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狼のエピタフ  作者: 高橋 久緒
第一章 出逢い邂逅
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9.魔法理論

 トン、ゴン、バァン!

「ピー、寝てるか?起きろ。昼飯だぞー」

そう言うと俺は半開きになっていた部屋のドアを蹴って開け、両手で持ったトレーをベッド脇のサイドテーブルに置く。

 トレーの上にはピーの昼食が載っていた。宿の大将に作ってもらった大人2人分。

「えーー!さっき朝ごはん食べたばっかし。まだお腹空いてないよー」

「ダメだ。食べろ。無理して食べろ。残してもいいから食べろ」


 今日は、一日中宿に籠る。明日の『エルフの生理』に備えて、ピーには今日は食っちゃ寝してもらう。

 『エルフの生理』とは、全身に掛かっていた身体強化魔法=ストレングスが、1週間で1日だけ切れるエルフ特有の現象のことだ。ピーは明日がその日に当たる。二次成長後の初めての生理日なので、かなりの反動が予想される。場合によっては、ショック死もあり得る。

 万全を期しての食っちゃ寝だ。ピーは絶対に死なせねえ。

 俺は今日は1日中ピーの側にいる。本当は一緒に寝てやったほうが愛が伝わりやすい気がするが、それをすると俺が寝てしまう。俺は俺でやらなければならないことがある。

 物理で魔法を強化する、もしくは新しく創るための理論武装をし、理屈を考えなければならない。


 その前に昨日の魔法実験で成功した『次元斬』の仕組みを説明しておこう。まず、俺の水魔法で霧を出す。元々俺はコップ1杯分くらいの水を出すことなら可能だったのだ。霧を出すことぐらい造作もない。そして、出した霧を更に念力で量子もつれを励起させ、もう1カ所に出した霧の空間と同期させ、その空間内にある物質を、相手側の空間に転移させる。

 その転移を物体の1部分だけに指定してやれば、空間で切り取る『次元斬』が完成する。と、説明すれば簡単だが、1番苦労をしたのは魔法とは何か、念力とは何かということの理論付けだ。

 以前、魔法とは念力の応用なのではないかと推論した。では、念力とは何なのかということを理論付けしないといけない。

 この世界では魔法使いの先生は魔法をこのように説明している。この世には魔素というものがあり、それを体内に取り込み、その魔素をもとに魔力を作り、その魔力で魔法という現象を起こすのだと。

 じゃあ、その魔素って何なんだよということである。魔素なんて俺は見たこともないし、感じたこともない。一狼の時代にもそんな物は無かった。

 しかし、この世界が、一狼の時代の未来だとするなら、一狼の時代にも魔素はあったはずだ。本当に無かったのか?

 実はあった。一狼時代、文明が発達し、科学が隆盛を極めた時代でも解明されなかった未知の物質がある。そう、『ダークマター』だ。


魔素とはダークマターのことではないのか?


 ダークマターが魔素であると仮定するならば、魔力=念力は、ダークマターで説明できるはずだ。


『念力とはダークマターをエネルギー源として マクロ物質の量子もつれ状態を励起させ、物質を意図したように操る力である』


 このように、定義する理論を構築するのが一苦労だった。なんせ一狼時代の物理学は超能力に敗北したのだ。敗北どころか、屁理屈かまして研究すらしないという、敵前逃亡をしたのだ。惨敗である。

 再現性がないだとか反証可能性が欠如しているとか誤魔化し、超能力は存在しないとまで言い切った。アホか?そんな存在しないものを、各国政府が巨額の予算を組んで研究などするものか。戦争中や冷戦中には必死になって研究していたはずだ。

 むしろ、物理学会に研究させないように、政府から圧力があったのではないか、とさえ思う。

 そんな一狼時代の現代物理学が敗北した問題に挑んだ訳だから、頭の悪い俺は必死だった。

 量子力学、超弦理論、ER = EPR仮説まで引っ張り出して、何とか理屈をこじつけた。詳しく書くと長くなるので、ここでは説明を省くが、おそらくこの理論は正しいはずだ。なぜなら、その理屈で行った魔法実験が成功しているからだ。

