08 少女は悩む
ダリス君も成績が優秀で、メリタと同じ大学で機械工学を専攻するそうだ。
毎週土曜はうちで昼食を済ませるダリス君は本当に良い子。
ただ、毎週来るから食費を入れようとする。
未来の息子にそのような気遣いをさせては、父親たる者の威厳がなくなる。
「いいじゃない。もらいましょうよ。用もないのに毎週来て、フェルの手料理食べてから帰るんだから。ダリスくんは図々しいのよ」
「ヒューマノイドでここまで美味しく作れるのは奇跡だよ? 機会があるなら味わっておかないと。それに毎日来てる訳じゃないからね?」
「毎日だったら確実に食費を入れてもらうに決まってるじゃない」
「だから四日しか来てないけど入れるって言ってるだろう?」
「四日しか? 四日も、でしょ?」
これは俗に言う痴話喧嘩ではないだろうか。
まだ結婚もしていないのに食費の話とは気の早い二人だ。
けれど、また口を挟んで二人の関係に水を差す結果となる可能性が大いにあるから無言。
喧嘩する程仲が良いとも言う。
これは俄然孫が楽しみになって来た。
二人を見守り始めて三年目、それも後半となった。
後半年もすれば二人は大学生になる。
メリタが大学生。
あの小さかったメリタが大学生?
やはり月日の流れ方がおかしい。
小さかったのはついこの間。
私は「壊れた」だから余計にそう感じてしまうのかも知れない。
もしかしてメリタコレクションを毎日見ているからそう思える?
小さいメリタは本当に人形みたいで可愛い。
だから気が付いたら見ている。
私の可愛いメリタはいつまでも娘。
けれど、早く巣立って欲しいとも思う。
是非孫を抱かせて欲しい。
この前は孫の事を検索していたら、孫はまだか攻撃を負担に思って妊娠し難くなる現象があると知った。
私はこれでは駄目だと理解した。
やはり無言が一番だけれど考える事は自由。
そっと見守る事にしながら、頭の中でずっと言う。
私の孫といつ会える?
何年後?
週末はいつものようにメリタと散歩。
ダリス君も来れば良いのに、その時間までは絶対にいない。
いる時に散歩をしようとするとダリス君は慌てて帰ってしまう。
そこまで未来の義父といたくないのだろうか。
「ダリス君は本当に良い子」
「フェルは気に入ってるんだね。でも私の方が良い子でしょ?」
「メリタも良い子。私の自慢の娘。とっても可愛い。小さい頃も本当に可愛い。今も可愛いけれど、やはり小さい頃には敵わない。白いパンツを嫌がらずに穿いてくれて本当に良い子だった」
「何? 今は白を穿かないから悪い子になるの?」
「白は清潔感があって良い。けれどメリタは白が好きではない。それが寂しい」
「白が入ってるパンツもあるでしょ?」
「最近の物は洗濯しないから分からない」
「前にくれた白のパンツはまだ穿いてるよ?」
「本当? それは嬉しい。けれどそろそろ穿けなくなる。また誕生日に」
「買わなくていい。白のパンツは嫌」
「それは本当に残念。きっとダリス君も白が好き」
「それはフェルの思い込みだね。きっと違う色が好きだと思うよ?」
「メリタはダリス君の事を良く知っている。仲が良さそうでお父さんは嬉しい」
メリタが私の手を引っ張って立ち止まった。
振り返って見ると睨み付けられる。
「フェルの考えてる事は孫の事だよね?」
「そのような事はない。断じてない。きっとない。多分ない。……かも知れない?」
「ただの友達だって言ってるのに……」
腕を組まれて引っ張られた。
何度も溜息を吐くメリタの隣を歩く。
早くも孫はまだか攻撃をしているも同然になってしまった?
失敗したかも知れない。
私は不意に孫の事を考えてしまう。
だからダリス君の事は考えないようにした。
毎週土曜の午前中にダリス君が遊びに来る。
「ダリスくんは何色が好き?」
その事を今頃尋ねるのかと驚いた。
あれから二ヶ月は経過している。
「僕は黄色が好き」
「ほら、白が好きじゃなかったよ。白が好きなのはフェルくらいだよ」
「フェルさんは白が好きなんだ?」
「違う。清潔感があって白が良いという話」
「それなら好きな色は何色?」
「私も知りたい」
「メリタは知らないの? 一緒に暮らしてるのに」
「フェルが教えてくれないんだよね。白でしょって聞いても違うって言うから分からないんだよ」
私の話題で仲良くしている。
このまま二人切りにしたいかも知れない。
「それで、フェルは何色が好きなの?」
「内緒。これはとても重要な情報だから国家機密」
「何よ、それ」
「あはははは。国家機密だって」
ダリス君が楽しそうに笑っているけれど、メリタは怒っている。
何故?
