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1.リリーとの出会い

 街がオレンジ色に染まる。夕暮れ前のほんのわずかな瞬間。もう少し刻が経てば、街のあちこちに闇夜に抗うための明かりが灯されるだろう。そこはクジュ王国の辺境の街、スクルド。辺境とは言え、魔獣が住む未開の原生林が近いため『冒険者』と呼ばれる究極的自由業と開拓者が多く住む。人が集まれば産業やサービス業が発展するため、そこそこ大きな街だ。

 そして冒険者といえば聞こえはいいが、要するに何でも屋だ。まともな職に就けなかった、食いつめた奴らが一攫千金を狙って集まったヤクザな集団。頼まれれば犯罪以外は何でもやるのが冒険者だ。


 20代半ばの無精ひげを生やした。小汚い男が場末の大衆食堂のテーブル席にどっかりと腰を下ろす。肩の装備の隙間に青々とした木の葉がひっかかったままだ。小汚いとは言っても、装備はそれなりに整っている。身体も筋肉質でがっしりしている。おそらく依頼をこなした後なのであろう。小銭を稼いだその日暮らしの冒険者が、今日はここで、軽く酒を飲み、食事をして帰るのだ。

 まだ夕食の時間には少し早いため客はまばらだが、あと1時間もすればごった返すに違いない。場末とはいえ、料理が安くて量が多いこともあってそれなりの人気店だ。

 看板には『豚の止まり木亭』とある。いい加減な店名に訪れる客は皆な一度は「豚は木には止まりません」と突っ込む、そんな適当な店だ。

「はーい、お待ちどーにゃ!くっそまずいエールと豚煮込みにゃー」

店の猫型獣人種の看板娘が注文した料理を運んでくる。

「おいおい、てめぇの店の売り物にクソ不味いはねぇだろ」

「こんな苦いだけのジュース、喜んで注文する客の気が知れないにゃ」

獣人種はアルコールを飲めない者が多い。肝臓の関係だろうか、とヴォルク。

 猫娘からひったくるように木でできたジョッキを受け取ると、一気に半分ほどエールを流し込んだ。

「ぷはぁーー!くー、生き返るー!」

やれやれといった顔でヴォルクを見つめる猫娘。

「‥でもなぁ」と、ヴォルク。

「これ‥、冷やしたらもっとうめぇのに」

「はぁ?エールを冷やす?聞いたこと無いにゃ」

「俺も聞いたことねぇわ、はは」

あれ?聞いたことも無いことを何で俺は知ってんだ?と、ヴォルクは思う。

 その時だった。頭の奥でズキンと小さな頭痛がした。やべぇ、風邪ひいたか?ロクな医者も薬も無いこの世界では病気は死に直結しやすい。

 今日はもう深酒するのはやめにしてさっさと宿に帰って寝るか、そう思ったヴォルクは、残りのエールを全てゴクゴクと喉の奥に流し込み、豚煮込みを急いで胃袋に掻き込んだ。

 外套を手に勘定を済ませ、店の外に出ると街はすっかり夜の装いだ。夜営業の店屋の看板に火が灯っている。仕事を終え家路を急ぐ人々と、そんな人々を店に呼び込もうとする呼子の店員たち。この時間になると毎日、街は賑わっている。地方の辺境都市によくある光景だ。

 ズキン、ズキンと小さな頭痛は続いている。うつむき加減で根城にしているいつもの安宿に向かう道を急ぐ。その時、どこかからか、うわーん!という子供の泣き声が聞こえてきた。途端に頭痛が酷くなる。思わず頭を押さえ、泣き声の方向を確認する。

