4. 天使降臨
人払いされた解体所にグリフォンと避役の死体を出すと、サラとの打合せもそこそこにピーをホテルに強制連行した。
「ああ!御主人様、そんなに耳を引っ張られたら千切れてしまいます!お許し下さい。ピーは悪いことはしておりません。御主人様ーーー」
やかましいわ!
ホテルの自室に着くとピーは俺の前で、しおらしく正座をし、土下座していた。
「顔を上げろ、ピー。どういうことか説明しろ」
頭を上げたピーが言い訳を始める。
「私はただ、ちょっと自分の名前を変えただけでございます。『ピー』というのはエルフ語で葉っぱという意味でございます。とても素敵な名前でございますが、どうせ同じ植物なら百合の花という意味の『リリー』が良かったなと思い、変えさせて頂きました」
「改名届けにはリリーじゃなくて『ピーリリー』になっていたが?」
「『ピー』は御主人様につけていただいた大切な名前でございます!消すなど、とんでもない!なので、ピーの後にリリーを付け足させていただきました。何か問題がございましたか?」
「問題などない。ピーは俺が適当につけた名前だ。気に入らないというのなら、いくらでも変えればいい。自分の名前なんだから‥」
「気に入らないなどと、とんでもございません!御主人様にお付け頂いた名前です!とても愛おしい大切な名前でございます!ピーの浅はかな判断でとんでもないことをしてしまいました!どうか馬鹿で浅薄なダメエルフのダメ奴隷に罰をお与え下さい!薄汚い馬鹿奴隷のピーを捨てないで下さい。お願い致します、御主人様」
「はあ‥そこだよ、ピー。いや、もうリリーか。いいか、リリー。お前は俺の奴隷であり、所有物なんだよな?何で奴隷のお前が主人の所有物の名前を主人の断りもなしに勝手に変えれるんだ?あと、お前にリリーって誰だと尋ねた時、お前は『さぁ』と言ってとぼけて嘘をついたよな。主人に平気で嘘をつく奴隷って何だよ?
ギルドの事務所で大立ち回りを演じたんだよな?そんなことして主人に迷惑がかかるかもという発想は無かったのか?大した奴隷だな。
お前、本心じゃ自分を奴隷だなんて思ってないよな?奴隷ごっこがしたいだけだよな?」
「チッ」
「あ!『チッ』って言った!今、『チッ』って言ったな、リリー!」
正座をしていても、背筋がピンとして気品があったその姿勢が、フッと揺らいだ。
「‥えっ?」
ピーは驚いていた。
「ちょ、ちょっとリリー、こんな修羅場でいなくならないでよ!」
リリーは逃亡した。
「ふー、やっとピーに戻ったか。ピー、今までの記憶はあるか?」
「‥あ、あります‥ひどいよ、リリー」
正座の姿勢は崩さず、ピーは答えた。
「何なんだ、あれは。ピー、お前に害はないのか?」
「が、害っていうか‥あれは私の中の人格の一つなんで、あれも私です。だから、特に害はありません」
ピーは顔を赤らめて恥ずかしそうにしている。
「そうか。変な悪霊に乗っ取られたとか、困っているとか、そういうことではないんだな?」
「はい」
「あれも、お前の一面、一つということか。コントロールはできているのか?」
「できます!というか、今朝からできなくなりました‥」
「そうか。消したいか?お前に害が無いとは思えない。現にお前はこうして困っているだろう」
「嫌です!ダメです!あれも私なんです。リリーちゃんはとても賢い、良い子なんです。どうか許してあげてください。私が謝ります。ごめんなさい」
「分かった、許そう。質問を変える。あのリリー以外にも他の人格はいるのか?」
「‥‥」
「答えたくないのか?」
「‥いえ、います。タイガーちゃんが‥」
「他には?」
「いません。私の中にいる人格は私を含めて全部で3人です」
「タイガーか‥、どんな性格だ?」
「性格は‥乱暴です。強いて言うなら、ヴォルクそっくりです。でも、危険なのでまだ外に出たことはありません。リリーが抑え込んでいます」
「ふむ。外に出たことがないのに名前が決まっているのか?」
「私の予知能力ではタイガーって名前になる確率が高かったです。名前をリリーに改名したことでその確率は跳ね上がりました。そして、この会話で確率は100%になり、確定しました」
「お前に予知能力があるという話は初耳だ。あるのか?」
「あります。でも弱いです。ほとんど役にたちません、自然に邪魔されるから」
「自然に?どういうことだ?いや、話が逸れるな。この話はまた別の機会にしよう。人格の話に戻るぞ。その3人の人格のパワーバランスはどうなっている?」
「‥よくわかりません。でも、多分‥私が一番弱いです。現にコントロールできてないから。リリーが一番強いです。リリーちゃんは出たい時に出て、戻りたい時に戻るから」
