8. A級会議
冒険者ギルド・スクルド支部は辺境の街スクルドに開設されて以来、初めての休業をしていた。
本日は、ギルド最上階の会議室で『A級会議』が開催される。A級会議開催は世界でも珍しい行事だ。冒険者ギルド規定で1支部でA級冒険者が3人以上になった場合、3ヶ月に一度開催しなければならない。議決権の絡みでA級冒険者に不公平が生じないようにするためだ。
しかし、1支部でA級冒険者が3人以上になることなど滅多にない。A級冒険者0人の支部がほとんどだ。それだけA級冒険者のハードルは高いのだが、辺境支部では稀にこういうことが起こる。辺境にはA級魔獣が多いためだ。
問題は365日営業の冒険者ギルドが、なぜこの日、営業を停止したかということだ。
一言で言えば、危険だからである。A級冒険者は人外の化け物である。1人で千人の兵士を相手に戦うことができる。それはとりも直さず、1人で領軍に匹敵する戦力を保持しているということに他ならない。故にA級冒険者は領主と同権限を有しており、領主と同権限の支部ギルマスと対等なのである。
だが、そうなると別の問題が生じる。支部運営の議決権を複数の人間が握って意見が異なった場合、最終的には多数決となるが、ギルマス含めた票の数が偶数の場合、決着がつかない。
まあ、その時は最終決定権はギルマスに委任される特例措置があるのだが、票が同数で敗れた側は納得がいかず、感情的対立を生む。また、そこでギルマスを取り込もうとしたり、多数派工作を仕掛けたり、政治的な動きが出たり、ややこしいことになる。
ややこしいだけならまだ良い。冒険者など、所詮は腕っぷしだけで成り上がってきた馬鹿が多い。気に入らなけば最後は武力行使してくる。
また、ギルマス側も円滑な支部運営を目指し、特定のA級を自陣営に引き込み、優遇、贔屓する。だが、そんなことされたら、反対側のA級は堪ったものではない。当然、ギルマス側を敵視し感情的対立は深まる。
スクルド支部に元からいたA級2人が仲が悪いのはそうした事情もあるのだ。
そこに更に、俺とリリーがA級になり、A級は4人、票の数は5票になった。
で、現状どうなっているかということだ。
『戦神・ゴロンゴロ』、『金色のアーク』。この2人が以前からスクルドにいたA級だ。
ゴロンゴロは典型的な筋肉バカ。全身をアダマンタイトの高価な鎧で包み、巨大な戦斧で魔獣を攻撃する。それでA級魔獣を狩るのだからただの筋肉バカではない。怪物だ。
もう1人の『金色のアーク』は、本名はアルクらしいが、アークの方がカッコいいとか思っているらしく、皆にそう呼ばせている。金色が好きらしく、金の装飾品で全身を着飾っている。
一応、魔法職らしいが、魔力の強さは俺とあまり変わらない。だが、頭が良く、知能派で罠を多用し、戦略や戦術を駆使してA級魔獣を狩る。
この2人のうち、ギルマス派なのはゴロンゴロだ。仲間にして操るなら馬鹿な方がいい。
ギルマスは不公平な扱いはしてない、派閥などないと言い張るが、周りからはそう見られているし、猜疑心の強いアークはもう完全に疑っている。
で、俺たちはどうなのかというと、支部運営などには関わりたくない。どうでもいい。好きにしてくれというスタンスだ。冒険者の権利が不当に侵害されるようなことが無ければ、どんな運営方針にしようが構わない。黙って従うだけだ。という立場なので、自動的にギルマス派にカウントされている。
そうなるとどうなるか?1人孤立したアークが俺とリリーを取り込もうと懐柔工作に出て来ることが予想される。そして、それが上手くいかないとなったら、俺とリリーの分断工作を仕掛けて来るだろう。
そこまで来たら、もうコイツは敵である。看過できない。
このように、ちょっと考えただけでもA級が多過ぎるせいでトラブルの予感しかしない。
