その四十五
伸也は少し寝不足を感じながら目が覚めた。
大宮のホテル、ベッドから起き上がり、都心を見降ろしながら昨日の夕食の事を思い出す。拓海と美咲がお互い見て微笑む姿が簡単に浮かんでくる。
意地悪をした自覚はある。それが心配からきていることを拓海が理解してくれていると伸也は思っている。彼らが出した淡々として2人の回答が記憶に残る。
(要らないわけではないけど、言わないことはできたんだな)
やはり寂しいと感じてしまう。
妹が自分の道を見つけて、一緒に歩く人ができて、進んでいくのは。
「おはよう」
先ほど起き上がったベッドから真緒の声が聞こえる。伸也が振り向くと少し茶色かかったウェーブの髪が下ろされていて、眠たそうな顔をして窓際に立っている自分を見ている。伸也は真緒に近づきベッドに腰を下ろして朝の挨拶をする。
「昨日、あんまり眠れなかったでしょう?」
「そうだな、寝つけなくて」
「きっと不思議な気分なんだろうね」
真緒は笑みを浮かべて伸也に話す。彼はその笑みが理解できていない。
「挨拶って言われたのに、宣言されちゃったからさ」
「…確かにな」
言葉のない宣言を伸也は受けたと思った。
美咲は正直で誠実な子だから、親が亡くなってからにはいろんなことを相談してくれた。反対されない限り隠さずに自分の状況を伸也と話し合っていた。しかし昨日の彼女は、拓海の隣に美咲はすべてを話すことはなかった。今まで伸也と美咲が支えてきたように、拓海と美咲はも互いに支えて生きることをあえて伸也には言わなかった。
「美咲さん、怒っているかなと思ったら、笑みも浮かべていたし。寂しいね~」
「まだ要らないとは言われてない」
伸也は意地を張って否定する。
本当に所、伸也と美咲が互いを手放さなきゃいけないわけではない。
美咲が前に実家で話したように拓海ができたからって、美咲が伸也と話さなくなることはない。彼女が頼っていい人が増えるだけ。それは伸也にも言えることであった。美咲だけだったのが、気づいたら目の前の女性にも支えられている。
むしろ真緒を、伸也自身が気づくまでに待たせすぎていたかもしれない。
伸也は真緒がいる限り孤独ではないことを、この1年を通してもう感じていた。
「え、何?」
伸也は言葉とせずに寝起きの真緒の肩に寄りかかり、ゆっくりベッドに横たわる。真緒は彼の行動に驚きはしたが、いやな気分にはならない。伸也は何も言わずに真緒の髪を撫でる。
「こうしていると落ちづく」
「好きなだけ撫でていいよ」
これから、東雲の家族が変わる。
真緒を受入れて時点でなんとなく思ってはいたが、今日はとても実感できる日であると伸也は思った。
「それで、真緒さんはいつ頃籍を入れたいの?」
「私は年内希望と伝えてます!」
三枝は楽しそうに真緒と話をしている。
年配の悪戯心が、真緒にドハマりしているようだった。三枝の正面に座る、東雲の兄妹は同じような気まずそうな顔をしている。美咲の隣に座っている拓海だけがいつもと変わらぬ表情で冷たいお茶を飲んでいる。彼としてはこうなるのではないかと考えていた。
大宮の駅前で合流した4人は、三枝指定の場所に車を走らせた。アーバンみらい公園の近くを通り、商業施設の裏手ぐらいにあるビストロが今回の指定の場所だった。真緒のSUVが駐車場に入ると拓海が話す。
「三枝さんはもう来ているみたいですね」
「え、車とかある?」
「はい、あの真っ赤で天井が黒いやつです」
拓海が分かりやすく伝えるために話した三枝の車の近くに真緒は車を止めた。降りてからすぐに三枝の車に向かい真っ赤なボディーを見てから伸也と拓海を見て話す。
「これ、電気自動車だよね?」
「そうです。ガジェット的なものが好きな方なので」
その言葉に真緒を興味津々な顔になる。彼女はガジェット好きではないが、新しいもの好きではあった。そして今店に入ると奥のテーブルに三枝が座り、スマートフォンをいじっている。その姿だけ見ると到底合気道の達人には見えなかった。
美咲が最初に三枝に声をかけると三枝は嬉しそうに手を振って席に着くように話してくれた。最初は美咲が三枝の隣に座ろうとしたが、三枝より、東雲兄妹は正面に座るように指示され、拓海の隣は遠慮したいとの事で、真緒が三枝の隣に座ることになった。
「佐藤さんは嫌いではないよ?でもね、早く美咲ちゃんを花嫁にしてくれないからね」
棘のある言葉が拓海を指す。前回の事もあり、拓海は気まずそうにわらった。料理を頼むと伸也が口を開いて話を始めた。
「近くに来ることができたので、挨拶したくて」
「わざわざありがとうね。それで、こちらお嬢さんは?」
三枝は期待に満ちた目が伸也を見ている。拓海と美咲は、いやだと思いながらもあの目線にうまく回答してくれることを祈っている。
「お付き合いしている桐谷真緒さんです」
「お付き合い…ね」
三枝がその言葉に一瞬美咲と拓海をなめるように見渡す。美咲が居心地が悪い、拓海はすでに気にしないことにしているので、薄い笑みだけ浮かべていた。
「あんたら兄妹、揃ってゆくっりしているね~」
「あ、でも私伸也さんの嫁候補No.1なので近日中です」
