その四十二
土曜の昼過ぎ、拓海はすこぶる調子が悪かった。昨日の夜は何軒まで行ったかわからない。
最初から黒川と水野がすごかった。止まらない勢いで酒を勧めてきた。主役はショーンのはずなのに。まるで韓国のことを仕返しされるようだと思った。
三件目あたりで早川と西村が合流した。二人はトラブルを片付けていたので遅くまでいたから黒川が招集したのだ。早川は良かったが、西村は黒川、水野に合わせ遠慮なくお酒を勧めてきた。
その結果、拓海は自宅のソファで目が覚め、妹には酒臭いと言われ、友達の見送りはもちろんできなかった。体はいろんなところが痛い。
【昨日はちゃんと帰れたか?俺はもう羽田にいる】
【すまん、まだ二日酔いだ】
【まぁ、楽しい仲間ないっぱいでいいじゃないか。オフィサー美咲にもよろしく伝えてくれ】
【了解、気をつけて帰れよ。また連絡しよう】
いいねのスタンプが返ってくると会話は終わった。でも体調は戻らない。すでにシャワーも母特製のあさり味噌汁も飲んでいるが、よくなる兆しがない。
食卓でぐったりしていると美月が声をかける。
「美咲さんが生きてるか気にしてるよ。連絡した?」
やばいと思い、スマートフォンを取り出す。メッセージを開くと幸い自分発信で終わっている。しかし、何も読めない。昨日の深夜に送ったのは辛うじて帰る旨とお休みの意図が読み取れる。しかし、その後のいつ書いたかも思い出さないものはしっかり文字化けしていた。
すぐにお詫びと仕事終わったら教えてのメッセージを入れる。一応拓海としては今日夕方から明日までは美咲と過ごすつもりだった。でも調子が悪い。
「その態度でデート行ったら失礼だよ」
妹とテレビを見ていた母が一言話す。それはそうだと思いながら、美咲が退勤するまではなるべく回復しようと思い、水と二日酔いを防ぐ薬を今更ながら飲んで部屋に戻った。
2階に上がる息子を見て母は娘に話す。
「もしかして彼女に嫌われた?」
「なんで?」
「この間は誕生日だったけど、何もなかったよね?」
真理子の言葉に美月は少し鼻で笑ってしまった。義理姉の可能性が高い人は、意外と抜けていることを母はまだ知らない。
「今日あるんじゃない?」
「そうかな?あの子ここ最近ずっと仕事絡みで飲んでるよね?」
「たく兄と言うか、美咲さんが普通に忙しいでしょう。この間花火もあったし」
「そんなもんなの?あなた詳しいね」
そう言って真理子はテレビに視線を戻す。美月は詳しくならざる得ない。最近会ってない彼もまた美咲と同じことをやっているからだ。佐久間を思い出すと、少しのイラつきしか起きなかった。
美咲が浦和署から出たのは7時半ごろだった。いつも夏は行事が多く、業務も増えている気がしている。急足て署を抜けて駅に向かうところで馴染にのある眼鏡の男が立っている。
「お疲れ様」
落ち合うと言っていた場所で、拓海を見かけ美咲が笑みで手を振ると拓海は少し枯れた声を出した。その声に美咲が彼をじっと見る。
「二日酔い?」
「中々回復しなくてですね」
拓海は心配している美咲に言い訳のように返す。なるべく水を飲み、薬も飲み、回復させたつもりだったが、気付かれるものだった。無表情が心配する顔に変わる。
「だからあんなメッセージだったんですね?誰かに攫われたのかと思いました」
「ごめんなさい」
拓海は素直に謝るが、美咲の顔は変わらない。彼女は少し考えざる得なかった、この後ケーキのピックアップや食事になるものも買って帰るつもりであったが、そのまま進めて二日酔いの彼氏に負担にならないか心配になったのだ。
美咲に表情が気になったが、とりあえず手を伸ばした。手をつなぎたいとの事だった。
「帰ろう、お腹すいたでしょう?」
「うん、でも拓海何か食べれそうですか?」
二人は手つないで浦和駅に向かって歩きながら話をした。
「え~お腹はすいてますよ。ちょっとものは選ぶかもしれない」
「うーん、なんとなく洋食のお惣菜を買って帰るつもりでしたけど、厳しい?」
拓海は少し思った。正直お茶漬けとかで間に合う気がしているが、せっかくの彼女との食事はちょっといいものを食べたい気分もある。しかし、重いものは体が受け付けそうになかった。留学時代に二日酔いで食べてたものは冷めたピザとかはあったが、それは今すぐ手に入らない。他の物を考える
「正直に言うと、洋食ならオムレツとか、クラムチャウダー的なものが欲しい」
