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そして彼女は老いた  作者: 丹午心月


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10/12

10 乙女は告げる

 一時はどうなるかと思ったけれど、メリタが元に戻って安堵した。

 甘えん坊を封印しようとして難しくなっていたのかも知れない。

 メリタは私と一生一緒にいると毎日言っている。

 ダリス君と上手く行かなかったからだろうけれど、私としては自立して欲しい。

 メリタは可愛いから、ダリス君じゃなくてもきっと良い人が見付かる。

 私はそれを待つしかない。


 メリタの就職活動が始まった。

 昨年同様、またオリニティゴー。

 昨年は募集していなかったタイプの人間を募集する可能性もある。

 そうなれば内定する可能性も少なからず出て来る。

 メリタはここしか受けない。

 つまり……、思考放棄。


 就寝前は膝に座るメリタの背中を優しく叩く。

 私は寝かし付けの天才だから、メリタを直ぐ寝かし付ける。

 色々思案したいけれど、それが出来ない。

 メリタを部屋へ運んでベッドへ。

 メリタの寝顔を暫く見てから部屋を出る。

 私の娘は本当に可愛い。

 甘えん坊だけれど、きっとダリス君以上の人が見付かる。

 その頃には、きっと子供を卒業してくれる。

 ……かも知れない。


 私は子育てを間違ったのだろうか。

 メリタが可愛くて甘やかし過ぎた?

