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そして彼女は老いた  作者: 丹午心月


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18/18

18 メリータと共に在る

 私達のカフェ『オプティマ』には多くの常連客がいた。

 その常連客は必ずカウンターに座ろうとする。

 目当ては当然ながらメリタ。

「ママ、あんなロボットは止めてわたしにしない?」

 ヒューマノイドと言って欲しい。

「あら、今日のお代はいらないから二度と来ないでね。さよなら」

「わはは。また振られてる」

「ボーガンさん、百連敗だね。あはははは」

「うるせーやい。まだそこまで負けてないぞ」

「それは嘘。もっと負けている。負けたボーガンさんはまたここにいるみんなのお勘定を払わないといけない。可哀想」

「ごちそうさま!」

「ありがとう!」

「今日は座れて良かったよ」

「カウンター席は最高だよ、本当に」

「クソッ……」

「私には勝てないからボーガンさんはそろそろ止めれば良いと思う」

「マスターは俺達にもっと飲み食いしろって言わなきゃ」

「そうそう。そういう訳でオレにはラザニアを頼む」

「あたしにはパフェ、チョコでお願い」

「俺はブレンドのお代わりとパンケーキ」

「僕はニョッキとポテトのサラダで」

「ダリスくん、またサラダ? そろそろきちんとした物を食べなよ」

「食べ物よりもこれを飲みたいんだよ」

 そう言ってグラスを持ち上げ、メリタに見せる。

 ダリス君は立派な酒飲みになってしまった。

 ドアベルが鳴って見てみると常連のエニーさんだった。

「いらっしゃいませ」

「マスター、ママさん、こんにちは。でもカウンターいっぱいかぁ。また来る」

「はーい、またねー」

「またね、エニーさん」

 私もだけれど、メリタも引き止めずに手を振っている。

 これで誰も帰らないからみんなの神経が凄く太いと分かる。

 楽しいお客さんに囲まれて、月日が流れて行く。

 新しい常連さんが出来たり、古い常連さんが来なくなったり、人の入れ替わりがあって私でも思う所が多々ある。


 メリタの顔には何本か皺があるけれど、これは極自然な事。

 もう五十も半ばを過ぎればそうなるからと何度も言ったけれど、私の所為にされる。

 定休日は開店当初から週に一度だけ。

 その日は以前と同様に散歩をしている。

 川沿いを二人で歩いて、買い出しをして、それから帰宅する。

 メリタは徐々に歩く速度が落ちていた。

 元々歩く事が好きではなかったからだろうか。

 きっとその内、お姫様抱っこをして歩いてと言うに違いない。


 誕生日プレゼントはメリタが必ず選ぶようになっている。

 白い物を買おうとすると止められる。

「フェルは白が好きじゃないんだよね?」

「うん、そう。けれど白は清潔感があって良い」

「百万回聞いたけど、白は嫌」

 メリタには白の良さが分からないようだ。

 二度とプレゼントの箱を叩き付けられる事はなかったけれど、それはそれで嬉しくもあり、物足りなくもあり、時としてメリタを怒らせたくなってしまう。


 壊れたセラミックの指輪をコーティングしていた指輪は今もメリタの左の薬指にある。

 白い物で残っている物はこれだけ。

 ロバのパンツは我ながら力作だったと自負していても、メリタはそうではないようで時々その話をされる。

「あれは本当に最悪だった」

 楽しそうに過去を振り返っている雰囲気ではない事が寂しい。

「あれはメリタが欲しいと言ったから、私が年月を掛けて叶えただけの事」

「年を考えてよ。せめてワンポイント。それなのに全体にプリントしてる柄物のロバって……。しかもそれでパンティーはないわよ」

「分かった。次は刺繍にする。そうすればワンポイント」

「ロバはもういらないから。本当にいらないから」

 何度も何度も言う。

 一度言えば分かるのに、念を押される。

 いずれにしても私一人で買い物に行かせて貰えないから買えない。


 今も私は寝かし付けの天才だから、メリタが還暦に近くなっても寝かし付ける。

 カフェを始めてからは、この時にメリタが油汚れを綺麗に拭き取ってくれるようになっていた。

 私がした方が綺麗に出来るから、メリタが寝た後にコッソリ綺麗にする。

 それにしても年齢を重ねる毎に化粧水を変えている事に、メリタは気付いていないようだ。

 還暦に近くなってもこの若さは凄いと思う。

 もしかして私は本物の天才なのかも知れない。

