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ルカ島



───────────────────────


ルカ島案内帖


海風と白い石垣の島


───────────────────────



ルカ島は、アドリア海の東端に浮かぶ小さな島である。

王都のある本土からは、順調な風でも船で三日。潮が悪ければ五日、嵐の季節には十日以上かかることも珍しくない。島の外から来た者は、まずその空の広さに驚く。海は浅瀬では翡翠色、沖へ向かうにつれて深い藍へ変わり、晴れた朝には水平線の上に銀の筋が走る。風は一年を通して強く、家々の屋根は低く、石垣は厚く、窓には丈夫な木戸がついている。


島の形は、遠くから見ると横たわった魚のようだと言われる。西に港、中央に集落、東に森と断崖、南に白い浜、北に岩礁と古い灯台がある。島民たちは自分たちの島を「小さい」と言うが、歩いて一周しようとすれば丸一日はかかる。道は多くない。馬車が通れる道は港から中央広場、そこから領主代理館と診療所へ伸びる一本だけで、あとは漁師や薬草採りが踏み固めた細道である。


ルカ島でいちばん多い音は、波の音だ。次に多いのは、鴎の声、魚籠を運ぶ人々の掛け声、井戸端で交わされる噂話、そして最近では、診療所の裏庭から聞こえる小竜の腹をすかせた鳴き声である。




【ルカ島略図】


───────────────────────



           北


           ↑


     黒鵜岬     旧灯台


      ▲       □


   岩礁帯■■■■■■■■■■


  西風の丘    風車小屋


    ○       ◇


白帆港 □──魚市場──中央広場──領主代理館


 │      │     │      □


 │      │     │


 │    漁師通り   神殿坂


 │      │     │


 └──倉庫街──井戸広場──ルカ診療所


               □


               │


             薬草師の小径


               │


       南浜──潮見畑──緑陰の森


        □   畑畑   森森森


               │


             竜骨の断崖


               ▲


           ↓


           南



───────────────────────



島の西側は人の暮らしが集まる場所で、港、魚市場、倉庫、宿屋、鍛冶場、漁師の家が並んでいる。中央には広場と井戸があり、祭りも裁きも喧嘩の仲裁も、だいたいここで行われる。東へ行くほど人家は少なくなり、薬草の生える森と古い祠、そして海へ落ちる高い断崖が続く。


島の南は砂浜が美しい。子どもたちはそこで貝を拾い、女たちは海藻を干し、老人たちは日なたで網を繕う。だが沖には急な流れがあるため、島の者でも油断して泳ぐことはない。北側は岩礁が多く、霧が出ると船が座礁しやすい。旧灯台は今も夜になると小さな灯をともすが、燃料の魔石が古いため、明かりはときどき頼りなく瞬く。




【島の気候と季節】


ルカ島の春は短い。冬の湿った風が弱まり、海鳥が増え、丘に黄色い小花が咲くと、島民は網と船の手入れに追われる。春の魚は脂が軽く、干物に向く。森では薬草師たちが新芽を摘み、診療所の棚にも乾燥薬草の束が増える。


夏は明るく、忙しい。早朝から港が動き、昼には島じゅうが魚を焼く匂いに包まれる。海は穏やかな日が多いが、強い日差しで倒れる者も出る。畑仕事をする者、船を出す者、子どもたちを追いかける母親たちが、中央井戸で何度も水を汲む。水瓶を空にした者は、たいていミオに叱られる。「喉が渇いてからじゃ遅いんだよ」と言われるのは、もはや夏の挨拶のようなものになっている。


秋は収穫と備蓄の季節だ。潮見畑では芋、豆、薬味草が採れ、浜では海藻が干される。港の倉庫には塩漬け魚と燻製肉、乾燥茸、豆の袋が積まれる。島では冬を軽く見ない。嵐で船が止まれば、本土から薬も布も油も来なくなる。誰が何をどれだけ蓄えたかは、家の事情というより島全体の命綱である。


