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狼のエピタフ  作者: 高橋 久緒
第二章 飛翔
14/23

3. ピー、壊れる。もしくはリリー降臨


「‥これ、なに?何してんの?」


 朝、目が覚めるとピーが壊れていた。

 俺は頭をボリボリ掻きながら、片方しか開いてない目で、ベッドの下で土下座しているピーを眺めていた。

「おはようございます、御主人様」

ピーは土下座の姿勢を崩さないままそう言った。

なぜか、朝からピーは冒険者装備一式フル装備だ。


 昨日、グリフォンを狩った後、転移で戻ってきたのはこのホテルの自室だった。転移魔法は極秘なので人に見られる訳にはいかない。街中に転移できないため、長期間予約しているこの自室に直接転移したのだ。

 魔法の使いすぎで疲れていた俺は、ギルドへの報告は翌日回しにし、そのままシャワーを浴びて寝てしまった。


「あ、‥ああ、おはよう。で、何の遊び?」

「遊びではございません。私は昨日の御主人様のありがたいご教導をいただきながら、あまりの自分の不甲斐なさ、奴隷としての自覚の無さを深く反省し、本日より、偉大なる御主人様の奴隷として、これまでの態度を改める決意をした次第で御座います」

「あ、そう‥ピーは奴隷だったのか、娘じゃなくて?」

 ピーは顔を上げて言う。

「娘だなどと、とんでもございません!ピーは偉大なる御主人様に拾っていただいた薄汚い奴隷でございます。私は、御主人様の愛の奴隷です」

『愛の奴隷』のくだりでピーは顔を真っ赤にした。可愛い。

 なんか、ちょっと俺も面白くなってきた。

「そっかー、ピーは愛の奴隷だったのかー。知らなかったよ、愛の奴隷ちゃん」

『愛の奴隷』と言うたびにピーはボッボッと顔を赤らめる。面白い。

「じゃあ、愛の奴隷ちゃん、顔洗って朝ごはん行こうか」

俺はそう言ってベッドから降りようとすると、ピーはサッと素早く立ち上がり、スリッパを用意し、洗面用具を整え、着替えを用意、とテキパキと動き回った。

 おかしいな。いつもは俺が、なかなか起きようとしないピーを起こし、着替えさせ、顔を洗っていたのに。本気でやってるな、奴隷ごっこ。

 俺の服のボタンも全部ピーが留めてくれた。俺はほとんど立っているだけだった。


 そのままピーと一緒に朝食会場に着くと、とんでもないことになった。

 俺は自分の分の朝食を取り、適当にテーブルを選んで普通に座ったのだが、ピーは俺の足元に正座で座り、自分の朝食は床に置きやがった。

 会場中の注目、集めまくりだ。

「おい、ピー!いい加減にしろ!普通にテーブルに着け」

「とんでもございません。御主人様と同じテーブルに着く奴隷など、聞いたことがありません」

「黙れ!命令だ。テーブルに着け!見ろ。みんな俺たち見てるだろうが」

「ふっ‥皆、やっと御主人様の偉大さに気がついたようですね」

ちげーよ!お前みたいな美少女を奴隷のように扱ってる俺が非難の目で見られてんだよ!

 やれやれ、といった様子で嫌々テーブルに着いたピーだったが、俺はもう飯食った気もせず、さっさと朝食をかき込んで会場を逃げるように後にした。


 部屋に戻ってもピーは相変わらずだった。ピーが綺麗に整えたベッドで不貞寝する俺の横にじっと立ち、早く用事を言いつけて欲しいとうずうずしていた。

「ピーちゃん、もう奴隷ごっこはお終い!元にもどろうか!」

「承知致しました。御主人様」

そう言うとピーは黙ってその場でまた土下座を始めた。


 何がどうなった?何でこうなった?あれか?昨日、ピーは泣きながらもう二度と俺の命令には逆らわないと言った。逆らわないどころか、人格壊れてないか?これ。

 どうしたものか困り果てたが、ポアロだ、エルフに詳しいポアロに相談するしかない。そう思い俺は図書館に行くことにした。


「ピー、一緒に図書館に行くぞ。付いて来い」

そう言うとピーは土下座状態からサッと起動し、俺の荷物を持って、俺に荷物は無いが、何だかそれらしい物を持って、俺の前に立って歩き出した。

 いつもピーは街中を歩く時は俺の後ろで、あっちに行ったりこっちに行ったりとフラフラしまくって危ないので手を繋いでいる。

 今日のピーは鋭い目付きで周囲に危険がないか観察し、俺を守るようにして歩いていた。SPか!


