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そして彼女は老いた  作者: 丹午心月


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14/16

14 彼女が怒る

 白い物をプレゼントすると、何故か床に叩き付けられるようになってしまった。

 下着でなければ良いのではと思い付き、ブラウスをプレゼントをしてみたら、やはり叩き付けられてしまった。

 何故そういう事をするようになったのか。

「メリタはそうして私の気持ちを叩き付ける。もうプレゼントはしない」

「白は好きじゃないの! 白は嫌だって言ってるのに白にするからでしょ!」

 ついこの前、月の物は終わったと本人が言っていた筈なのだけれど、もしかして?

 私は騙されたのかも知れない。

 それとも不順になったのだろうか。

「白は清潔感があって良い。メリタにとても似合う」

「汚すと大変だから嫌なの!」

「この前の下着は穿いてくれている。それならブラウスも着てくれても良いのでは?」

「どうして指輪みたいな普通の物をくれないの?」

「ブラウスは普通の部類に入ると思う」

 私は箱を拾ってメリタに差し出す。

「……私は物より言葉がいい」

 何だかんだと箱を受け取ってくれる。

 やはりメリタは優しい子。

「お誕生日おめでとう」

「違うでしょー! そうじゃないでしょ!」

「メリタ大好き。お誕生日おめでとう」

「近いけどそれも違うでしょー!」

 足りないようだ。

 残る言葉はこれだろうと思う物を言うしかない。

「メリタ、愛している。ずっと一緒にいる」

 メリタの表情が一変して笑顔になった。

「フェルー! 私も愛してる! 何があっても傍にいるからね!」

 どちらかがメリタの欲しい言葉だったようだ。

 良かった。

 喜んで抱き着いてくれたけれど、手にしていた箱はまた叩き付けられた。


 メリタが二十八歳になった。

 それでも相変わらず私の膝に座っている。

 私は寝かし付けの天才だから、二十八歳になったメリタでも余裕で寝かし付ける。

 けれど、一体何歳まで続けるつもりなのだろうか。

 メリタは卒業出来ないままなのではないかと考える。

 きっと当たっている筈。


 あの白いブラウスは翌日からほぼ毎日着てくれた。

 帰って来て洗濯、乾燥機に掛けて翌日も着る。

 土日もそうしていた。

「メリタ、毎日白いブラウスを着てくれるから次は二着買う」

「止めて! 私はこれを着て、早く擦り切れて着られなくしてるだけなんだから!」

 メリタの言葉に驚きを隠せない。

「大切に着て欲しい」

「フェルからのプレゼントはもう言葉だけだからね。物はダメ」

「何故? 白は清潔感があって良い」

「私は白が好きじゃないの。フェルの好きな色なら着るけど、フェルの好きな色じゃないんでしょ?」

「好きな色ではないけれど、白は清潔感があって良いし、メリタにとても似合う」

「だからフェルの好きな色なら着るって言ってるでしょ。次はそれにするなら白でも許す」

「白は好きな色ではないけれど、白をプレゼントしたい」

「好きな色じゃないのに白をプレゼントするって言うなら次は着ないんだから」

「下着でも?」

「当然でしょ」

「白は清潔感があって良い」

「聞き飽きた。次はもう言葉だけだからね。なんなら毎日言ってくれてもいいよ?」

「言わない。プレゼントにさせられてしまったから、その時だけ言う」

「ケチ」

「そう、私はケチ」

 久し振りに凄い音がした。

「いったぁい!」

「メリタの手が痛むから私を叩かないようにと何度も言いました。止めて下さい。お願いします」

 メリタは数日、口を利いてくれなくなる。

 それでも膝に座って、私に寝かし付けられていた。

 女の子は難しい。

 私はずっとそう思っていたけれど、実はメリタが難しいだけかも知れない。


 メリタとは毎朝手を繋いで駅まで行く。

 けれど、土日の散歩はメリタが腕を組んで来る。

 この差が分からない。

 今年の秋、メリタは配置換えがあって更に早く帰って来られる部署に移った。

 それを聞いて、私は提案する。

「そろそろ夕食を作るようになる? 土日に教える」

「自分で作ってもいいけど、痩せても文句を言わないでよね」

「分かった。私が作る」

「ありがとう」

 メリタは食事に余り興味がないのかも知れない。

 今頃になって漸く気が付いてしまった。

 私が作らなければ、それなりに食べられる程度の物しか作らないし、買って来ない。

 私がビルの屋上から落ちてメンテナンスで何日も留守をしてしまうような事があると、メリタは餓死をしてしまうかも知れない。

 十分に気を付けて生活をしなければならない。


 ダリス君は回数が減って月に二度程になったけれど、土日のどちらかに来ている。

 来る日は必ず私に連絡をくれる。

「ダリス君は、仕事が忙しい?」

「うん、少しね。疲れちゃって、土日に外へ出たいと思えなくなって来てるんだよ」

「それは大変だね」

「本当に。体には十分気を付けて」

 メリタと二人で心配をする。

「だからフェルさん、うちの会社の近所に店を出してよ。お昼に食べに行くからそうしてくれない?」

 またこの話。

 ダリス君は私の料理に余程飢えているようだ。

「それは出来ないから、またここへ食べに来れば良い」

