1. 輩、撃退
朝の遅い時間、午前11時頃、俺とピーは冒険者ギルド・スクルド支部に顔を出した。ギガパイソン討伐から3日経っていた。
ピーは俺より先にギルドの表玄関から中に入って行った。ギルドの玄関の両扉は今の時期、開け放たれている。冒険者同士の喧嘩で、あまりに頻繁に壊されるため、寒い時期以外開けっ放しにされるようになった。
いつもギルドに来る時は、ピーは俺の陰に隠れていたが、冒険者ギルドは怖い所ではなく、楽しい所だと認識したようだ。
まあ、そりゃそうだ。まだ、E級とはいえ、俺のパーティメンバーということでチヤホヤされるし、珍しいエルフ種で、15、6歳の超美少女冒険者なんて、誰が放っておく?皆に優しくされて有頂天だ。
ああ、ちなみに俺とピーは正式にパーティ登録をした。ギガパイソン討伐の時は登録してなかったので、俺の単独討伐という事になってしまったが、登録してあればピーの実績にもなって、俺と同時にピーもDランクになったかもしれない。惜しいことをした。
パーティ名はどうでもよかったので、適当にヴォルクとピーで『ヴォルピー』にしようかと思ったが、サラから激しいクレームが出て却下された。
通常はもっと格好いい、暁のなんちゃらとか、銀翼のうんぬんとか、希望溢れる名称にするものだ、将来パーティメンバーが増えてもいいような名称にして、とか色々言われたが、俺は元々ソロ志向だし、ピー以外とパーティを組む気など更々無かったので、面倒くさくて強引に『ヴォルク&ピー』にした。
まあ、その後、ピーが改名してパーティ名も変えざるを得なくなり、かえって面倒くさいことになってしまったが。
だが、俺たちのパーティ名なんて誰も知らない。それは、その後、改名したピーがやらかしまくって、『タイガーリリー』の二つ名が超有名になってしまったからだが、それはまた別の話だ。
ピーは勝手にロビーの奥の方にあるVIP専用窓口まで行って、担当のサラに取り次いでくれるように頼んでいる。
ギルドロビーの奥はラウンジスペースになっている。そこではドリンクや軽食、アルコール類まで飲食できるのだが、こんな時間に使用している者はほとんどいない。
だが今日は、そこでアルコールを飲んで出来上がっているバカが二人いた。そのうちの一人は俺の知っている奴だった。
「おやおや、これは、ヴォルクじゃねえか」
ラウンジすぐ手前にあるVIP窓口に向かっていた俺に絡んできた酔っ払いは、B級下位ランクのボルドという冒険者。
ボルドは俺とほぼ同期だ。そのため、昔から何かと俺をライバル視し、ちょくちょく絡んできた。
だが数年前、B級魔獣討伐パーティにその剣の腕を買われ、なんとか潜り込み、そんなことを数回繰り返してB級に昇格した。
確かにボルドは腕っぷしも剣術も俺より上だ。そしてB級に昇格したことで、C級で燻っていた俺とは明確に差ができ、それ以来、あまり絡んでくることは無くなった。
ところが、ギガパイソン単独討伐で俺がB級に昇格し、しかもいきなり3位にランキングされたことで、立場は逆転してしまった。
それが面白くないのだろう。また絡んできた。くそ鬱陶しい。
ちなみに、ランキングがあるのはB級だけだ。C級、D級、E級にはランキングは無い。人数が多すぎるためだ。A級にも無い。こちらは人数が少なすぎるため、ランキングなどしても意味がないし、A級冒険者同士の諍の種にしかならないからだ。
「あ?なんか聞こえたな。『ヴォルクさん』の間違いじゃねえのか?それとも『ヴォルク様』だったかな」
冒険者は舐められてはいけない。舐められるからこんなトラブルが起きる。