「なんか、朝ご飯」
美咲はそう言い返して少し笑みを浮かべる。確かにメニュー的には朝ご飯だった。美咲はスーパーとかで軽めのお惣菜を買い、拓海が食べるものは家で作ることにした。
二人は手をつないだまま浦和駅につき京浜東北線に乗って蕨駅に向かう。ずっと握っているので、人に見られるか心配にもなったが、幸い知っている顔は電車にいなかった。夏っではあったが、握っている手はちょうどいい感じだったので特に離す必要もなかった。
蕨駅に降りると二人は自然にスーパーに入って買い物をする。冷蔵庫から足りないもの、拓海が欲しいと言っているものや美咲が食べたいものを入れ、出ていく。荷物の持った拓海が家の方向へ足を運ぶと美咲が止める。
「よらなきゃいけないところがあるから待ってください」
そう言ってからには拓海を放置して、近くにケーキ屋に美咲は駆け込んだ。拓海は彼女が消えた方向を見て、はてながつく。美咲が言った路地にはコンビニしかない認識だったからだ。暑かったのでスーパーに戻り、涼んでいるとその路地から袋を持った美咲が現れた。
「何かお惣菜?」
拓海の言葉に美咲は少しむっとした。本当に気づいてないのか、興味がないのか、まったく自分の誕生日に触れる気配がしない。ここまで来たら嫌味でもいいから‘この間誕生日だった‘と言ってほしいくらいであった。
「内緒です!帰りますよ!」
美咲はそう言って少し早歩きで家に向かった。怒らせたと思いながら拓海は静かに美咲の後ろをついていく。しかし、特に委縮はしていない。怒っているとは言え、いやな感じの怒り方ではなかったからだ。拓海は少し冗談を言いながら美咲の気分を和らげようとする。その間二人は美咲に家についた。
美咲がドアを開けると拓海は当然のように入り、冷蔵庫を開けて買ってきたものらを入れていく。その間美咲はケーキを食卓において腕を組み拓海が終わることを待った。振り向いた拓海が笑みを浮かべて口を開ける。
「教えてくれる気になった?」
「…8月25日、何でしょうか」
美咲の質問に、拓海がポカーンとする。何も思い出せない。美咲関連で考えても何も出てこない。美咲に向け手を挙げて考えるが、全く何も出てこない。美咲はその様子を見て‘やっぱり‘と思った。
「8月25日は、拓海の誕生日です!」
「あ~、それね?そうだね」
軽い、軽すぎると美咲は思った。ため息をついて袋からケーキが入っている箱を取り出す。拓海はそこでやって美咲が持っていたのがケーキと気づく。
「もう、なんで自分の誕生日って教えてくれないの?」
「ごめん、俺、真ん中の子供だから、スキップされやすかったかあんまり気にしなくて」
「あたしはお祝いしたかったの!」
美咲が拗ねたように話すと拓海はその仕草が可愛くて堪らなかった。ごめなさいと言いながらも笑顔で美咲を抱きしめる。美咲は誤魔化されてると思いながらも拓海をギュッと抱きしめて耳元で囁く。
「今回は間に合ったから許しますけど、ちゃんと拓海のこと教えてね」
拓海はさらに強く抱きしめる。そして本能のまま顔を見てキスをしようとしたら美咲の手に口が止められた。
「今日はまだダメです!」
「そ、そうか」
拓海が思考を取り戻して一旦美咲を離した。少し見つめ合うが、美咲も思考を取り戻して、ケーキを冷蔵庫に入れた。それからキッチンで軽く手を洗い、話す。
「ご飯準備しますからね」
順調に食事の準備が進む。
美咲は拓海ご要望のオムレツに少しの野菜を入れて大きめに作り、インスタントではあるがクラムチャウダーも素早く作っていた。拓海は食卓の椅子に座り、その様子を見ている。いつものことだが、美咲の手際が良く早く料理を作ってくれる。全く料理ができない彼からするとすごい事だと思う。
着々と料理が出来上がるのを見て、拓海は買ってきたお惣菜を美咲が座る側においておく。本人に言ったら怒られるから言わないが、美咲は体の割にはよく食べる人だと拓海は密かに思っている。さすがに体を使う仕事だからと思っているが、これもまた言わずにおいている。
「さすが美咲、早いね」
「何回も言ってますが、あたし中学の時から作ってますからね」
そう言ってからには美咲は眉間にしわが寄る。誕生日プレゼントを渡すタイミングが悩ましくなったからだ。中身としては今渡して、一緒にお酒を飲みたいけど、彼はその調子ではない。後ご飯も朝に食べるものになっているからだ。
