういえば。
あのステヴァンというこの傭兵部隊の隊長がまだ残っていた。ここに来るまでその姿はどこにも見えなかった。転がる死体の中にも、彼の姿は見えない。
逃げたのだろうか? それとも、どこかに隠れて不意打ちをする機会を窺っているのか。……ジャンゴにそんな子供だましの手が通用するかどうかはわからないが。
「ま、まだそこら辺でびくびく震えてるだろ」
カグヤのそんな考えを見抜いて、ジャンゴはくぁ、と欠伸をしながらつまらなそうに言った。
「どうしてそう思うんですか?」
「逃げ帰ってもクライアントに絞め殺されるだけだろうからな」
「ああ……」
なるほど、確かにそうかもしれない。
〈教団〉の恐ろしさを嫌というほど知っているカグヤは、彼の推測は正しく感じられた。
あの組織の人間は、依頼した仕事に失敗した者を許すような生易しい連中ではない。
間違いなく、なんらかの粛清があるだろう。
「今ここでおれに殺されるか、あとで殺されるか。どちらにしろ、死ぬって結果は同じさ」
ジャンゴはニューフロンティアをくるくるとガンスピンさせてからホルスターに戻し、新しいタバコを無造作に取り出して口にくわえると、それに火をつけ、美味そうに一服する。
その様子をじっと見つめるカグヤに「吸うか?」と声をかけたが、カグヤは首を横に振ってそれを断った。
だろうな。ジャンゴはさして気にする様子もなく、ひとりぷかぷかと紫煙を燻らせる。
そして、なにも言わずにタバコを吹かしながらすたすたと歩き始め、カグヤは慌ててそれを追う。
凄惨な光景の広がるエントランスホールから廃ビルの外へ出ると、空気の流れが変わりカグヤは肌寒さを感じてぶるりと身を震わせた。
「……」
それに気づいたジャンゴは、無言でカグヤに羽織っていた白い(返り血つき)ダスターコートを渡した。
渡した、というよりは乱雑に投げ捨てそれをカグヤがキャッチした、といった具合だったが。
ジャンゴはふんっと鼻を鳴らして、「汚れた。帰ったら洗ってくれ」とまたぶっきらぼうに言って、距離をとるようにそそくさと足の動きを早めた。
やはり、素直ではない。案外、シャイなのかもしれない……そんなふうに思って、カグヤは思わずくすりと笑い、彼の後を小走りに追ってまた後ろを歩く。
「なに笑ってんだ」
「いえ。……ありがとうございますジャンゴさん」
「別に。おれはおまえに雑用を押し付けただけだ」
「はい。ふふっ、そうですね」
「……やめろ、ニヤニヤするな。そんな暖かい目で見るな。気持ち悪い」
ごめんなさい。と微笑を浮かべたまま、カグヤは謝って、ジャンゴは複雑そうな顔で首筋をかいた。
それからふたりは、廃ビルから上層へと上がるためのリフトまでの道をしばらく歩く。
道中、ふたりの間に特に会話はなかったが、カグヤはさして居心地の悪さは感じなかった。
むしろ、心地よい、そんな安心感があった。
心が晴れやかで、開放感があった。
こんな清々しい気持ちは、本当に久しぶりだった。
これも、彼のおかげ。ジャンゴが手を貸してくれたおかげ。ベルやトニーのおかげ。
いつか必ず、いや、これから先ずっと、この恩を返して行こう。彼らの善意に報いるために、どんなことでもしよう。
カグヤはそう心に決めた。
ちょうどそのとき、
「──カグヤ」
急に、ジャンゴが低い声を出した。
カグヤは思わず立ち止まり、ジャンゴに尋ねる。
「? なんです──」
BANGBANGBANG! ──KABOOM!
「──か……?」
唐突に鳴り響いた閃くような銃声と、轟音、そして爆発……巻き起こる爆風と、立ち上る煙。
いきなり激しい突風に煽られたカグヤは、いったいなにが起きたのかまるでわからなかった。ただひとつわかるのは、目前で突如として爆発が起きたということだ。
慌ててジャンゴの方を見ると、彼の手にはいつの間にかニューフロンティアが握られており、腰だめに構えられたそれは白く細い煙を吐き出していた。
「じ、ジャンゴさん。いったい……」
「ニワトリのお出ましだよ」
ジャンゴは無表情でそう言うと、爆煙の先に声をかける。
「どうせのこのこ出てくるとは思ってたが、それにしてもずいぶん陳腐な不意打ちをしかけてくるんだな」
やがてゆっくりと爆煙が晴れ、その先にいた豆粒ほど小さな人影がカグヤの目にも映る。
遠目ではっきりとは見えないが、あれは……。
「……ステヴァン」
四十人の部下を消しかけ、そのまま逃走したと思われた探偵社の兵士、ステヴァンであった。
彼は肩に担いでいた無反動砲を荒っぽく投げ捨てると、踵を返して脱兎の勢いで逃走しようとした。
BANG!
