13 彼女は涙する
旅行から戻って、何気無い日常を送っていた。
あれ以来、私の週末は仕事になっていて、メリタと散歩が出来ないでいる。
それでもメリタは笑顔だった。
いつもなら拗ねる所だけれど、それだけ旅行が楽しかったようだ。
メリタの子供っぽい笑顔を沢山見る事が出来た旅行は、私もして良かったと思う。
メリタコレクションが一気に増えたのだけれど、子供の頃から旅行をしておけば良かったと後悔した。
週末の散歩が復活した頃、ダリス君も遊びに来るようになった。
メリタが徐々にそれを嫌がるようになって来る。
最初に連れて来たのはメリタなのに。
私はダリス君を良い子だと思っているから、こうして会って話せるのは楽しい。
「フェルさん、本当に飲食店を開いてくれないかなぁ? そうすれば僕は毎日通うんだけど」
メリタが訪問を二週間に一度にしてくれと言ったらそう言われてしまった。
これは過大評価だと思う。
「お店は開けないから毎週食べに来て」
そう返事をしたら、メリタに睨まれた。
もしかして月の物の日が近いのだろうか。
とうとうメリタが初出勤をする日が来てしまった。
贈った就職祝いは床に叩き付けられたけれど、今日はそれを穿いてくれている。
捨てられたと思っていたから良かった。
やはり白は清潔感があって良い。
「これから毎朝駅まで一緒に行けるね」
「でも反対方向。道に迷わないか心配。大丈夫?」
「子供じゃないから大丈夫だって。それにしても朝にこうして一緒に歩くのって久し振りだよね」
そう言えば本当に久し振り。
メリタが私立の学校に転校して以来。
小さい頃は私が抱き上げて通っていたけれど、良く風邪を引く子供になってしまって、歩かせようとしたら拒否された思い出が蘇る。
あのメリタが今はこうして大きくなって、仕事をするようになる。
とても不思議な感覚。
「どうしたの? いつもなら何か言い返してくれるのに、無言なんて珍しいね」
「メリタは本当に大きくなった。月日の流れ方がおかしい。気が付いたら大きくなっていた」
「なによ、それ。ずっと見てたでしょ」
「うん、見ていた。私はメリタのお父さんだから」
「違うでしょ」
「違わない。私はメリタの父親。間違いない」
「今は彼氏でしょ」
「うん、そうだけれど、その前に父親」
「フェルはフェルであって、父親じゃないでしょ。彼氏でしょ」
「はい、そうです」
これ以上は止めておく。
メリタは直ぐ向きになるから、私も言い返してしまってメリタの機嫌が更に悪くなる。
「痴漢に遭ったら直ぐ防犯ブザーを押す。分かった?」
「分かってる。心配しないで、大丈夫だから」
本当は付いて行きたかったけれど、ホームの手前でお別れ。
メリタの後ろ姿を見送って、私も仕事へ向かった。
メリタは希望していた部署と違った部署に配属されて、不満で一杯。
私に八つ当たりする事はないけれど、物凄く甘えて来るようになる。
ストレスが相当溜まっているようだ。
夕食が終わって、部屋へ戻って、寝る支度を整えてから膝に座る、だったのが今は夕食が終わって、私が後片付けをした直後から膝に座っている。
そして寝る時間も早い。
これは困った。
翌朝、いつものように起こしに行く。
「メリタ、朝食が出来た。起きて」
「抱っこ」
「夜にする。それよりも、今日から夕食は自分で作って食べて」
「えっ、やだ」
閉じていた目を開けて即答された。
「やだではない。最近寝る時間が早いから、夕食も早くしなければいけない。食べてから三時間後に寝るようにして欲しい。分かった?」
「分からない」
「メリタはもう仕事をする大人になった。そろそろ自分の食事は自分で作るようにしなければいけない」
「しない。それはフェルの役目」
「まだ子供は通用しない。分かった?」
「分からない」
「メリタが私に甘える事は構わないと思う。けれど、し過ぎるのならば私は父親になる。それで良い?」
「良くない」
「それならばある程度は大人の付き合いにして欲しい。分かった?」
「ご飯くらい作ってくれてもいいでしょー? 掃除だって半々にしてるじゃない」
「私が夕食を作ると遅くなる。メリタは早く帰って来て時間があるから自分で作って欲しい」
「フェルのご飯がいい」
「メリタの夕食が早く終わっていれば私に甘える時間がもっと増える。それはなくても良いという事?」
「ずるいなぁー……」
「狡くない。これは事実」
メリタが起き上がってベッドから降りた。
「土日は全部作ってよね」
そう言って部屋を出て行ってしまった。
私は返事をしていなのに、これこそ狡い。
メリタが夕食を自分で作るようになって私も安心。
けれど、不思議とメリタが痩せて行く。
おかしい。
「メリタ、夕食は何を食べた?」
「今日はパスター」
「何のパスタ?」
「えーっと、コンキリエとベーコンと玉葱と、後きのこ」
「昨日は?」
「昨日はサラダ」
「昨日はラザニアを食べたと言っていた。もしかして作っていない?」
「ラザニアとサラダね」
「嘘を吐くなら甘える事は禁止する。降りて」
「やだっ」
「それなら本当の事を言って下さい」
