6.エルフの生態
翌朝、俺とピーは朝一番でギルドに顔を出し、サラにピーのことを相談した。サラは俺の担当職員というわけではないが、何かと親身に世話をしてくれる。ありがたい。
一部の冒険者、A級冒険者かB級冒険者の上位クラスには、専属担当者がつくが、C級冒険者の俺には専属などいない。
サラは、ギルド内を駆け回り、エルフの生態に詳しい人を探し回ってくれたが、いなかった。そのかわり、エルフの生態に詳しい人がいるという情報を得て、その人に会えるようにアポイントまで取ってくれた。もうサラ先生には足を向けて寝ることができない。
アポイントが取れたのは、この街に唯一ある図書館の館長、ポアロという人だ。しかも、日を改めてということではなく、すぐに会いたい、すぐに来てくれとの事だった。午前中の予定をキャンセルし、時間を空けて待ってくれているらしい。急いで行ってくれと、サラに促され、俺とピーは図書館へ急ぎ足で向かうことになった。
図書館は街の中心部にあるので、ギルドからそんなに離れてはいない。すぐに図書館に着くと、受付に話が通っているようで、受付嬢がそのまま館長室に案内してくれた。受付嬢がドアをノックすると、ポアロは待ちきれなかったのか、本人自らドアを内側から開け、俺たち2人を部屋に招き入れると、急いで受付嬢にお茶と茶菓子を出すように指示した。
ポアロは俺の背後でマントにしがみ付き、隠れるようにしていたピーを一目見ると、子供のように目を輝かせながら言う。
「うわー!いいなー、可愛いなー!凄い!これ、欲しい、いいなー」
「ダメだ。ピーはもうすでに冒険者登録をしている。人権を持っている。奴隷やモノじゃねーんだ」
と俺が言うと、ポアロは慌てて姿勢を正し、紳士的な態度に戻って、俺たちにソファーに座るように促す。
「これは失礼しました。ささ、どうぞ、こちらにお掛けください」
ポアロは70歳位の人間種のおじいちゃんだった。白いひげを生やし、小さな丸眼鏡をかけている。頭髪は真っ白で薄い。
俺たちの向かい側に腰掛けたポアロがピーの頭を撫でようと手を伸ばしながら言う。
「おー、おー、可哀想に、こんな骨皮すじえもんになっちゃって‥」
その手に怯え、ビクッとなるピーを見て、ポアロは手を引っ込める。その代わりに、先ほど運ばれてきた茶菓子の器を手に取るとピーに勧めてきた。
「お菓子食べるかい?甘くて、美味しいよー」
ピーは黙って首を左右に振って、いらないと答える。
ポアロは意外そうな顔をした。
「すまない、ピーは野菜以外食べないんだ」
そう、俺が答えるとポアロは茶菓子の器を置き、真面目な顔をして俺に言う。
「この子、死にます」
「なに!」
気色ばむ俺。
「ああ、誤解しないでください。今すぐどうこうと言うわけではありません。ただこのまま放っておくと、おそらく1週間以内にこの子は死ぬでしょう」
「どういうことだ?」
お互いの自己紹介が済むとポアロは説明しだした。
「これはエルフの生態に深く関わっています。基本的にエルフは人間社会では生きられません。それが人間社会にエルフが珍しい理由でもあるのですが、俗にエルフのエサは愛と野菜だ、などと言われます。しかし、活動的な人間社会で生きるには、野菜だけではカロリーがまったく足りないのです。野生のエルフはほぼ1日寝ています。カロリーをほとんど使わないので、野菜だけで生きられるのです」
ポアロは続ける。
「あと、『愛』を食べるとはどういうことかと言うと、実にエルフらしいロマンチックな言い回しですが、よくウサギは寂しいと死んでしまうなどと言います。それは俗説で実際は違うらしいですが、エルフは、それを地で行く生き物なのです。常に愛されていないと途端に食欲を失い、野菜すら食べなくなる。もともと、生に執着しない生物ですが、愛されていないと自殺すらします。生きる目的や希望を失っても死にます。すぐ死にます」
俺は納得した。昨日、保育施設でピーがサラダを食べなかったのはそういう訳だったのか、と。
そこで俺はピーを拾った経緯と、一晩で急成長したことを説明した。
「あなた、この子と寝ましたね?」
俺はガタッと立ち上がる。冗談じゃねえ!
