03 幼女を育てる
メリタの保護者となってしまった。
手続きはもう済ませた。
済ませた?
済まさせられた、が正しいかも知れない。
私は未成年後見人であって、養父ではない。
ヒューマノイドは養父になれないけれど、私は養父。
メリタを立派な人間に育てる。
決意。
けれど、メリタは直ぐに私に乗りたがる。
そして乗っている。
既に誤っている気がしてならない。
これは甘やかし過ぎという物ではないだろうか。
正解。
「メリタ、降りて歩こう」
「やっ」
そう言うと私の頭を叩く。
悪い子になっている。
メリタの為にメリタの荷物を持ち歩き、そのメリタすらも運ぶ。
親とはこういう物か。
この悪い癖をどう修正すれば良いのかが甚だ問題。
けれど、ここはやはりデータ通りに挑戦して行く。
居住地をフォウェル区から人間が多く住むテピタ地区へ移動。
メリタの為に水が潤沢に使えるテピタ地区のマンションに移ったけれど、私がメリタを入浴させなくてはならなくなり、防水のウェットスーツを買った。
ボディーは防水ではあるけれど、水に浸かる状態になる事は避けたい。
それから部屋は一室だけで、そこをメリタの部屋にした。
メリタの為に買ったベッドを使用する事になってある意味良かった。
メリタが寝付くまで革製の手袋を着用して頭を撫でる。
最近は中々寝なくなった。
おかしい。
私は寝かし付けの天才だった筈。
「メリタ、目を閉じないと駄目」
「おうたうたって……」
「おうた? お歌は歌えない。読み聞かせをする。『三匹の子ブタ』と『みにくいアヒルの子』と『赤ずきんちゃん』と『ウサギのぎいち』の中で、どれが聞きたい?」
「おうた……」
「分かった。『ウサギのぎいち』にする」
「おうた……」
「一、ウサギのぎいちは六才で祖父のぎきちといっしょにくらしています。家のまわりには畑があって、毎日ぎきちが世話をしています」
「おうたにして……」
「ある日の朝、ぎいちはぎきちの声で目がさめました」
読み続けている内に寝てしまったようだ。
やはり私は寝かし付けの天才。
朝は大忙し。
以前はゆっくり出来たのに、何故こうなってしまったのか。
「ふぇるー、これいや」
「食べて。体に良いから食べて」
「んー、ふぇるがたべて……」
最近は我儘が増えて来た。
これは良くない傾向。
「私が食べさせる。あーんして」
これをすると何故か食べてくれる。
メリタが昼に食べる弁当を作りたいのに出来ないから困る……。
メリタの将来を考えて自炊が良いと決断したけれど、それが良くなかったのかも知れない。
我儘はどうすればなくなるのだろうか。
あれこれ言ってみても効果がない。
時間が解決してくれる事もあるだろうと思い、見守る事にする。
毎日忙しくしていたら、あっと言う間に一年が過ぎた。
一年前に買った下着は穿けなくなってしまった。
子供の成長とはこうも早い物なのか。
小さい下着だったのかも知れない。
メリタと似た年齢層にメリータという名前があっても、その子は実在していてメリタの年齢などのデータは不明なままだ。
現在は四歳で登録している。
相変わらず未成年後見人だけれど、私が養父。
最近は好き嫌いを言わない代わりに、私が食べさせる事が続いていた。
半年前までは二日に一度だったけれど、今や毎日。
メリタの我儘が酷くなった。
五歳になると幼稚園に入園する。
これは規則だから必ず入園する。
とうとうメリタと離れ離れになる日が来た。
メリタが泣き喚いて私から離れない。
これは以前にもあった。
先生が困り果てている。
それは私も一緒。
困った。
「どうやったら離れるんですかね?」
「私が知りたい」
「あはは。それはそうですよね! あはははは」
先生が楽しそうに笑っている。
「いーやーあー! いっしょにいるー!」
けれど私はいられない。
こうなってしまったのは甘やかし過ぎた私の責任なのだろう。
「夕方迎えに来る。良い子でいたら週末はメリタの行きたい場所へ連れて行く。分かった?」
「いぎだぐないっ、いぎだぐないいーっ」
これは本当に困った。
結局は先生が引き剥がしてくれて、泣き喚いているメリタを置いて来た。
そうしたら電話が掛かって来た。
「泣き過ぎてお熱が出ちゃったんですよ。申し訳ありませんが迎えに来てもらえませんか?」
「直ぐ行きます」
仕事は早退して幼稚園へ急いだ。
メリタが私を見るなり走って来た。
「ふぇるー!」
私は即座に屈んで抱き上げた。
「メリタ、熱がある。走っては駄目」
「つめたくてきもちいい」
そう言って抱き付いている。
ブランケットで包んでいないのに困った。
荷物を貰って、何度も先生にお詫びを言う。
メリタは確かに顔が赤い。
熱があるから病院へ行った。
家へ戻ってもメリタが私から離れない。
「熱があるからベッドで寝て下さい。お願いします」
「つめたくてきもちいい……」
これしか言わない。
困った……。
元気になったメリタが幼稚園でずっといた日は大仰に喜ぶようにする。
そうするとずっといてくれるようになった。
それでも時々熱を出す。
子供だから仕様のない事。
そうなるとまた離れなくなって、メリタは甘えん坊になる。
