12 彼女になる
メリタに騙されて、私はしてはならない選択をしてしまった。
メリタが先に、自分できちんとご飯を作る、と言ってくれていればこのような事にはなっていなかった。
しかし、メリタがここ最近の事が嘘だったかのように晴れ晴れとした表情になっている。
これで良かったに違いないと思いたい。
けれど、私はヒューマノイドで、結婚する事は出来ない。
アンドロイドにはファミリーネームが与えられているが、それは人間が望めば結婚出来るようになっているからで、ヒューマノイドにファミリーネームがないという事はそれが出来ないから。
私がメリタを養女に出来なかった理由はそこにもある。
保護者という事になっていても、後見人であって家族ではない。
それが事実。
メリタは私と一生一緒にいると言っているけれど、その現実があってもそう言って笑っていられるのかが疑問。
メリタはとうとうオリニティゴーに就職を果たした。
今年の夏からウェトス地区にある本社へ勤務する事になる。
それもあって、物件の下見に来ている。
「フェルの職場が遠くなるでしょ? 今のマンションでいいんだよ?」
「メリタの方が大切。近い方が良いに決まっている。私の事は気にしないで欲しい」
「そうなるとフェルといる時間が短くなるでしょ」
「夕食は自分で作ってくれると嬉しい」
「フェルのご飯がいい」
「遠くなると私の帰宅時間が遅くなるから、我儘を言わないで自分で作って欲しい」
「だから今の家でいいって言ってるでしょ」
メリタは物件を見る前から同じ事を繰り返し言っている。
それは私も同じで、堂々巡りになっていた。
これはもしかして失敗だった?
けれど、メリタが就職したらそうも言っていられない。
メリタの職場に近い方が安心だから必ず引っ越す。
「メリタ」
「あのね、こういう時は彼氏は彼女の言う事を聞くものなんだよ?」
「それは関係ない。これはメリタの為だからメリタが言う事を聞かなければいけない。分かった?」
「色々物件見たけど、ここっていう所がなかった」
不動産のアンドロイドに言っている。
私の存在を無視している。
「私は二件目が良かった。オリニティゴー本社に一番近い。メリタの部屋も確保出来る。あれで十分」
「うるさーい! 嫌だって言ったら嫌なの!」
これは月の物が近いのかも知れない。
来る日自体を間違えていた可能性が出て来た。
早急に撤退する。
「分かった。それなら今日はこれで失礼します」
「またいつでもお越しくださいね」
アンドロイドは笑顔で手を振ってくれる。
メリタはそれから数日不機嫌だったけれど、それでも夜になると私の膝に座る。
寝かし付けの天才だから寝かし付ける。
メリタは不機嫌だから口を利いてくれない。
それでも寝かし付ける。
私は気が付いてしまった。
これをするからメリタが私の傍から離れられなくなったのではないか、と。
ある。
これは確実にある。
メリタに秘密で新しい物件を見に行こうとしたら、仕事に行く振りをして見に行くしかない。
実際にそうして、沢山回って決定した。
引っ越す直前まで秘密にしたい。
隠し事は得意。
表情がないから気付かれる事もない。
週末になると散歩へ行く。
直にこの景色が見られなくなる。
そう言えば、引っ越し先の周辺を歩いていなかった。
こういう川があったら良いけれど、なかったような気がする。
メリタを誘ってその付近を歩いて、景色の良い場所を探さなければならない。
「フェルとずっとここを散歩してるよねぇ。やっぱりここが一番いいよね」
そう言って満面の笑みを浮かべる。
翌日、マンションの契約はしないと連絡を入れた。
メリタのあの表情を見せられるとそうするしかなかったけれど、本契約をする前で良かったと思った。
危ない所だった。
メリタが直に通勤を開始する。
電車で通うとして、片道二十分は掛かる。
朝は今より少し早く起きるだけで済むけれど、帰りは残業があれば、いつ帰宅出来るかが分からない。
もしかしたら私の方が早く帰宅するかも知れない。
それを思うと筆舌に尽くしがたい何かが私の中で渦巻く。
ロボットの私には感情がない。
けれど私は「壊れた」。
こういう事が起こるのかも知れない。
メリタは私の可愛い娘だから、何があっても無事に帰宅して欲しいと思う。
ウェトス地区の工場に配置換えをして貰って、一緒に通勤したい。
そうすれば朝は安心出来る。
ダリス君が、就職が決まったから、とまた遊びに来るようになった。
基本的には土曜だけれど、日曜に来る事も増えて週に二回会う事もある。
私はダリス君の事を思うと、メリタと奇妙な関係になった事を言えないでいる。
メリタも言っていないようで、以前通りのダリス君だった。
「やっぱりフェルさんの料理、美味しい。メンテナンスの仕事を引退したら料理店を開いてみたら? お客さんが沢山来そう」
「飲食店ならカフェがいいよね」
「カフェ? 料理店なら味付けが決まっているから良いけれど、飲み物を主に扱うお店は毎回成分を検出しなければいけないから面倒」
「私が味見をするから平気よ」
「僕もするよ」
二人は何故私に飲食店をさせたがるのか。
「私はメンテナンスの仕事を引退したらナニーかメイドになりたい」
「ええっ、カフェにしようよ。料理も出せるじゃない。美味しいんだしそうしようよ」
「私の味はメリタの口に合うようになっている。美味しいのならば、それはメリタのお陰」
「私以外にも食べてもらいたいとは思わないの? 美味しいのにもったいない」
「メリタが美味しいと思えばそれで良い。けれど、ナニーやメイドになれば話は別。美味しいと雇い主に言われるように頑張る」
「フェルの料理ならお店も流行るから、ナニーやメイドじゃなくてカフェにしようよ?」
「誰も彼もが美味しいと思う訳がない。何故そこまでカフェに拘る?」
「フェルこそ、どうしてナニーやメイドにこだわるの?」
「メリタが私を選んだから子供を産めなくなってしまった。私は孫が欲しかった。手に入らないなら余所の子を可愛がるしかない」
不覚にも正直に話してしまった。
メリタは苦笑をしている。
ダリス君の顔を見る事が出来ないかも知れない。
「私が精子提供を受ければ良い話でしょ?」
意外な提案に驚く。
「メリタはそれで良い?」
「私は欲しくないけど……」
「えっ、ちょっと待って、ちょっと待って。想いが通じたの?」
ダリス君がメリタを見ると、メリタが笑顔で頷いている。
どういう事?