そこで俺がギルマスと相談した結果は、この2人に、なるべく穏便に他支部、もしくは本部に移籍してもらおうという結論だ。
そんな不穏な空気プンプンのA級会議だから、スクルド支部のギルドビルが全壊する可能性がある、というか可能性大だ。
そこで取られた施策が、史上初の営業停止だ。ギルド職員や来訪する冒険者の安全確保のため臨時休業せざるをえなかったのだ。
こんな危険な会議なので他の場所でやることもできなかった。壊してもOKなんていう会場など無い。かといって会議内容からいって野原でやるわけにもいかない。会場はギルド会議室しかなかったのである。
ーーー当日、会場風景
会議は午前9時開催である。
8時ジャストに、まず最初にやって来たのは、それぞれA級冒険者の担当女性職員、3名。サラが俺とリリーの兼務担当だから3名だ。
会議室を開放し、設営を始める。設営といっても、会議室の中央に円卓を設え、役員用の立派な椅子を5脚並べただけだ。そして、お茶の準備のため給湯室に下がる。
次に8時10分頃、ギルマスが現れる。今回の司会役を務める。適当に設営をチェックした後、ペーパー一枚の簡単な会議資料をそれぞれの椅子の前に置いていく。
8時30分を少し過ぎた頃、ようやく最初のA級冒険者が現れる。俺とリリーだ。
座席の指定は無いようなので俺は適当な椅子に腰を降ろし、配られているペーパーに目を通した。
リリーは、今日は予定通り『タイガー』だ。リリーは俺の隣に座ると両足を円卓の上に投げ出して組んだ。そして大あくびを一つすると、イビキをかいて寝だした。もちろん、本当に寝ているわけではない。そこまでバカではない。大体、リリーは寝ていてもイビキなどかかない。
8時55分、ギリギリの時間になってゴロンゴロが鎧の音をガシャガシャさせながら廊下をやってきた。
会議室に入り、部屋を見渡してから俺に声を掛ける。
「よお!『野獣』の!初めてだな。噂は聞いてるぜ。スゲエ魔法を使うらしいな」
俺は片手を軽く上げるだけで、一言も喋らず挨拶に応える。
「そうすると、こっちの眠りこけてる別嬪エルフが『タイガーリリー』か?すげえ美人だな。これ、お前の奴隷なんだって?ええのお!ワシにくれねえか?」
「あ?」
リリーが寝たフリをやめて反応する。
「奴隷ってのは自称だ。あまりリリーを怒らせない方がいいぞ。お前なんぞ1秒で消炭みになる」
「なにぃ!」
「ヴォルク、こいつ今、俺のことバカにしたよな?殺っちまっても構わねえよな?」
「今は、まだ待て」
俺は笑いながら制止するフリをする。
その時、手をパンパンと叩きながらギルマスが割って入って来て、俺とゴロンゴロの間の席に着席する。
「じゃれあいはそこまでだ。時間だ。A級会議を始めよう‥、『金色のアーク』がまだだな。欠席か‥」
「もう、来てるよ。誰も気付かねーんだもんな。やれやれ」
そう言って、突然、会議室の隅からアークが現れ、残りの席に着席した。
俺は小声で確認する。
「ピー」
「違う。転移魔法じゃねえ、手品だ」
リリーは魔力の流れが見えるようになった。アークが現れた隅に魔力の澱みがなかったのだろう、リリーも小声で俺に返してきた。
曲者同士の腹の探り合いはもう始まっている。
「じゃあ、資料に沿って始めるぞ。司会は俺だ。文句ないな?」
ギルマスが音頭をとって会議を進めていく。そして、それぞれの担当女性職員がお茶をA級冒険者たちに配りはじめた。
「まず、1番目、今季のスクルド支部の活動方針について‥‥」
「異議なし!!次!」
リリーが大声を張り上げる。リリーの両足はまだテーブルの上に乗ったままだ。
ギルマスは少し驚きながら、全員の顔を見渡す。全員がコクリと頷いたのを確認し、次に進む。
「2番目、今季の実績‥」
