10.討伐、ギガパイソン
「ピー、どっちだ?」
俺がそう尋ねると、ピーは黙って腕を上げ森の奥を指差す。
俺はその方向を目を凝らして、睨み続けながら言う。
「距離はわかるか?」
「‥多分、森に入って、歩いて1時間くらいの所」
ピーは緊張した面持ちで答える。
「そんな近くにいやがるのか。2人食べて味をしめやがったな‥」
ここはスクルドの街の街壁に設けられた、裏門にあたる南門から西へ街壁沿いに4分の1ほど来た所だ。
そこから真っ直ぐ西へ150メートルも行けば、魔獣が棲む未開の森が始まる。ピーの指はその方向を指していた。
俺たちは早朝1番で、開門と同時に門を出てここにやって来た。いよいよ、今日ギガパイソンを狩る。
俺の貯金も心細くなってきた。魔獣を狩って金策をしなければ食って行けない。ギガパイソンを上手く狩れれば、金貨300枚にはなるはずだ。一狼時代の貨幣価値に換算すると三千万円位だろうか。
それだけあれば、しばらくは狩りやクエストをこなさなくてもピーの養育に専念できる。
本当はこのギガパイソンの狩にピーを連れて来たくは無かった。危険だし、『エルフの生理』からまだ2日しか経っていない。毎日、無理矢理たくさん食べさせているとはいえ、体調もまだ不十分だ。身体に少し肉は付いてきたが、いまだガリガリだ。
その『エルフの生理』だが、当日はそれほど大きなトラブルも無く、案外、呆気なく過ぎた。両腕、両脚に筋肉痛は出たが、ショック死するほど酷いものではなく、治癒魔法で何とか治まり、一日寝て過ごして終わった。前日に大事をとって食っちゃ寝したのが良かったのかも知れない。
ピーを狩に連れてきた理由は二つある。
一つは、常に一緒にいてやらないと生きて行けないからだ。
ピーに1人で図書館などで勉強させ、俺1人でクソ蛇狩に行くということができない。そんな事をしたらまたポアロに怒られるし、ピーに万が一の事態が起こらないとも限らない。
だが、ギガパイソン狩りも、もうこれ以上は引き延ばせない。昨日、ギルドに寄った時点では新たな犠牲者は出ておらず、懸賞金が掛かったり、クエストの募集や招集が行われてもいなかった。
ギガパイソンが、未開の森のこんな浅瀬にいるということはまだ発覚していないのだ。もしそれで新たな犠牲者が出てしまえば、ギルドへの報告を怠った俺の寝覚めが悪くなる。
奴が冒険者二人を捕食してから、今日でちょうど一週間だ。消化も終わり、新たな捕食対象を探して動き回る頃合いだ。ピーの体調が整うまで待っている時間は無い。
俺とピーは常に一緒にいなければならないのなら、俺が冒険者をやっている限りは、ピーにも冒険者になってもらうしかない。
このギガパイソン狩りがどれほど危険であったとしても、冒険者としての自覚を養ってもらうためにも一緒に来てもらうしかないのだ。
C級冒険者の俺が、B級危険度の魔獣にソロで挑む。ほぼ勝ち目のない挑戦だ。『次元斬』という新たな強力な魔法を会得したとは言え、魔獣狩りは何が起こるかわからない。魔獣は知能も高い。危険度はほぼ変わらないと思って間違いない。
もし俺がここで死んでしまえば、恐らくピーも生きて行けない。つまり、一緒に来ても来なくても、ピーが危険である事に変わりはないのだ。
それならば連れて行くべきだ、と俺は判断した。
ピーを連れて来たもう一つの理由は、ピーの魔力の強さだ。
魔法理論を語っていた魔法使いの先生は、その発言内容から、どうも魔素を感じ取る能力があるようだ。その能力があるが故に、魔素を意図的に体内に取込むことができ、その結果、魔力が強くなったらしい。
であるなら、魔力が強いと言われるエルフやピーにも魔素=ダークマターを感じる能力があるはずである。
魔素を感知することができるということは、即ち魔獣を索敵できるということだ。何故なら、魔獣とは魔法を行使できる獣のことで、その体内に魔素を取り込んでいる。
そして、B級クラスの魔獣になれは、体内に魔素を相当溜め込んでいるはずで、魔素を感知できる者にとってはかなり目立つはずだ。ギガパイソンの居場所の特定も可能なはず。
