07 友達が出来る
メリタの受験日が近付いて来る。
仕事から帰って夕食を作り、メリタに食べさせる。
食材はメリタが買って来るという約束だけれど、メリタは自分が食べたい物だけを買って来る。
栄養の事を考えて欲しい。
そして私が料理中や洗い物の最中は食卓で勉強をしている。
分からない事は私に聞いて来る。
私はロボット。
ちょちょいのちょいで調べられる。
「やっぱりヒューマノイドでもそういう事が出来ちゃうんだ」
ヒューマノイドだから舐められていたようだ。
「ロボットはデフォルトでそういう機能が付いている」
「ふうん。そうなんだ。私はフェルの事を知ってるようでまだまだ知らないんだね」
「メリタは私の何を知っている? 是非知りたいから教えて欲しい」
「白が好き」
「好きなのではない。清潔感があって良いだけ」
「頑固」
「頑固でもない。メリタの方が頑固。いつも私が折れる」
「ちょっと抜けてる」
「抜けている? うーん、私は「壊れた」だからそれは仕様がない」
「これがいいと思ったら押し付けるでしょ、それから私を大切にしてくれてる」
「押し付けてはいない。きちんとメリタの意見を聞いている。メリタは私の可愛い娘だから大切にするのは当然」
「私はいつになったらメリータ・フェルムって名前じゃなくなるの?」
話が飛躍した。
私の名前が気に入らなかったのだろうか。
今の今までそのような話をした事はなかったのに、唐突にどうしたのだろうか。
「私はヒューマノイドでファミリーネームはないから仕様がない。メリタが結婚すれば相手のファミリーネームになるけれど、それまではこのままになる。相手がアンドロイドでも同じ」
「アンドロイドとは結婚しないけどね」
「けれど、以前子供が出来ない相手と結婚するかも知れないと言った。そうなるとアンドロイドしかない。私はメリタの子供を膝に乗せて、一緒に遊んで、寝かし付けたい。楽しみにしている」
「私は結婚しないの!」
何かが気に食わない様子だけれど、何が気に食わないのか。
「そう言っていても気が変わる。私はメリタの子供と遊びたい。楽しみにしている」
突如として立ち上がり、何故か私の傍へ来る。
「バカ!」
久し振りに頭部を叩かれた。
「いたぁいっ」
「痛いに決まっているから止めて下さいと何度も言った」
私よりメリタが痛がる。
しなくなったと思ったらまた復活するそれはそろそろ卒業して欲しい。
四月になって週末は日曜だけ一緒に散歩をする。
土曜は籠り切りだから日曜だけでも出掛けてくれると安心する。
いつもは二時間程度の散歩だけれど、土曜に散歩をしなくなってからは三時間は歩く。
のんびりと歩いて、今日の夕食と当分の朝食とお弁当の食材を買い込んで帰る。
メリタの身長はまだ伸び続けていて、本当に少しずつだけれど大きくなっている事に気付く。
もう少し食べる量を増やした方が良いような気がして来た。
買い込んだ食材では足りないような気さえして来た。
「メリタ、まだ身長が伸びてる。もしかして食事量が足りていない? もっと食べたい?」
「食事量なんて考えた事がなかった。今ので大丈夫だよ?」
「そう、分かった。けれど、今の量で足りないと感じたら直ぐに言う。分かった?」
「うん、分かった」
同じ量でも今より少しだけカロリーを上げた方が良いのかも知れない。
とうとう受験日のある五月が来てしまった。
中旬には受験がある。
普段通りに頑張れば、メリタなら必ず受かる。
私としては受かっても、落ちても、どちらでも良い。
何故なら、メリタがずっと頑張って来た事を知っているから。
当日は私は仕事を休んでメリタを私立の学校まで送った。
これはメリタの希望で、最後の我儘かもしれないと思って送った。
この学校に入学すると朝は一緒に出る事はなくなる。
それを思うと、メリタには悪いのだけれど、落ちて欲しい。
これは私の我儘。
大学へ入学するまで、出勤がてらにメリタと学校までの道程を一緒に歩けると思っている私は、落ちて欲しいと願っている。
それに気が付いた時、私のようなヒューマノイドはメリタの傍にいない方が良いと思った。
メリタは無事に合格した。
それで複雑な心境になるヒューマノイドは私くらいだろう。
遠足以来、自慢の腕を揮う事がなくなっていたけれど、合格を知った翌日は頑張って料理を作った。
当然ながら食べる人はメリタだけ。
それでもメリタは喜んで沢山食べてくれた。
「おめでとう。これは入学祝い」
「大きさ的には……。あっ、分かった。定規ね?」
「定規? 誰が用意した?」
メリタが物凄く不快そうな顔をしながら包装紙を取っている。
「ん? これは?」
「防犯ブザー。メリタは一人で通う事になった。朝に変な人と会ったらそれを鳴らす。分かった?」
「あはははははっ。誘拐されるような年齢じゃないでしょ」
「年齢は関係ない。メリタは可愛いからもしかしたら狙われるかも知れない。そうなった時、私が傍にいなければそれを鳴らして誰かに助けて貰わなければいけない」
「ふっ……。うん、そうだね。分かった。その時はそうして助けてもらうね。ありがとう」