「逃げるなよ」
しかしそれを、ジャンゴが発砲して退路を阻む。
拳銃の射程距離はゆうに超えているはずだと言うのに、彼は正確にステヴァンの足元に銃を撃って牽制する。
「行くぞ」
「あ……はい」
ジャンゴは銃を腰だめに構えたままの姿勢でゆっくりとステヴァンの元へ歩いていく。
ステヴァンは金縛りにあったように微動だにせず、ジャンゴとカグヤのふたりを憎々しげに睨みつける。
「貴様……貴様ら……!」
ステヴァンは、ジャンゴたちが十分に近づいてきたところで呻くように声を絞り出した。
だが、彼はそれ以上の言葉を繋ぐことは出来なかった。
あまりの悔しさと無力感に言葉が出なくなったのだ。
先程のあれは今のステヴァンにできる最大の奇襲だった。
気を緩ませたところに、視覚外の距離から無反動砲を撃ち込む。普通ならば、超高速で射出されたミサイルは為す術もなく直撃し、ジャンゴは木っ端微塵に跡形もなく吹き飛ぶはずだった。
その際にカグヤが巻き添えになろうとも構わない。もはや、捕獲するターゲットのことなどどうでもよかった。
どの道、もう先はない。ならばせめて、あの得体の知れない怪物だけは殺しておきたかった。
だが……。
(無反動砲を……撃ち落としやがった……!)
あれは正真正銘のバケモノだ。死神だ。この世のものでは無い、悪魔だ。
オレたちのクライアントと同じように。
ヤツは。ヤツは……!
「どうした? さっきので終いか?」
ジャンゴは口にくわえていたタバコを携帯灰皿に捨てながら挑発する。
ステヴァンはギリ、と奥歯を噛み締め、往生際悪くも次の手を考える。なにか手はあるか。この状況で、ヤツを出し抜く方法はないか。
思考を巡らせ……やがてひとつ思いつく。
「……なら、こういうのはどうだ」
ステヴァンは携行していた予備のオートマチック拳銃を足元へ置いた。
「おいおい、降伏か?」
「いいや。決闘だ。フェアに、な」
ステヴァンは血に濡れたジャケットをばさりと脱ぎ捨て、動きやすい軽装になる。
それから、ジャンゴに顎をしゃくって促す。おまえもそうしろ、と。
「なるほどね」
ジャンゴは理解した、というふうに首を縦にふり、ニューフロンティアをステヴァンと同じように足元に置く。さらにガンベルトを取り外し、それをカグヤに向かって投げ渡す。
急にガンベルトを投げ渡されたカグヤはそれを一瞬取り落としそうになったが、なんとか胸に引き寄せて抱いてしっかりとキャッチした。
銃を拾って撃つ……それならば、手負いのステヴァンにも僅かながら勝算があると踏んだのだ。
抜き撃ちならジャンゴに敵わないだろうが、この方式ならば、万に一つでも勝ち目はあるはず。あくまでも、希望でしかないが……。
しかし、あとのないステヴァンはそれに賭けざるをえなかった。
「合図はどうする」
「少し待て……それは今、考える……」
「なら、こういうのはどうだ」
相変わらず退屈そうなジャンゴは、思案するステヴァンに痺れを切らして、提案した。
「おれが手をあげる。それが合図だ。ハンデぐらい欲しいだろ?」
「……よし。いいだろう。なら、それで行こう」
「そう来なくっちゃな」
ジャンゴはうなずき、カグヤの方を横目で見て、離れていろと目で訴えた。
カグヤはそれに従い、数歩後方へ下がる。
ジャンゴとステヴァンは睨み合いながら、お互い脚を開いていつでも動ける態勢を整える。
その途端に、空気が張り詰め、ピリピリとした雰囲気が漂う。
この決闘を見守るカグヤは、思わずごくりと息を呑み込み、たらりと汗を流した。
先程までのジャンゴの圧倒的な戦いぶりを見せつけられたカグヤは、ジャンゴが負けることなど微塵も考えてはいなかった。
しかしながら、ひしひしと痛いほど感じるこの冷たく乾いたアトモスフィアは、決闘の傍観者であるカグヤまでをも巻き込んで緊張させていた。
そして──。
BLAM!