冬は風が鳴る。木戸を閉めても隙間から潮の匂いが入り、夜には屋根を叩く雨音で眠りが浅くなる。老人の咳が増え、子どもが熱を出し、漁師は濡れたまま帰ってきて震える。診療所の火鉢と竈は一日中消えない。裏庭の小竜ハクは寒がりの患者の近くへ丸まることを覚えたが、興奮すると火の粉を散らすので、毛布を焦がさないよう見張りが必要である。




【白帆港】


白帆港はルカ島の玄関口である。港と呼ぶには小さいが、島民にとっては世界の入口そのものだ。石積みの突堤が二本、抱き合うように海へ伸び、その内側に漁船と渡し船が並ぶ。潮が引くと、船底にこびりついた貝を削る音があちこちから聞こえる。


港には朝が早い。夜明け前、まだ空が紺色をしているころから、男たちは船を出し、女たちは魚籠を並べ、子どもたちは眠そうな顔で手伝いに来る。魚が揚がると、魚市場の鐘が鳴る。鐘は三つ鳴れば大漁、二つなら普通、一つなら不漁。連打された時は事故か急患であるため、診療所の者は何を置いても走る。


港の隅には、海難者のための小さな祠がある。古びた石板には、名の分からぬ者たちのために花と貝殻が供えられている。島に流れ着いた者は、まずここで水を飲まされ、毛布を掛けられ、それから名を尋ねられる。名を言えない者にも、島はしばらく粥を出す。それがルカ島の古い決まりである。




【魚市場と朝市】


魚市場は、島で最も声の大きい場所である。

鯖に似た青銀魚、平たい岩鰈、脚の長い墨蛸、赤い殻の小海老、時には小舟ほどもある大物が並ぶ。値段を決めるのは市場番の老婆たちで、彼女たちの目をごまかせる漁師はいない。


朝市では魚だけでなく、野菜、海藻、卵、薪、針、古布、薬味草も売られる。ミオはここでよく買い物をする。最初のころは若い娘の姿をしたよそ者が値切るので市場中が面白がったが、今では彼女が「この魚は病人の粥に向くね」と言えば、誰かが黙って小魚を足してくれるようになった。


市場の奥には共同の燻製小屋がある。魚を塩に漬け、煙でいぶして保存するための小屋だ。衛生にうるさいミオが来てから、燻製小屋には新しい決まりが増えた。生魚を置く台と燻製後の台を分けること、手桶の水を毎朝替えること、鼠よけの網を破れたままにしないこと。最初は文句も多かったが、腹を壊す者が減ったため、今では誰も大きな声では逆らわない。




【中央広場と島井戸】


島の中心には、丸い石畳の広場がある。祭りの日には踊り場となり、普段は荷の受け渡し、噂話、子どもたちの遊び場、老人たちの日なたぼっこの場所になる。広場の真ん中には大きな井戸がある。井戸水は冷たく澄んでいるが、大雨の後は濁ることがある。


ミオが島へ来てから、井戸のそばには木札が掛けられた。


「飲み水は沸かす」

「腹を下した者は井戸桶に触らない」

「井戸の中へ物を落としたら隠さず言う」

「手洗いは面倒でも命を守る」


この木札を書いたのは神殿のセラ神官である。字の美しさだけは島で一番だと評判だが、書かされた本人はしばらく複雑な顔をしていた。今では子どもたちが木札を音読して遊ぶ。意味を分かっているかは怪しいが、少なくとも井戸へ泥靴を突っ込む者は減った。




【ルカ診療所】


ルカ診療所は、中央広場から東へ少し歩いた高台にある。白い石壁と赤茶けた瓦屋根の小さな建物で、海側の窓を開けると潮風が入る。かつて本土から来た医師が使っていたが、長く空き家になっていたため、ミオが初めて足を踏み入れた時は、床に砂が積もり、薬棚には虫が湧き、寝台の脚は一本折れていた。


現在の診療所には、診察室、処置室、三つの寝台がある小部屋、薬草を干す棚、湯を沸かす竈、洗い場、そして裏庭がある。裏庭には小竜ハクの寝床と、ミオが作らせた物干し台、煮沸用の大鍋が置かれている。包帯は貴重なので、洗って干し、煮て、また干す。島の女たちはそれを見て最初こそ眉をひそめたが、今では古布を持ち寄ってくれる。


