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狼のエピタフ  作者: 高橋 久緒
第二章 飛翔
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7. タイガー、謹慎が解ける

 リリーはVIP窓口近くのカウンターに片胡座で座り込み、周りに集まったギャラリーと談笑していた。

 通常、そんな所に座り込んでいる冒険者がいたら、即座に注意され、抵抗するようならギルドから追い出される。

 しかし、リリーはA級冒険者になった。A級冒険者はギルマスと同権限を持っている。つまり、ギルマス以外の全職員にとってリリーは上司にあたるため、職員は誰も注意できずにいた。

「ぎゃはははは」

楽しげに笑うリリーの周りに集まっているギャラリーは男性冒険者ばかりだ。

「いいか、お前ら。今日から俺のことはタイガー、いや、『タイガーリリー』と呼べ。何で『タイガー』か、わかるか?」

「‥いえ、わかりません」

ギャラリーの1人がおずおずと答える。

「かーーーー!わかんねえか!バカだな、お前ら。しょうがねえ。じゃあ教えてやる。それはな、俺様がヴォルクより強えからだ!『ヴォルク』ってのは狼って意味だろ?狼より強えって言ったら虎に決まってんだろが。だから『タイガー』なんだよ。わかるか?」

「ええー?リリーさん、いえ、タイガーリリーさんは、あの『野獣』ヴォルクより強いんですか?」

 その頃の俺は『野獣』の二つ名で呼ばれていた。『雷帝』と呼ばれ出したのはもう少し後だ。

「ああ!強えぞ!今や俺はこの領内、いや国内、いやいや、世界最強だ!」

「でもタイガーリリーさんは、ヴォルクの奴隷なんですよね?」

「ああ!俺は御主人様の奴隷だ!すげえだろ」

「どうして『野獣』ヴォルクより強いのに奴隷なんですか?」

 リリーが自分を『奴隷』と言っているのは自称だ。実際に本当に奴隷な訳ではない。本当に奴隷であればA級冒険者になどなれない。というか、奴隷であったとしても、冒険者になった時点で人権が付与され、奴隷ではなくなる。

「バカだなー、お前は。それは、御主人様が『偉大』だからに決まってんだろが!」

 いや、バカはお前だ。

「ヴォルクはな、ただの御主人様じゃなくて、『偉大なる御主人様』なんだよ!‥ってか、何なんだよ、お前ら、さっきから俺の乳ばっか見やがって。ちゃんと俺の話、聞いてんのか?」

「‥そ、そりゃ無理ですって、タイガーリリーの姐御。そんな魅力的なもの目の前にぶら下げられたら男はみんな見ますって」

 リリーはいつものカメレオンスーツを着崩し、胸を大きく肌け、下から押し上げているので、それは見事な谷間が作られている。見るなと言う方が無理だ。

「何だお前ら、そんなにこの乳が好きなのか?俺の自慢の乳だぞ。何なら、触ってみるか?すんげー柔らかくって、チョー気持ちいいぞ!」

「‥え、触っても、いいんですか?‥」

「あ?別にいいぞ。減るもんでもなし」

「‥‥」

 リリーの周りに集まっていた男達は、一瞬、互いを確認し合った後、一斉にリリーに群がった。

「わーー!バカバカ!押し寄せんな!並べ!俺の乳、触りてー奴は並べ!一列じゅうたい!」

 先頭でリリーに抱きつこうとしていた男を殴り飛ばしながら言った。

 あっという間にリリーの前に長蛇の列が出来た。

 列の後方から怒りの表情を浮かべた1人の男がツカツカと歩み寄る。俺だ。

 リリーは俺を見つけると能天気に手を振っていた。

「ヴォルクー!こっち、こっち。何だ、お前も俺の乳触りてーのか?ヴォルクは御主人様だからな、列に並ばなくても先頭に‥‥ぶっ」

 俺はリリーに近づくと、その頭を引っぱ叩いた。

「何してんだ、お前は!このおバカ!」

 俺はリリーの耳を引っ張って最上階の俺の個室まで連行する。

「や、やめろ!ヴォルク!エルフの耳は性感帯なんだよ!そこ触られると、か、体に力が‥」


 リリーは俺の個室の応接テーブルの上に足を乗せ、ソファにふんぞり返って不貞腐れていた。


 『ワイバーン乱獲事件』から5日経っていた。あのワイバーン乱獲は、もうただの魔獣狩りではなく事件扱いされていた。

 その日の夕方、ホテルの自室でシャワーを浴びた俺たちは、少し休憩してからギルドに報告に行った。

 サラはパニックになり、ギルマスもパニクり、リリーは即日、C級から飛び級でA級冒険者になった。

 ちなみにE級からA級冒険者になった最短記録らしい。そりゃそうだわ。リリーはついこの間、冒険者登録し、E級になったばかりだ。あと、多分A級になった最年少記録もだ。こんな超美人エルフになり、皆、忘れているかも知れないが、リリーの実年齢は3歳くらいである。

