17 ずっと一緒にいる
メリタの食が細くなりつつあって、年を取るとはこういう事なのかと実感している。
それでも以前のように美味しそうに食べてくれる。
メリタは五十路を超えてしまったけれど、私の化粧水のお陰でまだ三十代くらいにしか見えない。
私は天才だと自画自賛する。
きっと鼻があったら高く伸びていただろうけれど、メリタに折られていたと思う。
鼻がなくて良かった。
最近、メリタの様子がおかしい。
また一人で悩んでいるようだ。
言いたくなったらきっと言ってくれるだろうから、それまでは知らない振りをする。
「フェル」
「何?」
「メンテナンスの仕事、辞めない?」
「何故?」
「カフェを開かない?」
悩んでいた事はこの事だったと知り、私はナニーになる夢が消えたと思った。
「メリタはどうしてもカフェが良い?」
「カフェが良い! 食べ物は二の次で、飲み物が多めよ?」
「コーヒーと紅茶?」
「そう。それからパンケーキは絶対にいるわね」
「食べ物は二の次ではない?」
「食べ物は二の次だけど、パンケーキは必須よ。モーニングでパンケーキ出そうね」
満面の笑みを浮かべているけれど、まだ開きたいとも開きたくないとも言っていない。
けれど、メリタの中では決定しているようだ。
「メリタは朝早く起きられない」
「起こしてくれるでしょ?」
うん、やはり確定しているようだ。
「私がメンテナンスの仕事を辞めるとなると、先ずはオリニティゴーに申請しなければいけないから返事はそれからになる。それで良い?」
「私が申請する」
「メリタはオリニティゴーを辞職しても良いと思っている理由は何?」
笑顔が消えた。
それ程の理由なのだろうか。
「だって、フェルがメンテナンスに来ないし、それなら人生も残りの方が少なくなってるし、ずっと一緒にいたいと思って」
メリタコレクションが見付からない為にはそうするしかなかった。
ごめんね、メリタ。
「分かった。ずっと一緒にいる」
「ありがとう」
破顔一笑は良く見るけれど、最近はなかったから見る事が出来て嬉しい。
ダリス君が遊びに来ている時、この事をメリタが得意満面で報告をしていた。
それを聞いたダリス君はメリタではなく、私に顔を向ける。
「ええっ、カフェ! レストランにしようよ。出資するからそうしない?」
「出資なんていらない。フェルもカフェって言ってるからね」
言っていない。
けれど、そういう事にしておいても良い。
「フェルさんがナニーになりたいって言ってたから諦めたのに……。それなら絶対レストランが良いって! ねぇ、フェルさん?」
「メリタがカフェと言うからカフェで良い」
「ほーらご覧なさい。カフェでいいのよ」
「えーっ、フェルさんはメリタがカフェって言ってるからカフェにするって言ってるよ?」
「そんな事はないわよね?」
「メリタが言っているからカフェと言っている、かも知れない」
「どっちよー?」
「あははは。絶対そうだ」
メリタが不満そうに私を見ていて、ダリス君は楽しそうに笑っている。
「カフェとなると飲み物が主流になるけれど、メリタはどうするつもり? 何をメニューに入れたい?」
「コーヒーはフェルがオリジナルブレンドを作って、それとカフェオレのホットとアイスでしょ、ウィンナコーヒーと紅茶、ハーブティー。それからオレンジジュース、リンゴジュース、バナナジュースに、後は……クリームソーダかな」
きちんと考えていたようで閊える事なく答えている。
「分かった。アイスクリームは私が作る」
「それならクリームソーダはいらない」
「どちらにしてもパフェは出すからアイスクリームは必要」
「それならパフェも出さない」
「カフェなら出す」
「出さない」
「メリタ、アイスクリームが好きだった。作っていたから知っている」
「卒業したの」
「私はメリタの言う事を聞いたから、次はメリタが聞く番。パフェは必ずメニューに載せる。分かった?」
メリタが仏頂面になった。
「食べ物のメニューはどうするの? フェルさんの得意料理は出る?」
ダリス君が気を遣ってくれる。
「ラザニアは絶対に出す」
「手間のかかる料理は駄目よ」
「本来のラザニアにしなければ良い。市販の茹でない生地を使うラザニアにする。どう?」
「それならやめた方がいいと思う。フェルの方が断然美味しいもん」
「そう……。それなら時間が掛かっても出す」
「だってあれ、ミートソースもホワイトソースもいるんだよ?」
「どちらも使う料理をメニューに載せて、なくなれば売り切れにすれば良い」
「それならグラタンにしようよ。マカロニやペンネやフリッジを使えばいいでしょ? どう?」
「分かった。そうする」
「僕は食べたいから注文するけど、時間は掛かっても良いからね」
「来る前に連絡をしてくれたら良い」
「そうする!」
「えー、ダリスくんだけだとずるいでしょ?」
「良いの良いの、常連になれば常連の特権になるよ」
ダリス君は楽しそうにしているけれど、私はそれでも構わない。
もしかすると、他のお客さんが見てメニューに載せる事になるかも知れないから大歓迎。