 それはあると思う。

 それしかないかも知れない。

 これはメリタに謝罪しなければならない。

 けれど、そうなると説明をする事になる。

 メリタが甘えん坊で自立をする気になれないのは私の所為です、と。

 果たしてメリタは怒らないでいてくれるのか。

 難しい。

 これは非常に難しい問題になって来た。

 謝罪する事は容易だけれど、説明が困難であるならば諦めるしかない。

 自立しないメリタを受け入れるしかない。

 これもまた親の役目。

 寂しいけれど、あれは完全に諦めるしかないのかも知れない。


 朝食が出来た。

「メリタ、起きて」

 ノックをした後、ドアの外から声を掛ける。

 メリタの返事がある事はほぼない。

 怒っている時はある。

 部屋に入ってメリタを起こす。

「メリタ、起きて。朝食が出来た。メリタ?」

 薄らと目を開けるメリタの顔が赤い。

「熱が出た? 熱い?」

「んん、熱い……」

 目も潤んでいる。

 風邪だ。

 久し振りに風邪を引いた。

「直ぐお粥を作る」

「食べたくない」

「食べないと治る物が治らない。だからしっかりと食べる。今日は遅れて行く。先にメリタを病院へ連れて行きたいから、その前にお粥を食べる。分かった?」

「……うん」

「直ぐ作る。出来たらまた呼びに来る」

 お粥を作る用意をして、先にメリタの額に冷却シートを貼る。

「今日は病人だから、お姫様抱っこして病院へ連れて行って」

 我儘が出た。

 けれど確かに病人だから仕様がない。

「分かった。ミタネカ先生の所までお姫様抱っこをする。けれど今日だけ。分かった?」

「うん」

 嬉しそうに頷いて、そのまま目を閉じた。


 メリタを病院へ運ぶ。

 擦れ違う人々が少しだけこちらを見る。

 この子は病人です。

 それを見る度に頭の中で言った。

 やはり風邪だった。

 インフルエンザではなく、ただの風邪。

 お薬を貰って帰宅する。


 朝食を微塵切りにしておじやにした。

 既に火が通っているし、更にクタクタになったけれどおじやだから大丈夫。

 昔々、地球という星には日本という国がありました。

 この国の味噌という調味料が神懸っていて、人類が火星へ引っ越した今でも作られています。

 そういう訳で、菌の問題で類似品なのだけれど、この調味料は最高。

 メリタは絶対美味しいと言う。

 メリタが熱を出した時はミルク粥か、お粥か、おじや。

 そういう訳で昼食はおじや。

 朝食が無駄にならずに済む。

「メリタ、おじやが出来た。メリタがこれを食べたら仕事へ行く。だから食べて」

「いや」

 我儘が出た。

 メリタは甘えん坊に戻って小さい子供に戻った。

「分かった。今日は休む。連絡して来る」

 職場に連絡をして休む事になったけれど、代わりに土曜日に仕事が入った。

「そういう訳だから土曜日は散歩に行けない。ごめんなさい」

「抱っこ」

 我儘が出た。

 今日は熱があるから仕様がない。

「パーカーを着るから待って」

「クローゼットからニットキャップ出して」

 言われた通りにする。

 それに髪を纏めて入れて被り、笑顔になった。

「これで髪は挟まらないから抱っこ」

「はい」

 ブランケットを巻いて言われた通りお姫様抱っこをする。

「冷たくて気持ちいい」

 メリタの頬が肩の辺りに着いている。

 子供の頃もこうして良く言っていた。

 懐かしい。

「メリタも二十一歳。それなのに甘えん坊で小さい子供と一緒」

「フェルの傍にいるからずっと子供だよ。大人にならない」

 それには返事をしないで、寝かし付けの天才は仕事をする。

 優しく叩き続けるとメリタが寝る。

 けれど、首に抱き着いていて離れない。

 離れるまで待つ。


 離れるよりも先にメリタが起きた。

「おしっこ……」

「はい」

 トイレまで連れて行く。

 先にリビングに戻っていると、メリタが凄い剣幕で戻って来た。

「待っててよ!」

「ごめんなさい。熱がまだ下がっていないから大声は出さないで下さい。お願いします」

 自らブランケットを巻いて膝に座る。

「まさか、またここで寝る気?」

「フェルが甘えさせてくれてなかったから取り戻す。フェルがいないと生きていけないの……。フェルが大好き」

「私もメリタが大好き。だからベッドで寝て欲しい」

「好きなら抱っこしてよ。ずっと傍にいてよね」

 熱に浮かされているようだ。

「分かった。それよりも飲み物を飲む。水分を出したら摂らないといけない。分かった?」

 メリタは無言で冷蔵庫へ行き、水の入ったペットボトルを手にしてラッパ飲みをすると戻って来る。

「これでいいんでしょ」

「はい」

 膝に座って満足そうな笑顔を見せてくれる。

 寝かし付けの天才だから、寝かし付けてベッドへ運べば良いだけの話。

 メリタの背中を優しく叩いて寝かし付ける。

 私の手に掛かればメリタも直ぐ大人しくなる。

 けれど、また首に抱き着いていて離れない。

 困った。


 あの状態だったのにも拘らず、夜には熱が下がった。

 おかしい。

 お薬が効いたのかも知れない。

 夜にはしっかりと食事をしてくれた。

「ごちそうさま。美味しかった」

 病人だったと思えない程に食べてくれて安堵した。

 ここ最近では見せてくれなかった笑顔まで見せてくれる。

 まだ熱に浮かされている?

「それなら良かった」

「フェル、大好き」

「私もメリタが大好き。熱が下がっても無理はしないで、少しベッドで横になって、寝る前に歯を磨く。分かった?」

「フェル、大好き」

「私もメリタが大好き。少しベッドで横になって、寝る前に歯を磨く。分かった?」

「フェル、大好き」

「メリタが熱で壊れてしまった?」

 メリタは笑顔から無表情に変わった。

「どうしてフェルは今まで私に好きって言ってくれなかったの?」

「言わなくても良いから。メリタは私の可愛い娘。大好きに決まっている」

「娘じゃないでしょ」

「メリタは私の娘。それは揺るぎのない事実」

「バカ!」

 立ち上がって部屋へ戻って行った。

 何故本当の事を言うと怒るのか。

 食器を下げて、少し水に浸けてから洗った。


 不意にメリタが初めて好きだと言ってくれた事に気が付いた。

 そう言えば、小さい頃から言ってくれた事がなかった。

 私が言わなかったからに違いない。

 間違いない。

 これは大失敗だった。

 普通の人間の親子なら言い合っていてもおかしくはない。

 これからは毎日言おう。

 そうすれば独立してくれるかも知れない。


 朝、起こしに部屋へ入る。

 メリタの熱はなさそう。

「おはよう。メリタ大好き。朝食が出来たから起きて」

「……もう言わないでよ。フェルなんか嫌い。仕事に行った後、一人で食べて片付けておくから出て行って」

 また間違えた?

 女の子は難しい。

「分かった。それならもう仕事へ行く。早く起きて食べて。行って来ます」

 メリタの返事がなかった。

 睨むだけ。

 家を出て、職場へ向かった。

 今日は休憩なしで昨日の分を取り戻す為に多く回る。


 いつもより遅くなった。

 けれど、メリタに連絡はしなかった。

 いつもなら寝そうな時間だから、静かに家へ入る。

 と思って玄関ドアを開けたら、メリタが廊下に座り込んでいた。

 鼻を啜りながら顔を上げて、頬を涙で濡らしている事が分かる。

「どうかした? 誰かに虐められた?」

「うわーん」

 立ち上がって抱き着いて来た。

「よしよし。大丈夫。お父さんが付いているから」

「フェルはお父さんじゃないでしょ」

 泣きながら言われてしまったけれど、私は父親のつもり。

「どうして連絡くれなかったの。心配したでしょ」

「ごめんなさい。メリタは機嫌が悪かったから、そっとしておこうと思った」

 また髪を挟むと駄目だから動けない。

「リビングへ行こう。お風呂は? 入った?」

「入った……。ご飯作って。お腹空いた……」

 ご飯を待っていたようだ。

 私が連絡をしなかったから食べないで待っていたのだろうか。

「ごめんなさい。連絡すればメリタは作って食べられた。次はきちんと連絡する」

 メリタの腰を持って離すと袖で涙を拭っている。

「リビングへ行こう。今ご飯を作る」

「うん……」

 左腕にくっ付いて来て腕に絡み付かれる。

「それは歩き難い」

「いいの」

「はい」

 リビングまでかと思ったら台所にも付いて来た。

「一緒に作る?」

「作ってるところを見てる」

「はい」

 女の子は本当に難しい。


 食事が終わって、メリタがいるけれど、遅いからさっさと食器を下げる。

 水に浸けている間、メリタとまた向かい合う。

「フェル」

「何?」

「私ね」

 待ったけれど先がない。

「どうかした?」

「私ね」

「うん」

「フェルが好きなの」

「私もメリタが大好き」

「そうじゃないの」

「同じ」

「違うの。私、フェルの事を愛してるの」

「私もメリタを愛している。可愛い私の娘なのだから当然」

「だから違うって言ってるでしょ。私にとってフェルはフェルなの。父親じゃないの」

 どう答えれば良いのかが分からない。

 きっとどう答えても怒られせてしまう自信がある。

「私はフェルの傍にいたいから、フェルがそのまま娘として扱ってもずっと一緒にいるから」

 そう言って立ち上がり、部屋へ戻ってしまった。

 それでも寝る時になったら部屋から出て来て膝に座る。

 寝かし付けの天才だから、いつものように寝かし付けた。

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