 冒険者登録の時、リリーの年齢は不明にしてしまったので、こっちの方は認められないだろうが。


 そして今朝になり、ワイバーン乱獲事件の後処理のため、ギルドに来たのだが、朝からピーでもリリーでもなく、タイガーが出ていた。

 どうやら謹慎が解けたようだ。

 タイガーは先にギルドに行くと言って1人でホテルを飛び出した。俺も後を追うようにギルドに向かったのだが、個室でいつまで待っていてもタイガーは現れない。心配になってロビーを見に行けば、あの乳触り事件である。

 こいつ、ピー以上に目が離せない。

 

 ああ、ちなみに俺は、ピーもリリーもタイガーも、呼び分けるのが面倒なので、全部『ピー』で統一している。


「おい、ピー、足をどけろ。サラと打ち合わせする。邪魔だ」

「ふん!」

リリーはそっぽを向いて言うことを聞こうとしない。

「‥サラ、こいつ、もうこの部屋、出禁にするか」

「なんでだよー!ここはパーティの個室だろが!俺はパーティメンバーだぞ」

リリーは立ち上がって抗議する。

「ここは俺の個室であり、サラの事務室だ。俺とサラの許可が無ければ入室不可だ」

「じゃあ俺にも個室くれよ!A級になったんだからよ!」

「お前の個室は断ったろうが。ただでさえスクルド支部はA級が4人になって、もう部屋が足りないんだ。だからお前は俺の個室の居候だ。俺の言うことが聞けないなら出て行け」

「‥ぐっ‥」

リリーは速攻で土下座した。

「申し訳ございませんでした!御主人様!このおバカをお許しください。‥ね?‥ね?いてもいいよね?」

「んー、どうする?サラ」

「そうですね‥、私はリリー様の秘書業務も兼任ですから、一緒にいていただいた方が都合いいですが」

「‥だ、そうだ。いいか?ピー、ここに居てもいいが、サラには絶対に逆らうなよ!ちゃんと『サラ様』って呼べよ!」

「ありがとうございます!サラ様、ありがとうございます」

「よし、わかったら良い。さ、打ち合わせ始めるぞ。サラ、頼む。ピーもちゃんと座れ」

「はーい‥」


 サラからの報告事項を何点か確認した。グリフォンの買取り金額が口座に振り込まれたことと、ワイバーンの査定状況などだ。ワイバーンなど、ここ何年も狩られたことなど無かった。それが今回、一気に13匹も狩られ、すごいことになっているらしい。

 13匹とは言え、焼けて使い物にならない素材も多く、実質、8匹分くらいになってしまうだろうとのこと。だがそれでも、俺もピーも、もう一生働かなくてもいいくらいの金額になるらしい。

 ワイバーンは街の外にストレージから出してギルドに渡したのだが、大騒ぎになった。

 また解体所のチーフがリーダーになってワイバーン回収部隊が編成されたが、ギルド職員だけでは手が足りなくてE級、D級冒険者から人員を募集したようだ。

 街はしばらくお祭り騒ぎだ。


「それと、本部のギルド長から出頭命令が出ています。うちのギルマスがヴォルクやリリーさんのこと報告していますので、それ絡みだと思います。それとA級昇格のセレモニーも、リリーさんと一緒に執り行われるとのことなので、日程調整が必要ですね」