「おうおう!勇ましいねえ。3位様はすげえや。どんなインチキかましたか知らねえが、ついこの前までC坊主だったガキがよ!」
『C坊主』ってのは、B級以上の冒険者が、いつまでもC級で燻っている冒険者を揶揄して言う言葉だ。
「ん?ああ、何だ、誰かと思ったらボルド君か。いつまでも下位ランクで燻ってる、下位坊主の」
「なにい!」
自分より格下だと思い込んでいる相手に、まさか言い返されるとは思っていなかったのだろう。ボルドは激昂して立ち上がった。
「ああ!ごめん、ごめん。燻ってるんじゃなくて下位が好きだったのか!勘違いしてたよ。早くC級に戻れるといいね!」
ボルドは今、C級降格の危機にいる。B級は一流揃いのクラスだ。兵士100人に対し、平気で挑んで普通に勝ってくる、そんな化け物がゴロゴロいるクラスなのだ。ちょっと腕っぷしが強い、剣の腕が立つ程度で維持できる階級ではないのだ。
「テメェ、もう許さねぇ」
そう言うと、ボルドは懐から剣をスラリと抜いた。
このバカ、ギルド内で抜刀しやがった。もう酔っ払ってたじゃ済まない。
そして、ピーをチラッと見てから言う。
「その女、置いて消えろ。でなきゃ殺す」
「ああ?ピーを置いて消えろ?‥お前、死んだぞ」
俺の逆鱗に触れやがった。
そこにサラが飛び込んできた。
「何をしてるんですか!」
サラは俺の前に来ると、俺を守ろうとするかのように両手を広げ、ボルドを睨みつけた。
「ギルド内では暴力行為も武器の使用も禁止です!すぐに出て行きなさい!」
サラは俺の担当だけあって俺の味方のようだ。ギルドでは『喧嘩両成敗』などというルールは無い。明らかに、ランクが上位の者を贔屓する。それが冒険者のヒエラルキーを維持するのだ。
「どいてろ」
俺はサラを押し退ける。
「で、でも!」
「いいから。このバカにはお仕置きが必要だ」
俺の逆鱗に触れたのだ。許しはしない。
ボルドが抜いて構えている剣の中腹辺りに、突然、拳大の蒸気が発生した。
そして、俺が指をパチンと鳴らすと同時に、パァンと爆竹が爆ぜるような音がギルド内に響き渡った。
『次元斬、クイック発動』
ボルドの剣は、真ん中辺りが突然、蒸気や空気ごと無くなり、飛び散った。
この技は、『次元斬』のバリエーション技だ。通常の次元斬は切り取った対象物を出口側の霧に転移させるが、この技は出口を設けない。従って、その分素早く発動出来る。
切り取られた対象物は転移の瞬間、位相を変位させている。出口が無い、転移先が用意されていない場合はそのまま高次元へと送られ、拡散して消滅する。その高次元はこの宇宙の一部であるため、エントロピーの法則には違反しない。
しかし、消失した空気や剣の一部があった空間は一時的に真空状態になるため、そこに周りの空気が急激に雪崩れ込んでくる。それで爆竹が鳴ったような衝撃音がするのだ。
ギガパイソン戦の時に、なぜクイック発動しなかったかというと、ギガパイソンの頭部には高価な素材が多かったからだ。頭がある無しで買取金額が大きく変わる。そのために結構、危ない橋を渡った訳だが。
確か、ボルドは、B級に昇格した際、剣をかなり高価な業物に買い換えている。大損害のはずだ。ピーを害そうとした報いだ。
爆竹音と共に愛剣を砕かれ、ボルドは何が起きたかわからず、目を見開いて固まっていた。
「次はどこがいい?選べ。腕か?足か?頭か!そうか、頭か!安心しろ、脳みそが飛び散るようなことはねえ。消えて無くなるだけだ。死ねえ‥」
俺が全部言い終わる前に、ボルドは悲鳴を上げて逃げ出した。
少し遅れて、連れの男も慌ててギルドから出ていった。
「おい、サラ、あれ、食い逃げじゃないのか?」
「もう!やり過ぎです!」
なぜかサラは俺に対して怒っていた。
