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そして彼女は老いた  作者: 丹午心月


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15/18

15 彼女は成熟する

 メリタを拾って三十年が過ぎようとしている。

 絶対に月日の流れ方がおかしい。

 私の可愛いメリタはいつの間にか見た目だけが大人になっていた。

「朝食が出来た。メリタ、起きて」

「抱っこ」

 口を開けば子供のまま。

 いつになったら大人になる?

「それは夜。早く起きて朝食を済ませて欲しい」

「……抱っこ」

「お弁当と夕食もきちんと作ったから残さず食べて」

「抱っこ」

「夜にする。早く起きて。分かった?」

「抱っこ」

 最近はこれしか言わないようになって来ている。

 困った。

 夜は夜で膝に座った後に寝かし付け。

 私は寝かし付けの天才だからメリタを直ぐ寝かせてしまう。

 だから不満が残って、抱っことしか言わなくなったのかも知れない。

 有り得る。


 気が付いたその日の夜、メリタと話をする。

「今度の誕生日は何が良い?」

「言葉だけでいい事になってるでしょ?」

「今度はプレゼントしたい」

「……白い物じゃなければ何でもいいかな。でも下着セットは白じゃなくてもやめてよね」

「下着セットは前に叩き付けられた」

「白だったからでしょ」

「白は清潔感があって良い。メリタにとても似合う」

「それよりもフェルの好きな色を教えてよ。白じゃないんでしょ? 何色なの?」

「私の好きな色は白ではない。けれど、白は清潔感があって良い。メリタの誕生日プレゼントは白が良い」

「だから白は嫌だって言ってるでしょ。また叩き付けるんだから」

「メリタはそう言いながらもきちんと着てくれる。本当に優しい子」

「もー……。本当に白はやめてよね」

 物凄く嫌そうな表情になっている。

 白は清潔感があって良いのに、どうしてここまで嫌なのだろうか。

 私にはデータという強い味方がいるから、それを使う時が来たように思う。

 それにしてもブラウスが駄目だった時点でこのデータは破棄すべきだったのかも知れない。

 こうなったら無難と言われるお菓子類にする?

 それなら靴下にする。

 けれど、メリタが靴下を履く事は土日だけ。

 それとも花にする?

