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そして彼女は老いた  作者: 丹午心月


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9/10

09 乙女は思い余る

 メリタが大学生になって二年目になる。

 まだ子供でいたいと我儘を言って、大人になってくれなくて困る。

 早く大人の自覚を持ち、私に孫を抱かせて欲しい。

 メリタの子供ならきっと可愛い。

 あの小さかったメリタを彷彿とさせるに違いない。

 ダリス君に似た子だったら、戸惑いがあっても可愛がれる。

 あの小さい子供の柔らかさは凶器だから、大切に扱わないと私が壊れる。

 これは駄目。

 また知らない内に孫はまだか攻撃をしてしまうからこれ以上は考えないでおこう。

 けれど、私が仕事を引退した後は、出来れば孫の面倒を見て暮らしたい。

 勿論家は別々。

 考えないでおこうと思ったのに考えていた。

 これではメリタがまた怒る。


 メリタが泣いた日から夕食は私が作っている。

 朝も私、弁当も私、夜も私。

 メリタは子供になってしまった。

 もしかして、きっとそう。

 遅い反抗期が来たに違いない。

 けれど、あの日から寝かし付けをしなくて済むようになった。

 メリタが膝に座らない。

 親離れをしそうでいて、してくれない。

 難しい年頃はいつになったら終わるのだろうか。

 人間は一様に量れない何かがある。

 それはロボットも同じ。

 だから私は皆から「壊れた(マンクス)」と呼ばれる。

 これも仕様のない事。


 メリタは遅い夕食が終わっても食卓にいて私を睨むようになった。

「ご飯を食べてから三時間は寝てはいけない。分かった?」

「毎日言われてるから分かってる」

「それなら良い。メリタが寝たら私も休む」

「まだ寝ない」

「そう。分かった。もう一人で寝られるようになった。メリタは大人になった。素晴らしい」

「まだ子供だけどね」

「そう。まだ子供だという事が分かった。それでも最近目付きが悪い。もしかして視力が落ちた? 勉強のし過ぎ?」

「もうすぐ三年生になるでしょ」

「うん、そう。メリタはもうすぐ三年生。月日の流れは早い」

「就職する企業を探し始めるでしょ」

「そうだね。始まる頃だね」

「フェルを作った会社を狙おうと思うの。三年生でダメでも四年生で決まればなって」

「私を作った会社と言うとオリニティゴー。世界第四位の会社。メリタが入社する事はとても嬉しい」

「頑張る」

「無理のない範囲にしておいて下さい。お願いします」

「無理はしない」

「それで、視力が落ちたかどうかの話の続き」

「落ちてない」

「それなら良かった。私を睨む理由がメリタにはあるという事?」

「ふん」

「分かった。メリタは大人になりたくないのに、私が大人になれと言うから怒っている?」

「フェルには分からないよ」

「分かる。当てるから聞いて」

「部屋に戻る。ごちそうさま。明日もお願い」

「待って。まだ話が続いている」

「終わった。三時間後にまた出て来るよ。部屋に戻るね」

 そう言った顔は微笑んでいた。

 本の少しだけだけれど、微笑んでいた。

 少し安心。

 けれど、難しい年頃はいつまで続くのかが問題になって来た。


 メリタはオリニティゴーは不採用だった。

 四年も受けるつもりでいる。

 応援はするけれど、無理はしないで欲しい。

 ダリス君の遊びに来る回数が激減している。

 きっとメリタ同様に就職活動をしているのだろう。

 気になるけれど、メリタには聞けない。

 また会えると思っているから、それはそれで良い。

 私は孫の事について考える事を完全に止めた訳ではなかった。

 それでもメリタに言わないように、細心の注意を払っている。


 メリタが四年生になった。

 毎日が変わらないようで、少しずつ違う。

 大学を卒業したら、きっと大人になってくれる。

 そうすれば私の孫が、違った、メリタの独立が一歩進む。

 孫が出来たら、やはりも白い下着にする。

 白は清潔感があって良い。

 メリタにはそれが分からない。

 ダリス君も黄色が好きだと言っていた。

 二人共が白の良さを分かっていない。

 私が孫に教えなければならない。

 これは駄目。

 また考えていた。

 大丈夫、メリタは黙々と食べていて私の考えている事は分からない。


 私が料理を作り始めて何年目になるのだろうか。

 二十年目?

 月日の流れ方がおかしい。

 二十年目だと、十九年が経とうとしているという事になる?