「異議なし!!次!」
足でテーブルをダンダン叩きながら、またリリーが大声を張り上げる。全員のコップが倒れテーブルは溢れたお茶で水びたしだ。
「3番目‥」
「異議なし!次だ次!ああ、くだらねえな!サッサと終わらせようぜ!」
「4‥」
「異議なし!はい、終わりシューリョー!終わりだ。解散ーー!ヴォルク、肉食いに行こーぜ!ああ、下らねえ時間つぶしだったな」
「まあ、待て、ピー。議題は全部消化でいいんだな?ギルマス」
俺は薄ら笑いを浮かべながらギルマスに確認する。
ギルマスはオロオロしながら、ゴロンゴロとアークを見つめ返事をする。
「‥あ、ああ‥」
「じゃあ最後に緊急動議だ‥」
ゴロンゴロとアークは同時に勢いよく立ち上がり、座っていた椅子が後方に弾け飛ぶ。
「ふざけんな!新入りがー!」
「ワシら馬鹿にしとんかー!」
俺はゆったりと椅子に腰掛け、片肘をつけながら言う。
「ふざけてませんよ、センパーイ。馬鹿にはしてますけどね」
「テメェ!殺す!!」
ゴロンゴロがギルマスを押し退けて俺に掴み掛かって来た、が、次の瞬間、ゴロンゴロは会議室の端まで弾け飛んだ。ドカンと大きな音を響かせてゴロンゴロは壁に打ち付けられ、壁は大きくひび割れた。
リリーが凄い勢いでテーブルの上に飛び乗ると大音量で叫んだ。
「おい!!ダルマー!!テメェ、俺の御主人様『殺す』って言ったなああああ!!」
リリーちゃん、マジ激怒してない?演技だよね?
「‥許さねえ‥」
そう言うとリリーはとんでもない量の魔力を練り上げ始めた。魔力を感じることができない俺でもその凄まじさに鳥肌が立つほどだ。
会議室全体がビリビリと振動し始める。
「‥ダルマ、ぶっ殺す!街ごと消し飛んじまええええー!!」
ビル全体がガタガタ揺れ始めたところで俺が止める。
「ピー、やめろ。その魔力で魔法撃ったらマジで街ごと消し飛ぶわ」
俺はテーブルの上のリリーを抱き止め、静かに椅子に座らせる。
「で、でも、ヴォルク、あいつ‥ヴォルクをころすって、ころ‥ダァルゥまぁーーごぉろぉず‥」
「落ち着け、ピー。俺があんな筋肉ダルマに殺される訳がないだろ」
俺も椅子に腰掛け、テーブルに着く。
「さ、皆さんもテーブルに戻って、戻って。会議を進めましょう。まだ、動議の内容も話してないのに」
全員がテーブルに戻ったのを確認してから、俺は話し始める。
「動議の内容は、2年以上、A級の実績がないA級冒険者は降格、もしくは他支部か本部に移籍という、スクルド支部の独自規定を設けませんか?ということです」
A級冒険者は、基本、降格がない。B級以下には降格規定があるのだが、A級だけは無い。その理由は、一種の救済措置なのだが、事実上A級は冒険者の最上位ランクであり、冒険者は皆A級を目指して努力するのだ。だが、その努力する期間が長過ぎ、A級になった時がピークか、もしくはピークを過ぎてようやくA級になれたという例が多々あり、降格規定を設けるとA級を維持できる人が殆どいなくなるという事態に陥る。それはあまりに酷ではないかということで、降格規定は撤廃されたのだ。
名誉職的にA級に居座る冒険者はいるが、大抵はA級を維持できないと自覚した冒険者は引退して第二の人生を送るか、冒険者ギルドの職員になる。
ゴロンゴロはむすっとした表情で言う。
「それはどういう意味かいの?ワシとアークに引退せえゆうことかい」
「スクルド支部にA級4人は多過ぎると思いません?センパイ。多過ぎるから、こんな風に会議も紛糾するし」
まあ、紛糾させたのは俺だが。
「センパイ方はもう3年以上もA級魔獣狩ってませんよねえ?何でです?」
理由は知っている。この2人、地竜しか狩れないのだ。ダルマの武器は巨大な戦斧だ。近接武器だ。近接戦闘ができる獲物しか狩れない、即ち、ワイバーンやグリフォンなど、飛行できる魔獣は狩れないのだ。