 稀にそういう体質の人もいるようだから、メリタがそうなのかも知れないけれど、ここは私が天才である事にしておきたい。

 メリタの寝顔はいつ見ても可愛い。


 年を重ねたからなのか、メリタは殆ど怒らなくなった。

 箱を叩き付けるメリタを懐かしく思う。

 やはりもう一度白い物をプレゼントしたい。

 通販だと到着した時点で見付かって返品されてしまうから、やはり一人で買いに行く時間が欲しい。

 私は今頃になって気が付いた。

 箱を叩き付けるメリタが可愛いと思う。

 けれど、箱を叩き付けるメリタを見る事はもうない。


 常にメリタが私の傍にいる。

 メリタを拾って六十年目になる記念の日は白い物をプレゼント出来なかった。

 メリタの希望で今年はピンクのエプロンを買った。

 エプロンこそ白にして欲しい。

 何度も言ったけれどピンクだった。

「メリタ、ピンクが好きではないのに何故ピンクにした?」

「あら、私はピンクが好きよ。知らなかったの?」

「知っていた……」

「年を取ったからもういいだろうと思ってピンクを少しずつ増やしてたの。気付いてた?」

「それならば私のぬいぐるみを」

「あれは私のだと言ったでしょう?」

 確かにぬいぐるみの生地はメリタが穿いていたスカートだけれど、ぬいぐるみは私の物。

 そう言いたかったのに、言えなかった。

 メリタが寂しそうに笑っている。

「メリタの物は私の物」

「私の物は私の物だけど、フェルの物は私の物だからね」

 そう言って悪戯っぽく笑う。

 幼いメリタがそこにいた。


 こうなって来ると白い物をプレゼントして、是が非でも床に叩き付けて貰いたくなる。

 けれど、そういう機会が巡って来ない。

 メリタが幸せならそれで良いとも思えるけれど、やはり床に叩き付けて欲しいかも知れない。

 そう言えば、ピンクゴールドの指輪を買ってからピンクを要求されていたような気がする。

 そこまで気にしていなかった私は一体メリタの何を見ていたのだろうか。

 私が見ていた所は表情と仕草しかない。

 色を気にしていなかった。

 そう、白ではないから。

 けれど私の好きな色は白ではない。

 それでもメリタに白をプレゼントしたい。

 何故なら白がメリタに一番似合うから。


 私は店を少し長めに休もうと決意した。

「今頃どうして?」

「私はメリタが何も言わないから気が付けなかった。本当ならばもっと早くにそうするべきだった。ごめんなさい」

「もう七十に近いおばあさんよ……」

「大丈夫。メリタはどう見ても三十代。私の化粧水のお陰」

「そういう事に……しておくわね」

 涙が溢れるようで、私は止まるまでハンカチで拭き続けた。

 通販で買った生地が届いた日から店を休んだ。

 一日で形にして、翌日には仕上げ、三日目には教会へ行った。

 ヒューマノイドは人間と結婚出来ないけれど、メリタにウエディングドレスを着て貰った。

 思った通り、メリタには白が一番似合う。

「やはりメリタは白が一番良い。とても似合う。綺麗。可愛い。素敵」

「ありがとう。でも四十年くらい前に着たかった……」

「何歳でも似合うから平気」

 困ったように笑うメリタは、叩き付ける箱がなくて悔しいに違いない。

 この時に撮った画像はメリタが大きなが額縁を買って来て、それに合うようにプリントアウトをして貰って店に飾った。

 それでもボーガンさんはメリタに告白をし続ける。

 困った人で本当に困る。


 メリタが六十六歳になった年、とても酷い風邪を引いた。

 そのまま拗らせてしまって、寝込むようになる。

 私は店よりもメリタの方が心配で、傍に付いているようになった。

「お店は開けてよ」

「私はメリタの傍にいると約束した。ずっと一緒にいる」

「私がそうしようとした時、フェルは拒否したのに」

「随分と古い話をする」

「年を取ったからでね。ふふふ……ゴホッ、コホゴホッ」

「話したらいけない。もう少し湿度を上げる」

「大丈夫よ。少しセキが出ただけ……」

「寝かし付ける?」

「フェルと話したい」

「咳が出るから良くない」

「それなら寝る。抱っこ」

「はい」

 メリタにブランケットを巻き付け、ベッドから抱き上げて膝に座らせる。

「メリタは幾つになっても甘えん坊」

「冷たくて気持ちいい」

 幾つになっても私に抱き着いて来る事も忘れない。


 一ヶ月はこういう状態が続いて、少しは歩けてもいたけれど、徐々に歩けなくなった。

 私は熱のない日は抱き上げて散歩をするようになる。