診療所に掲げられた決まりは多い。


「怪我を隠さない」

「熱のある者を無理に働かせない」

「薬は勝手に増やさない」

「噛まれた傷、刺さった傷、膿んだ傷はすぐ来る」

「ミオが怒っていても、たいてい心配しているだけ」


最後の一文を書いたのはリアンで、ミオに見つかって小言を食らったが、なぜか消されずに残っている。


診療所には不思議な安心感がある。薬の匂い、干した布の匂い、煮えた粥の匂い、竈の煙の匂いが混ざっている。重病人には狭すぎるし、道具は足りないし、雨漏りもする。それでも島民たちは、何かあればまずあの高台を見上げるようになった。




【神殿坂と海灯の神殿】


中央広場から北東へ上る坂を、神殿坂という。坂の上には、海灯の神殿がある。白い石の柱と青い屋根を持つ小さな神殿で、航海の無事、漁の恵み、病の平癒、死者の安息を祈る場所である。


神殿の奥には、海灯神ルカリスの灯皿がある。火は絶やしてはならないとされ、神官たちは毎朝油を足す。島の子どもが生まれた時、船が初めて海へ出る時、誰かが亡くなった時、人々はここへ来る。


セラ神官は若く、真面目で、よく悩む。かつては病人のそばで祈ることこそ務めだと信じていたが、ミオに「祈るなら手を洗ってからおいで」と言われてから、神殿には手洗い桶が置かれるようになった。今では神殿の入り口に清水と布があり、参拝者は手を清める。古い信仰と新しい習慣は、喧嘩をしながら少しずつ同じ屋根の下に収まっている。




【領主代理館】


島で一番立派な建物は、領主代理館である。立派と言っても本土の屋敷に比べれば小さいが、二階建てで、瓦は割れておらず、門には錆びかけた紋章が掛かっている。ここには本土から派遣された領主代理と書記、数名の衛兵が暮らしている。


領主代理館の仕事は、税の管理、漁獲量の記録、港の出入りの確認、揉め事の裁定である。しかし本土から来た役人は、ルカ島の風や潮や人情に慣れるまで苦労する。島では帳簿通りに物が動かない。船は風で遅れ、魚はその日の潮で変わり、老人たちは昔の約束を今の法律より重く見る。


領主代理のディモスは、几帳面で胃を痛めやすい男である。最初はミオの診療所を不審がっていたが、自分の胃痛を言い当てられ、食事と休息について長々と説教されてから、彼女に逆らう時は少し声が小さくなる。代理館の台所では、今も「脂の強い肉を続けて出すな」というミオの指示が守られている。




【薬草師の小径と緑陰の森】


診療所の裏手から東へ伸びる細道を、薬草師の小径という。道はやがて緑陰の森へ入る。森は島の水を守る場所であり、薬草、茸、木の実、小動物の棲み処でもある。勝手に木を切ることは禁じられているが、枝拾いと薬草採りは許されている。


森には薬草師のエマと、その祖母マーヤがよく入る。彼女たちは葉の色、香り、茎の毛、根の形で薬草を見分ける。熱冷ましの青鈴草、傷洗いに使う渋葉、咳に煎じる銀肺草、腹痛に用いる苦根。島の民間療法は、この森に支えられてきた。


だが、薬草は薬であると同時に毒にもなる。量を間違えれば腹を壊し、組み合わせを誤れば眠りすぎる。ミオとエマは何度も言い合いをした。ミオは「効くものほど怖いんだよ」と言い、エマは「島は昔からこれでやってきた」と言う。今では二人で薬草の束に印をつけ、使い方を書いた札を結ぶようになった。言い争いの声は相変わらず森に響くが、薬棚の中身は以前よりずっと整っている。




【潮見畑】


島の南寄りには、低い石垣に囲まれた畑が広がっている。潮風が強いため、背の高い作物は育ちにくい。主に作られるのは、芋、豆、玉葱に似た丸根、香草、薬味草である。土は痩せているが、海藻を混ぜてよく耕すと、甘い芋が採れる。