「ギルド総合本部に行かなきゃいけねえのか、ああー、面倒くせーな!まだ、ピーの教育もしなきゃいけないのに。サラ、代わりに‥」

「行けるわけ無いでしょ!無理!」

「王都クジュロニアかあ‥、観光兼ねて行ってくるか。帰りは転移で帰ってくればいいしな。サラも来るんだろ?ってか、一緒に来て下さい!お願いします」

「まあ、そうなるでしょうね。お前ら2人だけで行かせたら何しでかすか‥ギルマスに代わってもらいたいわ。はぁ‥」

サラは深いため息をついた。

「ああ!そうそう、A級昇格に絡んで移籍の打診もあちこちから来ています」

「移籍はしない。俺はこの街が気に入ってるんだ」

「でも、スクルドにA級4人は多すぎるのも事実なのよねー」

「それについては考えている。まあ、ギルマスと相談だが、役立たずのA級2人を追い出すつもりだ」

「あ、それ、いいですね!あの2人、喧嘩ばっかしてて仕事しねえし」

「お?なんだ?俺に仕事か?」

リリーがしゃしゃり出て来る。

「ふっ、そうだな。取り敢えず、今度のA級会議でピーには一働きしてもらうかな」

「任せろ!脅して、追い出してやりゃいいんだろ?」

そう言うと、リリーは自分の胸を両手で揉み出した。

「何してんだ?ピー」

「は?ああ、これか。こうしてるとなんか落ち着くんだよ。ヴォルクも揉むか?」

「やめろ、馬鹿。またリリーに謹慎くらうぞ」

「リリーさん、その趣味は人前ではしてはいけませんよ。男性には刺激が強すぎます」

「え?そうなのか?悪い、わりー」


 午前中で打ち合わせを終えると、ラウンジで急いで軽い昼食をとってから午後一の馬車で俺とリリーは隣町へと向かった。

 リリーに護身術を覚えさせるためだ。隣町、オハーサには元冒険者が開いた武術の道場がある。リリーが1人の時、何かの事態で魔法が使えないような場面であっても対処できるように剣術や体術も必要である。

 馬車に揺られている2時間の間、リリーは楽しそうだった。座席に膝立ちになって幌の隙間から外を覗いては歓声をあげている。同乗していた親子の子供はそんなリリーを見て言った。

「あの綺麗なお姉さん、子供みたいー」

 石畳で整備された街道は、商人など割と多くの人が行き交っていた。スクルドはワイバーン祭りのようになっている、その関係だろうか。


 オハーサの町に着くと早速、郊外にある道場に向かった。道場では、元B級冒険者の老齢手前の師範が若者相手に武術を教えていた。

 B級と言えば、兵士100人に相当する猛者だ。一狼の時代で言えば、空手の100人組手達成者に等しい。かなりの猛者だ。

 挨拶をし、見学と、謝礼を払うので簡単に術理を講義して欲しい旨を伝える。

 師範は、こちらが2人ともA級冒険者であるということがわかるとひどく恐縮していた。

 この世界の武術は一狼時代の武道や格闘技とはかなり異なる。何が違うのか、一言で言えばスポーツではないのだ。殺し合いなのだ。ルールが無い。反則や禁じ手のオンパレード、というより、むしろそちらがメインだ。

 金的や目潰しなど初歩の初歩。どこに人間の急所があるのか、どこをどう捻れば簡単に骨を折ることができるか、どこを狙えば殺すことができるか。それを体系として組み立て、術理を構築している。

 だが、1時間ほど練習を見学していたリリーが言い出した。

「なあ、ヴォルク、もう帰ろうぜ。見ても無駄だわ」

「いいのか?講義を受けなくても。もう謝礼は払ってあるぞ」

「いいよ、ヴォルクが受けたいなら受ければいいけど。俺は散歩でもして待ってるから」

そう言うとリリーは、てくてくと道場から出て行ってしまった。

 俺は慌てて立ち上がると、師範に謝辞し、リリーの後を追った。

「ごめんよ、ヴォルク。無駄金使わせちまって」

俺はリリーに並んで歩き出す。

「いいさ。気にするな」

「でも俺、多分、あの師範より強えーわ」

「そうなのか?」

俺は少し驚いた。

「ああ、ほとんど俺が知ってることばっかだし、あれは何世代にも渡って練り上げてきた術理じゃなくて、殆ど一代で築いた、『ケンカ殺法』に近いわ」

 それは俺も少し感じていたが、それを見抜くとは、『タイガー』は『リリー』とは違う天才だった。ただのガサツなおバカでは無かった。

「ピーがよ、ヴォルクに、冒険者に必要だと思う本を読めって言われて、武術や医学の本も読んで勉強してくれたんだよ。ヴォルクを守れるようになるんだって」

「そうだったのか」

「‥ヴォルク、ごめんな。俺、こんな性格で、バカでよ‥。でも俺、ヴォルクより強えから、強くしてもらったから、だから、ヴォルクは俺が守る。死んでも守る。だから嫌わないでくれよな‥お、俺は‥ぐしっ、俺はお前に嫌われたら‥ひぐっ‥生きていけねえがら‥ううう」

 リリーは立ち止まり、両目を袖で拭っていた。俺はリリーの頭をそっと肩に抱き寄せて言う。

「お前も、『ピー』や『リリー』と同じ、泣き虫なのは変わらないんだな」


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