とりあえず、拓海が買っておいたマグカップと自分のマグカップにお茶を入れて食卓に並べた。
「いただきまーす」
合掌して二人は同時に言う。拓海はクラムチャウダーを飲んですぐ、染みる顔をする。二日酔いに聞くのか、おいしいからなのかはわからない。オムレツを食べてからもすぐにおいしいという。その言葉がお世辞でも美咲は嬉しかった。いつもおいしいと言ってくれるから本当に信憑性は低いと美咲は密かに思っている。
「本当においしいからね?」
「毎回そう言ってくれるからなおさら疑ってます。違う味付けが良ければ言ってくださいね」
「本当だよ。たまーに盛り付け失敗しているけど」
「あたし、味と栄養バランス重視なので」
拓海の意地悪な言葉に美咲は笑みを浮かべながら答える。このやり取りもすでに何回がやっている。しかし、飽きずにしており、やるたびに美咲の旨奥は少し温まる気がした。人と食べるご飯がおいしいのは知っている。でも拓海との食事は小競り合いもあり、楽しいのだ。
食事を終えると拓海は自然の食器とごみを片付けて洗い物を始める。その裏で、美咲は用意していたプレゼントは部屋から取り、見えにくい場所に隠す。冷蔵庫からケーキを取り出し、29本の火をつけると少し遠くなったと美咲は密かに思った。
拓海が洗い物を終えるタイミングで電気を消す。
「おめでとう~拓海!」
誕生日の歌は恥かしくて一人では歌えない。美咲はすぐさま火をを消すようケーキを彼の顔の高さまで合わせた。暗くなった部屋で美咲はケーキを食卓におろし、そっとプレゼントを持ってから電気をつけた。ケーキを見ている拓海に近づき、美咲の気持ちが積もったプレゼントを渡す。
「ありがとう、開けさせていただきます」
拓海はそう言うと美咲は‘ご自由に‘と言っているようにポーズをとって食卓に座る。拓海はなるべく丁寧に包装用紙は開き、箱を取り出す。その箱の時点で、拓海はものに気づく。やや驚いた顔で、美咲を見ると彼女はニヤッとした顔をしている。
「ウィスキーグラスじゃん。どうしたの?」
「うちでも飲みたい時あるでしょう?」
美咲はそう言って、箱を開ける拓海を見る。ウィスキーグラスが2つ。明らかにペアの物で入っている。拓海は彼女の言葉とグラスが2つ入っているのが正直に嬉しい。美咲とこの家で飲むことはあるけど、あまり多くはない。拓海も晩酌が好きな人でもないので、あまり気にしてなかったが、彼女に気遣いにただただ嬉しかった。それからグラスを一つ取り出すと、下には鍵が入っている。
「この間メッセージもらったから、忍ばせときました」
美咲の家の鍵である。拓海はグラスを下ろして、鍵を持ち上げる。それから少しその鍵も見つめるとカバンからキーリングを取り出して、美咲の家の鍵を追加した。
「ありがとう、なくさないようにする」
「なくしたらだめですよ。お金もかかるから」
美咲は冗談ぽっく話してくれる。
「今日から一緒に飲もうと思って、ペアの物にしたんですけど、やっぱり厳しいよね?」
拓海は少し考える。先の食事で調整できていると思う。それからこの間持ち帰ってもらった台湾のウィスキーがこの家にあるはずだ。
「少しだけ、一緒に飲まない?」
「拓海が大丈夫ならいいですよ」
美咲はそう言ってからショーンからもらったウィスキーを取り出しに棚を探る。拓海はその間2つのグラスを軽く水で洗い拭いてから氷を入れ、食卓にはケーキだけ残してきれいにした。
美咲はウィスキーを取り出して開ける。豊潤な香りな部屋に広がるのを感じた。二つのグラフに一杯分とは言えない少量だけ入れる。
「じゃ、乾杯」
ケーキの上でグラスを軽くぶつける。ガラスのグラスがとても清明な音を鳴らした。拓海も、美咲も少し一口。
「なんか、トロピカルな感じがします」
「そうだよね。懐かしい」
初めて飲む美咲と違って、拓海はすっかり懐かしい気持ちになってしまった。留学時代に、遅くまでいた研究室のことを思い出す。いつも何人かの仲間がいて、特に派手な思い出はないが、ずっと見ていた研究室の光景が広がる気がした。
そう言う彼を美咲は静かに見守る。二日酔いは消えたように見える。
「もう少し飲む?」
「…いや、今日はこのくらいにするよ。一人で思い出に浸ってしまいそう」
その言葉に美咲は少し考えてから話す
「じゃ、今度その思い出を教えて」
拓海は静かに頷いた。楽しかったことも辛かったことも彼女には話しておきたいと思った。