潮見畑の女たちは働き者だ。朝は水汲み、昼は畑、夕方は魚の下処理、夜は繕い物。倒れるまで働く者も少なくない。ミオが来てから、畑の脇には日よけの小屋と水瓶が置かれた。最初は「そんな暇はない」と言われたが、真夏に倒れる者が減ると、誰も小屋を壊せとは言わなくなった。


畑の端には共同の竈があり、昼時には芋粥や魚汁が作られる。ハクが匂いにつられて来るため、子どもたちは食べ物を守るのに必死である。もっとも、ハクは魚の骨をもらうと機嫌よく丸まり、時には畑に入り込む小型の害獣を追い払ってくれる。




【漁師通り】


港から中央広場へ続く石畳の道を漁師通りという。家々は狭い間口で寄り合い、軒先には網、浮き、干物、雨具が吊るされている。朝は魚の匂い、昼は潮と煙の匂い、夜は煮込みの匂いがする。


漁師通りの者たちは声が大きく、喧嘩も早いが、困った時の動きも早い。誰かが怪我をすれば戸板を担架にして走り、火事が出れば桶を持って並び、船が戻らなければ灯を掲げて港に集まる。


この通りでは、ミオの小言はよく知られている。


「釣り針を抜く前に酒を飲むんじゃない」

「足を切ったまま海に入るんじゃない」

「咳が出るなら赤ん坊を抱く前に布を当てなさい」

「痛くないは信用しない。顔が痛いって言ってる」


漁師たちは口ではぶつぶつ言うが、診療所の薪が減っていると誰かが足しておく。干物の小さいものを戸口に吊るしておく者もいる。ミオはそれを見つけるたび「また勝手に」と言うが、夕飯の鍋にはちゃんと入っている。




【旧灯台と黒鵜岬】


島の北には黒鵜岬がある。黒い岩が海へ突き出し、波が白く砕ける荒々しい場所だ。岬の先には旧灯台が立っている。かつては王国の航路を守る重要な灯台だったが、今は半ば朽ち、最低限の灯だけが守られている。


灯台守のオルドは無口な老人で、月に数度しか集落へ降りてこない。彼は天気を読むのがうまく、岬の風と鳥の飛び方で嵐を言い当てる。島民は彼の「明日は船を出すな」をよく聞く。聞かなかった若者は、たいてい痛い目を見る。


旧灯台には地下室があるという噂がある。古い海図、竜の鱗、沈んだ船の鐘、王国が忘れた文書。子どもたちは面白がって話すが、大人はあまり近づかない。黒鵜岬では、霧の日に海の底から低い唸り声が聞こえると言う者もいる。




【竜骨の断崖】


島の東南には、白い崖が続く場所がある。崖肌に大きな骨のような筋が走っているため、竜骨の断崖と呼ばれている。昔、大きな竜がこの島で眠りにつき、その身体が石になったのだという伝承がある。


断崖の下には潮の満ち引きでしか入れない洞窟があり、薬草師や漁師でも滅多に近づかない。波が早く、岩が鋭く、帰り道を失いやすいからだ。だが、ときおり珍しい貝や光る石、薬効の強い苔が見つかるため、無謀な若者が入り込むことがある。


ハクはこの断崖の方角を見ると、妙に静かになる。普段なら魚の匂いだけで飛び跳ねる小竜が、崖から吹く風には耳を伏せ、喉の奥で低く鳴く。ミオはそれを気にしているが、ハクに尋ねても返ってくるのは「きゅう」という頼りない声だけである。




【島の食べ物】


ルカ島の食卓は、海と畑でできている。

朝は黒麦の粥、焼いた小魚、海藻の酢漬け。昼は芋と魚の汁、干し肉、豆の煮込み。夜はその日獲れた魚を塩焼きにするか、鍋に入れる。祝いの日には、墨蛸の丸焼き、海老の香草蒸し、白身魚の包み焼き、貴重な卵を使った菓子が出る。


島の名物は「潮鍋」である。白身魚、貝、海藻、芋、薬味草を大鍋で煮込む。味は家によって違い、漁師通りの潮鍋は塩が強く、神殿坂の潮鍋は香草が多い。診療所の潮鍋はミオの指示で薄味にされているが、ハクが魚を追加しようとして鍋に頭を突っ込むため、結局いつも騒ぎになる。