それは時々だからと思い、それについては何も言わない。
日々少しずつ成長するメリタを観察。
そろそろ衣類を新調しなければならない。
メリタは相変わらず私に抱き上げられて移動する。
そうしないと機嫌が悪い。
私も私の歩調で進めて楽だからそれで良い。
もう少し大きくなれば、きっと自然と自分の足で歩くようになるだろう。
メリタは幼稚園であった事は一切話さないけれど、先生の話はする。
「きょうはねー、クユーせんせいがねー、『あかずきんちゃん』をよんでくれたの」
私の膝に座って、上機嫌で話してくれる。
「私も読める。メリタが寝る時に読む」
「もうよんでもらったの。おなじはいらない」
「どうして? 『赤ずきんちゃん』で良いと思う」
「フェルはね。メリタはちがう」
「それなら、メリタは何が良い?」
「んー、おうたうたって」
「お歌は歌えない。『ヘンゼルとグレーテル』を読む」
「いらない」
「それなら『赤ずきんちゃん』はどう?」
「いらないっていったでしょ」
「私は『赤ずきんちゃん』が良いと思う」
「『あかずきんちゃん』がすきなの?」
「そうかも知れない」
「メリタは『うさぎとかめ』がすき」
「今夜はそれにする。そろそろ寝よう」
ブランケットに包んでいるメリタを抱き上げようとすると、メリタに手を叩かれる。
「いたぁい」
「叩くのは止めて下さいとあれ程お願いしたのにどうして叩くのか。メリタの方が痛いに決まっているから止めて下さい。お願いします」
「まだねないの」
仏頂面になったメリタは可愛いけれど、やや狂暴になるから困る。
「時間は夜の八時を少し過ぎた。寝ないといけない」
「くじにねる」
「それは駄目。メリタは良い子だから八時半までに寝る」
「ねむくないもん」
「それなら幼稚園で何があったか、私に教えて欲しい。お友達と何をして遊んだ?」
「わかった。ねる」
益々仏頂面になった。
けれど叩かない。
おかしい。
「そう。それは残念」
メリタを抱き上げて部屋へ行く。
ベッドに降ろそうとしたら抱き付いて離れない。
「メリタ、降りて」
「ん、もうすこし」
「分かった。少しだけ」
無言で背中を優しく叩く。
これを続けるとメリタが寝る。
寝かし付けの天才だから出来る技。
メリタの寝顔を見ていると、幼稚園のお友達の話をしてくれない事が不思議に思えて来る。
入園して半年くらいするとお友達が出来ていた。
話でも出て来る事はあった。
一年が経つとそれもなくなった。
担任のクユー先生はその事について話してくれない。
何故なのか。
きっと私の事が絡んでいるから。
私がヒューマノイドだから、メリタが何かを言われたのだろうと推測。
これならクユー先生も配慮して言えないのも当然なのかも知れない。
アンドロイドなら人間そっくりだけれど、ヒューマノイドは見るからにロボットだから差別は当然される。
アンドロイドからもされる。
私は無関心だからされても平気だけれど、メリタにはそうは思えないのかも知れない。
やはり私は養父失格なのだろうか。
今日は思い切って尋ねてみたけれど、失敗だったかも知れない。
メリタも話したくないようなら、これ以上尋ねる事はない。
クユー先生が話そうとしないなら、私も尋ねる事はない。
私はこの問題に蓋をした。
幼稚園では私が参加をする行事がたまにある。
親子遠足や、運動会がそうだ。
メリタの為に張り切って弁当を作る。
メリタの弁当は誰よりも豪華だった。
それを嬉しそうに食べるメリタが可愛い。
うちの子は世界で一番。
私に鼻があれば伸びているに違いない。
卒園式の日はメリタがとても嬉しそうだった。
そうなる程に幼稚園が嫌だったのだろうか。
小学校に入学すると話したら、ショックを受けていた。
きっと成長する度にその必要性を理解し、受け入れるようになるかも知れない。
学校に入学してから、当然のように毎日迎えに行った。
上機嫌のメリタは学生になって何ヶ月経とうともやはり歩かない。
「そろそろ一緒に歩く方が良いと思う」
「フェルにのるほうがいいとおもう」
「真似は良くない」
「おろすはよくない」
最近は言葉遊びをする。
成長している事を実感出来て良いかも知れない。
けれど、それとこれとは話が別。
「歩く方が健康に良い」
「のるほうがメリタにいい」
「歩く方が良いに決まっている」
「だれがきめたの」
「それは人間が適度な運動が必要な体となって」
「わからない」
話を遮られてしまった。
けれど仕様がない。
今のメリタには難しかったようだから。
「そう。それは残念。歩く事はとても健康に良い。だからメリタはそろそろ自分の足で歩く事をしなければ」
「のるほうがいいにきまってる」
どうしてこうも頑固になってしまったのか。
人の話を聞き入れる事を覚えて欲しいかも知れない。
「あ、ちょうちょ!」
メリタの指の先を見ると、本当に蝶々がいた。
「あれはツマキチョウ。四月だけに現れる春限定の白い蝶々」
今降ろせば自分の足で追い掛けるのではないだろうか?
「降りて蝶々を追い掛ける?」
「のってる」
降りる気はないようだ。
いつになったら歩くようになるのかが重大な問題になって来たかも知れない。




