Let's Jam
「が、あ、あぁぁぁぁアアアアア!」
痛々しい悲鳴が、部屋の中にわんわんと木霊した。
銃弾によって穿たれた穴から真っ赤な血がほとばしる。
銃口からは白煙が立ち上る。
撃たれ、絶叫する男は、手に握っていた拳銃を足元に力なく落とした。
「ぐ、ぅきさ、まぁぁぁぁっ!」
「へぇ、五発も撃ち込まれてんのにまだ死なないか。結構タフだな」
悲鳴を上げ、苦痛と屈辱に顔を歪めるのは……グリゴリ探偵社の兵士ステヴァン。
そして、彼が撃つよりも素早く五連発の見事な早撃ちを披露したのは、他でもないジャンゴであった。
彼はコートのポケットに手を突っ込んだまま……ニューフロンティアをサミングで一気に五発連射してのけた。
これにはあるカラクリがある。ジャンゴのコートのポケットは実はダミーで、一見ポケットに手を入れていると見せかけて、コート下のホルスターに収められたリボルバーに手がかかるように改造されていたのだ。
これにより、隙だらけのように相手に見せかけて、実際はいつでも無造作に銃を撃てるという仕組みだ。
しかしながら、そんな意表を突くようなトリッキーな戦法依然に、そもそも彼の早撃ちは神業と言っていいほどの領域だったと付け加えておかねばなるまい。
先に銃の引き金に指がかかっていたのはステヴァンであるにも関わらず、実際に銃を撃ったのはジャンゴの方だ。
ステヴァンは一発も撃つことが叶わず、彼のニューフロンティアが放った45ロングコルトに五つの銃創を作られたからだ。
彼はその射撃をまったく知覚できなかった。
いつ撃たれた? なにが起きたのか? なぜ、俺は体から血を流している?
あまりに突然の出来事に、彼の頭には混乱の渦がぐるぐると回り、思考を激しく不快に掻き回す。
胸に一発、腹に二発、右肩に一発、左腰に一発。
これだけの銃弾を撃ち込まれてもなお、彼が無様な死体とならなかったのは、彼の体は改造手術を施されているからだ。
ステヴァンはいわゆるサイボーグというもので、機械の体に肉体を置き換えられているため、普通の人間ならば死に至るようなダメージを負っても、そう易々と死ぬことは無い。
だが、だからといって痛みがないというわけではない。耐え難い激痛が、全身を苛む。
「おおっと、まだ一発残ってる。今ここで無駄な抵抗するのはやめた方がいいぜ。ちょっとでも長生きしたいんならな」
ステヴァンは力を振り絞り、もう一丁の銃を抜こうとするが、それを敏感に感じ取っていたジャンゴに牽制される。
ジャンゴはカチリとニューフロンティアの撃鉄を起こし、さらには油断なく逆の手に別のリボルバー……スタールアーミーを持つ。
つまり、目の前には七発の銃弾が今にもステヴァンの命を奪おうと待ち構えているということだ。
(クソ……どうする、どうする……!)
……どうにもならない。勝ち目はない。
ステヴァン自身もよくわかっていた。今、この場で正面切ってこの男とやり合うのは愚策だと。どうあっても敵う相手ではないと。
悔しいが、それを認めざるを得なかった。
だが……ならば、どうする?
諦めて、情けなく助けを乞うか? 見逃してくれと泣き叫ぶか? 有り得ない。そんなこと、自分のプライドが許しはしない。
「ところで、ボンクラ。おまえの部下は何人だ?」
「……なに?」
唐突に、ジャンゴはステヴァンに尋ねた。
「おまえの部下は何人いるかと聞いてるんだ。チャンスをやるぞ」
どういうつもりだ? まるでわけがわからない。この男はなにを狙っている?
