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そして彼女は老いた  作者: 丹午心月


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16 彼女が臆する

 メリタは自分の事に無頓着だから、私が顔の手入れを欠かさない。

 化粧水はとても良い。

 私のレシピはメリタに合ったとても素晴らしい物だと思う。

 直に四十路(よそじ)を迎えるとは思えない肌をしている。

 どこに出しても恥ずかしくない自慢の娘。

 違った、彼女。

 この前も娘だとか父親だとか言ったら、物凄く怒らせてしまった。

 去年の秋、漸く念願の部署に配属になり、私のメンテナンスを担当するとか何とか言っていた。

 メリタがいる間、メンテナンスは行わない事にする。

 メリタコレクションが見付かる事だけはどうしても避けたい。

 いつかの時のようにあれこれ捨てさせられて、ぬいぐるみにするしかなくなるかも知れない。

 ディスクだからそれはないにしても、あれこれ捨てろと指示をされる事だけは遠慮したい。

 寝顔コレクションは確実に捨てろと言う。

 間違いない。

 私は寝かし付けの天才だから、メリタの寝顔を毎日見ている。

 それを見て、私の作った化粧水の素晴らしさを知る事が出来た。

 これは自画自賛ではない。

 ただの事実。


 メリタの食事量が徐々に減りつつある。

 こればかりは年齢的な物だから仕様がないのかも知れない。

「もう少し食べて」

「もう入らない……」

「後一口で良いから食べて下さい。お願いします」

「無理よ……」

 メリタの体重が減っているから無理でも食べて欲しい。

「お願いします。後一口だけで良いからお願いします」

 けれど、弁当と夕食は綺麗に食べている。

 朝食だけ減らそうとする。

「朝は食べたくない? もしかしてお弁当も夕食も残して捨てている?」

「朝はどうしてだか入らなくなってるだけ。お弁当と夕食はきちんと食べてるよ? 働くとお腹が空くの」

「そう。それなら夕食の量を減らす?」

「どうして夕食?」

「それが悪さをしているかも知れない。夕食を減らして様子を見てみよう」

「分かった、そうする。ごめんね」

「それと夜は少し早めに寝よう。今日からそうしよう」

「やだ。フェルと一緒にいる」

「ずっと一緒にいる。メリタが寝ても一緒にいる」

「部屋は別々でしょ。フェルはリビングでいいって言って、私の部屋で寝てくれないじゃない」

「あの部屋はメリタの部屋。私の部屋はリビング」

「あのね、私はもう四十になるの。四十よ、四十。分かる?」

 メリタがまた突然変な事を言い出した。

「四十路は分かる。それと今の会話とどう繋がるのかが不明」

「大病を患って死ぬかもしれないでしょ。だからいられる内にフェルの傍にいようと思って」

「病は気からと言う。そういう事は考えないで、毎日を懸命に生きる。そしてメリタは私の為に長生きをして欲しい」

「えっ、どうして? どうして長生きをして欲しいの?」

 メリタが目を輝かせて訊いて来る。

 こういう時は呪文を唱えておかないと機嫌が悪くなるから唱えるしかない。

「愛しているからです。ずっと一緒にいて下さい。お願いします」

「うふふっ。頑張って生きるわね」

 飛び切りの笑顔を見せてくれた。

 私の可愛いメリタはいつまで経っても子供の頃と同じ笑顔を見せてくれる。

 こうしてメリタコレクションが増えて行く。

 困った。

 やはりメリタに見付かる訳には行かないから、長期メンテナンスは受けないでおく。


 ダリス君は結婚をしないで土日のどちらかに来訪する。

「フェルさんが女のアンドロイドだったら結婚してたのに」

 最近良く言われる。

「ヒューマノイドで男型だから良かったぁ」

 何故かメリタが笑顔で言い返す。

「メリタがいないとこの味になっていないと思うと不満だけどね」

「ダリスくんは私の味覚に文句があるなら、もううちに来ないで良い子を見付けて作ってもらいなさいよ」

「フェルさんの料理を食べると、はっきり言って他では満足が出来ないんだよ。そういう体にされてしまった」

「されたんじゃなくて、勝手になったんでしょ」

「フェルさん、うちのコックにならない?」

「お生憎さまぁ。フェルは私の世話で手が一杯なの」

「フェルさんの今の給料は知らないけど、僕もそれなりの収入があるからコックとして雇えると思う」

「フェルはメンテナンスの仕事が大好きだからコックなんてする訳ないでしょ」

 ここ最近ずっとこれを言っているけれど、メリタが私に話させないで断り続けている。

 何だかんだと仲の良い二人。

「私はメンテナンスの仕事を引退したらナニーになる」

「あれ、いつの間にナニー一本になったの?」

「フェルは私がいるでしょ」

 ダリス君が怪訝そうにして、メリタは眉を顰めているけれど、これは少し怒っている様子。

「メンテナンスの仕事をいつ引退するかはまだ分からないから、いつナニーになれるかは分からない。それでもナニーになれるならなりたいから、メリタの世話をしながらナニーになる」

