その四十
水野はガラス張りのビルのロビーを歩いていく。社員だけ入れるセキュリティーを社員証を使って通り、エレベーターに乗る。いつもの出勤時間よりは早い。先週寝込んだこともあり、溜まっていることを処理してはいけなかった。
「おはよう」
オフィスに入ると拓海だけが来ている。特に水野のをみることなく声だけ発している。水野は最初は彼一人であることに戸惑ったが、次は彼から感じる壁と、今までとは異なる距離感にすぐ気付き、少し困惑した。
水野は拓海の斜め向かい側にある自分の席にカバンを置いて、拓海の隣には机に腰をかける。
「先週のことは無かったことにするつもり?」
少し笑みを浮かべて聞く。あなたが私を傷つけたことだよと拓海は言われる気がした。
「できませんよ。だからちゃんとあなたとの距離感を調整していますよ」
「…ならよかった。私、あなたほど器用じゃないから少し引きずると思います。その時はよろしくね」
「堂々と言われるとちょっと嫌ですね。いった通り、ゲームできるようにしてください」
「わかりました、努力はします」
水野はそういって座席に戻り、ノートPCを立ち上げる。急に変化することはできない。でも彼から水野に言うべきものは全て伝えている。あとは水野がそれをうまく飲み込んでいくだけだった。
「おはようござ…います」
次にオフィスに着いた西村は二人の顔を見て、言葉途切れてしまった。様子を見ながら自分の席について、再度様子を見る。先輩二人は何事もなかったように作業を進めている。
「理沙さん、れんれん止めれなくてすいません」
西村が水野に近づき、小さい声で話す。そうすると水野は振り向き少し怒っだ顔をする。彼女の家を正確に知っているのは西村だけだったからだ。
「ひなちゃん、他の人には絶対しないでね。まじ警察呼ばれるよ?」
その言葉に西村は再度ごめんなさいと言ってから席に戻る。次に来たのは黒川と森下だった。二人が一緒に入ると森下が水野を見てすぐに近づいて声わかける。
「理沙ちゃん、体調治った?無理してない?」
「すいません、綾子さん。もう大丈夫なので先週の遅れは取り返すように今日頑張ります!」
すっかり元気な姿を見せると森下はにっこり笑って彼女に肩を揉んでから自分の席に座った。何かあったら相談してねの意味だと水野は理解した。早川の言葉を考えると今度相談した方がいいと考える水野だった。
9時ギリギリになって、早川がオフィスに着いた。彼は普通に挨拶をし、拓海の隣の自席に座わる。一瞬水野とは目があったが、特に話すことはなかった。
「理沙ちゃん、いいか?」
水野は静かだった黒川に呼ばれて会議室に向かう。週末の間に話がしたいとは言われたが、こんなに早くとは想定してなかった。いつもならオープンな打ち合わせ机で話すが、今日の二人はしっかりした会議室に入った。プライベートのことを話す意味だ。
「体調に振れる必要なさそうだし。さっそく本題だが、タックから話は全て聞いた」
「はい…すいません」
「君の感情を罵るつもりはない。知らなかったわけでもないし」
水野はやはり早川の言うとおりだと思いながら頭を下げた。その様子を黒川は少し苦い気持ちで見ている。今からは上司として問わなければならない。
「いやな質問だが、水野さん。うちのチームでやっていけますか?考えているものがあれば教えてください」
水野は頭を下げたまま苦しく感じた。6年くらい、上司、リーダー、先輩として黒川に慕ってきたので、この質問はは辛かった。完全に会社側の人として意見を問われている。しかし、要因が自分にあることは認識している。もしここで難しいですと回答したら、多分黒川は彼女がある程度活躍できて、拓海に触れることもない部署に異動をさせてくれる。
それが水野は嫌だった。
「正直に自分でも心配はしています」
「どう言うと?」
「今朝、佐藤さんには言いました。すぐには切り替えられないから、時間が必要と」
水野の話に黒川が無言見つめる。
「ですが、このチームの仕事は続けられます。もう迷惑はかけません」
水野は黒川の視線から目を逸らさずに話した。黒川は少し考える。仕事に対する意思はあるが、感情は整理できてないように見えたからだ。あまい判断と言われるかもしれない。しかし、まだ黒川自身がコントロールできる範囲内なら、信じあげたいと思った。
「…わかりました。いいでしょう」
黒川はそういってからには椅子から立ち上がる。会議室を出る前に、黒川は何か言いたげそうに後ろに来る水野を見る。しかし、適切な言葉が見つからない。だから何も言わずに水野の肩に手を置いて、一度頷いてから会議室を出て行った。
「彼女だと?」
「そう、お前も会ったことがある」
木曜の夜、拓海は日本に着いたばかりのショーンとルートCAで合流していた。それからさっそく今日の議題を出す。
ショーンは頭を回してみる。可能性で考えると水野を言わなきゃいけないが、そんなはずがない。であればと考えながら拓海の周り女性を思い返す。
「うーん?あれか?お前のチームの1番若い子か?」
「ひなちゃん?ないない」
拓海はビールを飲みながら話す。ショーンは考えるが回答は出ない。わからないと肩をすくめてビールを飲む。
「ちょうど来たよ」