ステヴァンは困惑しながらも、その質問に答える。
「……四十人だ」
嘘偽りなく、ステヴァンは答えた。
そもそも、彼に対して嘘をつくなどという発想はなかった。もし嘘などついてみれば即座に見抜かれ、容赦なくまた銃で撃たれることだろう。
「そうか。なら今から四十人全員でかかってこい」
そして、ステヴァンの答えに対して、なんてことないようにジャンゴは言い放つ。
ステヴァンは己の耳を疑った。
この男の言葉が本気かどうかを判断しようと、彼の表情をまじまじと覗き込む。そして、その一欠片の迷いも曇りもない目付きに、それが本気なのだと理解する。
さらに畳み掛けるように彼はまた言い放つ。
「全員殺す。なら、今ここでまとめて来てくれた方が、都合がいい。面倒は少ない方がいいからな」
ごくり、と。
ステヴァンは唾を飲み込み喉を鳴らした。
彼の視線が、ジャンゴの能面のように感情のない顔と、突きつけられている銃口を行き来する。
「……死ぬのは貴様の方だ……!」
そして、憎々しげに捨て台詞を吐くと、負傷した体に鞭打ってステヴァンは部屋を出た。
ジャンゴはそれを見送ってから、スタールアーミーをホルスターに戻し、ニューフロンティアのハンマーをハーフコックの位置に倒す。
「ジャンゴさん……」
少なくともこの場には敵がいなくなり、カグヤは張り詰めていた緊張を解いたが、不安そうな表情は晴れないままだった。
だが、ジャンゴはそんな彼女の不安を他所に、なんの感慨もなさげに、ニューフロンティアの銃身を上向きにし、ゆっくりと余裕もって排莢する。
「どうした?」
「本気、なんですか?」
「気の迷いかもな。おまえに手を貸そうなんて我ながらどうかしてる」
「そういうことじゃありません。四十人、全員、殺すって」
「ああ、なんだ。そんなことか」
「本気さ」ジャンゴはやはり当然のことように言うと、ニューフロンティアを今度は下向きにして、新しいカートリッジを一発ずつ丁寧に装填する。
これ以上、彼がなにを考えているか問うのは、無駄な気がした。
理解したくとも、今はまだ、それができない。
だが、いずれは……と考えながら、カグヤは別の話を切り出した。
「……あの」
「ん?」
「わたしと一緒に戦ってくれる……んですよね」
「ああ、そうだ」
「その……すごく、心強いです。あなたが支えてくれるんだって思ったら、すごく、嬉しかった。あなたのおかげで、わたしは生きることを、戦う道を選べた。そしたら、今までの真っ暗で出口のないトンネルの中にいたような感覚がなくなって……今は出口の光が見えます。
「そりゃなにより」
「ジャンゴさん。本当に……ありがとうございます」
頭を下げて、貞淑にカグヤはジャンゴに礼を告げる。
今までの遠慮した態度と、他人を寄せつけない壁はすっかりなくなって、それは本当に自然で心のこもった感謝の言葉だった。
「けれど、わたしにはあなたに差し上げられるものはなにもありません。お金も……今はありませんから」
「そんなもん期待してない」
「でも……」
「どうしてもって言うんなら……そうだな」
ジャンゴは装填を終えたニューフロンティアをホルスターに戻すと、こんどはマールボロのソフトパックを取り出した。
そこから一本タバコを取り、口に運んで火をつける。
カグヤはそんなジャンゴの仕草をじっと見つめながら、どんな要求をされても答えてあげようと心構える。
「……おまえさん、メシは作れるか?」
「えっ? メシ……ですか?」
想像していたものとはまったく異なることを聞かれ、思わず聞き返してしまう。
「そうだ。どうだ、作れるか?」
「ええと……まぁ、人並み、には……?」
「そうか。で、美味いか?」
「味については……ええ、不満を言われたことはありませんけど」
「うん。ならよし」
ジャンゴは満足気にうんうん頷くと、携帯灰皿にタバコの吸殻を放り込んだ。
「トニーの見かけだけのメシには飽き飽きしてたところだ。得意料理はあるか?」
「得意……ううん、そうですね。お味噌汁……?」