念のため、ピーに魔素の説明をし、感知できるか尋ねたら、できるとのこと。魔獣もどこにいるか、方角くらいならわかる、と答えた。
ギガパイソン狩で俺が一番懸念していたのは、この広大な未開の森でいかに敵を探すかということだった。この危険な森の中をギガパイソンを探して何日も彷徨うなど、真っ平だ。ただでさえ、奴の体色は保護色で迷彩柄だ。近くにいてもわからないなどという状況では、命がいくつあっても足りない。
先に敵を見つけ、不意打ちを仕掛けられる状況を作らなければ、格上のB級モンスターなど倒せるものではない。
ピーを連れて来た最大の理由は、レーダーがわりになって、敵を見つけてもらうためだ。敵の方角がわかるだけでも、かなりのアドバンテージになる。ピーは立派な戦力だ。
ピーの本格的な冒険者装備は昨日、買い揃えた。
『避役』というカメレオンの魔獣の皮を使った上下の長袖のツナギを着ている。カメレオンの皮なので着用者の魔力で、好きな色に変色させることができる。
今は鮮やかな若草色で、カメレオンの鱗がスパンコールのように、体のあちこちでキラキラ輝いている。ピーのような美少女が着ると幻想的な美しさだ。皮の強度も高く、ナイフで刺されたくらいでは刃は通らない。
ちなみに『避役』とは、C級危険度の魔獣で、サイズは仔牛くらいのデカいカメレオンだ。知能も高く水魔法を使ってくる。肉食で、人間も捕食対象にしている。危険だが、俺でも倒せないことはない。
腰にゆるくかけたナイフベルトには、解体用の小ぶりのナイフが2本、左手側には、片刃のレイピアが鞘に収まっている。ピーにはまだ使えないが、無いよりはマシだ。
肩にはピーの身長に合わせたマントが掛かっている。
冒険者にマントは必需品だ。飛んできた弓矢を防ぎ、ナイフや剣などの斬撃も、防ぎきれなくてもかなり衝撃を吸収してくれる。
また、野営時には毛布代わりになるし、自分がどんな装備をし武器を持っているか、という情報も隠してくれる。スリ対策にもなる。いい事だらけだ。
ピーの装備一式はかなり高かった。特にカメレオンスーツ。武器を新調しようと貯めていた貯金の殆どがこの一着で消えた。
だが、可愛いピーのためだ。ちっとも惜しくはない。
「ヴォルク、大変!」
小声でピーが呟く。
「どうした?」
「見つかった‥、こちらに向かってくる」
「なに!」
迂闊だった。ピーが魔素感知で索敵できるなら、ギガパイソンだって索敵できる可能性がある。それを失念していた。
「速さは?あと何分で視認できる?」
「視認?見えるってこと?‥10分くらいだと思う」
「まずいな‥」
人が歩く速さの6倍の速度で向かってきている。木を避け、蛇行しながらの移動で、その速さだ。かなり速い。
ギガパイソンはその巨体に似合わず、俊敏な魔獣だ。
そして最も問題なことは、こちらの切り札『次元斬』は初見殺しの技であり、高速で動き回る相手には通用しない、ということだ。
次元斬の一撃だけでギガパイソンを仕留めようとしたら、発生させた霧を奴の頭に被せ、首を切り落とすしか無い。胴を斬り落としても奴は即死はしない。しばらくは動き回り、人より俊敏な動きでこちらを殺しに来るだろう。そうなったらまず生き残れない。
もし最初の一撃が失敗し、他の部位を傷つけただけに終われば、霧を警戒し避け、近づかなくなる。ただでさえ、俊敏に動き回る相手には相性が悪い技なのに。
当初は、ピーにギガパイソンを索敵してもらい、見つからないように忍び寄って、寝ているか、動きを止めている奴を不意打ちで次元斬で仕留める計画だった。だが、この計画は破綻した。
一瞬、逃げることも考えた。今ならピーを背負って走れば南門まで行けるかも知れない。しかし、そうしたら街に魔獣を呼び込む形になり、俺たち以外にも犠牲者が出る。
俺はギガパイソンがどういう動きをとるか冷静に計算してみた。
ギガパイソンは魔獣とはいえ、爬虫類だ。爬虫類特有の動きをする。哺乳類は恒温動物のため長時間動き続けることができるが、爬虫類は変温動物のため、気温が低いと動きが鈍くなり、長時間は動き回れない。
ヘビが、俊敏に動いても、その後は必ずピタッと固まったように動きを止めるのはそのためだ。
では、奴はどう動く?