 そして、そもそも次元斬の根本原理である空間転移を魔法で出来ないかと思い至ったのは、オカルトからである。

 俺、ヴォルクの時代、現代にも転移魔法など無い。しかし、霧の中を歩いていたら、別の場所に着いたとか、いつもなら30分で着くところを5時間歩いてもたどり着かなかったなどと言う話は良く聞く。

 一狼時代にもそんな話はあった。狐に化かされただとか、マヨヒガの話だ。

 『これは本当に空間転移しているのではないか』と考えたことがきっかけだ。

 こうした話でよく出てくるのが霧だ。この霧が量子もつれを起こし、別の空間とつながってしまったのではないか。そして、意図的に霧に量子もつれを起こさせれば空間転移ができるのではないか、と。

 後は話が早い。もし出来るのであれば、転移の時に物体の一部分、つまり実験で使った丸太の端っことかを指定してやれば、空間転移を応用した『次元斬』の完成というわけだ。

 自分を転移させる実験はまだしていない。恐らく出来るのだろうが、何が起こるかわからないため慎重に行かざるを得ない。

 いずれピーで実験を‥‥するか!そんな鬼畜なことできるか!やるならピーを殴っていたドキュンでやるわ!

 成功したらこの世界初の転移魔法の完成である。そのうち創ってやる。必ず。


 ピーは何とか昼食を一人前食べ切ったが、もう食べられないようだ。まだ、一人前残っている。少し寝させ、また食べられるようになったら食べさせよう。

「ピー、愛してるぞ」

そう言うとピーは恥ずかしがって毛布を頭から被り顔を隠す。

 何だこのクソ可愛い生き物は!天使か?天使なのか?いや、ただのエルフでした。

 絶対に死なせねえ。決めた。もういいわ、誰に何を言われようが、この娘は俺の嫁にする。もう決めた!未来の嫁を死なせてたまるか。

 ピーはしばらく足をバタバタさせたり、寝返りをうったりしていたが、やがてウトウトしだし、寝息を立てて眠りに落ちた。


 俺は明日切れるピーの身体強化魔法『ストレングス』について考えていた。ストレングスは一応、魔法に分類されているが、俺の考えではこれは魔法ではない。暗示的、もしくは心理的な手法で筋肉のリミッターを解除しているだけだ。ストレングスが二重掛け出来ない理由もここにある。

 そもそも魔法とは理屈が理解できなければ行使することは出来ない。生まれてまだ数年しか経っていないピーが身体強化魔法の理屈を理解して行使しているとはとても思えない。だとすれば、これは魔法ではないのだ。

 そして、明日の『エルフの生理』をストレングスを掛け続けて回避することもできないということだ。

 恐らくストレングスの解除すらしてないだろう。自分で意識的に掛けたものではないから。単に1週間目に筋肉が限界を迎え、その日に反動が来るというだけの話だ。

 だが、筋肉痛が原因なら治癒魔法が効くかも知れない。問題は俺の治癒魔法は『弱』だということだ。ほとんど効かない。魔法じゃなくてプラシーボ効果なんじゃないかと思うほど効かない。

 しかし、あの日、ピーを拾った時はなぜか良く効いた。骨折すら治した。エルフは魔力が強いという。ピーも魔力が強いはずだ。あの時、ピーは自分で治癒魔法を行使していたか、もしくは自分の魔力で俺の治癒魔法をサポートしたか。

 理屈がわからなければ魔法は使えないとするなら、答えは後者だ。

 いずれにしろ、明日の『生理』は、最悪、治癒魔法で何とかなる気がしてきた。いや、何とかするんだ!

さて、魔法理論っぽいことも書いたので、そろそろタイトルも変更します。

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