 図書館に着き、ピーに閲覧スペースで自習するようにと伝えた後、俺は館長室に向かった。

 館長室で今朝の一連の出来事をポアロに説明し、エルフの生態でこんな遊びをするのか色々と聞いていた。

「エルフのそんな生態は聞いたことがありませんな。確かにエルフは感情の起伏が大きい種族ですが。まぁ、中には人間の扱いのひどさに心を閉ざし、感情を出さなくなってしまうエルフもいますが、そうなると大抵死んでしまいますな」

「あいつ、自分を薄汚い奴隷だと言い張るんだよ。拾った時は確かに薄汚いガキだったのは事実だが、俺はピーをそんな扱いしたことは一度もないぞ!なあ、俺、どうしたらいい?」

「まあ、ちょっとピーちゃんの様子を見てみないことには、何とも」

 俺とポアロは、本棚の陰からピーの様子をそっと伺った。

 ピーは、ピンと背筋を伸ばし、優雅な仕草で、本のページをゆっくりとめくっていた。その仕草には、気品が滲み出ており、冒険者装備をしていなければ、その美貌と相まって、どこの高貴な貴族かと言わんばかりであった。

 ポアロは言う。

「確かに今までとは雰囲気が全然違いますな。でも、見た感じは奴隷と言うよりは、どこの王族かという感じ。真っ白な百合の花のような気品が」

「うむ」

「とにかく、一度話をしてみましょう」

そう言うと、ポアロは本棚の陰から出て、ピーのテーブル近くで話しかけた。

 ポアロに気がつくと、ピーはすぐさま立ち上がり、深くお辞儀をしながら言う。

「あ!ポアロ様、大変失礼致しました。いつもご厚情を賜り、誠にありがとうございます」

「え?あ‥うん、いいから椅子に掛けなさい」

 そう言われるとピーはまたしても優雅な佇まいで、静かに椅子に腰を下ろした。

 しかし、ポアロが同じテーブルの椅子に腰を下ろすと、ピーは慌てて立ち上がり、椅子の横に正座し土下座し出した。

「大変申し訳ございません!御主人様のご友人であられるポアロ様と同じテーブルに着くなど、奴隷としてあるまじき行為。いかような罰でも受ける所存でございます」


 あちゃー、こりゃあかんと思った俺は、2人を連れて館長室に閉じ籠った。

 俺とポアロは普通にソファに座っているが、ピーはまたしても俺の足元で正座している。

 俺は隣のソファをポンポンと叩いて言う。

「ピー、そんな所に座ってないでここに座れ」

「御主人様の隣に座るなど、恐れ多いことでございます。奴隷のピーはここで充分でございます」

そう言うとまた土下座しだした。

「いいからここに座れ!命令だ!話が始まんねーだろが」

「承知致しました。では、失礼します」

ピーは背筋をピンと伸ばし、俺の横に浅くちょこんと腰掛けた。

「‥で、お前はいつから俺の奴隷になったんだ?」

「ピーは生まれてからずっと御主人様の奴隷でした。御主人様の奴隷になるために生まれてまいりました」

「いや、昨日まで奴隷じゃなかったろうが」

「昨日までの私はまだ幼く、奴隷としての自覚が全く欠如しておりました。しかし、昨日の偉大なる御主人様のありがたいご教導のお陰でピーは本来の使命に目覚め、奴隷として、偉大なる御主人様に誠心誠意お仕えすることが私の存在意義であると、深く自覚致しました。どうか、末長くピーをお使いいただけますよう、心からお願い申し上げます」

そう言うとピーはまたしてもソファの上で土下座しだした。

 ポアロはちょっとうらやましそうな顔をしている。

「だがな、ピー、公共の場でお前にそんな態度でいられると困るんだよ。昨日までのピーに戻ってくんない?奴隷じゃなくて、昨日までと一緒、パートナーでいいじゃん」

「いやでございます!!ピーは御主人様の奴隷がいいのです!どうか捨てないで下さいまし」

そう叫ぶとまたしても土下座を始め、シクシクと泣き始めた。

 困ってポアロを見れば、お手上げのサインをして顔を左右に振っている。

「分かったわかった!捨てないし、奴隷でいいよ、もう!だけど公共の場所では土下座禁止。あと、その『御主人様』って言うのも禁止。今まで通り、『ヴォルク』って呼ぶように」

ピーは顔を上げ、喜んで言う。

「ありがとうございます!御主人‥ヴォルク様!」

「ヴォルク『様』じゃなくて、ヴォルク。ほら、言ってみろ」

「ヴォルク‥様、無理でございます!御主人様を呼び捨てにするなど、ピーには死んでもできません!」

え?それほど?