 メリタが仏頂面になってしまった。

 これは後できっと怒る。

 間違いない。

「それならやっぱり飲食店を開いたら? そっちの方が現実的だと思うけど」

 ダリス君がいつの間にか言わなくなったと思っていたらまた言った。

「ダリス君は店の場所が限定的だから現実的ではない」

「限定しなければ現実的になる?」

「それはならない。ごめんなさい。私はどうしてもナニーになりたい」

「そう。それは残念」

 こういっているけれど、この表情は諦めていないかも知れない。

 ダリス君が帰った後、メリタにナニーは諦めろと散々詰め寄られる。

 メリタの世話もきちんとしますと言ったけれど、許して貰えなかった。


 メリタが最近になって漸く肌の事を話題にし始める。

「もう下り坂なのに、お肌が二十代の頃と変わらない気がするの。どうして? おかしくない?」

「私がメリタ専用化粧水を作った。メリタが寝た後、ずっと吹き掛けている」

 私に鼻があったらきっと高くなっているに違いない。

「えっ……。え? 本当?」

「本当。これからは毎日メリタが自分の手で付ける。分かった?」

 メリタが突っ伏して泣き出した。

 何故?

「メリタ、泣かないで」

「うわーん……。フェルは私にシワがっ、シワが出来たらイヤなんだーっ。ぅわーぁ……」

「違う。そうではない。メリタはいつでも可愛い。ずっと可愛い。だから泣かないで」

 背中を撫でているけれど、泣き止まない。

 何を失敗した?

「皺が出来る事が嫌だった訳ではない。これは本当。普通の女の子は肌の手入れをする。けれど、メリタは一切しない。だから私が代わりにしただけの事。分かった?」

「それなら言ってくれれば良かったのよ」

「それはそうです」

「コッソリ隠れてするからでしょ」

「その通りです。ごめんなさい」

 メリタはきっとしたがらないと思ったから勝手にしたとは言えない。

「今日からもずっとフェルがしてよね……」

「はい。責任を持ってさせて頂きます」

 小さく頷いたメリタが抱き着いて来る。

「泣いたから目を温めて、それから冷やして、また温める。だから放して下さい。お願いします」

「もう少しだけ……」

 メリタは幾つになっても甘えん坊。

 これはもう直らない。

 私は寝かし付けの天才だから、メリタの背中を優しく叩いていたら寝てしまった。

 仕様がないからベッドへ運んで、それから目が腫れないようにして、最後に化粧水を吹き掛ける。

 幾つになっても私が世話をしないと駄目なメリタにしてしまった。

 猛省。


 それから数日、メリタの様子がおかしくなった。

「メリタの様子がおかしい。何かあった? きちんと話して下さい。お願いします」

 伏せていた目を私に向けて、身を乗り出す。

「私、おばさんになったでしょ?」

「メリタはメリタ。だから見た目はどうでも良い」

「それは嘘。私の知らない間に化粧水をかけてたんだから」

「はい、ごめんなさい」

 姿勢を戻したメリタが目を逸らして大きな溜息を吐いた。

 大きな大きな溜息を二度吐いた。

「きちんと話して下さい。お願いします」

「当たり前なんだけど、フェルは年を取らないでしょ。でも私は取って衰える……。元気で一番いい時の私を覚えてて欲しいから、フェルから自立しようかと思って……」

 これは言っているだけ。

 私に引き留めて欲しくて言っている。

「私がきちんとメリタの世話をするから安心して欲しい」

「話を聞いてたの? 自立するのよ」

 私に目を向けて眉を顰めた。

「私はメリタが年を取っても何とも思わない。メリタはメリタだから気にする事は何もない」

「あのね、元気で一番いい時の私を覚えてて欲しいの。分かる?」

「小さい小さいメリタも、小さいメリタも、大きいメリタもみんなみんな私の可愛いメリタ。年を取ってもメリタはメリタだから大丈夫」

 俯いたメリタが額に手を当てている。

「メリタ、愛している。ずっと一緒にいる」

「……うん。ごめんね」

「謝罪は必要ない。メリタも私とずっといると言っていた。それが良い」

 メリタが震えて泣き出してしまった。

 今日の涙は静かに流していて、私は傍へ行って背中を撫でた。


 翌日からメリタは笑うようになった。

 ぎこちない笑顔だったけれど、その内に以前のように戻った。

 これで一安心。

 見た目は些細な事。

 肝心なのはメリタ自身。

 私はメリタが笑顔でいる事が一番大切だと思っている。

 時には失敗するけれど、笑顔で毎日を穏やかに過ごして欲しい。


 メリタを拾ってから四十年が過ぎた。

 それから一年、また一年、ゆっくりと味わうように日々を過ごしたけれど、やはり月日の流れ方がおかしい。

 気が付けばメリタが四十八歳になっていた。

 それでも私の可愛いメリタで、今日も元気に仏頂面を見せてくれる。

「もー……、また白にしてるし……。白は嫌だって言ってるでしょ」

「白は清潔感があって良い。それにメリタにとても似合う」

 折角のプレゼントを床に叩き付けられてしまった。

「それもこんな柄のパンティーなんて……。一体幾つだと思ってるの? もうすぐ五十になるおばさんよ? こんなパンティーやだ!」

「メリタは以前にロバのパンツが欲しいと言った。漸く生地を見付けて」

「だからってプリント柄のパンティーを縫うなんてどうかしてる!」

 激怒していても穿いてくれる。

 私の可愛いメリタはそういう優しい子。

 けれどこの日から数日、口を利いてくれなくなった。

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