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そして彼女は老いた  作者: 丹午心月


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11/13

11 乙女は微笑む

 好きとか愛してるとか、それがどういう意味かは私にも分かる。

 現にメリタの事は大好き。

 私の娘なのだから、大好きに決まっている。

 これはきっと愛という物だろう。

 つまり、私もメリタを愛している。

 けれどそれは家族としてであって、メリタもそれを勘違いしている。

 私の可愛い娘なのに、おかしな事になってしまった。

 やはり小さい頃からきちんと気持ちを伝えておかなかった事が悪影響を及ぼしているに違いない。

 間違いない。

 これは悔やんでも悔やみ切れない失敗となった。


 けれど、私は毎日以前通りにメリタと接するし、話もする。

 メリタは少しおかしいまま。

 熱に浮かされたままで治っていない。

 食事は量が減ってしまった。

 きっとこの所為。

 このままではメリタが痩せてしまう。

 夕食は私が帰って来てから私が作っている。

 材料はメリタが買って来ていて、その量が減っているから作る量も必然的に減る。

「メリタ、夕食が出来たけれどこの量は少ない。これはいけない。毎日もっと食べて下さい。おねがいします」

「いいの。これで足りてるから平気」

「私は今のままのメリタが良い。寧ろもう少し丸い方が可愛いと思う」

「そんな事を言ってもダメなんだから」

 そう言って食べ始める。

 今日買って来ていた材料は、「痩せたい人用の一人前」と書いてあった。

 一人前?

 半人前に毛が生えたような物なのにおかしい。

 これは困った。

 本当に困った。

「痩せる必要がどこにある? どうしたらメリタは以前のように食べてくれる?」

 視線を料理から私に移して微笑むだけ。

 そして何も言わない。


 分かった!

 昼間に買い食いしているから夜は食べられない?