乾いた銃声がひとつ、〈ヨミ〉の薄暗い世界に驚く程によく響き渡った。
「あ……が、ぐぅぅぅぅぅ……!」
地の底から湧き上がるような呻き声、たらりと流れる真っ赤な血液。銃口から漂う硝煙と、その焼き付くような香り。
決闘の勝者は静かに言った。
「撃てよ」
ジャンゴは小型拳銃、コブラデリンジャーを構えながら冷たく言った。
やはりまた、というよりも、当然ながら撃たれたのはステヴァンの方だった。
「貴様……貴様ァァァァァ……ッ!」
ステヴァンは膝をつき、血の流れ出る腹部を抑えながら蹲り、こちらを見下ろしてくるジャンゴを恨めしそうに睨みつけた。
「卑怯……者が……! 手を挙げずに撃ち……やがっ、てェェェェ……」
「なに言ってるんだ。手なら上げたろ? 挙手するとは言ってないだけだ。おまえさんが勝手に解釈して勘違いしただけだ」
足元に置いていたニューフロンティアを拾い上げながら、まったく悪びれずにジャンゴは言い放つ。
「そもそもおまえさんなんかとマトモに相手するのも下らない。それに、卑怯だのなんだのっておまえがやったこと思い出してみろってんだ」
「ク、ソヤロ……」
「まぁ、特別にひとつだけ教えてやるが……決闘したいんなら、同じ土台に立ってから申し込め。相手を鵜呑みにするな。疑え、出し抜け。それが決闘の鉄則だ」
いい勉強になったな。と、ジャンゴは愉快そうにニヤリと笑んだ。
ステヴァンはその悪魔の笑顔を見ながら、全身から抜け落ちていく気力と体温の低下を感じ取り、今の一発が致命傷であることを悟る。
「おい、カグヤ」
ゆっくりと死に近づいていくステヴァンを冷めきった目付きで眺めながら、ジャンゴはカグヤに声をかける。
「おまえさんもこいつに一発ぶち込んどくか? 今までのお礼と餞別に」
「いえ、わたしは……遠慮しておきます」
「ん、そうか」
ステヴァンは、ジャンゴとカグヤのそんなやり取りを聞きながら、ふつふつと怒りの炎が燃え上がり始めた。
……ふざけるな。
ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!
「ふざ……けるなァァァァァ!」
我慢ならなくなり、ステヴァンは逆上し残る力を振り絞って声を枯らして絶叫する。
「貴様はわかってるのか!? その女を庇うことがどういう結果を招くか! なにを敵に回すのか! 俺を殺していい気になるなよ……おまえはもう死んだも同然だ! おまえのその浅はかな行動が、おまえを苦しめるんだ!」
カグヤはステヴァンの地獄の咆哮にビクリとした。彼女はきゅっと唇を噛み締めながら探るようにジャンゴの方を見る。
ジャンゴは能面のように無表情で、なんの感慨もなさげに、冷徹にステヴァンを見下ろしている。
「後悔するぞ……その女を助けたことを! 一生! おまえは後悔し続ける! アハハハハッ! ハハハハ……ごほ、ごぶ……ぐ、ざまぁみろ……! ざまぁみろっ!」
「……」
口から血を流しながら大声で喚き散らし、狂ったように笑うステヴァンに対し、ジャンゴはふーっとため息をついた。
そして、
「おまえ、遺言がそんなんでいいのか」
と。
バッサリ切り捨てるようにやはり冷たく言い放つ。
そのときになって、ステヴァンは見た。
彼の能面のような表情に隠された、本当の顔を感じ取った。
ドス黒く、なにもかも飲み込むような底なし沼めいた暗黒の顔。つまりそこにはなにもない。こいつは無表情なんじゃない。初めからなにもないんだ。
空っぽなんだ。顔のない男なんだ。虚無そのものなんだ。
では、こいつはなんだ? こいつは、誰なんだ?
ステヴァンのその考えに対する答えは、すでに彼が答えている。
──誰でもない。
ああ……そうか。
こいつは、こいつの正体は……!