「俺が5歳の子供を犯すような変態だってのか!」
「ははは、まあ、落ち着いて。そういうことではありません。一晩、添い寝したでしょう、ということです」
俺はソファに座り直す。
「それに、もしそんなことをしたら、この子、生きていません。ショック死しています」と、ポアロ。
「先ほど、この子が街中で暴行されていたと聞きましたが、ハラハラしました。そんな愛のない行為をされたらエルフはショック死します。ヴォルクさんが助けに入った時は結構ギリギリだったのではないでしょうか。そんな馬鹿なことをする人間は腕を切り落とされて当然です。殺人未遂もいいとこです」
ポアロは本気で怒っていた。
「エルフの生態について説明します」
そう言うとポアロはエルフについて詳しく説明し始めた。それによるとエルフは生まれると1年くらいで、一次成長で5歳程に急成長するらしい。時期は多少前後するが、その条件は栄養状態とのこと。それから更に5年くらいすると二次成長で一気に15歳くらいになる。その条件は、安心、信頼できる大人エルフと添い寝すること。ここなら充分生きていけると感じることが重要らしい。その後10年くらいすれば三次成長で20〜22歳ぐらいに成長し、殆んどのエルフがそこで成長が止まるのだとか。
ちなみにその条件は、愛のある性交らしい。俺は少し安堵した。これで俺は冤罪を免れると思った。見た目15歳の子供とはいえ、ピーほどの美少女だと充分性的対象になり得る。昔は15で姉やは嫁に行ったのだ。いや、今でも15歳で結婚する者もいるし、ドワーフ種など背が低いため、見た目12歳くらいで結婚している。
俺とピーの関係を下品に勘ぐる奴だって絶対にいるはずだ。ピーが生きていること、もしくは三次成長していないということは、俺とピーが不適切な関係ではないという証明だ。
それにポアロからも強く言われた。絶対にピーちゃんとエッチなことはしないようにと。するか!とは思ったが、一応その理由を聞いておくと、強姦みたいな形で交わればショック死するし、例え互いに愛し合っていたとしても、現状では二次成長からの期間が少なすぎ、この栄養状態では三次成長の過負荷に耐えきれないとのこと。なんて死にやすい種族なんだ、エルフは。
人間社会で生きられない理由はこの辺にもあるのかもしれない。エルフには美男美女しかいないが、それは種族としての生存戦略が、この世界で最も個体数が多い人間種に愛されやすいように進化して来たからだろうと推測されている。それが逆に人間社会で生きられない原因の1つになっているとは、皮肉なものである。
あと、四次成長、五次成長もあるらしいが、詳しくはわかっていないとのこと。人間社会のエルフの個体数が少なすぎて、研究が進まないのだとか。野生のエルフを捕まえてもすぐ死んでしまうし、ピーのように二次成長を終えた個体が人間社会に生存していることは滅多にないとのこと。
絶対に死なせないで下さいとポアロから頼まれてしまった。
あと、エルフの言語についても聞いた。
「基本的にエルフの言語には『は行』と『ぱ行』しかありません」
「それでか。ピーは最初の頃、『ぴー』とか『くぷ、くぷ』とか『へぷー』しか言わなかった」
「‥‥しか?3語だけ?‥変ですね」
そう言うとポアロはソファから立ち上がり、背後の書架から本を一冊取り出し、ペラペラとページをめくって何かを調べ始めた。立って本を睨み続けながら言う。
「ふむ、『ぴー』は葉っぱ、『くぷ』は食べる、あ、『く』は発音していません。人間にはそう聞こえるというだけです。あと『へぷー』は困った時や悲しい時に使う擬音のようですね」
ページをめくりながら、ポアロは続ける。
「『ぴー』と『くぷ、くぷ』を続けて言った場合、直訳すれば、葉っぱ食べる食べる、要するに、腹減った、メシよこせってことです」
ポアロはソファに戻りながら更に言う。
「『ぴー』と『くぷ、くぷ』は子供のエルフが最初に覚える言葉です。ピーちゃんを拾った時は5歳児くらいだったと言われましたね?それにしては語彙数が少な過ぎます。自分の名前も言えない、憶えていない。この子、今は見た目15歳ですが、産まれてから1、2年しか経っていないかも知れません」
そしてギロッと俺を睨みつけるように見ると言った。