今の気温は肌寒い。
ギガパイソンは頭のいい魔獣だ。そんな奴が、森からいきなり飛び出して来るだろうか?森の外で何が待ち構えているかわからないのに。
それに奴はつい先日、冒険者二人を捕食したばかりだ。そんなに飢えてはいない。飢えで我を忘れてそのまま森を飛び出して来るとは考えられない。
恐らく奴は森の端で一旦停まるはずだ。筋肉を休めるためにも。
そして、もう一つ重要なことがある。奴がピーと同じように魔素を感知してこちらを見ているとしたら、恐らくピーしか見ていない、俺は見えていないということだ。
俺は決めた。奴が森の端で一瞬、動きを止めるのを見計らって次元斬を発動し、仕留める。
一発勝負の一か八かだ。
もう、時間の猶予は無い。
俺はピーにこの場所を動かないように指示し、もう一つ、奴が進行方向を変えた場合、それがわかるように、腕を上げて奴の方向を差し続けていろと手早く指示してから、ピーが指差す方向の森に向かって走り出した。
森の端の木に辿り着いた俺は、木に背中を預け呼吸を整える。
そして、森の端から3メートル程の場所に直径1メートルくらいの球体状に濃い霧を発生させた。風はほとんど無い。この濃さの霧ならしばらく保つだろう。
ピーが先程、10分くらいと言ってから、そろそろその時間が経過するという時、森の奥からヘビ特有の地面を這いずる音が微かに聞こえてきた。
そして、ギガパイソンは、森が途切れる手前5メートルの位置でピタリと止まった。
二股の舌をその口から盛んに出し入れしだす。臭いで俺を探しているのだ。
ヘビは地面の振動に敏感だ。さっき、俺が走ってここに来たことはバレている。
ピーが森から100メートル以上向こうにいて、そして森の木が途切れる端に人の気配。
『罠がある』
そう考えるのは当然だ。
俺は木の陰から出て、奴の前に姿を現す。
警戒したギガパイソンは、ゆっくりと鎌首を上げ、周囲を探り、同時に最短最速の動きで、どう俺を攻撃するか計算し始め、頭をピタッとその場に止めた。
『その慎重さが、その頭の良さが、お前の敗因だ』
ギガパイソンの頭の上に発生させていた薄い霧を、死角からそっとその頭に被せる。
「次元斬!」
そう呟くと同時に、バツン!という音が森に響く。
森の外、平原に発生させていた濃い霧の中から、ゴロンと横幅50センチ、長さ60センチくらいのギガパイソンの頭が転がり落ちてきた。
その眼はまだ動いていた。
ギガパイソンの頭と胴体はその後、1時間以上も動き続け、魔獣の生命力の強さに驚かされた。
その間にピーにギルドに行かせ、サラを呼んで来てもらった。これだけ大きな獲物はギルドに持って行けない。買取係のサラに来てもらった方が早い。
俺はギガパイソンの側を離れる訳にはいかない。他の冒険者にこれを見つけられ、横取りされては堪らないからだ。金貨300枚の獲物だ。
「キャーーーー!何ですか!これ、まだ生きてるーーー!」
ピーに連れられてサラがやって来た。
そして、サラにギガパイソンの討伐と所有権を認めてもらってから、ようやく俺たちはギルドに戻った。
ギルドでは久しぶりの大物討伐の一報で湧き立っていた。早速、ギガパイソンの回収班が編成され、班長に指名された解体所のチーフは張り切っていた。あれだけの大物になると、現地で解体する必要がある。しかも討伐から何日も経った腐りかけではなく、さっき討伐されたばかりの新鮮なB級魔獣など滅多に出ない。
そして、俺とピーはマスター室に呼ばれ、ギルドマスターから討伐状況の聴取をされていた。討伐証明をしたサラも呼ばれていた。
「まったく、信じられない快挙だ。昨日までうだつの上がらないC級冒険者だったのに、それがB級魔獣を、しかも単独討伐!一体、何があった?」
「ちょっと、ギルマス、酷いですよ!うだつが上がらないって‥ヴォルクさんはずっと、ずっと地道に努力して来たんです!」
俺が説明を始める前に、サラがギルマスに抗議していた。
俺たちがギルドに戻った直後から、俺に対して
「凄い、すごい!良かった、よかった」と半泣きになりながら祝福してくれていた。
「ああ!失礼、気を悪くしないでくれ。サラからの状況聴取も踏まえ、ギガパイソン単独討伐の認定は間違いない。そして、ヴォルク君、いや、ヴォルクさんのB級昇格も確実だ。昇格どころか、いきなり上位にランクインだな。今のB級にギガパイソンを単独討伐できる奴、2〜3人しかいないんじゃないか?担当職員も付けなきゃいけないな。サラ、やるか?」
「え!ホントですか!?やるます!やるに決まってるじゃないですか!」