空気を読んだののか、読んでないのか、真緒は三枝の言葉に対して食い気味に話した。三枝は少し驚きながら彼女を見る。真緒はにこにこしながら三枝を見ている。そこから三枝の機嫌は急によくなっていくのであった。
三枝からすればじれったい東雲兄妹に比べ、はっきりと自分がやりたいことを言ってくれる真緒の方が可愛く、話し甲斐があるように感じれたのだ。
「伸也くん、もっとはっきりしないとこんな可愛い子すぐ逃すよ?」
「はい、真緒の要望は聞いてますので」
「本当に真緒さん聞いて、伸也くんは昔から責任感あっていいんだけどちょっと固いんだよね」
「わかります!私も何回押してもだめで、結局美咲さんに力貸してもらいました」
一緒にいるのがイメージもできなかった二人が、話の波長が合うと拓海は密かに思う。自分のあのくらいのテンション感で三枝と話をしていたらどうだったろうと思って見るが、想像で疲れるので早々に諦める。
二人の会話に最も悩ましい顔をするのは伸也であった。事前に真緒が言っていた内容とも違う感じで接近しているが、挙句にはちょっとした悪口も面等向かって言われている。そしてその飛び火は美咲にも及んでいる。
「美咲ちゃんは自分のことは曖昧にしているのに、人助けなんかして」
美咲は困った顔で拓海を見上げるが、拓海も助け舟を出せる立場ではない。最初のタイミングでのけ者扱いされていたため、もはや場外でこのやり取り見ると決めていたからだ。
「そう言わないで下さいよ、先生。あ、私も先生でお呼びしてよろしいですか」
「真緒さんはかまいませんよ」
真緒が自然に話題を変えてくれる。すぐに先生呼びをOKする三枝を見ながら拓海は眉間に皺を寄せる。自分の時とは扱いが大分違うのではないかと考えている。
料理が順序よく運ばれてくると食事をしながら会話を進めた。
「そういえば伸也くんと真緒さんはどうやって会ったの?」
「自分の会社の社員が、真緒のサロンによく行ってましてそのつながりです」
「社員の方がみんな、伸也さんおすすめだというからみんなで食事会してそこで出会った流れです」
「真緒さん、サロン経営しているの?本当才女だね~」
「秦野の駅前なのでぼそぼそですけど、ちょうど伸也さんの会社からも歩いて行ける距離です」
「秦野駅、懐かしいわ。真緒さんはご両親は秦野いらっしゃるの?」
既視感があるやりとりが始まろうとしていると拓海は思った。
「いいえ、実家は南足柄市なんです。それから私父親が生まれた時からいなくて、母が一人今もゴルフ場の社員で働いてます」
「そうなのね、無神経に質問してごめんなさいね」
「いいえいいえ、気にしてないので。後、美咲さんとか拓海さんと交えて話していると兄妹ができたみたいで楽しいですよ?」
ニコニコ回答する真緒に美咲と拓海は互いを見てしまう。
2人が見てきた真緒からは想像しにくい家庭だった。2人ともなんとなくそれなりに裕福な家庭で大事に育てられ、幸せに育った来たと思っていたのだ。美咲はあの明るい性格がまるで自分の無表情の仮面のようなものだと考えてしまった。自分とは違う意味の線を引く人かもしれないと。
しかし、拓海は違った。
「真緒さんみたいなお姉さんがいたら、面白かったでしょうね。うちの姉は厳しくて」
「あ、でも拓海さんには厳しいかも。自然に出来る人は可愛いと思わないので」
拓海は彼女の場合は、自分を守るためではなく自分で幸せになるために努力している人だと思えた。だから無茶な行動も起こして、ほしいものを手に入れて、みんなで幸せになれるように努力しているできた人に見えた。だから、愛想よく話してみる。
「拓海くんの場合は、ちょっと可愛げがないから仕方がない」
真緒の厳しい言葉に伸也を付きそう。彼は当然にも真緒がどういうなり立ちで今に至ったからわかっていたので、彼女の自然な自己開示に何も拒否感がなかった。
伸也と真緒、拓海の自然のやり取りに三枝の目線は美咲に向かう。美咲もその視線を感じてはいたが、真緒にどのように話をすればいいかわからなかった。どの言葉も自分の口から出ると安っぽいものになりそうな感じがしたからだ。
(まだまだだね、美咲ちゃんは)
その悩んでいる姿は三枝としては成長の余地があると思いつつ、少し心配も感じる。そうなると自然に次は拓海に視線が行く。彼は言葉にしなくてもわかる人なので、このまま美咲の隣においておけばきっと美咲も人に関わる、いい影響を与えてくれる人と考える。
一方伸也は、その視線の動きを気にしながら一言、三枝に申し出る。
「先生、真緒との式の日程が決まればご参加いただけないでしょうか」
その言葉に、真緒も美咲も驚く。美咲はそのようなことは控えると言っていた兄に裏切られたという気持ちと急な変更に、真緒は彼自身が決めたことを変えるようになったことに。
「うーん、どうしようか?」
三枝はまるで試すように美咲を見ながら話す。彼女と目が合う美咲は正直な気持ちで話した。
「ダメです。先生は私の方に先に来てください!」
「それは、どうかしら?」
4人の目線が拓海に向けられる。
この中で腹積もりができてないのは意外と自分だけかもしれないと拓海は思った。