 メリタも大人の女性になる訳だけれど、今年で二十二歳だから当然。

 けれど、私の前ではまだ子供。

 そろそろ料理をしてくれないだろうか。

 一生面倒を見るとは言ったけれど、私はダリス君と結婚をして孫を産んで欲しいと思っている。

 あ、また考えていた。

 どうしても思考がそちらへ流れてしまう。

 これは妙な癖が付いてしまったようだ。


 以前のように、メリタにもっと笑顔になってもらいたいけれど、何を言っても冷笑をされてしまう。

 何故なのか。

 ここはやはり白い下着の出番かも知れない。

 あれを着用すると心が洗われるに違いない。

 今度の誕生日はそれにする。

 忘れないようにしておこう。

「ごちそうさま」

 この時だけ微笑んでくれる。

「美味しかった?」

「美味しかった。明日もお願いね」

 この顔は無表情。

 本当に美味しかったのか甚だ疑問が残る。

「メリタがもっと笑ってくれたら明日も作る」

「私、いつも笑ってるでしょ」

「いつも? あれは冷笑と言う。もっと楽しそうに笑って欲しい」

「笑ってるでしょ?」

「その顔も違う。私はメリタの父親。メリタをずっと見て来て知っているけれど、その顔は冷笑と言う。私の言う笑顔は楽しそうな笑顔」

 いきなり天板を叩いた。

 私の頭ではないけれど、音からしてきっと手が痛いと思う。

「メリタ、それは叩く物ではないし、食卓の方が強くてメリタの手が痛むから叩かないで下さい。お願いします」

 睨み付けられた。

 怒ってる。

 これは大激怒だ。

「私だって笑ってるつもりなのに、フェルがそんな事を言うからでしょ!」

「はい、私が悪いです。ごめんなさい」

「そうやって謝ればすむと思ってるところがムカつく!」

「私の言い方が悪かったからメリタが怒らせてしまって、本当にごめんなさい」

「本当にムカつく! 分かってるようで分かってないんだから!」

「それでは分かるように話して下さい。お願いします」

 目を伏せられて無言になった。

 沈黙が流れるけれど、食器も下げないまま耐える。

 あ、メリタの口が漸く動きそう。

 ……と思ったけれど動かなかった。


 メリタは何度か言い淀んで、結局言わないままで部屋へ引っ込んでしまった。

 食器を水に浸けて、乾いた汚れが落ち易くなるまで待つ。

 その間、メリタコレクションを見る。

 小さい頃のメリタは本当に可愛い。

 目に入れても痛くないと言ってしまう気持ちが良く分かる。

 この頃は素直で私に色々と話してくれていたのに、女の子は本当に難しい。

 ……そう言えば、この頃も私に隠し事をしていた。

 父親がヒューマノイドだから学校で何かを言われているのかも知れない。

 可能性としてはある。

 ああ!

 気が付いてしまった!

 ダリス君と上手く行っていない。

 これ!


 私が孫はまだか攻撃をしていたから言えないでいたのだろう。

 悪い事をしてしまった。

 けれど、孫はまたいずれ機会が訪れると思う。

 その時は沈黙して見守る事にしたい。

 孫はまだか攻撃は駄目だと勉強になったから二度としない。


 翌朝、朝食を作ってメリタを起こす。

 ドアをノックしても返事がないから部屋へ入る。

「メリタ、起きて。朝食が出来た」

「今日から食べない」

 起きていたようだけれど壁の方に向いていて、こちらを向いてくれない。

「食べないと駄目。朝はしっかり食べないと体に悪い」

「……フェルなんか嫌い。出て行って」

 声を絞り出すように言った。

 きっとダリス君との事は泣くような事だったのだろう。

「分かった。置いておくから夜に食べて」

「……夜もいらない」

「夜に食べてくれないならここから出て行かない」

「何よお! 私の事なんてどうとも想ってないクセに!」

「思っているに決まっている。メリタは私の大切な娘」

「それだけでしょ! 出て行ってよお!」

 叫んだと思ったら頭まで布団を被った。

 話が出来ない。

 ベッド脇で(ひざまず)く。

「メリタ、私はメリタがとても可愛いと思っている。これは本当。だからそう言わないで下さい。お願いします」

 布団が捲れ上がって、メリタが振り返っていた。

 涙で目尻が濡れている。

 これは困った。

「最後まで私の面倒を見る約束、忘れないでよね」

「餓死は駄目。絶対に駄目」

「すぐ死ぬ訳ないでしょ」

「それなら食べて下さい。お願いします」

「今日はイヤ。欲しくない」

 また布団を頭から被った。

「それなら捨てる。それで良い?」

 メリタが沈黙した。

 暫く待ったけれど、応答なし。

「メリタ? 返事が聞こえない」

「……出てって」

「今日食べないなら捨てる。それで良い?」

「夜に食べる!」

 食べてくれるのならば良かった。

「分かった。冷蔵庫に入れておく。私が戻るまでにきちんと食べる。分かった?」

「分かったから出てって!」

「はい」

 立ち上がって部屋を出て、料理をタッパーに入れて冷蔵庫へ。

 女の子は本当に難しい。

 機嫌の取り方が間違っていた?

 きっとそうに違いない。

 きちんとメリタを見ていたつもりだったけれど、何かが足りなかった。


 仕事を終えて帰宅すると、真っ先に台所へ行く。

 タッパーを洗ってあるから食べてくれている。

 良かった。

 本当に良かった。

 けれど、翌日も、その翌日も、大学へ行かないで同じような日を送る。

 週末は一緒に散歩はしたけれど、口を利いてくれなかった。

 その代わり、夜になると膝に座った。

 パーカーを着せられて、体を預けて来る。

 また甘えん坊に戻った。

 これはきっとダリス君と何かあったに違いない。

 私は寝かし付けの天才だから、背中を優しく叩いてメリタを寝かし付ける。

 お互い無言だったけれど、メリタが口を利きたくなるまで待つしかない。


 翌日は日曜なのに起きて来て、真っ直ぐ私の所へ来た。

「朝食作って」

「分かった。直ぐ作る」

 ダリス君に対する気持ちに踏ん切りが付いた?

 いずれにしても良かった。

 思ったより早く復活してくれそうで安心した。

 私は腕に縒りを掛けて、ご馳走を作れる程の材料がなかったけれど、出来るだけ頑張った。

 ああ、以前のように穏やかな表情になっている。

「美味しい?」

「うん、美味しい」

 そう言ってメリタが気恥ずかしそうに微笑んでくれた。

 孫はまだか攻撃は封印しようと思った。

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