冒険者の担当職員は、一部高位冒険者の秘書のような業務になる。平職員からの大出世だ。
「で、ギガパイソンはぶっちゃけ、どうやって討伐したんだ?君のその剣ではギガパイソンの首は切れないだろ」
「企業秘密です‥と言いたいところだが、まあ、いいでしょ。『次元斬』という強力な攻撃魔法を会得したんですよ」
「次元斬?聞いたことが無い魔法だな」
「魔法っていうより、色んな魔法を組み合わせた『技』ですね」
「ほー‥、だが君は確か水魔法と治癒魔法くらいしか使えなかったように記憶してるが」
「それが、この、横にいるピーと知り合ってから、ありとあらゆる魔法が使えるようになりまして」
そう言って、チラリとピーを見たら、ピーは退屈だったのか、目の前に出されている茶菓子を食べていいのかわからず、手を出そうとしては引っ込めていた。
俺は片手でガッと5、6個茶菓子を掴むと、ピーの膝の上に置いてやった。
「証拠と言っては何ですが、鑑定水晶を持ってきていただければ証明できますよ」
ギルマスは入り口ドア近くに立って控えていた秘書に顎で指示し、すぐに鑑定水晶を持って来させた。
俺は、サラやギルマスが見守る中、鑑定水晶に手をかざす。
するとそこには、10種以上の魔法がズラズラと表示され出した。
「‥な、何だこれは!」
ギルマスは中腰になって水晶を覗き込んだ。
「『火魔法』や『風魔法』ってのは解るが、『雷魔法』って何だ?初めて見た、ん?この『創造魔法』って‥聞いたこともないな、サラ、あるか?」
「いえ、私も初めて見ました」
「俺もそれ、どんな魔法なのかわからないんですよ。新しく魔法を創造出来るってことかなと、勝手に解釈してます」
「!!‥ま、待て待て、この『転移魔法』って、おい!これ、空間を転移できるってことか?ヴォルクくん‥さん、できるのか?!」
「できますね」
「‥!」
ギルマスは言葉を失っていた。
空間を転移できるとはどういうことか。その利便性、戦術性、危険性、可能性‥。
何でもできてしまう、神にも等しい能力。
ギルマスは腕を組み、ソファに沈み込むように深く腰掛け、天井を見つめ考えだした。
「『次元斬』はその転移魔法の応用技です。まあ、他にも水魔法も組み合わせてますが」
俺の言葉が聞こえていないかのようにギルマスは天井を見つめたまま、微動だにしない。
そしてポツリと呟く。
「‥危険すぎる‥」
ギルマスは突然立ち上がり、大声で宣言するようにこの部屋の全員に怒鳴った。
「今日この部屋でなされた会話、そして開示された事実は一切、極秘とする!秘書も、いいな!サラも、そしてヴォルク君たちも!」
ギルマスは小声で何かぶつぶつ呟いた後、更に言う。
「ヴォルク君は、魔法に関しては今まで通り、水魔法と治癒魔法しか使えないことにしなさい。転移魔法や創造魔法は誰にも言わないように。でなければ、君も、ピーちゃんも命の危険があります。転移魔法なんてものが使えるなら、確かにギガパイソンを屠るなど容易い。そして、ヴォルク君、君は早急に実績を積んでA級になりなさい。いや、A級では足りない。S級になりなさい。S級は総合本部のギルド長と同等の権限が与えられます。それは実質、この世界の頂点、覇者になるということ。ならなければ、あなたは自分の身が守れない。常に命を狙われ続ける覚悟をしなさい。いいですね?」
『転移魔法』は確かにヤバい魔法だと思っていたが、それほどか。俺の認識が甘かった。
「さあ、今日の聴取はこれで終わりです。秘書は総合本部出張の準備を、サラ君はこの話を聞いた以上、ヴォルク君の担当にします。拒否権はありません。ギルドを辞めることも許しません。今すぐに担当としての職務に移りなさい。ヴォルク君も、本当は今すぐにでもS級にしたいのですが、S級になるには明確な基準があり、私の権限では出来ません。一刻も早く暗黒龍を討伐し、正々堂々、S級に駆け上がって下さい。以上です」
マスター室を追われるように退出した後、俺たちはサラとB級昇格の手続きとギガパイソン買取金支払いの打合せを簡単にして、ギルドを後にした。
豚の止まり木亭でピーと打ち上げだ。サラも誘ったが、すぐにやらなければならない事が山積みで無理だと辞退された。
ピーと二人で、乾杯した。ピーは高カロリーの甘いジュースで、俺は冷えたエールで。
俺とピーの冒険者としての活躍はここから始まった。
この話で第一章は終了です。
第二章から、チート魔法ガンガン作って大活躍します。
雷撃=バルヴォルト!




