05 思春期を迎える
メリタの部屋へ勝手に入れなくなって何年が経過しただろう。
けれど、起こす時は入って良い決まり。
寝かし付けの天才だから、膝で寝たメリタを運ぶ時も入って良い決まり。
それ以外は朝起こす時だけ。
私は父親なのだから良いと思う。
洗濯物もメリタが一人で畳むようになった。
お風呂はもうとうに一人で入っている。
手伝える事が減って来て、人間の成長とはこうも呆気ないものかと実感する。
それにしてもその成長が早い。
気が付けば十一歳。
いつの間に年を取ったのだろう。
あの小さかったメリタが十一歳などとは有り得るのだろうか。
「何見てるの?」
「大きくなったメリタを見てる」
「いつのころと比べてるのよ」
そう言って笑うメリタは本当に大きくなったけれど、笑顔は幼い頃のまま。
私の膝に座っても胸に少し届く程度だったけれど、今は肩の関節にメリタの髪が挟まらないように服を着せられている。
「メリタ、私の所へ来た時は本当に小さかった。髪も黄色かったのに今は栗色になっている。そろそろ抱っこが出来なくなる」
「片手じゃなくて、お姫様抱っこしてくれれば良いでしょ」
「まだされるつもりでいるのはおかしい。そろそろ卒業をしても良い年頃」
「一生卒業しない」
「メリタが嫁ぐまでは面倒を見る」
「それなら一生面倒を見ないといけないね」
「何故?」
「お嫁に行かないもん」
「それは困る。私から巣立つメリタを見せて欲しい。真っ白なウエディングドレスを着て、私の元を巣立つメリタを是非見たい」
「白は好きじゃないんだってば」
やはり白は駄目のようだ。
「それならクリームイエロー?」
「黄色より淡い水色が良い」
「それならライトブルーのウエディングドレスを着て、私の元を巣立って行く。私のお眼鏡に適う旦那さんを見付けないといけない。これは難しいと思うけれど頑張って見付けて」
「どうしても見付けないとダメ?」
「私の娘を宜しくお願いしますと言いたい。お父さんの夢を叶えてくれるメリタは良い子」
「バカバカしい」
「どこが? お父さん、僕が必ずメリータさんを幸せにしますと言われたい」
「ふん。男に幸せにしてもらわないといけないの? それはおかしい」
物凄く不快そうにしているメリタを見て驚いた。
「メリタは本当に結婚したくない?」
「したくない訳じゃないけど、うーん」
そう言って肩に頭を預けて沈黙して、そのまま寝てしまった。
女の子は難しいと言うけれど、突然に起こり出して扱いに困る。
今日は怒り出さなくて良かった。
メリタを起こしに部屋へ入る。
ノックをするけれど返事がある事はまずない。
「メリタ、おはよう。朝食が出来たから起きて。それから歯磨きに洗顔。その後に食べて」
「……抱っこ」
「メリタが大きくなったから出来ない。起こしたからきちんと起きて来て」
「抱っこ」
「朝食がメリタを待ってるから早く支度する。分かった?」
返事は聞かないで部屋を出た。
今日はおかしい。
いつもなら起きて来る。
部屋をノックする。
「メリタ、起きた?」
「入って来ないで!」
「分かった。入らない。ドアの外にいる。けれど起きて来ないと学校に遅れる。朝食抜きで学校へ行く事は体に良くない。だからきちんと出て来て朝食を食べて学校へ行く。分かった?」
「今日は休む! 分かった?」
「もしかして熱が出た?」
「出てない!」
「それならどうして学校へ行かない? 私が納得出来る理由をきちんと話して」
「いやっ! うるさいっ! あっちへ行って!」
「メリタに熱があるなら病院へ連れて行かないといけない。熱を測らせて下さい。お願いします」
「今日はもう起きないっ」
女の子は難しい。
けれど私はメリタの父親だから放置は出来ない。
「あっ、入って来ないでって言ったでしょ!」
「私はメリタのお父さん。きちんと話をして欲しい」
「父親なら察して入って来ないでよ! 出て行って!」
布団を頭から被ってしまった。
「察する事は容易。けれど、私はきちんと話して欲しいと思う」
「何を察したのよ?」
「学校の宿題をしていなかった」
「ハズレ。出て行って」
「昨日友達と喧嘩した」
「友達いない。出て行って」
「分かった。先生に何かを言われた?」
「全然察せてない。出て行って」
「おかしい。ヒントを下さい」
「ヒントはない。出て行って」
「朝食はきちんと食べて下さい」
「フェルが仕事へ行ったら食べる……」
「本当に学校を休む?」
「休む」
「分かった。熱を測らせて下さい。お願いします」
仏頂面のメリタが顔を出した。
前髪をどかしてくれるメリタは優しい子。
手を額に当ててみる。
「うん、いつもより低い。体が冷えてお腹が痛い?」
「違う。出て行って」
「分かった。今日は休んでも良い。私が帰って来たら明日はどうするかをきちんと話し合う。分かった?」
「分かった……。いってらっしゃい」
また頭から布団を被った。
私は部屋から出て、静かにドアを閉めた。
体温が低い、機嫌が悪い、察しろと言う。
……なるほど、理解。
昔あった彼の国では、こういう時は赤飯という物を炊いたそうだ。
今夜はそれになる。
赤飯は好評だった。
私は料理の腕が良い。
もしかしたらコックになれる?