 けれど、実際に痩せている。

 測った所、横幅が本の少し減っているし、顎の肉も減っている。

 それなら昼間に買い食いはしていない。

 こうして膝に乗せていても軽くなっている。

 昼間に買い食いはしていない事が確定した。

 寝てしまったメリタをベッドへ運ぶ。

 痩せる理由を突き止めなければならない。


 朝、いつものように起こす。

「メリタ、朝食が出来た。起きて」

「抱っこ」

「抱っこは夜にしている。メリタが寝るからここまで抱っこをして運んでいる。それで十分」

「ケチ」

「起きて用意をして、朝食を済ませて時間が余ったら抱っこしても良い」

「それなら洗面所まで抱っこ」

「メリタはもう二十二歳。一人で歩ける。病人になったら抱っこしても良い」

「もうすぐ二十二歳になるけど、まだ二十二歳じゃないでしょ」

「早く起きて来て。待ってる」

 女の子の扱いは本当に難しい。

 思い違いを正したいけれど、どうすれば良いのかが分からない。

 メリタの場合、一般とは違っているから直ぐ怒らせてしまう。

 困った。


 朝食中、私はいつものように正面に座ってメリタを観察、違った、見詰めている。

 やはり痩せている。

 このような事は許されない。

「今夜から私が買い物をして帰って来る。分かった?」

「フェルが帰ってくる時間、高いお店しか開いてないでしょ。私が買うから大丈夫よ」

「大丈夫ではないから言っている」

 メリタは私を見ないで、料理に視線を向けたまま話していた。

 今は咀嚼をしていて私を見ている。

 睨んでいる、が正しいかも知れない。

「メリタの摂取量が減っている。これは良くない傾向」

「ふっ」

 鼻で笑われた。

 笑うような事を言ったのだろうか。

「今までが多かったの。分かる?」

「それはない。メリタに必要な量をきちんと出していた。今は少な過ぎる。分かる?」

「必要な量と食べたい量が違うの。分かる?」

「食べたい量が必要な量を下回り過ぎているから言っている。だからきちんと食べて下さい。お願いします」

 メリタの目付きが鋭くなった。

 咀嚼しながら睨んでいるけれど、私は良くない事だと思う。

 けれど、怒りそうだから言わない。

「分かった。どうしたら食べてくれるようになる? 私は以前のようなメリタに戻って欲しい」

 メリタの目が余所へ向いた。

 思案している。

 これはきっと折れてくれるに違いない。


 無言で朝食が終わり、私は仕事へ向かっていた。

 帰りは必ず食材を買って帰る。


 夜、メリタがリビングのソファーに座っていた。

 珍しい。

 いつもなら部屋にいて、夕食を作っている間に出て来る。

「ただいま」

「おかえり」

「今から作る。少し待っていて」

「先に話があるから座ってよ」

「はい」

 ローテーブルに食材を置いて、私用の椅子に座る。

 メリタが居直って私を真っ直ぐ見る。

「あのね、食べる量は私が決める。フェルは口出ししないで」

「何故? 私はメリタの健康を一番に考えている。メリタはそうではない。量が少な過ぎる。それは本当に駄目。分かる?」

「分かるよ。でもそれは、私の身長から導き出したものだよね?」

「それと骨格」

「私はもう少し食べる量を控えたいの」

「今まで何の問題もなく食べていた。控えるのはおかしい。今頃になって言う理由は何?」

「フェルの膝に乗るから少しでも軽くしたいって言ってるの」

 メリタは一体何を言っているのだろうか。

「私の膝に乗る為に軽くする必要は全くない。そのような理由は認められない。それが理由なら、やはり今夜から以前のように食べよう」

「あのね、私はフェルが好きなの」

「私もメリタが大好き」

「話がややこしくなるから黙っててもらっていい?」

「はい」

 少し俯いたメリタが溜息を吐いた。

「あのね、私はフェルが好きなの。それは家族だからっていう意味じゃなくて、フェルの存在が大好きなの。愛してるの。だから少しでも軽くなりたいの。分かる?」

「女の子は難しい」

「分からないって事?」

 不覚にも言ってしまった。

「ごめんなさい。間違えた。メリタは私の可愛い娘。私もメリタが大好きで、愛しているのだと思う。けれど私はメリタの父親だからメリタを受け入れるのは当然の事。メリタはそれで良いと言った。それなら私がメリタのありのままを受け入れたいという願いを受け入れて欲しいと思う。だからしっかりと食べて欲しい」

「私がそれを受け入れたら、フェルは私を娘ではなく、一人の女として受け入れてくれる?」

「それは出来ない。メリタは私の大切な娘。それを消す事は出来ない」

 メリタの頬に一筋、照明で光っている。

 その後は我慢しているようだ。

 失敗した?

 けれど、私の娘が消える事だけは避けたい。

「ご飯、もういらない。フェルのご飯は二度と食べない」

 声を震わせて言うと、静かに立ち上がって部屋へ戻ってしまった。


 メリタは私の可愛い娘。

 それは絶対だからどうする事も出来ない。

 けれど、メリタの気持ちを考慮していなかった。

 メリタは勘違いをして、そのまま思い込んで今に至っている。

 私はこれを容認していたつもりだけれど、容認し切っていなかった。

 私の覚悟が甘かったと認識を改めなければならない。

 私がいつものように受容していたから、メリタが私をそういう気持ちにさせようと努力したのだと分析に出た。

 痩せようとしたのは私に対する思い遣りから来る物。

 反省。

 猛省。

 私がもっと真剣にメリタを受容していればこうはなっていなかったし、痩せる事もなかった。

 いつか私への気持ちが勘違いであったと気付く時が来れば、その時はその時で容認する。


 ドアから明りが少し漏れている。

 メリタは起きているようだ。

 ドアをノックする。

「メリタ、出て来て食事をして欲しい。その後に話をしよう」

「ご飯は二度と食べないから」

 死んでも良いと思える程に絶望してしまったのかも知れないけれど、私はメリタの父親だから、それを看過する事は出来ない。

「ご飯を食べて下さい。お願いします。その後に大切な話をしたい」

「ご飯抜きでなら聞く」

「食べた後に聞かないとメリタが後悔する」

 ドアが少しだけ開いて、メリタの左目が見えた。

「本当に後悔するの?」

「する」

「しなかったら?」

「しない訳がない。必ず後悔する」

「しなかったらどうするの?」

「メリタが食べていなくても後悔しなかったと判断したら何でも言う事を聞く。約束する。だから出て来て食べて下さい。お願いします」

 メリタが出て来て食卓へ向かう。

 疑いの眼差しを向けたままで食事を進めている。

 行儀が悪いけれど、これも私の所為。

 反省。


 先に食器を水に浸けて、それから改めて座る。

「それで……?」

 このような猜疑心の強い子に育てた覚えはないけれど、それもこれも私の所為。

 猛省。

「メリタの気持ちを受け入れる事にしたから、メリタも私の意見を受け入れて欲しい。痩せるのは駄目。絶対に駄目。分かった?」

 大きな目を開けて、目玉が転げ落ちそうになっている。

「そこまで驚くような事を言った覚えがない。驚き過ぎ。それよりも痩せるのは駄目。絶対に駄目。分かった?」

 メリタが俯いて何も言わない。

 勢い良く立ち上がったと思ったら、私の傍へ来て膝に座った。

「ありがとう。嬉しい」

 それだけを言って抱き着いて来た。

 メリタには申し訳ないけれど、きっといつまで経ってもメリタは私の可愛い娘。

 それは変わらないと思う。

「痩せるのは何があっても駄目。分かった?」

「うん」

「それで、話を聞いて食べておいて良かったと思った?」

「思わない……。食べる前に言って欲しかった」

「それはおかしい。メリタがおかしい」

「約束だから言う事、きちんと聞いてよね」

「約束だからそれは聞く。けれどおかしい。食べた後に聞いた方が良かったに決まっている」

「負けず嫌いなんだから……」

 メリタが呟いた。

 丸聞こえ。

「違う。そういう問題ではない」

「報われない虚しい人生を送るんだって思ってたけど、フェルの気が変わってくれて良かったぁ……」

「メリタは私に餓死すると脅迫した。これは良くない」

「フェルの作った物は食べないって言ったの。自分でご飯を作って食べるつもりだったよ」

「それは酷い。そういう事は先にきちんと話しておいて貰わないと私が困る」

「うふふふふっ。もう取り消せないからね」

 楽しそうに笑ってそう言ったメリタは、寝るまで抱き着いていた。

 いつものようにベッドへ運んで寝顔を見ると、とても嬉しそうだった。

 きっとこれで良かったのだろう。

 メリタは私の可愛い娘だから幸せでいて欲しい。

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