 見ると人ゴミの奥、暗い路地の入り口で薄汚い初老の男が腕を振り上げ、5歳くらいの小さな子供を殴りつけていた。

「泣くな!泣くな!泣くんじゃねえっつってんのがわかんねぇのか!」

男は怒鳴りつけながら何度も子供を殴りつける。

殴られるたびに子供は更に大きな声で泣く。頭を必死に庇っている痩せ細った両腕が今にも折れそうだ。

 そして子供の泣き声が大きくなるにつれ、俺の頭痛もどんどん酷くなっていく。もう我慢できねえ。

人混みを掻き分け男の近くに立ち俺は言う。

「おい!止めろ!」

「‥なにぃ?」

男が怒り狂った顔をこちらに向けた。

「子供を泣かすな!殴るんじゃねえ!」

俺は頭を抑えながら男を怒鳴りつけた。

「テメェにゃ関係ねえだろが!」

男は俺の剣幕に一瞬、ひるんだ後、振り上げた拳をこちらに向け、威嚇しながら言う。

「このガキはな、俺が森で拾ってきたんだ。だからこれは俺の物だ!俺が俺のものに何しようが勝手だろが!」

この男の言っていることは正しい。この世界では子供に人権など無い。ペットや物と一緒なのだ。だが、

「ガキが泣き止まねえから躾けてんだよ!他人はすっこんでろ」

この一言で俺は頭痛以上に、猛烈に怒りが込み上げてきた。

「何だと‥おい」

腰からバスタードソードを抜きながら俺は言った。

 街中での武器使用は禁止だ。そんなこと知るか!完全に頭に来た。相手は拳振り上げて殴ろうとしてきてんだ。正当防衛だ。冒険者舐めんじゃねえ!

「子供を泣き止ませるために更に殴る?馬鹿か、てめえ。そんなことしたら益々泣くだけだろが。子供育てたことねえのか」

いや、俺も無いが。

「無抵抗の子供を死ぬまで殴る?どこのドキュン様だ、お前。このまま生かしといてもまた同じことやるだろ?死んどけ」

俺は男の右腕を肘の上あたりて斬り飛ばした。

「ギャーー!!ひっ、人殺しーー!」

男は叫び、何度も転びながら必死に逃げて行った。片腕になってバランスが崩れたのだろう、ヨタヨタしている。小便も漏らしてそうだ。

「けっ!」

殺しはしなかったが、もう二度と子供を殴れないようにしてやった。自業自得、ざまあ見ろだ。

 いつの間にか人だかりができている。目の端に衛兵を呼びに走った奴が見えた。ゆっくりはしていられない。

 俺は振り返ると急いで子供の方に歩いていく。子供は泣き止んでいた。俺の頭痛もかなりマシになった。

「大丈夫か?」

しゃがみ込んで子供の様子を注意深く観察する。

 子供はまだ怯えて、ブルブル震えながら縮こまっている。薄汚れていて男の子か女の子かよく分からない。顔は子供にしてはかなり整っている。美形だ。そして耳が尖っていた。エルフ?初めて見る。人間社会にエルフは珍しい。

 だが問題は耳ではない。腕だ。男に殴られていた箇所が炎症を起こして腫れてきている。

「折れてんな、こりゃ」

俺はそっと子供の腕に手をかざすと呪文を呟く。

「治癒=ヒール」

俺のなんちゃって治癒魔法。ほとんど効かない。まるで効かない。ほんの気休め程度。のはずが、今日は良く効いた。骨折が治ったようだ。腫れがみるみる引いていく。

「よかったな。じゃあな」

そう言うと、俺は金髪の頭をそっと撫でてからゆっくりと立ち上がり、踵を返してその場を去ろうとした。

 が、動けない。振り返って見るとエルフの子供が外套の裾を握りしめている。後で知ったことだが、エルフというのはその見た目にかかわらずかなり力が強い。それには理由があるのだが、まあ今はそれはいい。かなり強く引っ張ってもその子供は放そうとしない。

 その時、人ゴミの向こう、遠くから衛兵が何人か走ってくるのが見えた。

「やばい。しょうがねえな!」

俺は子供を片手で抱きかかえると、外套の中に隠すようにして急ぎ足でその場を去った。

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