甘いものは少ない。蜂蜜は森の奥で少し採れるが高価で、砂糖は本土から来る貴重品だ。子どもたちにとって一番の菓子は、焼き芋に蜂蜜を一滴落としたものか、乾燥果実を練り込んだ固いパンである。ミオは時々、病人用に柔らかい卵粥や、芋を潰した甘い団子を作る。すると病人でない者まで診療所の前をうろつく。




【島の暮らしと決まり】


ルカ島には、紙に書かれていない決まりが多い。


嵐の前には独り暮らしの老人の戸を叩く。

大漁の日は、病人と妊婦の家に魚を分ける。

流れ着いた者には、まず水と毛布を与える。

死者の悪口は、七日間は言わない。

子どもが井戸で遊んでいたら、どこの子でも叱る。

船が戻らない夜は、港の灯を消さない。


島の暮らしは不便だ。水は汲まなければならず、火は起こさなければならず、薬は足りず、服は繕って着る。だが不便だからこそ、人の顔が見える。誰が咳をしているか、誰の家の煙突から煙が出ていないか、誰の足取りが重いか、誰の子どもが泣き止まないか。島民は互いを見ている。時にはそれが息苦しく、時にはそれが命をつなぐ。




【ルカ島の主な住民】



◼︎ミオ・サエキ


ルカ診療所で働く若い女性。海辺に流れ着き、やがて空き家だった診療所を開いた。見た目は若いが、話し方は妙に年寄りじみている。怪我人には手早く、怠け者には厳しく、子どもと老人には結局甘い。口癖は「まず手を洗いなさい」。島民たちは彼女を「ミオ先生」と呼ぶが、本人はそのたび少し困った顔をする。


◼︎ハク


診療所の裏庭で暮らす白銀の小竜。魚が好きで、腹が減ると悲しげに鳴く。火を吐けるが、まだ加減が下手で、くしゃみで布を焦がすことがある。子どもには人気があり、漁師には食費の面で恐れられている。怪我人や泣いている者のそばへ寄る癖がある。


◼︎リアン


若い漁師。身軽で腕も良いが、無茶をしがちで怪我が絶えない。診療所の常連。明るく口が達者で、ミオに叱られても次の日にはまた笑っている。海のことには詳しく、緊急時には誰より早く船を出す。


◼︎エマ


薬草師の娘。緑陰の森に詳しく、薬草の見分けに長けている。気が強く、ミオとよく言い合うが、患者のためなら夜の森にも入る。最近は診療所の薬棚を一緒に整えるようになった。字はあまり得意ではないが、匂いと形の記憶力は抜群。


◼︎マーヤ婆


島で最も古くから薬草を扱ってきた老女。腰は曲がっているが、目は鋭い。島民の生まれた日、怪我の癖、苦手な薬草まで覚えている。ミオのことを「若い婆さん」と呼び、ミオも彼女にはなかなか言い返せない。


◼︎ガルド


元騎士の老漁師。大柄で白髭、声が太い。今は漁師組合のまとめ役で、港の揉め事を収めることが多い。古傷のせいで膝と腰が痛む。ミオに体操を教えられてから、こっそり朝の浜で身体を伸ばしている。


◼︎セラ神官


海灯の神殿に仕える若い神官。真面目で信心深く、字が美しい。病と祈りについてミオと何度も話し合い、今では神殿に手洗い桶を置いている。穏やかな顔をしているが、夜通し病人に付き添う根性がある。


◼︎ディモス


領主代理。几帳面で胃痛持ち。本土の規則を島へ持ち込もうとして、しばしば島民と衝突する。悪人ではないが融通が利かない。ミオに食生活を注意されて以来、診療所を見ると無意識に背筋を伸ばす。


◼︎ニナ


魚市場を仕切る老婆の一人。小柄だが声は港で一番通る。魚の鮮度を見抜く目は確かで、若い漁師たちは彼女に頭が上がらない。ミオには時々、病人用の小魚を黙って渡す。


◼︎ポル


鍛冶屋。船の金具、包丁、釣り針、農具を直す。無愛想だが腕は良い。診療所の古い器具を直したのも彼である。ハクに作業場の炭を食べられかけて以来、小竜を見ると扉を閉める。