「もしそうだとすると、この子は一次成長と二次成長を充分な期間を経ずに、栄養状態が悪いまま短期間で立て続けにしたということです。だとしたら、私、先程1週間ぐらいは大丈夫みたいなことを言いましたが、今、大変危険な状態です。体が過負荷に耐えきれず、二次成長をした時点で通常は死んでいます。今、生きているのは奇跡です!」
「え‥」
俺は絶句し、言葉を失った。
ピーを拾ったあの夜、何とか衛兵をまいて宿の自分の部屋に戻ったが、頭が痛過ぎてピーを部屋に放置したまま寝てしまった。
おそらくピーはその後、俺の毛布の中に潜り込んで来たのだろう。そして安心し、俺を信頼したため、二次成長が始まってしまった。あのオネショかと思った液体も、もしかしたら二次成長に伴う生理的な体液だったのかも知れない。
俺がピーを殺してしまうところだったという事実に、俺の頭はパニックになり、何も考えられなくなった。
「お、俺はどうしたらいい?」
「とにかく早急に栄養のあるものを食べさせて下さい!肉やパン、米などの炭水化物!ピーちゃんの体は今、極端に栄養不足、エネルギー不足の状態です。とにかくカロリーの高いものを、大量に!」
「食べられるのか?エルフが、野菜以外を」
「食べられます!エルフの身体構造は人間とほぼ同じ、内臓器官もほぼ同じです。動けなくなったらもう、終わりです。そのまま死にます」
そう聞いて、俺は目の前にある茶菓子を手に取ると、無理矢理ピーの口に放り込み、口を塞いで無理に咀嚼させながらポアロに聞く。
「では、何故ピーは今まで野菜しか食べなかった?それに今は何とか普通に生活している」
「野菜しか食べなかったのは単なる食わず嫌いです。それはそうでしょう、おそらく今まで野菜や葉っぱしか食べてこなかったのでしょう。人間でも同じです。食べたことのない物は食べたがりません」
俺はピーが茶菓子を勧められて断った時、ポアロが意外そうな顔をした意味がようやくわかった。
野菜しか食べないエルフの生態を知らないのか、本当にエルフの生態に詳しいのか、と一瞬疑ったことを悔やむ。
最初は無理矢理、咀嚼させられるのを嫌がって抵抗していたピーだが、お菓子が甘くて美味しいことがわかると、やがて自分から食べ出した。
俺は更に激しく後悔した。肉や卵など、ピーが食べたがらない物は無理矢理食べさせず、甘やかして死なせてしまうところだったと。
「あと、今は動けている理由ですが、エルフは魔力の強い種族です。エルフがその見た目によらず、意外と力が強いのは、常時、身体強化魔法、『ストレングス』を自身の身体に無意識に、自動的に掛けているためと思われます。その証拠にエルフは『ストレングス』が使えません。身体強化魔法の二重掛けはできないからです。そして、今のピーちゃんの状態で『ストレングス』が切れてしまうと、その反動に耐え切れず、死んでしまいます。また、『ストレングス』が切れていなくても身体が動かなくなった時は、体中の筋肉が限界だということです。食べ物を食べても咀嚼も嚥下も消化も出来ず、生きるためのエネルギーが尽きてそのまま死んでしまうのです」
「‥‥‥」
俺はもう何も言えなくなっていた。
「エルフの『ストレングス』が切れるのは1週間後です。その日は一日中寝ていて酷使した筋肉を休めています。その一週間で筋肉が酷使され過ぎていれば酷い筋肉痛が身体を襲い、場合によってはショック死します。エルフの生理は一週間ごとにある、などと勘違いされていますが、あれは単にストレングスが切れているだけです。本当の生理は人間とほぼ一緒です。ピーちゃんが二次成長してから今日で何日ですか?」
俺は答える。
「確か3日目だ」
「そうすると、ピーちゃんの寿命はあと4日、動けなくなったらその日までです」
そう言うとポアロは空になった茶菓子の器を持ってドアから身を乗り出して大声で女性職員を呼びつけ、茶菓子のおかわりと、なるべくカロリーの高い甘いジュースを至急持ってくるように指示した。
そしてこの3日間の生活を詳しく教えるように要求してきた。俺は正直に答えると、ポアロはつぶやいた。
「何てことだ‥」
ブルブルと震える手でこめかみを押さえて言う。
「二次成長を終えた直後の子を寝かせて休ませず、一日中連れ歩いた?しかも、その間サラダしか食べさせず、昨日に至っては1日保育施設に預け言葉を勉強させた?狂気の沙汰です!この子を殺す気ですか!」