こんな事件を起こし、また、愛剣を失ったことで、ボルドはC級降格は間違いないだろう。死ぬほど反省しろ。
「ピー、すまんな。怖かったか?」
「ううん、平気!ヘビさんの時の方が怖かった」
「そうか。偉いぞ!度胸が付いてきたな」
そう言って俺はピーの頭を撫でた。
ピーはニコニコして俺に抱きついて来た。
「ヴォルク、好きーーー」
サラは微妙な顔をしていた。
その後、ギガパイソンの査定状況の確認や今後のスケジュール打ち合わせなどをした。
ギガパイソンの買取額は、かなり高額になりそうとのことだ。胴体は全く傷ついておらず、頭も丸ごと残っているし、皮やら牙、目玉など素材取り放題な上、肉が大量に獲れる。解体所のチーフはこれだけ状態の良いB級以上の大型魔獣は初めてだと興奮しまくっているらしい。そりゃ普通は魔獣を殺すために散々斬ったり焼いたりするからな。素材の半分以上がダメになることなんてザラだ。
ただ、肉は大量すぎて相場が落ちるかもしれない、しばらく街中のレストランにたくさん出回るだろうという話だ。
まあ、俺も豚の止まり木亭で食ってやろう。
で、最終的にはギガパイソンの回収費用を差し引いても金貨400枚くらいになるだろうとのこと。ありがたい。これでしばらくピーの養育に専念できる。とは言っても、B級上位を維持するためにも、月に一匹以上はB級以上の魔獣を狩った方がいいらしい。
面倒くさいから、ピーとのパーティでサクッとワイバーン狩りまくってさっさとA級になってしまおうか。考えどころだ。
A級危険度の魔獣の代表はワイバーンだ。その他にはキマイラやグリフォン、地竜などがいる。
一番危険なのはワイバーンだ。竜種で知能も高く、ブレスを撃ってくる。何より厄介なのが、飛竜なので飛行能力が高いことだ。飛ばれてしまうと、通常の冒険者では攻撃できなくなる。頭が良いので、地上に仕掛けた罠など通用しない。
上空からブレスで狙われ、やられたい放題で逃げ帰るのが常だ。強力な遠距離攻撃手段を持っていなければ狩れない。
ま、ワイバーン用の魔法、創ってもよいが、現状で持っている魔法でも狩れなくはない。作戦次第では、むしろ美味しい魔獣かも知れない、と思っている。
サラとの打ち合わせが終わった後、昼食をとってから、俺たちはポアロの図書館へ向かった。ピーの勉強のためだ。
ピーはここ数日で字を覚え、既に本を読み始めている。どんどん賢くなっている。だが、まだ足りない。基本的な常識や知識さえあればいい。それが身についてから俺が教える。物理学を。
この世界には無い、一狼時代の物理学を教えなければならない。ニュートンのリンゴから。
ピーは魔力は強いが、魔法らしい魔法は使えない。魔法の仕組みや理屈を知らないからだ。敵を魔素でサーチする『索敵』も魔法といえば魔法かも知れないが、あれは魔法と言うより、元々持っている身体的能力だ。
俺は魔素を感じる能力は持っていないが、これから人類は、いや、人間種は、生物は、そういう能力を獲得していくのかも知れない。今はきっと過渡期なのだ、進化の、多分。
「ピーちゃん!よく来てくれたねえ、じいじは寂しかったよー!可愛いねぇ」
図書館に着くとポアロが大歓迎してくれた。
なぜもっと頻繁に連れて来ない、意地悪か、とポアロに怒られた。
図書館の利用料を支払おうとしたら、ポアロが俺たち2人分の無料パスをくれた。毎日来なさいと言われたが、そりゃ無理だ。だが、ありがたい。
ポアロは早速ピーを館長室に連れて行こうとしていたが、俺が制止する。
「今日はピーの勉強で来た。閲覧スペースを利用したい。そっちに連れて行ってくれ」
ポアロは一瞬戸惑ったような顔をしたが、すぐに破顔して言う。