 メリタが望むからそうした。

「病人なら抱っこはすると言った。メリタは今病人ではない」

「歩けないから病人よ」

 メリタが私に編ませたニットキャップが良く似合う。

 ピンクだけれど。


 年を越して暫くすると、メリタが良く寝るようになる。

 私はとても離れていられなくなり、ずっと傍にいた。

 目が覚めると安心する。

「おはよう」

 私が見えると必ずそう言ってくれる。

「おはよう。何か飲む? 食べたい物はある?」

「オレンジジュースが飲みたい」

 メリタのか細い声が催促しても、私は動けない。

「フェル? オレンジジュースちょうだい」

「はい」

 私は急いで台所へ行ってオレンジジュースをグラスに入れて持って行く。

 メリタを起こしてゆっくりと飲ませる。

「ごちそうさま」

「何か食べる?」

「いらない。傍にいて」

「はい」

 メリタを寝かせるとグラスをテーブルに置き、私はベッド脇に跪いた。

「フェル、本当にありがとう」

「どう致しまして」

「本当に愛してるわ」

「私もメリタを愛しています」

 メリタが私の手を握って微笑んだ。

「フェルの好きな色、当てようか?」

「白ではない」

「ピンクでしょ」

「凄い、どうして分かった?」

「愛の力ね。ふふふ」

 ゆっくりと瞼を閉じてしまった。

 メリタの手に左手を重ねると、メリタの手に本の少しだけ力が入る。

「幸せだった。本当に幸せだった……。フェルに拾われて良かった。本当にありがとう」

「私もメリタを拾えて良かった」

 目を開いて見詰めてくれる。

 少しだけ微笑んでいる。

「あのぬいぐるみは私のだからね。フェルにあげないんだから。いい? 棺に必ず入れてね」

 ぬいぐるみはメリタが来た物と同じウエディングドレスを着ている。

「また言ってる。もう百回は聞いた。必ずそうすると約束もした」

 今日のメリタはとても饒舌。

 元気になって来ているのかも知れない。

 そうだと嬉しい。

「私はそれよりも、何故ピンクだと分かったのかが知りたい。教えて下さい。お願いします」

 目尻を下げて、私の両手の中でメリタの手が上下する。

「企業秘密」

「それは狡い。是非教えて下さい。お願いします」

「あー……、こんな事なら、就職なんてしないで、フェルとお店を開いていれば良かった……」

「また言ってる。それだけ私をメンテナンスしたかったようだけれど、何故?」

 少し機嫌が悪くなったのかも知れない。

 眉を顰めている。

「ディスクに残ってる物を見たかった……」

「元気になったら見せる。だから元気になって下さい。お願いします」

 メリタが笑顔になった。

「ね、何を残してるのか、今教えてよ」

「教えたら元気になってくれる?」

「内容によるわね。ふふ」

「メリタの事しか残してない。メリタを拾った日から全部ある。怒られた事も、プレゼントの箱を叩き付けられた事も残っている。どう? 見たくなった?」

「見たくない……。ふっ、ふふっ。フェルらしいわね」

「きっと良くなる。そうしたら見せる」

「フェル、私、本当に幸せだった。本当よ?」

「もっと幸せにする」

 柔らかい表情になって、微笑んだメリタは幼い頃の笑顔のまま。

「楽しみにしてるわね。眠いから抱っこ」

「はい」

 メリタにブランケットを巻き付けて抱き上げた。

「フェル、愛してる」

「私も愛している。メリタとずっと一緒にいる」

 今日もいつもの笑顔を見せてくれる。


 そしてメリタは私の膝の上で、生涯の幕を閉じた。

 私は信じられなかった。

 呼吸をしていなくても生き返ると思った。

 そうなって欲しかった。

 けれど、そうはならなかった。


 メリタをベッドに寝かせて、ウエディングドレスに着替えさせる。

 それが約束だったから。

 枕元に兎のぬいぐるみを置いて、メリタの寝顔を見る。

 もう起きないメリタを見る。

 私のボティーには予備エネルギーを入れる場所がある。

 そこには透明のケースに入ったメリタの髪の毛を入れていた。

 撫でたら抜いてしまった髪の毛。

 あ、体が急激に熱くなって、熱く……、冷えた。

 メリタの上に落ちているそれを見るとまた熱が……冷えた。

 あ、また。

 ああ、また。

 また。

 あ、物凄い破裂音がした。

 ……あれ?

 シーツに雫が落ちてる。

 ああ、メリタと一緒になった。

 メリータと一緒。

 メリメリータの右手に手手手手を重ね

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