ダリス君は知っていたという事?
「わー、おめでとう! こんなに早くくっ付くとは思ってもいなかったよ」
「ダリス君はメリタが好きではなかった?」
「そういう目で見た事はないよ。僕は飽くまでフェルさんの料理が食べたくて来ていただけだからね」
「それは驚き。私の料理をそこまで気に入っているとは思ってもいなかった」
「だから美味しいんだって」
メリタが笑顔で言う。
そこまでの物なのだろうか。
「けれど、それはメリタが美味しいと言ってくれて努力したからだからメリタのお陰。ありがとう」
「フェルが私の為に努力してくれたからでしょ。私こそありがとう」
「どう致しまして」
それにしても失敗。
ダリス君のいる所で言ってしまった。
本心を吐露する時は気を付けなければならない。
私はずっと考えている。
メリタは子供が欲しくないようだから私は押し付けないように言動しなければならない。
孫はまだか攻撃で失敗しているけれど、きっと挽回が出来る筈。
私の傍にずっといると言っていた。
それでもこの問題で決心が鈍るという事があるかも知れない。
そうなった時は私は受け入れるだけ。
そしてまた親子に戻る。
それにしても、メリタは子供はいらないのだろうか。
私の我儘で欲しくない物を手に入れようとしているのであれば、無理をさせないようにしなくてはならない。
私はナニーかメイドになってそういう機会を得れば良いだけの話だから、また改めて話す。
メリタが最後の長い夏休みを迎える。
大学を無事に卒業する事が出来て良かった。
本当に良かった。
私はメリタの父親だから、お嫁に行くまではしっかりと面倒を見たかった。
けれど、今は違う。
私がメリタを幸せにしなければならない。
バトンタッチして孫を可愛がる予定は崩れ去った。
予定とはこうも脆く崩れてしまう物なのだろうか。
メリタコレクションを見ながら物思いに耽るのは楽しいけれど、見ているとやはり子供は良いと思ってしまう。
メリタには言わないようにしなければならない。
私には夏休みのような長期休暇はお正月にしかない。
メリタを育てるに当たって使い切っていると言って良い。
メリタはそれを知らない。
「どうしてフェルには夏休みがないの」
「私もそう思うけれど、ない物は仕様がない」
「一度でいいから旅行したい」
「お正月がある」
「お正月に旅行は嫌」
「分かった。週末がなくなっても良いなら纏めて数日休暇が取れるようにする」
「本当? 約束よ?」
「うん、約束」
メリタは相変わらず甘えん坊。
私の膝に座って背中を優しく叩かれないと寝付けない。
私がこうしてしまったのだから、責任を持ってメリタが不要だというまでし続ける。
一週間の休暇を取った。
つまり、三週間休日なしになる。
四週間目は日曜が休日になっているから、その日まで頑張らなければならない。
計画はメリタにお任せ。
メリタも当日まで秘密にしていたいというから聞かなかった。
どこへ行くのかと思えば、リゾート都市チノガニーだった。
移動に十一時間掛かる。
その間、ずっとメリタが燥いでいた。
森林の中にある温室巡りをして、ウェットスーツではない防水具を着せられて川遊びにも付き合った。
海もあったけれど、専用のウェットスーツを持って来ていないから海遊びは無理だったけれど、浜辺を散歩した。
メリタが楽しそうだから来て良かった。
ダリス君にお土産を選んでいると、メリタが邪魔をする。
こういう子供染みた所がまだ残っていて安心した。
メリタは本当に大きくなった。
二十二歳なのだからそれが当然なのだろうけれど、小さいメリタがここまで大きくなると、人間とは本当に凄いと感心する。
小さい頃がもっと長期間だったら、私はもっと大変だったに違いない。
そうであったとしても、振り返れば短く感じる事は容易に想像が付く。