 もう、これ以上詰めるとピーはまた泣き出すから、妥協するしかない。『ヴォルク様』ならそんなにおかしくはないだろ。

「ダメエルフのダメ奴隷で申し訳ございません」

 土下座を禁止されたピーはシュンと顔を伏せていた。


 結局ポアロでは何の解決にもならず、俺たちはそのままギルドに向かうこととなった。昨日のクエストを報告しなければならない。

 ピーはサラを呼びに行ったまま中々戻ってこない。そのうち、2階の応接室に通され、待っているとサラとピーがやって来た。

 ソファではなく床に座ろうとするピーを、俺は咳払いと視線で阻止し、隣に座らせた。

「遅かったな、何かあったのか?」

「それが、リリー様が‥」

サラを遮るようにピーが言う。

「ヴォルク様、もうお昼も近いのでクエストの報告を済ませたほうがよろしいのでは?」

誰だよ、リリーって。

「ん、ああ、そうしようか。手短かに言うと、依頼のグリフォンは仕留めた。ついでに避役も1匹。あと、ストレージの魔法が使えるようになった。獲物はストレージに入っているのでいつでも出せる。グリフォンは体長5メートル強なので、解体所に出そうと思ったら出せるが、この魔法も極秘にした方がいい魔法かも知れないので、解体所に出すにしても、人払いが必要になる」

 そこまで言うと、サラは突然立ち上がった。

「ギルマス案件です。ギルドマスターは昨日、本部から帰って来ましたのですぐ呼んできます。少しお待ち下さい」

 そう言うと、 サラは応接を出て行った。

 俺はピーに聞いた。

「おい、ピー。リリーって誰だ?」

「さ‥さあ?」

ピーの品のある笑顔は少し引き攣っていた。


 すぐにサラはギルマスを連れて戻ってきた。

「グリフォンを仕留めたって?凄いじゃないか!これでヴォルク君もA級だな!」

「あと、ストレージの魔法の件も‥」

「うん、そのストレージの魔法って何だ?初めて聞くが」

「ギルマス、知らないんですか?マジックバッグならわかります?」

「ああ、バッグの中が異空間か何かにつながっているとかで、見た目以上の容量が入る架空のアイテムだろ?」

「それです!ストレージというのは、そのバッグがないバージョンです。グリフォンの死体はそのストレージの中に入っているので、いつでも出せるそうです」

「そうなのか!すごい魔法だな。で、容量はどのくらいなんだ」

俺は答える。

「理屈的には無限大です。ただ実際は、俺が覚えきれなくなったらもう無理なんで、運用上、限度はあります」

「‥‥‥」

ギルマスの口が開いたままになっている。

「この魔法は、転移魔法の応用なので、極秘扱いにするのかしないのか、判断が必要です」

「極秘に決まってるだろうが!君は歴史を覆すような魔法をいくつ作るんだね!」

「見ますか?スペース的にもグリフォンのサイズなら解体所に出せると思います。ただ極秘扱いなら人払いが必要です」

「サラ、手配しろ。チーフに相談し、チーフ以外は外に待機してもらえ」

サラが応接を出て行く前に俺は尋ねる。

「その前に、リリーって誰ですか?」

シーン!

 誰も何も言わない。

 ギルマスだけがピーを黙ってそっと指差した。

 サラがツカツカと俺の前に歩みより、俺の胸に1枚の書類を押し付ける。

 それは『改名届』だった。


 届け出者は、ピー本人。改名後の新しい名前は『ピーリリー』になっていた。


「サラ様もギルドマスター様も酷いですぅ。あれほどヴォルク様にはしばらく内緒にとお願いしましたのに」

「できる訳ないでしょ!これからみんなあなたのことリリーって呼ぶのよ?どうやって内緒にするの?『以後、私のことをピーと呼んだ奴は殺す!私をピーと呼んでいいのは偉大なる御主人様だけだ!』って、事務所で大立ち回りを演じておいて!」


 ピーがやらかしまくっていた。

第二人格、リリーが出ました。


最凶の第三人格、タイガーリリーが出るのはもう少し後です。

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