あまりに思いがけない質問の連続に困惑してしまっていたカグヤは、得意料理を聞かれパッと浮かんだ食べ物を口に出した。
他にももっと得意料理として挙げられるものがあったはずだが……しかしジャンゴはそれで納得したようだった。
「なら、そのオミソシルってのを振る舞ってくれ。おれの、おれたちのために毎日。あとはまぁ、家事とかしてくれ。それでお代の代わりとしようじゃないか」
「ええと……それであなたがいいのなら構いませんが……」
「交渉成立だな」
ジャンゴはふっと笑って、床に置いていたギターケースを手に取った。
カグヤの方はそんなことでいいのだろうか、と思わずにはいられなかったが、彼がそれで満足するのなら、それに従おうと決めた。
要求されるとしたらもっと別なことだと思ったが……考えすぎだったらしい。
「さて、ぼちぼち行くか。オーディエンスを待たせちゃ悪いからな」
ジャンゴは床に落ちていたステヴァンのオートマチック拳銃を拾い上げると、それをカグヤに差し出した。
カグヤはそれを受け取り、その拳銃の外観をまじまじと眺める。
モデル名は知らない。最新の銃だと言うのはわかる。
ストライカー方式の拳銃で、ダットサイトがついている。
「銃は扱えるか?」
「ええ、あなたほどではないでしょうけど……護身程度には」
「上等」
カグヤはマガジンリリースボタンを押してマガジンを手に取って調べる。それから拳銃のスライドを操作し、薬室を確認した。
使用弾薬は380ACP。装弾数は17発。だが一発欠けている。少し前にステヴァンがジャンゴを撃ったからだ。
そう言えば、彼はピンピンしているが、本当に大丈夫なのだろうか? あのとき頭を撃たれたのが目の錯覚ではなかったのは、間違いない……はず。
「思ったより手慣れてるな。ちょっと安心したぜ」
「ええ、これでも銃を使う機会はそれなりにありましたから……あまり好き好んで使いませんけど。それよりも……」
「なんだ?」
「あの、本当に大丈夫なんですか? さっき、撃たれてましたよね……たぶん。いえ、間違いなく」
「ん、まぁー……そういうときもあるだろ」
「恥ずかしいところを見せたな」と、彼は苦笑した。照れ隠しなのだろうが、それで済むようなことではなかったと思うのだが。
結局、撃たれたということでいいのだろうか……怪我している様子も、血も流れてもいないが……。
(考えるだけ無駄かしら……)
と、カグヤはそれ以上彼の謎について思考を巡らせるのはやめることにした。
それよりも今は、するべきことがある。
この場を彼と共に脱すること。
それに集中するべきだ。
「おれが先行する。おまえさんはそのちゃちな銃で援護してくれ。といっても、あまり当てにはしないが。無理だけはしないことだ。撃てるときに撃てるだけ撃て。だがそのときは確実に仕留めて、弾は無駄遣いするな」
「はい」
そのとき、部屋の外の廊下からいくつもの足音がばたばたと聞こえた。
どうやら、ステヴァンの部下が上がってきたらしい。
この先に、すでに敵が待ち構えている。いや、今にも突入しようとしている。
カグヤの体に緊張が駆け巡った。
しかし、ジャンゴは違う。
より一層楽しそうな顔になった……ように見えた。彼の表情の変化は微妙で、一見するだけでは非常にわかりづらかった。
少なくとも、カグヤには彼の表情は明るくなったように見えたのだ。
「さぁて、皆さんお待ちかねだ。楽しもうじゃないか」
ジャンゴは待ってましたとばかりに、勢いよくジッパーを開きギターケースの封印を解いた。
ケースの中から現れたのは、ギターではなく……恐ろしい破壊力を持つ機関銃。ブローニングM1918を短銃身にして携行性を高めたコルトモニターである。
そしてその直後、
KRAAASH!
部屋のドアが破壊され、グリゴリ探偵社の傭兵が銃を構えて一斉に部屋の中へ押し入ってくる。
それに対してジャンゴは、不敵に口の端を歪め、
「Let's Jam」
BRATATATATATATATATATATATATATATATAT!
けたたましく激しい演奏が、押し寄せる観客を出迎えた。