アークも同じだ。得意の罠は地上にしか仕掛けられない。空中に罠を仕掛けようにも、丸見えの罠に飛び込んで行くほど、ワイバーンもグリフォンもバカではない。
なので、3年前に2人で共同で地竜を一匹狩ったのを最後に、もう狩れなくなった。なぜなら、この辺の地竜は狩尽くされ、居なくなってしまったのだ。
「地竜を狩り尽くしちゃったからですよね?もう狩れるA級魔獣がいないんですよね?なのに何でスクルド支部にこだわるんです?でも、まあ、ダルマセンパイはまだいいです。アークセンパイ。あなた一体何してるんですか?漏れ聞こえて来てますよ。魔獣も狩らずにスクルド領主と政治ごっこですか?」
「なに!?」
ギルマスがアークを睨みつける。
「地元権力者と過度な癒着をしてはならないって、ギルド規則で定まってますよね?違反してませんか?アークセンパイ」
「言いがかりだ!ふざけんな、野獣。てめえ、俺と敵対するってんなら覚悟しろよ。24時間、罠に怯えて暮らしてみるか?ああ?」
「ギルマス、聞きましたね?アーク君、私を罠にかけて殺すらしいですよ。戦闘状態に突入したと判断してもいいですよね?正当防衛だ。殺せ!ピー」
「おい!糞色!てめえも俺の御主人様殺すつもりなのか?あ?その前にぶっころしてやるああああ!」
リリーの右手に光がガンガン集まり、強烈に発光しだす。
「や、やめろ!おい、冗談だ。悪かった」
「やめろ、ピー。その光魔法、ワイバーン100匹くらい狩れちまうぞ」
嘘である。ハッタリだ。そうだよね?リリーさん?
「おい、野獣、俺たちを追い出してえのはわかったがよ、いいのか?そんなことして困るのはお前だぞ」
クソダルマがなんか言ってきた。
「そうだろ、ギルマス。そろそろあれの時期だよな?」
ギルマスが大事なことを思い出したような顔をしている。
「‥そうだ‥もうあれから10年か」
「そうだよ!千匹近いモンスターの大軍、スタンピード。年内中に来るんじゃねえのか?兆候は出てんだろが。ギガパイソンやグリフォンが普段より浅いところに出てきてたんだろ?」
俺は言う。
「ふん、モンスター祭りかよ。雑魚モンスターが千匹集まったところで、何の問題も無い。俺1人で充分だわ。お前らなんかいらん、いらん」
「ハッタリかましてんじゃねえ!野獣」
「あ?なら賭けるか?次のスタンピード、俺1人で撃退、いや、皆殺しにしてやるよ。モンスター千匹独り占めだ。悪くねえな」
「嘘だろ‥千匹だぞ」
「ふん、俺にはまだ誰にも披露してねえが、『轟雷=テスラ』ってえ、広域殲滅魔法があるんだよ。モンスター一万匹来たって問題無いわ」
「‥い、一万匹‥もう、もうそりゃ‥A級どころじゃねえ!S級クラスじゃねえか!ハッタリもいい加減にしろ!」
「だから、賭けるか?って言ってんだろが。ハッタリだったらいいぜ、俺たちがスクルドから出ていってやるよ。ハッタリじゃなく、俺1人でスタンピード殲滅したら、お前らどっかに移籍しろ。地竜がいるとこ探してよ」
そこに金糞が割って入ってきた。
「その必要はねえ。俺は移籍する。『戦神』、野獣が言ってることはハッタリじゃねえよ。俺はさっき見えちまった。隣の別嬪さんがさっきお前に向かって魔力高めた時、マジ、ブルっちまったぜ。野獣、あの魔力で魔法撃ったら、王都だって消し飛ぶだろ?」
「ふむ、だな。王都だけじゃ済まねえな」
「マジかよ‥‥やめだ。移籍もやめだ。引退するわ。ギルド職員やるわ!じゃあな!」
そう言うと『金色』はサッサと会議室を出ていってしまった。
「賭けは成立でいいんだな?ダルマ。次のスタンピードまでだぞ。お前がここのA級やってられんのは」
A級会議は大成功で幕を閉じた。
こんなめちゃくちゃな会議で成功ってw