「ふむ。タイガーが危険だということなら消した方が良くないのか?」
「あ、危険だというのはそういうことじゃないです。私がまだ弱いから、タイガーちゃんが今出ると敵をいっぱい作りすぎちゃうから、私の生存率が下がってしまうので危険だということです。決してヴォルクや私に危害を加えるとか、そういうことではないです。私の戦闘力がある程度上がったら、タイガーちゃんはとても役にたつ良い子です」
「そうか」
「でも、今日ちょっと出ちゃって、それであの大立ち回り騒ぎになってしまって‥でもそれで、リリーちゃんが激怒したので、もう当分出てこられないと思います」
「そういうことか。では、当面の問題はリリーということか。リリーもお前の一部だと言う話だな。ではピー、お前にも奴隷願望みたいなものがあるのか?」
「ありません!!」
ピーの顔が真っ赤になった。
「あれはリリーちゃんの趣味というか、せ、せいへきと言うか、と、とにかくリリーちゃんはとても賢いので、ああいう演技をすると私の生存率が上がると冷静に考えているんです。お、男の人は美人奴隷エルフが刺さるって、計算してるんです。ヴォルクにも刺さるって」
「ふむ、奴隷演技で俺を籠絡しようということか。どうにもお前の話ではリリーもタイガーも消した方がいいようにしか思えない」
「嫌です!ダメです!リリーもタイガーも私なんです。消したら私はピーじゃなくなってしまう!中身のない人形になってしまいます。リリーが私はヴォルクの愛の奴隷だって言ってました。あれは本当です!だからヴォルクを害するようなことは絶対にしません!ピーもリリーもタイガーもヴォルクの愛の奴隷なんです!」
ピーは真っ赤になった顔を両手で隠した。
「もうやだー、何で私がこんな恥ずかしい説明しなきゃいけないの‥リリーのばかぁ‥。ヴォルク、ごめんなさい、ピーが悪い子でごめんなさい、ピーの性格が変でごべんなざい、ピーが変態でごべんなざい、ピーを‥うぐっ、ピーを嫌わないでぐだざい、ピーはヴォルグにきだわれだらいぎでいげばぜん。
‥うぐっ、ピーをぎらわないでひっく、お願いじばず‥ぅぅう、おねがい‥うあーーーん!びえぇぇぇーーー」
「リリー、出てこい。お前は好きな時に出られるらしいな。出られないとは言わせないぞ」
ピーはスッと泣き止み、崩れていた正座を直すと綺麗な土下座をした。
「リリーでございます」
「リリーか、なぜ逃げた?」
リリーは土下座の姿勢のまま答える。
「御主人様の鋭い追及に、見苦しい言い訳を重ねるより、主人格に交代した方が事態の悪化を免れると判断致しました」
「その結果、ピーが俺に泣いて謝ることになったな。お前は自分がしでかしたことの責任を全てピーに押し付けただけではないのか?」
「御主人様のおっしゃる通りでございます。全責任は私が負うべきでございます。結果的に私は主人格ピーに害をなす人格となってしまいました。責任を取り、私は消えさせていただきます。短い間でしたが、リリーは大変幸せでした。ありがとうございました。御主人様、心より愛しております。では‥」
「消える必要などなあああい!!」
リリーは伏せていた顔を上げた。
「リリー、お前はそんなに俺が信用できないか?」
「‥‥」
「俺は命を賭けてお前を守ると言ったろうが。それは、言葉を変えれば俺もまたピーの愛の奴隷ということだ。ピーもリリーもタイガーも一緒なら、性格が少しくらい変わろうが、愛することに変わりなどない!お前が死ぬ、消えるなどあり得ない!絶対に死なせないぞ、リリー」
リリーの目から大粒の涙がぼろぼろと溢れ落ちた。
「ご、ごじゅじんざば、リリーは、リリーは‥心から御主人様の奴隷として尽くさせていただきます。愛しております、御主人様」
「リリー、ピーに代わってやってくれ」
「ひっく、‥ひっく‥」
ピーはまだ泣いていた。
俺はピーを抱き寄せて言う。
「聞いていたろ、ピー。俺がお前を嫌うなどあり得ないだろうが。まだわかってなかったのか。そういえば最近、言ってなかったな。忘れていてすまなかった。ピー、愛してるぞ」
「‥ひっく、ヴォルクはピーが変態のいけない子でも許してくれますか?」
「どうしてピーが変態のいけない子なんだ?」
「そ、それは!ピーがヴォルクの愛の、ど、奴隷だからです。なのでピーはヴォルクのどんなにエッチな命令でも聞いてしまうのです。奴隷だから拒否できないのです!なので、ピーは変態なのです」
ヴォルクの理性は崩壊した。
翌日、この地上に世にも美しい天使が降臨する。