メリタは無言を貫いて、私から降りようとせずに寝てしまった。
ベッドへ連れて行った後、私はゴミ箱を漁る。
サラダは食べているようだけれど、ラザニアは食べていない。
今日はパスタだったようだけれど、玉葱ときのこは使っていない。
そしてこれは一人前ではない。
困った。
私は毎朝三食分作るようになった。
朝食、メリタの弁当、そして夕食。
メリタは嬉しそうだけれど、メリタが私に依存しているだけだと気が付いた。
私が面倒を見出してからだろうから、これは根深い。
日曜日、ダリス君が帰った後、メリタと二人切りになったから言う。
「メリタは私が好きなのではなく、ただ単に依存をしているだけ。これは良くない傾向だから少しずつ治して行こう」
「え、フェルの事、好きだけど? どうしてそういう事を言うの?」
眉を顰めた。
「メリタはご飯を自分で作る時、量を減らしてきちんと食べない」
「うん、それでいいと思ってるからね」
「私は駄目だと何度も言った。それから私に食べたと嘘を吐いた。これも良くない」
「だって、心配するでしょ」
「私はメリタのお父さんだから当然心配する」
メリタの表情が険しくなった。
「お父さんじゃなくて彼氏でしょ?」
「ファザーコンプレックスになるけれど、お父さんではないと言うならメリタは私依存症になる。少しずつ治して行こう」
「フェルム依存症。あはは。私はそのままでいいと思うから治さない」
笑顔で拒否をされてしまったけれど、私は引き下がらない。
「それは駄目。私に甘える事を少しずつ減らす。メリタは私が作らないと食べないと分かったから、夜の寝かし付けを止めたいと思う。どう?」
「いやぁ、どう? じゃないんだよね。それで寝られなくなって寝不足が続いて倒れたら、フェルこそどうするつもりなの?」
「最初はベッドに寝ているメリタのお腹を優しく叩く。これで寝られるようになったら、次は傍にいるだけにする。どう?」
「だから、どう? じゃないんだって。絶対に嫌だから」
「一度、別々に暮らしてみる?」
「絶対に嫌だからっ。その前に、私が寝られなくなって寝不足が続いて倒れたらどうするつもりなのか答えてよ」
「寝不足になっているようだったら、もう少しゆっくりと私から卒業出来るようにしたいと思う」
「例えば?」
「寝ているメリタに優しく叩くが駄目なら添い寝して優しく叩く?」
「添い寝! それで寝られるようになったら添い寝を卒業してトントンするの?」
「そう」
メリタは顔を逸らして思案を巡らせている様子。
「ない」
そう言うと顔をこちらに向けた。
「ないね。ない。絶対に膝に座る」
そう言って部屋へ戻ってしまった。
夜は有言実行をされないように私は立っている。
「座ってよ!」
「今日から徐々に慣れて行こう」
「嫌っ、嫌っ!」
抱き着かれて足を腰に回された。
「メリタ、リュックサックになりたかった?」
「何を言ってるのよ。そんな訳ないでしょ。早く座ってよ」
メリタが疲れて降りるまで立ったままでいたら、泣かれて部屋へ戻られて、部屋へ入れて貰えなかった。
きちんと寝たのかが心配だけれど、私はメリタコレクションを見て休む。
翌日から仕事を休み、食事もしなくなった。
私の負けです。
一日目の夜に謝罪した。
もう言わないと誓わされ、今日作っていた料理を並べて夜遅くに全部食べていた。
その後、メリタは朝まで膝に座って、ご機嫌で色々と話をしてくれた。
女の子は難しい。
「それに私の愛を依存症で片付けようとしたんだから、この償いはきちんとしてもらわないとね」
何がどう違うと言うのか。
私は私の出した回答が正解だと思っている。
「それは考える。本当にごめんなさい」
「謝ればいいってもんじゃないのよ」
メリタはきっと私に甘える為に何でもするつもりなのだろう。
それにしても、食事をしないと私が引き下がると分かっていてしたのだと考えると、今後は十分に気を付けなければならない。
私は寝かし付けの天才だから、メリタを寝かし付ける事はお手の物。
それでも機嫌を取るのは難しい。
誕生日のプレゼントは大体怒られる。
普通ではないから怒られる。
仕様がないから喜ばれるであろう物を考える。
メリタは私が彼氏である事を強要する。
メリタと出会ってからずっと父親として振る舞って来て、では今日から彼氏になります、は出来ない。
何故なら私はメリタの父親だから。
けれど、今日はそれを抑えて頑張る。
「はい、メリタ。お詫びのプレゼント」
膝に座っているメリタに差し出すと、私と箱を交互に見る。
「嘘……」
「本当」
「ありがとう」
頬を赤く染めて受け取った。
もう中身が分かっている?
おかしい。
箱からケースを出して蓋を開ける。
「フェルと同じ色の指輪だ。ありがとう! 嬉しい!」
ここまで喜んで貰えるなら、普通のプレゼントをしていたら良かったかも知れない。
メリタは涙を流していた。
「ここに嵌めて」
「はい」
持たされて嵌めさせられたけれど、メリタが満足そうだからこれで良い。
この次の誕生日プレゼントはまた床に叩き付けられた。
白は清潔感があって良いのに、おかしい。