ポアロは真剣に怒っていた。
「昨日は保育施設に預けたが、大して運動はしてないはずだ」
確かに一昨日の行動は怒られてもしかたないかも知れないが、昨日はそれほどエネルギーは使ってないはず。
「勉強させて脳を使わせたでしょう!脳は驚くほど糖分を消費し、カロリーを使うんです!それと、一日中人に預けて夜まで放置しましたね?エルフは常に愛を感じていないと生きていけません。寂しいと自殺してしまうんです。昨日、一日を生き延びたのはたまたまです。運が良かっただけです!」
昨日、ピーが俺を見た途端、飛び付いて、抱き着いてきたのはそういうことだったのか。
俺は両手で顔を覆って後悔していた。泣きそうだ。そんな俺を見てポアロは言う。
「とにかく、動けているうちはまだ大丈夫です。早急に栄養のあるもの、カロリーの高いもの、肉などをたくさん食べさせてあげて下さい。そして、一日中一緒にいてあげて下さい。まだ間に合います」
すでに正午を回っていた。空になった茶菓子の器と空のコップで遊んでいるピーの手を取ると、俺は礼を言って、そろそろ辞することをポアロに告げた。
ポアロは名残惜しそうにピーの頭を撫でながら、またいつでもおいで、毎日でも来なさい、お菓子もジュースも食べ放題だからと言い、図書館の玄関まで見送ってくれた。お土産にお菓子もたくさんピーに持たせてくれた。
俺はピーになるべく体力を使わせないように背負い、図書館を後にすると急いで『豚の止まり木亭』へ向かった。羽のように軽いピーの体重に俺はまた泣きそうになるのを堪えた。
「食え!」
「むぐぐ‥くわん!」
無理矢理、手掴みで肉を口に押し込もうとする俺にピーは歯を食いしばって抵抗する。ピーは意外と頑固な娘だ。
「なぜだ!」と俺。
「不味い!」
俺とピーの睨み合いが続く。このバカ娘が、食わず嫌いもいい加減にしろ、と俺は少しイラッとする。
すると、その気配を感じ取ったのか、やがてピーは大きく口を開けて泣き出した。
「‥うえーーーー!ヴォルク、きらいー、バカーー、イジめるーーー!」
大きな眼から大粒の涙がこぼれ落ちる。
「虐めてるわけじゃねえ。食わなきゃ死んじまうんだよ」
「うえっ、ぐしゅ、にぐなんか食べるぐらいならじぬー」
「いい加減にしろ!」
つい、怒鳴ってしまう。ピーはますます大声で泣く。
「わーーー!ビエーーー!イジワルーー‥ゔぉる‥うえ、が、ひっく‥イジ‥ひっく」
シャックリまでし出した。この状況はまずい、ピーが死にかねん、と俺は困り果てる。
「ピーちゃん、ヴォルクはピーちゃんを虐めてるんじゃないにゃ?ピーちゃんを愛してるんだにゃー」
看板猫娘のミアが見かねて助け船を出してくれる。
ここは『豚の止まり木亭』だ。先程到着し、ミアに事情を説明して大至急、ステーキサイズの肉を三枚焼いてもらった。ピーはそれを見て肉は嫌だ、サラダがいいとゴネ、現状に至っている。
力尽く作戦は無理だ、と諦め、説得作戦に切り替える。言葉が通じる今なら何とかなるかも知れない。
「そうだぞ、ピー。俺はピーを愛してる。愛してるから肉を食べて生きて欲しいんだ!」
ピーは泣き止んだ。キョトンとして、大きな眼で俺を見つめる。
「そうだにゃ、ピーちゃん!ヴォルクはピーちゃんが大好きなんだにゃー。ピーちゃんと結婚したいと思ってるにゃ。だからお肉食べて大きくなったほうがいいにゃ」
何適当なこと言ってんだ、この猫娘はと内心、思ったが、ナイスフォローだ、ミア。
「‥‥ホント?」
ピーは今度はミアを見つめて尋ねた。
ミアが俺の肘を軽く小突く。話を合わせろ、と。
「ああ!ホントだとも!肉をたくさん食べてだな、ピーの体にもっと筋肉や脂肪が付いて、ペタンコのおっぱいが大きくなったら嫁にしてもいいなー!なんて‥」
ピーは俺の手から肉をひったくるように奪うと、両手で齧り付いた。
え?なんで?俺はワケが分からなかった。
肉を歯で噛みちぎっては咀嚼し、飲み込んで、また噛みちぎっては咀嚼し、飲み込んだ。ステーキ1枚をあっという間に完食し、袖で口元を拭うと2枚目に取り掛かった。今度はちゃんとナイフとフォークを使って。
2枚目もあっという間に完食し、続けて3枚目に取り掛かる。
3枚目を半分平らげたところで、ピーは吐いた。