◼︎ルゥとタム


漁師通りの双子の子ども。いつも二人で走り回り、よく転び、よく叱られる。ハクの友だちを自称している。診療所の木札を大声で読むが、手洗いを忘れてミオに捕まる。


◼︎オルド


旧灯台の灯台守。無口で、天気を読む老人。黒鵜岬で一人暮らしをしている。島へ降りてくる時は、たいてい嵐の知らせか、珍しい漂着物を持ってくる時である。ハクを見る目だけは、他の島民と少し違う。


◼︎ユーリィ


宿屋「波止場亭」の娘。料理上手で、人の噂を集めるのが早い。旅人から本土の話を聞くのが好き。ミオとは年が近く見えるため親しくしたがっているが、時々返ってくる年寄りじみた返事に首をかしげている。


◼︎バルト


渡し船の船長。白帆港と本土を結ぶ船を持つ。天候と積み荷にうるさい。薬や布、油、紙など、島に必要な品を運ぶ重要人物。荒っぽい言葉を使うが、急患が出ると採算を忘れて船を出す。


◼︎ララ


助産を手伝う中年の女性。自身も五人の子を産んでいる。昔ながらのやり方を大切にしているが、ミオの清潔へのこだわりには少しずつ理解を示している。出産の場では肝が据わっており、若い母親たちに頼られている。


◼︎テオ


羊飼いの少年。西風の丘で山羊に似た小型家畜を世話している。口数は少ないが動物の扱いがうまい。ハクにも怖がらず干し魚を差し出した最初の子ども。妹が身体が弱く、診療所へ薬を受け取りに来ることが多い。




【島の噂と伝承】


ルカ島には、古い竜の伝承がある。

昔、この海には大きな竜がいて、荒れる海を鎮め、船を導いたという。だが人が争い、海を汚し、約束を破ったため、竜は怒って島の東へ身を横たえ、眠りについた。その骨が竜骨の断崖となり、その吐息が島を守る風になった。子ども向けのおとぎ話として語られているが、老人たちの中には、竜の話を冗談にしない者もいる。


島の祭りでは、白い布で竜の形を作り、子どもたちがそれを担いで広場を回る。最後に海へ花を流し、「今年も船を返してください」と祈る。ハクが診療所に来てから初めての祭りでは、子どもたちが本物の小竜を担ごうとして大騒ぎになった。ハクは布の竜より焼き魚に興味があったため、祭りの列は途中で魚市場へ曲がってしまった。




【ルカ島の一日】


夜明け前、港に灯がともる。

漁師たちは船を出し、神殿では朝の灯が整えられ、診療所ではミオが湯を沸かす。ハクはまだ丸まって寝ているが、魚の匂いがすると目を覚ます。


朝、魚市場が騒がしくなる。中央井戸には水を汲む人々が並び、畑へ向かう女たちが籠を背負う。診療所には、昨夜から咳が出る子ども、指を切った漁師、腰を押さえた老人がぽつぽつやって来る。


昼、島は少し静かになる。日差しが強い日は、猫も人も日陰へ入る。診療所では薬草が干され、神殿坂ではセラ神官が子どもに字を教え、領主代理館ではディモスが帳簿とにらめっこをしている。


夕方、船が戻る。港はまた声で満ちる。魚の仕分け、夕飯の支度、子どもの呼び声、鴎の鳴き声。診療所の窓からは、竈の煙と粥の匂いが流れる。


夜、島は風と波の音に包まれる。家々の灯が一つずつ消え、旧灯台の小さな明かりだけが北の岬に残る。診療所では、急患がなければミオが帳面をつけ、ハクが足元で眠る。けれど島の夜は、いつも完全には眠らない。誰かが熱を出すかもしれない。船が戻らないかもしれない。嵐が来るかもしれない。


だからルカ島の人々は、戸口の掛け金を固く閉めながらも、隣家の気配をどこかで聞いている。

この島では、命は一人で守るものではない。

海と風と、人の手と、小さな診療所の灯りが、今日も互いを支え合っている。


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