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狼のエピタフ  作者: 高橋 久緒
第二章 飛翔
13/23

2. 新魔法

 魔獣が棲む未開の森、そのかなり奥地をひっそりと進む二つの影。ヴォルクとピーだ。二人は無言で、ハンドサインを駆使しながら、黙々と一方向に向かっていた。

 小声でヴォルクが言う。

「後どれくらいだ?」

「あと、10分くらい」

「向こうの様子は?」

ピーが答える。

「動いてはいない。でも、多分気づいてる」

「‥そうか。ならもういいか」

もうこれ以上、息を潜めて近づいても仕方がないということだ。

 

 二人は今日は魔獣狩りに来ていた。ターゲットはA級魔獣の『グリフォン』。

 グリフォンとは、上半身がワシ、下半身がライオンの魔獣だ。全長は5メートル近くあり、大きな翼を持っており飛行能力がある。大きいとはいっても、その巨体が飛べるほどとは思えない。おそらく風魔法も併用している。

 頭部は野生の鷲そっくりだが、身体に合わせて相当大きい。前脚の形状は猛禽類寄りだが、かなり太い。

 性格は獰猛で知能が高く、複数の魔法を使った攻撃をしてくる。そのため危険度がかなり高く、A級にランキングされているが、A級魔獣の中では小ぶりな方だ。ワイバーンや地龍の方がもっと大きい。キマイラはその種類によってまちまちなので何とも言えない。


 3日前にギルドでこのクエストが貼り出された。未開の森を奥に進んで、2日ほどの地点で目撃情報が出たのだ。

 未開の森、徒歩2日の地点はまだ中層だ。グリフォンなど、本来もっと奥にいる魔獣なのだ。これは危険、と判断したギルドは懸賞金をつけてクエストを出した。

 それをヴォルクは、パーティで受けたのだ。魔法実験とピーの訓練も兼ねて。


 ピーの体調も良くなった。日頃、たくさん食べさせているため、今では普通の15、6歳の女の子並みになった。

 もう、いいだろう、とヴォルクは思った。

 体術や剣術も学ばせなければならない。これまでピーにはほとんど運動らしい運動もさせず、ずっと図書館に通い、知識を詰め込ませた。ポアロという家庭教師付きで。

 おかげで知識や常識はだいぶ身に付いた。次は、冒険者としての知識や生き方を身に付けていく番だ。

 まだE級のピーをA級のクエストに連れて行くのは無謀なのかもしれない。だが、俺はピーを甘やかせて育てるつもりは無い、とヴォルクは思う。

 俺は俺なりに真剣にピーを育てているのだ。まさに命がけで。誰にも文句は言わせない。その気持ちがピーにも届いているのだろう。ピーは文句も言わず、怯えることも無く、俺に従ってくれている。


 準備をし、昨日早朝に出発し、一晩野営した。そして、半日前にピーのサーチでグリフォンを捉え、そして今、グリフォンにあと10分の位置までやってきた。

 まだ目視はできていない。


「止まれ」

ヴォルクは小さく、しかしハッキリと後ろを付いてきているピーに言った。

 ハンドサインでピーに身を屈めるように指示したあと、ヴォルクも身を屈め、小声で話す。

「20メートル先、やや左に『避役』がいる。わかるか?」

「え?‥どこに?わからな‥‥あっ!」

『避役』とは、ピーの冒険用装備、カメレオンスーツの素材となった魔獣だ。

 ピーは当然、カメレオンスーツを着用しており、柄は迷彩柄に変えている。


「ヴォルク、ごめんなさい。サーチで見落としていた」

「気にするな。グリフォンの魔素が強過ぎたんだろう。これから注意していけばいい」

ヴォルクは避役から目を離さずに言う。

 避役はカメレオンの魔獣だけあって擬態が得意だ。そして水魔法で『水撃』を撃ってくる。水撃とはいっても、発生させた水を体内器官を使って撃ってくるだけだ。攻撃自体は物理だ。

 従って、離れていればそれほど脅威ではないが、接近すると、射線を絞り、高圧をかけてくるので、剥き出しの身体であれば肉を裂かれる。

 近接戦闘は危険な魔獣である。


「通常、魔獣はこれだけ近隣の場所にはいない。もしかしたら、この避役とグリフォンは協力関係なのかもしれない」

 だとしたら、迂回して戦闘を回避してグリフォンに向かう訳にはいかない。グリフォンと戦っている最中に背後から襲われる可能性がある。

「瞬殺する。魔法を使うから目を伏せていろ」


 避役の右方向約10メートル付近に直径50センチくらいの霧が発生した。


『雷撃=バルヴォルト』


 霧がピカッと青白く強烈に発光、と同時に一筋の稲妻が走り、避役の頭部を直撃する。稲妻が走るバリ!という音と同時にパァン!と、避役の頭部が弾け飛ぶ音が森の木々の間を木霊しながら駆け抜けていく。