 けれど、三十年目の節目の年だから、ネックレス以上の記念品が良いかも知れない。

 私のボディーはもう使えない。

 今度そういう事をしたら即刻新調と約束をさせられたから出来ない。

 チェーンネックレスは返してくれる予定だったのだけれど、そうではなかったから予定が狂ってこのような事になってしまった。

 失敗。


 夜は少し話すようにしたけれど、相変わらず朝は抱っこの一言だけ。

 おかしい。

 甘えん坊のメリタは甘えたいだけなのかも知れない。

 納得。


 遂にメリタが三十三歳を迎えてしまった。

 私がメリタを拾って三十年。

 それだけの月日が流れたとは思えない。

「今年は何をくれるの? 事前調査なんて初めてしてたけど何かな?」

 極上の笑顔を見せてくれる。

 いつもこうして笑っていてくれると助かるけれど、今日はメリタの中でも特別なのだろう。

「叩き付けられても平気」

「やっぱり白?」

 物凄く嫌な表情をされた。

「だから言葉だけでいいって言ったのに」

 部屋の隅にブランケットを掛けて隠していた箱を持って来る。

「はい、どうぞ」

「ありがとう」

 大きな箱だけれど、持った瞬間に眉をしかめて怪訝そうにした。

 軽いからそうなったようだ。

「開けるね」

「はい」

 座ったメリタがリボンを外して蓋を開ける。

「……箱の中に箱って何? 新手の嫌がらせ?」

 そう言いながらもまた箱のリボンを外して蓋を開けた。

「やっぱり嫌がらせかぁ……」

「鋭い」

 私を見上げたその目は睨み付けている。

 それからは無言でまたリボンを外して蓋を開けて、それを何度か繰り返した後、鼻で笑われた。

「ここまでするような事なの?」

「セラミックは衝撃に弱いからそうした」

「白にしたいが為にここまでしたんだね……。物凄い執念を感じるよ。ありがとう」

「どう致しまして」

「でもどうしてセラミックで指輪なの?」

「メリタはピアスではないから、イヤリングだと落として割れるかも知れないと思った。バングルより指輪の方が場所を取らないから良いと思った」

「ありがとう。大切にするね。言葉の方はもういらない。今日から毎日言う事を義務付ける」

「理解不能」

 即答したらメリタが極上の笑顔で私を見た。

「白い指輪をくれるって事は毎日言ってくれんるでしょ?」

 白い指輪にそのような意味はない。

「そのような意味は」

「言ってくれるんでしょ? ありがとう」

「はい」

「それじゃあ毎晩膝に座ってる時に言ってね」

「はい」

 メリタの有無を言わせないこの笑顔が怖い。

 私は何かを間違えたのかも知れない。

 大失敗。

 メリタはこの日から私に呪文を唱えさせるようになった。


 メリタとの生活が始まって三十年が過ぎたけれど、これから先も続いて行く。

 それもきっと瞬く間に過ぎて行くのだろう。

 あの幼かった、小さな小さなメリタがいつの間にか見た目だけ大人になっている。

 あの頃と変わらない甘えん坊だけれど、とても可愛い女の子に育った。

 私の育て方が間違っている部分も多々あって、見た目だけであってもこうして立派な大人に育ってくれたのだからとても嬉しい。


 セラミックの指輪を上げて四日目、朝にメリタの悲鳴が聞こえて来た。

 洗面所へ駆け付けたらメリタが屈んでいる。

「どうかした? 足の小指でもぶつけた?」

「違うっ。セラミックの指輪を嵌めようとしたら手が滑って落ちて、割れちゃったの……。ううぅう……」

「泣かないで。私が修理する」

 跪いてメリタの肩に手を置いた。

「まだ二日しか着けてないのに……。ううっ……」

「これは壊れ易い物だから泣かないで。この素材にした私が悪い。ごめんなさい」

「うー……ううっ……」

「だから泣かないで。私がきちんと修理をするから任せて欲しい」

 手を出すと、そこへヒビが入っている指輪が置かれた。

 メリタは相当落ち込んでいるようで泣き止まない。

 それでも朝食はきちんと食べてくれて安心していたら、仕事は休んでしまった。


 どうしても白にしたくてこれを選んでしまった自分を責める事はない。

 形のある物はいつか必ず壊れる。

 修理は出来ないから、周りを金属でコーティングする。

 その分内径が細くなるから、セラミックの指輪を五つに切ってからコーティングした。

 メリタの指にまた嵌る。

 サイズは丁度良い。

 私が間違える訳がないから同然なのだけれど、メリタは嬉しそうにしていた。

 表面は白いセラミックが見えていて、私は大満足。

 やはり白はメリタにとても似合う。

 それにしてもコーティングをした途端に何故か左手の薬指に嵌められるようになってしまった。

 何故?


 メリタとは初めて旅行をしてから二三(にさん)年に一度は夏に出掛けるようになった。

 私はその度に土日の休日がなくなって働き通しの一週間を送らなくてはならなくなる。

 土日の散歩の方が楽しいし、それに嬉しいような気がするけれど、きっとこれをメリタに言うと怒らせるだろうから黙っている。

 メリタコレクションが増えるから良いかも知れないけれど、やはり家にいるのが一番良いと思う。


 私の長期メンテナンスの日にちが決定して、その間にメリタの食事を用意出来ない事が気掛かりで仕様がなかった。

「メリタは私が作らないと食べない。だから痩せていたら夜の寝かし付けは無しにする」

 目を丸くしているメリタはいつ見ても可愛い。

「え? 何を言ってるの?」

「夜の寝かし付けは終わりにすると言った」

「痩せたらでしょ? 痩せなきゃいいのよね?」

 笑顔だけれど、本当に分かっているのだろうか。

 心配。

「それはそうだけれど、私がいないとメリタは食事が手抜きになる。だからきっと寝かし付けはなくなる」

「痩せないから大丈夫。それよりも三日も離れ離れになりたくない」

「正しくは二日半。それにメリタは三十五歳になった。一人でも大丈夫」

「大丈夫じゃないから言ってるんでしょ。分かる?」

「分からない。三十五歳は立派な大人。本当ならば寝かし付けもいらない」

 メリタの眉間に物凄く皺が寄っている。

 これは危険。

「いるに決まってるでしょ!」

「はい、いります」

「そうでしょ」

 微笑んでくれるメリタを見て小さく頷く。

 メリタは年を重ねる毎に言う事が支離滅裂になって来たから、言い合いになる前に折れるようになった。

 こうしていればメリタの機嫌も悪くならないから一安心。


 いつものように寝かし付け、メリタが寝た後は眉間を指先で撫でるようになった。

 そろそろ皺が残るお年頃。

 二十五歳を過ぎた頃から試行錯誤をした結果、特製レシピを手に入れた。

 メリタの肌に合う化粧水を体内に忍ばせ、毎夜吹き掛けている。

 これをすると時々眉が微動する。

 私に心臓があれば、こういう時はきっと止まっているに違いない。

 霧と言ってもこの水滴は大きいのだろうか。

 もう少し細かい水滴が出る物を探さなければならない。


 良く考えたら、私がメンテナンスでいない日は化粧水を付ける事が出来ない。

 二度吹き掛けられない日が来る。

 私がメリタに内緒でそういう事をしていたと知ったら、メリタは激怒するに違いない。

 泣く泣く帰る日まで我慢をする事にした。

 メンテナンスではメモリとディスクを新たに購入させられただけで悪い箇所はなかった。

 職場では相変わらず「壊れた(マンクス)」と呼ばれているけれど、性能に関係していないようだ。


 帰宅するとメリタが痩せていた。

「メリタ、痩せたから約束を守る。分かった?」

「は? 痩せてないでしょ? きちんと三食食べてたのに」

「痩せてる。二百グラムも痩せてる」

「それ程度、誤差の範囲内でしょ! バカなの!?」

 眉間に皺が寄っている。

 これは危険。

「はい、馬鹿です。ごめんなさい」

「抱っこはしてもらうんだからね」

「はい、します」

 怒っていたかと思ったら、機嫌が直ったようで抱き着いて来た。

「寂しかったよぉ……」

「メリタは相変わらず甘えん坊」

 そのまま抱き上げてリビングへ向かう。

 いつまでも甘えん坊だと予想していたけれど当たっていた。

 本当に寂しかったようで離れない。

「そろそろメリタの夕食を作らないといけないから離れて欲しい」

「もうちょっとだけ」

 本当に三十五歳になっているのだろうか。

 月日の流れ方がおかしいから、メリタの年齢を数え間違えている可能性もあるに違いない。

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