……ステヴァンの意識はそこでぷつりと途切れた。
彼は目前の亡霊を呪いながら、事切れたのだった。
「やっとくたばったか」
平坦な声でそう言うと、ジャンゴはステヴァンの死体をその場に置き去りにして、すたすた横切って歩く。
カグヤは、ステヴァンの死体を物悲しげに見つめてから、彼の後を追った。
「あの……」
それから、カグヤはジャンゴの後ろを歩きながらか細い声で話しかける。
「こんどはなんだ?」
ジャンゴは振り返らず、顔も向けずに歩きながら反応を返した。
「さっきの……話、なんですが」
「どの話だ」
「ええと……」
「まったく。要点だけ、話せ」
カグヤは相変わらずおどおどとしながらも、言葉を選びながら彼に尋ねる。
「……後悔、しませんか?」
カグヤは弱々しくも顔を俯かせ腕をきゅっと抱きながら、恐る恐る問う。
「わたしを助け……いえ。わたしの味方をしたことを……あなたは後悔しませんか?」
その縋るような問いに、ジャンゴは足を止めて振り向いて答える。
「後悔ならもうしてる」
「え……」
「おまえなんか見捨てた方が、ずっとよかったと思ってるさ。おまえがどうなろうと、どっかで野垂れ死にしようが、どうでもいい。それなのに、おまえのためにこんな最下層くんだりまでわざわざやって来たんだ。まったく、おれもヤキが回ったよ。どうかしてるってもんだ」
「……そう、ですよね」
カグヤは申し訳なさそうに顔を背けながら、彼の冷徹な言葉をひしひしと受け止める。
「……だがな」ジャンゴはため息を吐き出し、付け加える。
「おまえを見捨ててなにひとつ後悔しないそんな自分が、おれはどうしても気に食わなかった」
ジャンゴはこれまでの気だるげな態度ではなく、カグヤを正面から見据えながら真っ直ぐ真摯に言った。
「おれはな、後悔しないで生きるよりも、後悔する生き方の方がいいのさ。それがたとえどんな結末を招こうが……後悔のないつまらない人生だけはまっぴらごめんだ」
「……」
カグヤは背けていた顔を前に向け、ジャンゴの顔を正面から見据えていた。
彼の海のように綺麗で、見るものを飲み込むような深さを携える碧眼を覗き込むようにじっと見つめる。そして、その目に映る自分の姿も。
そこに映り込むカグヤは、なにかがふっ切れたように落ち着いた顔をしていた。
実際、カグヤは様々なしがらみや不安、恐怖から救われた気分でいた。
……ああ。
このひとと出会えてよかった。
そう思ったとき、カグヤの頬に、つう、と熱いものが流れた。
カグヤは今、涙を流していた。
だが、それは今までとは違う涙。
悲しいときに、辛いときに流す涙ではない。
嬉しくて流す、温かい涙だった。
「それとな」ジャンゴは彼女の流す涙を指で拭った。「いちいち泣くな。おれの前でそんな暗い顔を見せるのはやめろ。おどおどするな。これからは、おれが……おれやベル、トニーもいる。だから……いや、すぐに治せとは言わないが。とにかく、もっと笑っていろ」
「ジャンゴさん……」
「その方がずっといい。その方がおれも安心する……いいな」
「……はいっ」
カグヤはジャンゴの言いつけに返事をする。
そのときの顔は、憑き物が落ちて……自然で飾らない、純粋な笑顔だった。
「……」
「ジャンゴさん?」
「いや」ジャンゴはなにか逃げるように振り向き、前を向いた。「なんでもない。とっとと帰るぞ」
「そうですね。ベルさんに会って無事を伝えたいですし、トニーさんにも改めてお礼を言わないと」
「そうしておけ。あのベルがもう少しで泣くところだったからな」
「……それは、その、ごめんなさい」
「おれに謝るな。……ああ、そうだ。帰ったら、例のオミソシルってのを作ってもらうぞ。腹が減った」
「あ、わかりました。それじゃあ、帰ったら早速お作りしますね。あ、あとせっかくですし、わたしが朝食も用意します」
「そうかい。なら、楽しみにしてる」
「はい。……それと、ジャンゴさん」
「ん」
カグヤは歩きながら、今までのか細く弱々しい声ではなく、ハッキリとした穏やかな声で言った。
「これから……よろしくお願いします」