 この魔法も、次元斬と同じく、転移魔法の応用技だ。

 発生させた霧を量子もつれ状態にし、その内部の指一本分の空気の原子核のみを、出口を設定しないで強制転移をする。

 するとその指一本分の空間には高密度の電子のみが残されクーロン爆発が起きる。

 しかし、事前に避役の頭部と霧を目に見えない程度の薄さの霧のホースで繋いでおけば別だ。クーロン爆発は100万ボルトの電圧となり、逃げ場が用意された電子は稲妻となって避役の頭部を襲う。

 稲妻の直撃を受けた避役は頭蓋内部の水分が一瞬で沸騰、膨張し、頭部が爆散したのだ。

 

「目、目がチカチカする!何も見えない‥」

「目を伏せていろと言ったろう。稲妻を直視したのか?しばらくしたら治る」

ヴォルクは苦笑する。ピーは好奇心に負けて雷撃を見てみたかったのだろう。

「戦闘中に俺は、無意味な指示はしない。憶えろ」

「はい、ごめんなさい‥」

しょげかえったピーの頭を俺は優しく撫でる。

「気にするな。一つ一つ憶えていけばいいんだ」

 

 するとピーは、見えない目を見開いたまま突然顔を上げた。

「ヴォルク!来る!グリフォン、飛んで来る!」

ピーが叫んだ。

「ち、飛ばれちまったか、厄介だな」

ピーの見えない目が見つめる先を、ヴォルクの視線が追う。

 おそらくグリフォンは、ピーが索敵で捉えたのと同じ頃、奴もこちらに気づいたはずだ。魔素をたくさん保持した生物が自分に近づいてくると。

 グリフォンは強い魔獣だ。王者の気位がある。俺たちが来るのを待っていたに違いない。

 強い魔獣は、なぜかいつも最初にそのパーティにいる魔法職を狙う。それはおそらく、その魔法職が体内に保持している魔素が狙いなのだ。捕食することによってその魔素を自らに取り込もうとしているのではないかと俺は思っている。

 ところがグリフォンは、あと少しで自分の元にやってくると思っていた捕食対象がすぐ近くで、自分の配下の魔獣と戦闘になってしまった。魔力の流れでそれを察知し、配下の魔獣に魔素を横取りされてはたまらないと慌ててこちらに向かったに違いない。


「来た!」


 視力が戻ってきたピーが、目をしばたかせながら叫ぶ。

 大きな翼を羽ばたかせ、上空を飛んで来るグリフォンを俺も確認した。

「先手必勝だ。ピー、今度はちゃんと下を向いてろ。光魔法『閃光=フラッシュ』を使う。この光を見たら目が潰れるぞ」

  

『閃光=フラッシュ』


 俺は念力で、10メートル四方、即ち100平米の太陽の光を集め、グリフォンの目の前5メートルの位置で発光させた。

 以前、漠然と光魔法を行使した時は昼間では光っているのか、いないのかわからない、使えない魔法だったが、ちゃんと集光範囲をイメージで指定してやればそれなりに使える魔法だとわかった。

 

 グリフォンは突然、目の前5メートルの位置で強烈な発光を直視し、視力を失い、翼をバタつかせながら地上に落ちてきた。風魔法のコントロールも失ったようだ。

 俺は素早く、落下したグリフォンのもとに駆け寄るとクイック発動次元斬でグリフォンの頭部を刈り取った。

 魔法攻撃が得意で厄介な魔獣でも、魔法攻撃する暇さえ与えなければ、案外あっさり、楽に狩れるものだとよくわかった。


 俺の元にピーが駆け寄って抱きついてきた。

「やったー!ヴォルクすごーい」

ピーは顔を俺の胸にスリスリしている。

「それよりピー、また指示に従わなかったな?見てたろう、フラッシュを」

ギクっとしたピーはぼそぼそと言い訳を始めた。

「だ‥だって、ヴォルクの魔法、どんな魔法か、見たかったから‥ごめんなさい」

「まあ、いい。目が潰れるってのは嘘だったからな」

俺はピーの頭を撫でながら言う。

「お前は痛い目に遭わないとわからないのかも知れないな。だが、その好奇心は冒険者には必要なものだ。俺がお前に痛い目になど絶対に遭わせない。命をかけてお前を守る。だから安心しろ」


 ピーはしばらく、俺の胸に顔を埋めたまま肩を震わせていた。


「ご‥ヴォルグ‥ごべんなざい。ぼう二度どヴォルグの命令にはざがらいばぜん‥だがらびーのためにじんじゃやだぁぁぁ‥えぐっ、びーはずっどあじでまどいなのに‥ごべっん、ごべ‥」