メンテナンスの仕事が出来なくなったら、コックになるのも良いかも知れない。
「メリタ、大人になったから、少しずつ家の事が出来るように練習をして行こう」
「家の? どうして?」
「メリタもいずれは自立する。お父さんから巣立って一人で暮らすようになったら、自分で出来ないと生活が出来ない。だから料理と掃除を覚えよう。大丈夫。私がきちんと料理を教える。私のレパートリーにない料理が知りたいならしっかりと調べて教える」
「フェルは私に巣立ってほしいの?」
「子供は親から巣立つ物。それが当たり前」
「それは一般論だよね? フェルはどうなの? 私がいなくなってもいいの?」
「いなくならない。時々お父さんの様子を見に来る。それが子供」
「そうじゃない家庭だってあるでしょ?」
「うちはそう。巣立ってもメリタが私の様子を時々見に来る。そして私に元気な様子を見せてくれると嬉しい」
「それならずっと一緒にいればいいでしょ」
「それは駄目。メリタはメリタの家庭を作る。私に孫を抱かせて欲しい」
「わたしの好きになる人が子供を産ませてくれない相手かも知れないよ?」
「それは考えていなかった。アンドロイドが相手だと私は孫を抱けない。困った」
「何を勝手に孫が出来る想定で話してるの? わたしが子供を産まない未来を考えてないの?」
「うん、考えていない。きっと産めるように私が知恵を絞る。どう?」
「もういい。黙ってて」
私の膝に当然のように座って、私にパーカーなる服を着せているメリタが私に抱き付いて来た。
いつまで経っても甘えん坊。
立派な女の子になったから、徐々に卒業させていかなければならない。
背中を優しく叩いているとメリタは寝てしまった。
私はやはり寝かし付けの天才。
コックよりメイドの方が天職のような気がする。
メンテナンスの仕事を引退したら、人間の子供の世話をするナニー兼メイドになろう。
それならメリタの世話をしてきた経験も、料理の腕も役に立つ。
メリタの生活に月の物が加わってから、甘えん坊が酷くなった。
体調面では頭痛や腹痛はあるようだけれど、それは薬で抑えている。
感情面ではもっと怒り狂ったり、八つ当たりしたり、小さい頃のように頭を叩いたりするかと思っていたけれど、今の所はしない。
きっと甘える事でそういった感情に耐えているのかも知れない。
メリタは優しい子。
お父さんを思いやってくれる、本当に優しい子。
私の自慢の娘。
けれど、体温が低くなっている時に私の傍にいたら余計に冷えそうだから、ブランケットを少し厚手の物にした。
洗濯は洗濯機が乾燥までしてくれるから、後は畳むだけだけれど、それはメリタが以前からしていた。
だから教える事はない。
料理は少しずつ手伝ってくれるようになった。
包丁も上手に使えるようになって来て一安心。
最初の頃は手を切るのではないだろうかとそれはそれは心配で、見ているだけでも私のメモリが焼き切れそうになった。
掃除は掃除機がしてくれるとは言え、その掃除をしなくてはならない。
その方法を教えた。
それから色々な機械類の掃除の方法も教えた。
メリタが手伝ってくれて本当に助かる。
「メリタはお父さん思いの優しい子。私はとても嬉しい」
「そんな事を言ったって何も出ないんだからね」
「それは残念。けれど私はそれ以上にメリタが思いやりのある優しい子に育ってくれて本当に嬉しい。私は間違っていなかったと理解が出来て、それもまた嬉しい」
メリタが嬉しそうに微笑んでいる。
この微笑みがいつまでも見られると良い。
「それなら私がずっとフェルといてもいいね」
この子は今、何を言ったのだろうか?
「メリタは私とずっと一緒にいる気でいる?」
「うん」
「私とずっといる事は出来ない。メリタはメリタの家庭を作ると決まっている。私に孫を抱かせて欲しいから、是非そうして欲しい」
「子供を産む気がないもん」
「それは困った。けれど、成長して、誰かに恋をして、結婚をして、二人で生活をしていたら気が変わるかも知れない」
私の視界がメリタの手の平で一杯になった。
「いたぁい!」
久し振りに叩かれた。
「メリタの手が痛むから叩くのはよくないと何度も教えた。それなのに何故叩く?」
「知らない」
それから当分の間、口を利いてくれなくなった。
それでも登校する時は手を繋ぐ。
いつも通り。
お姉さんになって来たと思っていたけれど、まだまだ子供の部分もある。
六年生になって、七年生になって、少しずつ身長が伸びている。
まだまだ肉体的な成長はあるようだ。
片手で抱き上げるには大きくなり過ぎて、しなくなって三年程が経ったけれど、家では当然のように膝に座って甘えて来る。
これはいつか、メリタが選んだ男の人がする事になるだろう。
メリタの甘えん坊はもう直らないと理解しているから、そうなる事は確実。
私はメリタが産んだ子供を孫として、こうして膝に乗せたい。
その日がいつか来れば良いと思うけれど、メリタの気が変わる事を祈るしかないようだ。