ルートCAに美咲が入る。裾が広いグレーパンツ、淡いオブホワイトの半袖シャツ、黒のパンプスにトートバッグを持っている。ちょっと長めの仕事からのお帰りだった。
ショーンは拓海が出向かう彼女を見て何も思い出さない。初めてみる人だと考えたが、美咲はショーンを見て軽めに会釈をしてから飲み物を買いにカウンターに行った。
「タック、絶対会ったことない」
席に戻った拓海にショーンが話すと拓海はそうなると思ったと話し、数ヶ月前の自分達を捕まえた警察のことを話す。ショーンは話を聞いてからその時のことは思い出せたが、その時の二人とカウンターからカクテルをもらって来る女性は合致しない。
「初めまして…でもないですね。東雲美咲です」
少し辿々しいが美咲は覚えている英語で声をかけてみる。拓海はできるとは知っていたが、いざ話すことを見ると妙な気分になる。
「ショーンブライアンです。タックもどこかで会ったと言うけど、申し訳ない。思い出せない」
「一瞬だけでしたから」
「あの時に実際話したのは俺だからかもしれない」
そういってからには拓海は美咲を見る。美咲は少し緊張したように見えた。大柄な外国人だからか、彼氏の友達だからか理由はわからなかった。
「ってことはあの時後から来た、ロボットの子か?」
「ロボット…」
「そう言うな!確かに硬い対応だったけど、今は気付かなかっただろう?」
キーワードに敏感に反応する美咲を見て拓海は慌ててショーンに話す。以前笑顔で責められたことを忘れやしない。
ショーンは少し考えるように美咲をじっくり見つめる。
「確かに今の彼女は、あの時とは違う気する。まぁ、お前は最初から可愛いって言ってたしいいじゃないか?」
その言葉に拓海はまた焦って美咲を見るが、彼女は完璧に理解はできなかった模様だ。これは都合がいいと思った拓海は、大まかに伝えて誤魔化す。美咲はショーンを見ながら少し笑みを浮かべた。
その後ショーンは再会の話を聞いできたので、拓海の方で返す。
「お前は運がいいな、タイプな人から声かかられて」
「もうそう言う言い方やめろ。やりづらい」
「うらやましい事だ、それで結婚とか考えているのか?」
すでに離婚歴がある人から軽いいい型で、重い事を問われた。拓海は思わず美咲を見るが、彼女は理解できてないのが、薄い笑みを受けべてくれるだけであった。
「俺はそうしたいと思う」
「ふーん、そりゃ私が日本語を勉強する理由が増えたな」
そういいながらショーンはスマートフォンで何かを入力して美咲に見せる。翻訳のアプリケーションを回したと思う。正面に出されたスマートフォンの内容を美咲がじっくり読む。
【この男がした悪い事や昔の女性遍歴も知っている。次会うときはちゃんと日本語で伝えるように頑張る】
「ぜひお願いします!」
美咲がとてもいい笑顔でショーンに回答した。拓海だけが苦い顔になり、笑っている二人交互に見てからため息をつく。悪い事や女性遍歴、心当たりがあるなしで言うとあるからこそ拓海は純粋に笑えなかった。言い訳するように美咲に言う。
「アメリカでは誰とも付き合っていませんでしたから」
「ショーンさん、この人アメリカでは彼女いなかったと言ってます」
美咲は完全に面白がっている状態に入ったのか、拓海の言い訳にまたしもたどたどしい言葉でショーンにチクる。ショーンは信じられないとの顔をわざと作り上げ、指を三本立ててから美咲を見てにっこり笑る。
「次回あったときは、この3人が話のテーマだ」
「拓海、3人もいたの?」
笑みを浮かべて美咲が質問してくる。拓海から見た怒ってはない、面白がっている。こういう美咲を見るのは初めてではあるが、事実3人はいない。拓海はショーンを一度睨むが、彼は肩をすくめて自分とは関係ないとの顔をしだした。
「まあ、俺の日本語が伸びることを楽しみにするんだな。後これ、誕生日プレゼントだ」
そういいながらショーンは拓海に縦長の袋を渡してきた。彼はつい今朝まで台湾にいた。拓海が開けると台湾のやや高いウィスキーが入っている。昔、アメリカの留学時代にショーンとも飲んだことがある銘柄だった。自宅で一人飲みするときは拓海は必ずウィスキーにしていたので正直嬉しかった。先までのいじめを忘れるくらい。
「ありがとう!懐かしい銘柄だ」
「だろう?いい報告があると知っていればもっと熟成されたものを買うべきだったな」
「いやいや、嬉しいよ。これは美咲と飲む」
そういいながら美咲に内容を説明した。留学時代に飲んだことや、安酒ではない事、できれば美咲に家において二人で飲みたいことも伝えた。急に物をもらえたので美咲としては頭がついていけなかったが、瓶を持ち上げてショーンに礼を言う。ショーンはそれ見ながら笑い、拓海に言う。
「本当によかったよ。お前が幸せになろうとして」
「お前もまたパートナーを探せばいいんじゃないのか?」
「俺はもうないかな、仕事が楽しい。明日理沙にあるものは渡すけど、誤解はするなよ」
ショーンはそう言ってからにはまたスマートフォンで文字を入力し始めた。拓海はショーンと水野の事を思う。この二人が何が特別な関係性になるとは考えられなかったが、この間の事があったのでできれば刺激はしてほしくないと思った。しかし、今日はもうその話はしたくなかった。
【拓海の酒癖は眠ることだ。たくさん飲ませて持ち帰ってくれ】
ショーンの余計な言葉に美咲がまた笑う。