俺はピーの頭を優しく撫でながら言う。

「もう泣くな、ピー。それがわかればいい。お前は賢い子だな」

 あの、俺の言葉は賭だった。ピーの指示無視を肯定した。それで喜んで、これからも指示無視を繰り返すようなら、もう二度とピーを狩りやクエストに連れてくる気はなかった。そんなことをしていればピーも俺も命がいくつあっても足りない。例えピーがどれだけ寂しがろうとそれでも街に置いてきた方が、はるかに互いの生存率は上がる。

 だがピーは俺の言葉の意味を正確に読み取った。今回のクエストの最大の成果は、グリフォンなどではない。この、ピーの冒険者としての自覚こそが、最大の成果なのだ。


「ピー、お前は決して足手纏いなんかじゃない。さっきの俺の光魔法、フラッシュも、俺の魔力ではあのくらいが限界だが、魔力の強いピーが、あの魔法を使えばグリフォンなど、一瞬で丸焦げに、いや、この辺一体を焼き払うほどの大魔法になる。もっと自信を持っていいんだ。俺なんか足元にも及ばない大魔法使いになるぞ、お前は」

 

 ピーは泣き止み、しばらくしてから俺たちは撤収準備を始めた。

 ピーが言う。

「このグリフォンも避役も置いていかなきゃ、だね。あと、この場所もどうやって正確に伝えようかな。自信ない。他の魔獣に横取りされないかな」

 そう心配するピーに俺はニヤリと笑う。

「ピー、これが何だか分かるか?」

そう言うと俺は手のひらの上に拳大の霧を発生させ、量子もつれを励起する。

 すると手のひらの上に金属片がポトっと落ちてきた。それを指でつまんでピーに見せる。

「んー?なに?薄い金属の破片?わかんない」

ピーは不思議そうに眺める。

「わからないか?お前の目の前で消したんだがな」

「あっ!これ!あの酔っ払いおじさんの‥え?えっ!?何で今出せるの?どういうこと?」

「うむ、そうだ。これは次元斬で斬り飛ばしたボルドの剣のカケラだ」

 俺はピーに説明する。

「出口設定をせず、次元斬で斬り飛ばしたものは、俺は当初、高次元で拡散し消滅するものと思っていた。計算では、そうなる確率が高かった。ところが、実際は、高次元はこの世界とは時間の流れが異なるようで、極端に遅い、もしくは流れていないらしい。ずっと残っている。しかも、位相が変異した時、自動でアンカー付与され、術者にリンク、紐付けされている。つまり、こういうことだ」

 俺はグリフォンの死体に近づくと、グリフォンを包み込むように霧を発生させた。

 そして霧は徐々に消え、やがて無くなった。グリフォンの死体と共に。


「‥こ、これ、マジックバッグ!じゃなくて、ストレージ!そういうこと!?伝説の」

 ピーは、元々大きな目を、更に見開いてグリフォンの死体があった場所を見つめていた。

「す、すごい!スゴイよ、ヴォルク!!」

口を押さえてピーは驚いている。

 俺は同じように、避役の死体もストレージに収納した。収納時は戦闘時とは違い、瞬間的に飛ばす必要はないので、徐々に位相変異させる。周りの空気が流入する時間を稼いでいるので、衝撃音はしない。

 ピーが抱きついて来る。

「‥ヴォルク、凄すぎるよ。こんな伝説の魔法まで使えるなんて」

 確かに、マジックバッグなんて、もし実在したら、絶対に欲しいアイテムナンバーワンだ。一狼の時代であれば、ドラえもんの4次元ポケットと一緒だ。

「この原理も理屈も全てお前に教える。いずれお前も使えるようになるぞ」

 ピーは飛び上がらんばかりに喜んでいる。


 日が傾いてきた。森の夜は早い。まだ午後3時頃だというのに、もう夕方のような雰囲気だ。

「さあ、そろそろ帰ろう。暗くならない内に」

「うん!」

そう言うと、ピーは俺たちがここまで歩いてきた道を戻ろうと、一歩を踏み出した。

「ピー、どこへ行く?そっちじゃない。こっちだ」

 不思議そうな顔をして振り返るピーの視線の先には、人が2人、余裕で通れそうな霧の壁があった。

「こ、これ!転移魔法?」

「ああ、もう実験は済んでる。俺で。安全は確認済みだ。さぁ、行こう」

「えっ!えーーー!!また二日間、森の中を歩かなくていいの?どこ?行き先はどこ?ねえ!ヴォルクー」

「さあな。それは着いてからのお楽しみだ」


 俺はピーの肩をそっと抱き寄せると、2人並んで、霧の中へ入っていった。

やっと書けました。雷撃=バルヴォルト!


次は 轟雷=テスラ!!

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