やはり女の子は難しい。
メリタの卒業式に出席した。
夏休みが終わったら、今度は大学生。
私の体内時計、きっと狂っている。
メリタに学校の色々な所に立って貰って記録した。
大学の入学式は出席出来ない。
だからこれが最後になる。
大学生だから大人になりたいかを尋ねた。
「え、まだ子供でしょ。大学卒業するまでは子供だよ」
「大人になりたくない症候群に罹っている?」
「それはある。だってフェルのご飯が食べられなくなっちゃう」
「そろそろ私を卒業させても良いと思わない?」
メリタが私に満面の笑みを浮かべて見せる。
「思わない」
「そう」
「フェルは卒業したいの?」
「メリタが大人になる事は当然の事。遅かれ早かれ必ず大人になる。私はそれが早いと嬉しい」
「それなら一生子供でいる! フェルには生涯現役でいてもらわないとね」
「生涯現役は当然だけれど、メリタが独立すると食事を作らなくて済むし、家も引っ越して掃除をする場所を減らせる」
メリタの顔が一瞬で怒りの表情になった。
「いったぁーい!」
久し振りに叩かれた。
「痛い事は分かり切っている事。メリタの手が痛むから叩かないで下さい。お願いします」
「だって、フェルがムカつく事を言うんだもん!」
「ムカつく? 言っていない。メリタが独立したら私は一人になる。そうなるとメリタの部屋がいらない。台所も浴室もトイレもいらない」
「ずっと一緒にいるって言ったのはフェルなんだからね! 守ってよね!」
そう言って走って帰ってしまった。
女の子は難しい。
私はいつ、ずっと一緒にいる、と言ったのだろうか。
メリタの記録は沢山ある。
その中にあるのかも知れない。
メリタの記録は沢山ある。
それにしても拾った頃のメリタは小さくて可愛らしさが爆発している。
ここまで可愛かっただろうか。
私の娘は自慢の娘。
今も可愛いけれど、やはり小さい頃は可愛過ぎて一人にしておけなかった。
見ず知らずの変態に連れ去られたら困るから常に一緒にいた。
懐かしい懐かしい思い出。
見付けた。
「そう。メリタを一人にしておけない。ずっと私と一緒」
これを言っているようだ。
はて?
これで何故ずっと一緒にいると思ったのか?
メリタを家に一人で残せないから、ずっと一緒にいるとなるはずだけれど、小さかったメリタは私がずっと一緒にいると思ったのかも知れない。
これは申し訳ない事をした。
きちんと話さなければならない。
メリタは部屋にいるようだ。
ドアをノックする。
「メリタ、話をしよう。私が悪かった」
「……入って良いよ」
ドアを開けると、ベッドで俯せになっている。
「体が疲れている?」
「違う……」
ベッド脇へ行き、膝で立つ。
「熱は?」
「ない。それで話って?」
「私は確かにずっと一緒にいると言っていた」
「ほらね! 責任取ってずっといてよね!」
俄然元気になった。
寧ろ怒っている?
「けれど、それは意味が違う」
「意味がどうであれ言ったんでしょ! ずっと一緒にいるんだから!」
「メリタ、あの時は小さいメリタを一人で家に残せなかった。だから傍にいるという意味で」
「言った事に代わりないじゃない!」
私に向けていた顔が俯いてしまった。
「一人にしてよ。出てって……」
「分かった。夕食は?」
「いる……。フェルが作ってよね」
「分かった。今夜はそうする。作ったら呼びに来る」
メリタの返事はなかったけれど、私は立ち上がって部屋を出る。
本当に女の子は難しい。
私はあの時、捨てられたメリタを安心させたくて、ずっと、と言ったのだと思う。
きっとそういうつもりで言った。
確かに言った。
それを覚えていて、本当にずっと一緒にいるつもりなのだとは思いも寄らなかった。
私の孫はどうなるのだろうか。
私とずっと一緒にいるのならば、ダリス君との結婚は別居婚になるのだろうか。
結婚は色々な形があっても良いと思う。
けれど、私とずっといる為に自分の生活を疎かにされては困る。
やはり話し合う必要がある。
メリタの夕食時、いつものように正面に座っている。
「メリタ」
「何」
不愛想になっている。
これはまた話すと怒る?
けれど言わなければならない。
「メリタにはメリタの人生がある。私の事は気にしないで良い。分かった?」
「……うん」
暗さがより一層増してしまったような気がする。
この日からメリタは私が食事を作ると食べるけれど、自分では作らなくなってしまった。
一切作らない。
話をした事が不味かったのだろうか。
けれど、あれは仕方がない。
そう思っていたけれど、メリタが徐々に痩せて行く。
これは許容出来ない。
ドアをノックして返事がある前に言う。
「メリタ、夕食作った。食べて」
「欲しくない」
「私は痩せて行くメリタを見ていられないから食べて下さい。お願いします」
「やせてない」
「痩せた。お願いだから食べて下さい」
ドアが開いたら、仏頂面のメリタが私の横を擦り抜けて行く。
「今日だけだからね。明日はいらない」
「明日も明後日も作る」
「いらないって言ったでしょ」
食卓に着いて食べ始めたメリタを、正面の席に着いて見る。
「美味しい?」
「美味しいに決まってるでしょ」
冷たく言われるけれど、食べてくれるならどうでも良い事。
綺麗に平らげてくれた。
明日も作る。
「そうやって食べさせるんなら、一生面倒見てよね」
「それは究極の選択。メリタにはメリタの人生が」
「私はフェルと一緒にいたいの!」
「けれど」
「拾ったんだから最後まで面倒見なさいよっ!」
涙を流されてしまった。
「分かった。メリタは一生私の娘。それは変わらない」
「バカ」
何故そういう事を言うのか。
けれど食べてくれるなら些末な事。