「そうかい。ピーちゃんはもう字が読めるようになったのか、偉いねー!じゃあこっちにおいで。どんな本が読みたい?お菓子は後で持っていってあげるからねー」
閲覧スペースは飲食禁止だろ。いいのか?ポアロ。
閲覧スペースで本を読み始めたピーは、あまりに頻繁に絡んで来るポアロに、ついに怒った。
「もう!おじいちゃん、これじゃ本が読めないよ。あっちに行ってて!」
ピーに嫌われたと、半泣き状態のポアロに俺は言う。
「ポアロ、そうじゃない。黙って、静かにピーの横にいてやるんだ。ピーはやっと普通の本が読めるようになった程度だ。まだわからない言葉や概念がある。ピーが疑問に思ったことやわからないことを教えてやるんだ。ピーに構いたいなら、そうしろ」
ポアロは静かにピーの横の席に腰を降ろした。
無料の家庭教師ゲットだぜ。
しばらくしてから、少し離れた席で1人で考え事をしていた俺のところに、本を読み終えたピーがやって来て言う。
「ねえ、ヴォルク、これ読み終わった。次は何読んだらいい?いっしょに選んでー」
「甘えるな、ピー。お前の勉強は遊びじゃない。これは冒険者としての仕事の1つだ。お前が絵本を読みたいと思うのなら、絵本を読めばいい。難しい哲学の本を読みたいと思うなら、哲学の本を読めばいい。自由だ。だが、自由には責任が伴う。魔獣に殺されそうになった時に、『ああ、あの時こんな本を読んでおけばよかった』と後悔するのはお前だ。お前はこれから、俺と共に冒険者として生きるんだ。今の自分に、冒険者として、生き抜いていくために何が必要なのか、どんな知識が有用なのか、自分で考え、読む本を選ぶんだ」
ピーに何を読ませればいいかなんて分かんねーよ!
遊び気分だったピーの眼に、真剣さが宿った。
本当はもっと遊ばせてやりたい。なんせ、ピーの実年齢は3歳くらいなのだ。見た目は15、6歳だが。しかし、俺にはそんな余裕は無い。一刻も早く、ピーが1人でも生きていけるように、自分の身は自分で守れるようにしてやるのが親としての責任だ。
まずは知識。体調が整ったら、剣術や体術も必要だ。ピーの美貌では、暴漢に襲われても、1人で撃退できる必要がある。ただでさえ、冒険者には、ボルドのような、ならず者が多いのだ。
夕方になり、図書館が閉館するまで勉強をした俺たちは、豚のとまり木亭でギガパイソンの肉を食って帰った。ギガパイソンの肉は『豚肉の煮込み』だといって出された。
豚の止まり木亭では、肉料理は何でも豚肉と偽って出す。怪しいと思ったんだよ!同じ料理でも毎日肉の味が違う。大体、スクルドの街や近郊にも養豚場があるなんて話は聞いたこともない。絶対、冒険者が狩ってきた魔獣の肉だろ!
まあ、食えりゃ何でもいいのだが。食中毒さえおこさなければ。
夕食が終わった後、俺たちが帰ったのはいつもの安宿ではなく、この街1番の高級ホテルだった。サラから宿泊料金はギルドで半分持つので、そちらに移ってくれと頼まれた。セキュリティー面で懸念があるからとの事だ。
女将さんには長年、世話になったが昨日宿を引き払い、ホテルに移った。
今日、早速ボルドに絡まれたし、これからもそんなことが頻発するだろう。ギルマスからも、命を狙われる懸念があると言われているし、何よりもピーの安全が第一だ。仕方がない。
部屋のベッドはダブルだ。だって、仕方がないだろう!ピーは毎日俺のベッドに潜り込んでくるし、いつもベッドを1つ空けていても意味がない。
俺たちが冒険者として駆け上がっていくにつれ、周りの環境も変わってくる。これも仕方のないことだ。
感想が一つもない。もう第一章も終わったのに(;ω;)
誰も読んでないのかな?