「そうして。私のフェルを油まみれにさせたくない」

 私に毎日料理させているメリタが意外な事を言った。

 私がメリタを見ていたら、メリタが眉をしかめる。

「何よ?」

「メリタが遂に料理をするようになると思うと感慨深くて見入ってしまった」

「作らないわよ。私のご飯を作るのはフェルの役目でしょ?」

「油まみれにさせたくないのでは?」

「私の分だけで油まみれになるの? ならないよね?」

「あははは。一人分でも炒め物をすれば油が飛ぶんじゃないの?」

 メリタがダリス君を睨んでいる。

「一人分なら知れてるわよ。ねぇ、フェル?」

 私はダリス君に任せて沈黙した。

 ダリス君も無言で私を見ている。

「フェル?」

「はい。一人分でも飛ぶけれど、油塗れという言葉は大仰な表現になる」

「でしょ?」

「けれど、それを毎日していれば油塗れになる。私はそうならないように毎日自分を磨いている」

「何よ。私の所為で汚れてるって言いたいの?」

「メリタが料理をすればメリタの服が汚れる」

「割烹着があるじゃない」

「そう。私は割烹着を着ている」

「それなら大して汚れないでしょ」

「そうとも言い切れない。私は毎日私を磨いている」

「私がしてもいいよ?」

「メリタは意外と雑だから綺麗にならない」

「あっ、ひどーい! きちんと綺麗にするわよ!」

「あははは。メリタって雑なんだ。フェルさんが大切なら綺麗にしてあげないと」

 メリタが凄い目付きでダリス君を見ている。

 そのダリス君は私を見ている。

「そう言えば、フェルさんってガワとか部品とかの交換はこまめにしてるの?」

「ガワはしていない。ずっと一緒。アクチュエータやバッテリーや他の部品は交換している。冷却液も時々交換している。メリタが労働するようになったから少し間隔を狭めて交換している」

「それじゃあメリタの指輪って、今使ってるガワの一部なの?」

「そう。ダリス君、良く分かったね。凄い」

 メリタが鬼の形相になった。

 何故?

 ダリス君もメリタの顔を見て直ぐに私に顔を向けて立ち上がった。

「そろそろ帰るね。ご馳走さまでした」

「そう」

 玄関まで見送る。

 メリタは来ない。

「ごめんね。何か不味い事を言ったみたいで」

「気にしないで。気を付けて帰って下さい」

「お邪魔しました」

「またね」

 ダリス君は最後は笑顔だったけれど、私はこれから何が起こるのか。


 リビングに戻ったら、メリタはやはり鬼の形相。

 何故?

「座って」

「はい」

 大人しく座る。

「この指輪、ボディーの一部だったの?」

「そう」

「きちんと買ってくれた方が良かった」

「それくらい削れても平気だから安心して欲しい」

「そういう問題じゃないでしょ。そこからひずみが出たり、亀裂が入ったりしたらどうするの?」

「だから平気。そうなりそうになったら交換する」

「そうなりそうの前に、なったらどうするの?」

「ならないから平気」

 鬼の形相のままで涙を流し始めた。

 そこまでの事なのだろうか。

「泣かないで。本当に大丈夫だから心配しないで」

「違う……。フェルと毎日いるのに全然気付かなかった……。それが悔しいの。……どうしてダリス君は気付いたの?」

「偶然見付けたのだと思う。脇を少し削って作ったのだけれど、すこしカーブが歪んで見える程度に修理した。私はメンテナンスが仕事だから、こういう加工もお手の物」

 メリタは俯せて泣いている。

「メリタは私の一部より、買った物の方が良かった?」

「それだったら、……ボディーを新調してから、プレゼントして欲しかった……」

「このボディーは百年使える。だからまだまだ使う。新調する頃にプレゼントするとなると、メリタはお婆さんになってしまう」

「それじゃあそれまで指輪は我慢する……」

「分かった。メリタ、泣かないで。メリタの可愛い顔には微笑みが似合う。笑って欲しい」

 涙で頬を濡らしながら私の傍に来て膝に座る。

 私は寝かし付けの天才だから、メリタを寝かし付けた。

 そして夕食前に起こしたら怒られてしまった。


 メリタの三十歳の記念にはチェーンネックレスをプレゼントした。

「言葉でいいって言った……、もしかしてこれ、またボディーから削ったの?」

 指輪と見比べてから私に顔を向けているけれど、睨まれている。

「そう。良く分かったね」

「削ったらダメって言ったでしょ!」

 険しい表情をして怒り出した。

「確かに指輪は我慢すると言われたからネックレスにした。もしかしてバングルが良かった?」

「そういう問題じゃないでしょ! ボディーを新調するまで我慢するって言ったのに!」

「大した事はないから平気」

「平気じゃないでしょ!」

「メリタは言葉だけで良いと言うけれど、やはり寂しそう。きちんとした物をプレゼントすれば怒らないと思った。けれどまた怒る」

「怒るに決まってるでしょ!」

「それならばボディーに戻すから返して。別の物にする」

 今度は仏頂面になった。

「もらうに決まってるでしょ……。ありがとう」

「戻してくれない?」

「もらう。ありがとう」

「それならばこれはいらない? 戻してくれると思って一応買っておいた」

「それももらう。ありがとう」

 私の膝に座って買った方のプレゼントを見て、箱を床に叩き付けた。

 白は清潔感があって良いのに絶対に怒る。

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