これは私がメンテナンスの仕事を辞職する事が出来れば、という前提がある事を二人はきちんと理解しているのだろうか。
翌年、メンテナンスの仕事を辞職した。
メリタは私が辞職する事が決定してから辞職した。
二人でテピタ地区内の物件を見て回る。
丁度良い物件があったけれど、買い取りだった。
私は迷わず買い取った。
そこは二階が住居になっていて、一階が店舗になる。
そこまで広くはないけれど、四人掛けのボックス席が三席、二人掛けのボックス席が二席、それから厨房に面したカウンターが五席も置ける。
十分。
メリタはマンションを引き払いたくないようだったけれど、メリタを拾ってからずっといた事を思うと当然かも知れない。
「色々と買い替える良い機会。心機一転、色々と捨てて行こう」
「どの口が言うのかなぁ……」
「何か言った?」
「私の物を溜め込んでいたクセに何を言うのかなーってね」
「懐かしい。メリタに捨てられた」
「ほとんど、でしょ。全部じゃなかったのに……」
「だからこのぬいぐるみは絶対に持って行く」
「それは私のでしょ?」
「いつの間にメリタの物になった?」
「元々私のじゃない」
そう言って取られて、メリタの荷物の中へ入れられてしまった。
メリタが幼い頃に穿いていたスカートで作ったぬいぐるみ。
元はメリタの物だから、形が変わってもメリタの物なのかも知れない。
それはない。
断じてない。
「それは私の物。返して欲しい」
「フェルの物は私の物。私が死ねばフェルの物だからいいじゃない」
「いつの間にそういう事になった? 私の物は私の物の筈」
「フェルだって、プレゼントはもうしないって言いながら白い物をプレゼントしてくれるでしょ」
「それは今の話に関係ない」
「フェルも私に押し付けてるんだから、私の意思を押し付けてもいいでしょっていう話」
「なるほど。けれどメリタはプレゼントが欲しい」
「うーん、くれる物がねぇ……」
そう言いながら箱を閉じてしまった。
私のぬいぐるみがメリタの物となってしまった瞬間だった。
こうして私達はカフェ『オプティマ』の二階へ引っ越す。
本当ならば、メリータ・フェルムの名前を縮めて『メリルム』にするつもりだった。
けれどメリタに却下されてしまった。
メリタの気の済むようにしてくれたら良いと思ったけれど、私は次に『メリータ』にしたいと言ったら冷笑されて終わり、最終的にそうなった。
メリタが私と一緒にいてくれて良かったのかも知れない。
言い出したのはメリタだけれど。
メンテナンスの仕事を引退する時期が相当早まり、ナニーの夢は消えてしまったけれど、料理は作り続ける事が出来る。
本当ならばメリタだけでも十分。
ダリス君にも偶に作って、二人に美味しいと言って貰えればそれで良かった。
メリタとずっと一緒にいる時がまた来た。
私はもう少し先だと思っていたその時が、意外と早く来てしまった事に喜びを隠せない。
ロバのパンティーをプレゼントしてから白い物をプレゼントしていなかったけれど、そろそろ何かをプレゼントしたい。
そう思っても、メリタが常に一緒。
ずっと一緒。
買えない。
困った。
こうなるとは考えていなかった。
メリタを残して行動しようとすると面倒が起こる。
「やっぱり私が年を取ったから、若い子を探しに行くのね」
「それはない。絶対にない。私にはメリタだけです。信じて下さい」
それから横目でずっと見られる。
買い物に行けない。
ずっと一緒にいる事が、これだけ不自由だとは思いもしなかった。
お店は順調で、人間のお客さんが沢山来る。
ダリス君は毎週通ってくれるけれど、マイボトルと言ってお酒を置いている。
来た日はそれを飲みながら、食事をした後は酒の肴と称して色々と食べるけれど、メニューにない物ばかりを言う。
そのお陰で開店から一年も経過しない内にラザニアがメニューに載った。
ありがとう。
今年もまたメリタの誕生日が近付いて来ているけれど、またプレゼントが出来ないかも知れない。
仕様がないからメリタに言う事にする。
「メリタと出会って五十年になる。プレゼントをしたいから一人で買い物に行きたい」
「それなら一緒に行く。フェルはすぐ白い物にするから私が選びたい」
「白は清潔感があって良い。白が良い」
「フェルは白が好きじゃないんだよね?」
「うん、そう。けれど清潔感があって良い」
「そろそろ好きな色を教えてくれてもいいんじゃないの?」
「それは企業秘密。それよりも私は一人で買い物に行きたい。どうしてもメリタにプレゼントを買いたい。だから一人で行かせて下さい。お願いします」
「はい、却下。一緒に行くからね」
「私が選んだ物をメリタにプレゼントしたい」
「それを吟味させてもらう。ふふふ」
うん、諦める。
大きな節目のプレゼントはメリタと一緒に買った。
「三個目の指輪をありがとう。ふふふ。ピンクゴールドなんて素敵!」
メリタは大喜びだけれど、私の意見は全く入っていない。
この喜びようを見ていると、これで良かったに違いない。