とても愉快そうな笑顔になっている。
けれど、朝はもう一緒ではないから持っていてくれると私が安心出来る。
小さい頃から持たせていた物もあるにはあるのだけれど、プレゼントした物は音が凶悪。
使う時が来なければ良い。
また夏休みが来て、メリタがずっと家にいる。
夏休みは私を見送ってくれる。
それも駅まで。
何故かこの夏からかしてくれるようになったけれど、帰りは来ないように言い含めた。
「この防犯ブザーがあるから平気よ?」
これは失敗したかも知れない。
「それがあっても人が来てくれるとは限らないから、夜は迎えに来なくて良い。分かった?」
「分からなーい」
「メリタは悪い子。お父さんの言う事はきちんと聞かなければいけない。分かった?」
「分からなーい」
大失敗だった。
「分かった。それならばこれは夏休みの時だけ。分かった?」
「私はもう十五歳なのよ?」
「メリタはまだ子供だと自分で言った。それとももう大人になる? それなら私もそのように扱う」
返事がない。
「メリタはもう大人で良い? 私もそう扱うけれど、それで良い?」
やはり返事がない。
この問題はもう少し先送りにした方が良さそうだ。
「私が大人になったらどうなるの?」
「責任を持って貰う」
「責任?」
「お金は今まで通り渡す。そのお金でやり繰りして生活をする。食事もメリタの部屋の掃除も浴室の掃除もおトイレの掃除も一人でする。私は一切手伝わない。分かった?」
「お父さんなら手伝ってよぉ」
「メリタが子供なら手伝う。大人になったら自分で生活が出来るようにならなければいけない。分かった?」
「半分だけ子供になる」
「それは狡い。大人なのか、子供なのか、はっきりしないといけない。分かった?」
「分かった。それじゃあ学生の間は子供で良い」
「メリタはまだ子供ね。分かった。それなら少しずつ大人になる練習をする。週の半分、一日交替で掃除をする。それで良い?」
「子供だからしなーい」
「それなら夜のお迎えは無し。絶対に無し。分かった?」
凄い音がした。
「いたぁい!」
「私を叩くとメリタが痛いのは当然。だから止めて下さいと何度も言った。止めて下さい。お願いします」
「子供の間はたたく。時々だけど本当にムカつくんだもん。我慢出来ない」
「私はこれでもメリタの父親。子供は普通、親は叩かない」
「子供の心を察せないから悪いんでしょ! バカッ!」
「メリタを学校へ送れないから気持ちは分かる。けれど、私の気持ちも分かって欲しい。夜遅くに迎えに来る事は本当に駄目。まだ子供なら尚更駄目。分かった?」
「バーカ!」
メリタはこの日から毎日迎えに来てくれた。
けれど、口を利いてくれない。
私はそれでも毎日メリタに向かって話し掛けた。
私立に移って一年目の十年生が始まって、朝は別々になった。
そうなると口を利いてくれるようになる。
良かった。
それから徐々にメリタが明るくなって行く。
不思議に思っていると、家に友達を連れて来た。
男の子だった。
私は大歓迎をして、張り切って昼食を作った。
「どうかメリタの事を宜しくお願いします」
「フェルムさんの言った通りだ。少し変わっていますよね」
ん?
私が何を言ったというのだろうか。
「フェルムは私。私が君に何か言った?」
「フェル、フェルムは私の事よ。ファミリーネームがそうでしょ?」
「ああ、そう。これはとても紛らわしい。君はメリタの事をメリタと呼ぶ。分かった?」
「そうですね、またここに遊びに来る事があったらそうします」
なかなかの爽やかな好青年。
金髪で茶色の目、なるほど。
メリタの旦那さん候補が現れた。
私は孫に会えるかも知れない。
彼はアークス・ダリスという名で、メリタが結婚すればメリータ・ダリスになる。
私の名前から卒業出来る日も近いようだ。
ダリス君は一ヶ月に一度遊びに来るようになる。
長期休暇の間は来ない。
何故だろうか。
そして必ずリビングにいる。
メリタの部屋へは行かない。
何故?
土日のどちらかに来る。
私の手料理を食べて満足して帰る。
何故……?
男女の事はデリケートだから、私が触れない方が良い話題。
それくらいは弁えている。
けれど、とても気になる。
私の孫に会えるかも知れないのだから、当然と言えば当然だろう。
相当我慢をしていたのだけれど、ダリス君が来訪する頻度を増やして遂に言ってしまった。
「妊娠は結婚してから。分かった?」
ダリス君は大笑いしていた。
またおかしい事を言ったのだろうか。
メリタがおトイレへ行っている隙に言ったのだけれど、ダリス君がメリタに教えてしまった。
「フェル、あのね、だからね、友達だって言ってるでしょ?」
ほとほと呆れた様子で言われてしまう。
ダリス君はそれでもほぼ毎週来てくれている。
何という事だろうか。
二人はそういう関係ではなかった。
私はそうなるかも知れなかった二人の関係を壊してしまったのかも知れない。
時間を巻き戻す道具をお与え下さい。
どうか、何卒宜しくお願いします。
ああ、タイムマシーンを作って、それに乗って過去の私に教えに行く方が現実的かも知れない。




